【セコ窓】卑怯者

『軽蔑されようが構わない』
なりふり構わず夢の世界に留め続けさせ最悪の事態にならぬよう躍起になるセマダと策略にはまってしまう窓付きの話。


勝手知ったる宇宙船内。今回も椅子に座りピアノを弾いてと窓付きが頼んだ時だった。
いつもなら快くピアノを弾いてくれる黒い生物がピアノの前に立ち尽くしたまま動こうとしない。鍵盤の上に手を置かず、だらりと体の横に垂れ下がり弾く気配が全くない。
はて、どうしたものか。
疑問に思った窓付きが背中を向け続ける黒い生物の傍に駆け寄った。長くて細い手足。全身黒ずくめ生物の隣に立てば身長差の違いから窓付きが見上げる。変わらず焦点の合わない目は鍵盤ではなく窓から見える切り取られた宇宙に注がれている、ように見えた。
「ねえ」
窓付きが呼び掛ける。黒い生物は何も反応しない。
今度は高い場所に位置する腰付近の黒い部分を服の裾のようにくいっと引っ張りながら呼んでみた。
「ねえってば」
やっと気付き窓付きの存在を認識した黒い生物の顔が窓付きを見下ろす。
「ピアノ、弾いて」
しかし、窓付きが話している途中で再び顔を反らし宇宙に向けられた。その後何度もピアノ弾いてと言う窓付きの視線は知らず自身の足元へと落としていき、引っ張っていた手も一回強く握りしめたあと離してしまった。
黒い生物は窓付きが静かになったのを見計らい俯く彼女の頭の上に黒い手を乗せそっと撫でた。慈しみの籠った黒い手が何度も窓付きの頭を撫でていると、控えめに黒い部分を引っ張るので黒い生物は視線を合わせるべく腰を落とし膝をついた。
窓付きからすれば焦点の合わない目で黒い生物が彼女の顔を窺う。俯いているものの僅かに右下を見るように顔が傾けられ心なしか耳がほんのり赤く染まっている。
「はずかしいからやめて」
か細いながらしっかりとした意思が込められた窓付きの言葉に黒い生物は彼女の頭から黒い手を退かした。
もう一度窓付きの顔を窺い見ようと覗き込んだ瞬間、黒い生物の前にいる彼女の顔は感情が希薄したいつもの表情に戻っていた。ほんのり赤く染まっていた耳の熱も失せている。
『RU6U3UQMT0E゛z!?』
突如として窓付きが包丁を出現させたため、慌てふためいた黒い生物はそのまま尻餅をつき両手のひらを彼女の視界に入るよう突き出した。
「調子に、のらないで」
じりじり逃げるのに合わせて距離を詰める窓付き。黒い生物が足で床を蹴り距離を取るも然程広くない船内での鬼ごっこは呆気なく終わりを告げる。背中にあたる壁の感触。これ以上下がれない事実に黒い生物は身を震わせた。
下がれなくなったので窓付きとの距離がさらに縮まる。鈍く光る切っ先が深々と刺さるのは時間の問題かと思われた矢先、窓付きの手元から凶悪な刃物が消え彼女の小さな両手が代わりと言わんばかりに黒い生物の頭もとい髪をぐしゃぐしゃにし始めた。元から櫛目のない髪がさらにボサボサ。あまりにも勢いよく髪の毛をぐしゃぐしゃにされるので黒い生物は固く目を閉じた。
「こうして、やる、んだからっ」
これでもかこれでもかと、黒い生物の髪をかき乱していた窓付きの手が不意に止まり震え始めた。見れば肩まで
震え、堪えに堪えていた笑い声が小さな口元から漏れ出している。
「ぷっ。あはは、変なの。余計変な髪形になって、おっかしい」
漫画やアニメに出てくるキャラクターが爆発に巻き込まれたかのような有様を指さし窓付きは笑い続ける。黒い生物自身、恐る恐る自分の頭を触ってみれば成程これは笑えるかもしれない。と、恥ずかしさから少し照れた瞬間。
「どう?誰かに頭を撫でられる気持ちは?」
窓付きからしてみればちょっとした嫌がらせ行為としてかもしれない。だが、先程とは打って変わり優しく側頭部を撫でる手つきとはにかんだ面持ちに黒い生物の目が瞠られる。
今まで見たことのない窓付きの明るい表情。こんな風に笑えるんだと見惚れ知らず黒い手を伸ばそうとした矢先、すっくと彼女が立ち上がった。
「今日はこのまま帰るね」
そういうや否や柔らかな表情のまま窓付きは自ら頬を抓り消え去ってしまった。
掴めず空に浮いたままの手を引き戻した黒い生物が徐に立ち上がる。鮮明に残る窓付きの表情が脳裏を埋め尽くす。
『GzSEJNQEUT6W゛EzWDJ4KW゛D94?』
小さくてあたたかい窓付きの手を掴み損ねた黒い手がぐしゃりと自身の髪を乱暴に握りしめる。
『F7HDU*+F゛……
低く掠れた声で呟いた後、黒い生物は一歩一歩踏みしめピアノの前に立ち黒い指を鍵盤の上に滑らせた。
おどろおどろしい不気味で何処か物悲しい曲に合わせ聞こえる寂しげな歌声を聞くものは誰一人いなかった。





──手の届かない星を見上げ続けるのはとても簡単で
──その星を捕まえることは想像以上に難しい

──もっとも必要すべきものが揃っていなければの話だが