【ヨセチセ】後戻り不可

痛みに彷徨う者の夢に引き寄せられた夜の愛し仔の話

青々とした草木の香りが瑞々しい風と一緒に駆け抜け。雲間から差し込む太陽が雨上がりの庭をキラキラ照らし出す。
「(限りなく現実に近い夢)」
見慣れた景色に見慣れない影が一つ。温室の入り口に腰を下ろしていた白い影はこちらに気付くなり柔和に微笑んだ。
「やあ」
新緑の中で芽吹く儚げな白い影が右手を軽く上げ呼ぶ。敵対心の欠片もない穏やかな雰囲気に誘われ他者の夢にまた迷い込んでしまったチセは呼ばれるがまま夢の主たるヨセフの隣に腰を下ろした。
あの時と一緒、胸の中で独り言ちるチセの心情を知ってか知らずかヨセフの眉尻が頼りなく下がる。
「もしかして、お姉さんと何処かで会ってたりします?」
太陽の光を透かす白髪が傾げた首に合わせ垂れ揺れた。少しばかり困った表情に如何言葉を掛けていいか分からず、若草色の瞳を泳がすチセの視界端に白い波がうねる。音もなく身を乗り出しチセに近付いたヨセフ。微かな吐息すら感じる距離に息を呑んだ。

「なんてね」

夜が蠢く黒い瞳がいやらしく歪み。込み上がる笑いを我慢できず喉奥でクツクツ笑う。
「ねえ知ってる?」
まるで誰もいない庭で歌でも歌うようにヨセフは語り出す。
「その様子だと覚えてないだろうけど、お前は僕に厄介な魔法をかけてね。それはもう、ほとほと困り果ててしまう代物でさ。此処に咲いている花を見てごらん?見た目や色、種類すべて違うように見えるだろ。でも、違うんだ。これはすべて同じ花」
耳元で囁かれる朗々とした声色に思わずチセは肩を竦めた。その子猫染みた仕草にヨセフがまた笑う。とびっきりの遊び道具でも見付けた子供みたいに「キス、してあげようか」とからかいながら。
反応を愉快に楽しむヨセフは欠けた腕でチセを捕えてはいない。そこに漸く気付いたチセは不快感を表すように眉を潜め距離を取った。手で押し退けず自ら離れる姿にヨセフの唇が何か言いたげに開くものの、結局思いが舌先に乗り言葉として生まれることなく胡散臭い笑顔にすり替わった。
「すべて同じ花とはどういう事ですか?」
想像がつかないくらい長生きしている者は皆往々にして誤魔化し上手だ。ゆえにチセは問い掛ける内容を花に戻し、結果ヨセフの意識も庭園を埋め尽くす花に戻った。
「どうせ放っておけばすぐ枯れる、その考え自体が甘かったんだ。お陰でこうやって枯れずに咲いて埋め尽くす始末。今更一本引っこ抜いたところで如何にもならない──。ほんと君から貰った花は君と同じくらい厄介だね」
「私が、あげた?」
改めて庭を見渡す。間違い探しをするように頭の中の記憶と照らし合わせれば確かに色取り取りに咲き乱れる花々は現実世界のものと違う。しかし、何故かすべて同じものだと思える辺り本当に同じ花なのだろう。
近場に生えていた夕焼け色の花を一本手折りクルクル回すヨセフを見てチセの胸の奥が温かな熱が灯る。
「花のこと私は覚えていない。でも、あげてよかったって思う」
「覚えていないくせに」
手折った花を見下ろすヨセフの横顔は何処か不貞腐れているように見えた。