【ヨセチセ】伽藍洞に浮かぶ輝く世界

生まれてはじめて安寧を得た痛みに彷徨っていた者のお話。

一時世界全てが輝いて見えていた翡翠の左目。それが今や輝く世界の代わりに常闇が住み着いた。
同じ世界を見ていた感覚自体共有していた時間が短かったお陰で淡く頼りない。なのに伽藍洞の奥でチラつき瞬く世界が未練がましく揺らめいている。

暖かで柔らかな寝床。下手に抵抗して面倒ごとに発展するくらいなら要らぬお節介を甘んじて受け入れる。
不思議と此処で眠る間は苦痛を感じない。不愉快な夢や苦々しい記憶にも苛まれず実に穏やかで退屈なものだ。極たまに寝苦しい夜が来れば見計らったように此処に縛りつけた張本人がやってくる。微かな物音すら立てぬよう息を潜め静かに階段を下りてくる気配が近付いた途端、重苦しかった周囲の空気が和らいだ。
慈しみの籠った翡翠たちが此方を見詰めているのを背中で受け止め、固く閉じていた瞼を薄ら開ければ穏やかな星明りが上から降り注いでいた。後ろで布地が擦れる音に次いで此方を包み込む他人の温もりに伽藍洞の奥がまた輝く世界の幻を見せる。
頭を優しく擦る手に合わせ口ずさむ子守歌。耳を塞いでも鼓膜を通り越し入り込んでくる。ほんとムカついて仕方ないや。でも、どんだけ拒もうが突き放そうが執拗に手を伸ばしてくるから性質悪い。
「寝かしつける前に自分が寝ちゃうなんて世話ないね」
体を起こして気持ちよさそうに寝ている相手を見下ろす。瞼に隠された翡翠の瞳。嘗て交換し合った、翡翠に塗り替えられてしまった左目。ほんの一瞬だけ同じ世界を共有していたってのにツレないなあ。
だけど、彼女の中で息づく見知った感覚に何故か嬉しくなり、如何してか悲しくなった。
「君の中に僕がいて、僕の中に君がいないなんて。ちょっと不公平だと思わない」
煌めく星明りが降り注ぐ中で眠る油断ならない相手の額を軽く突いた。少し身じろぐも起きる様子は見られない。なんとも間抜けな顔で眠り続けてる。指触りのいい夕焼け色の髪を梳き頭を撫でた。そんなことをしても起きないと思っている裏腹で何かの手違いで起きてくれればと期待しているもう一人の自分がいる。
指先で弄び髪質を堪能して向かい合う形で横たわった。すると、待ち構えてたみたいに相手の腕が伸び頭と背中を抱き寄せてくる。間近で聞こえる穏やかな寝息。触れ合った肌から伝わる規則正しい鼓動。包み込もうとする柔らかな温もりに気付けば欠けた腕を相手の背に回していた。
クスッと笑う気配もしないことだし、これは本当に無意識の内にやってるのだろう。
「つくづく末恐ろしい子供だね君は」
あれ以来何も流さなくなった伽藍洞の奥がじんわり熱を帯びた。込み上がる何かをせき止めるべく瞼を閉じたところで滲み流れ落ちてしまったら意味がない。こんなかっこ悪い姿、誰にも見せたくないなあ。でも、それは無理な話。この子の隣を歩くアイツが知らないわけがない。何も言わずこの醜態に目を瞑ってくれているだけ。随分と人間らしい振る舞いをするアイツを嘲笑するのと同時にとても羨ましく思った。