暗闇から浮かび上がるおぞましい化け物。獲物を見付けギラつく眼光、鋭い牙の間からダラダラ涎が滴り落ちる。腰が抜けその場から動けず怯えるしかない獲物に近付き――、至近距離で鼓膜が破れるほどの黒い雄叫びを唾を飛ばしながら吠えた。
「~~ッ!!」
テレビ画面には細長く突出した口に赤い血をべったり塗りたくった化け物が次の標的を探すべく赤色の眼光で周囲を見渡している。
その化け物が背を向け画面奥に消えていき、やっとジョージは少し胸を撫で下した。心臓はずっと喧しく鳴りっぱなし。でも、見たい。怖くて仕方ないけど怖いもの見たさの好奇心には勝てない。
リビングにてデンブロウ一家は家族仲良く一緒にホラー特番の番組を見ていた。ソファに横一列に並んで兄弟を挟むように両親が座り、ジョージの左右にはそれぞれビルと母親が座っている。
またしてもテレビから化け物が絶叫しながら逃げ惑う獲物を追うシーンが映り、ジョージは肩を小さく跳ね上がせビルの腕にしがみ付いた。
ひっしとビルの腕を掴むジョージ。怯え震えるジョージの頭を母親の優しい温もりに満ちた手が撫でている。かれこれ驚かせるシーンがくる度、ジョージはビルと母親の腕を交互にしがみ付いては恐怖を誤魔化していた。
「こ、こわいのかよ」
隣に座るビルが片眉を上げジョージを見遣る。その瞳はからかう気満々である。
「こわくない!」
間髪置かず強がってみたものの、ジョージは母親の腕にしがみ付いたまま離れない。
それをまたビルが指摘すればジョージの口がへの字になり、その後ビルが何回もちょっかいを出してもそっぽを向き続けた。
それは一緒に二階へ上がり其々の部屋に戻る時までずっとだった。
誠に遺憾である。ジョージのイライラはベッドの中に潜り込んでも収まらない。枕に顔を埋めて思いっきり柔らかな白を締め上げる。ちょっとスッキリした気がした。
固く締め上げていた拘束を緩め歪になってしまった枕の形をポンポン整え頭を置いた。見上げた先にある天井は傍らにあるナイトライトに照らされ淡いオレンジ色に染まっている。寝返りをうち横向きになりナイトライトのスイッチを切ろうと手を伸ばした時だった。
急に窓が大きな音を立て震える。ガタガタッと突風が窓を揺らし、吹き荒ぶ風の音がジョージの顔を強張らせた。スイッチを切るのを諦め毛布を頭まですっぽりかぶり身を縮める。
「(ただの風、ただの風……)」
懸命に言い聞かせる努力も虚しくジョージの頭の中には怖い映像が次々浮かび上がってくる。
実は窓の外から化け物がこっちを見ていて、もし窓を開けようとして窓を揺らした音だったら?
「(大丈夫、大丈夫ッ。そうだとしても僕の姿はまだ見つかってな、あ……)」
丸まっていた毛布から顔を出したジョージの顔は今にも泣きだしそうだった。
なんてタイミングが悪いんだ。トイレに行きたくなってきた。ベッドから離れすぐ隣にあるビルの部屋までの道のりが果てしなく遠く感じる。だけど一人で一階にあるトイレに行くなんてジョージには考えられなかった。
恐る恐るベッドから降り、そそくさとビルの部屋に向かう。半ば涙声でビルを呼び一応ノックして中に体を滑り込ませた。
こんもり膨らんでるベッドの傍に近付き穏やかな寝息を立てているビルを揺する。
「ビル、起きて」
か弱い声で何度も何度もジョージはビルを呼ぶ。でも、ビルは起きない。
鬱陶しくなったのかビルが寝返りを打ちジョージがいない逆サイドに横になればジョージが殆ど泣きながらベッドに沿って駆けて行きまたビルの体を揺すり呼んだ。
正直、ジョージが部屋に入ってきた時点でビルは起きていた。起こす理由も分かっていた。
しかし、起きたくない眠い寝かせてくれの一心でビルは無視を決め込んだ。
「ビリー…」
どんどん心細くなり消え入りそうにな縋る声が心をざわつかせ始め、とうとうジョージに負けたビルはその身を起こした。気だるげに何だよという前に抱き付くジョージにビルは溜息を吐き、雑だが優しく弟の頭を撫でた。
「ビルいる?」
「い、いるからさっさと、お、おわらせろ」
トイレまで付き合うのはこの際いい。問題は扉の前で待ち中から確認の声に一々返答するのが億劫でたまらない。何回も同じ問答をくり返していたビルは欠伸を一つ噛み殺す。少しでも返答に遅れると中からジョージの取り乱した声がビルの名前を一心不乱に呼び出すのがまた厄介。
「いるよね?先行ってないのよね??」
でも、それとは別で早く寝たい思いがビルの口から漏れた。
「はっはっ、はやくしないと先にもど、もどる」
「やー!!」
勢いよくトイレから出てきたジョージがタックル気味にビルに抱き付き、ビルはそれを正面から受け止めるがやや後方に蹈鞴を踏んだ。
「ちゃ、ちゃんと手、あああ、洗ったのかよ」
「……」
「――はぁ」
泣くのを必死に我慢してるジョージを抱き上げ、えっちらおっちら階段上がっていけばビルに抱っこして貰って安心したのかジョージに睡魔が忍び寄ってきた。
「……ビリー」
身を預け目を閉じたジョージがビルを呼ぶ。その幼い声に宿る安心しきった色。ずり落ちそうなのを抱きかかえ直す揺れでさえ心地よくてたまらない。
すっかり寝の体勢に入っているジョージを抱えたビルが弟の部屋の扉を開けた。
ビルがジョージをベッドに下そうとしたが首に回った腕は解けない。何回か首から腕をひっぺ替えしても巻き付いてくる。
「ジョ、ジョージィ?」
返事は返ってこない。正確にはむみゃむみゃと寝言にも満たない声が返ってきただけ。
仕方なく抱え直したビルがジョージを自分の部屋に連れて行き自身のベッドの中にジョージを抱き抱えた状態で潜り込む。向かい合った先にあるジョージの暢気な寝顔。思わずビルがジョージの鼻を軽く摘めば容易に顔が嫌そうに歪む。
ちょっと胸がスッキリしたので早々に放せば再び暢気な寝顔に戻った。その寝顔の前にあるジョージの手にそっとビルが自分の手を添えれば小さな手はきゅっと握る。
「フフッ」
握った瞬間ジョージが笑う。楽しい夢でも見てるのだろうか。知らず微笑み和らいだ空気を漂わせるビルも眠たげな瞼を閉じた。
小さな手を握り返し寒くならないよう毛布をジョージに被せ直して夢の中へ微睡んでいった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.