豆炭々炬燵
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Public The Night
 

【The Night】糸なし操り人形

疲れが溜まりもう如何でもよくなってきた嬢とそれに便乗して普段出来ないことをしちゃう氏







いつから薄気味悪く肺の中までずっしり重くなる独特な香りを疎まなくなったのだろう。



墓標に囲まれた城。人間の頃には聞こえなかった亡者の呻き声が犇めき合う夜の城。
てっきり一人で住んでいるのだと決め付けていた頃は何度も背後から聞こえる声に振り返っては耳奥に直接吐息と共に楽しげな声が吹き込まれる。
「あれは生前の恨み辛みを呪いの歌に乗せ亡者達が歌っているのだ」
咄嗟に後ろに飛退いて距離を取る。ぞわり粟立つ肌に気付かれぬよう睨み付ける視線に力を込めた。だが、そんな事などお見通しと云わんばかりに音もなく背後から近寄り肌が薄い布越しに見えている腕に手を這わせ――、何度もあやすように上下に撫でられた。
「我が愛しき妻よ。そんなに怖がらなくとも良い、そもそも怖がる必要なぞない。あれらは私たちに従属する輩たちだ」
「(私”たち”……)」
頭蓋の中で響くそのフレーズはとても不愉快でとても、寂しく感じた。
腰元に回された腕の気配を悟られぬよう周到に此方の意識を会話に向けさせる吸血鬼。こんな分かり易い手に引っ掛かるとでも?
織が形成される前に腕を退かして歩きだせば視界端でわざとらしく肩を竦める姿は映り込む。二人分の硬い靴音が廊下に反響する。靴音の幾つかは亡者たちの呪いの歌の一部となった。
覚えてしまった道のりを辿り、慣れてしまった手付きで両開きのドアを押し開ける。軋み唸る扉の断末魔。細く尾を引いたそれは開ききったと同時にぱたりと止んだ。
いつもの場所、いつもの部屋。与えられた部屋の窓際に向かって歩を進めれば後方で聞こえる短い悲鳴に首だけ捻って振り返る。後ろ手で扉を閉めた吸血鬼の楽しげな顔ときたら。実に愉快そうで何より、愉快ついでに軽い足取りで此方に向かってくるのを止めて欲しい。
小さく息を吐いて止めていた足を前に出す。此方が一歩進めば、彼方は二歩進む。あっという間に距離が縮まり、窓際に着く前に追い付かれてしまった。
緩くされど手首を固く掴んでくる白い手。決して振り解けるものかと嘲笑ってるかのように嵌められる、枷。
視線を下から徐々に上げる。いやらしい赤い瞳。尖った歯が見え隠れする口元は頻りに動き何か喋ってるように思えた。
聞くかどうかは置いておいて、喋るならはっきり喋ればいいのに。胸中呟いた独り言は脳内を埋め尽くす吸血鬼の声に掻き消された。



――いつまで聞こえないフリをするつもりかな?

例え聞こえていたとしても、それに対して律儀に反応する義理は無い。
人間だった頃の耳とは違う形をしている今の耳は時折こうして人間だった時には聞こえなかった音や声を拾ってくる。異形と化した耳の縁を指先でなぞり、あまつさえ両耳を包み込む白い両手に抱く気持ちは何も無い。何も抱かない。
ただただ、耳から下、首筋に沿って下降してくる艶かしい手付きを黙って見過ごすしはしなかった。軽い音を立て白い手を払いのける。痛くも痒くもない癖に痛がる素振りには流石にイラっとした。
だが、これに反応していては相手の思うつぼ。
ドレスを整え再び窓際に向かって歩き出したら、今度は先回りして座る予定だった場所に腰掛けただけでは飽き足らず両腕を広げ待ち構えてきた。
このまま大人しくそこに座るとでも?いい加減調子に乗り過ぎた吸血鬼を今度は此方が言葉巧みに誘い出して、思いっきり輝く太陽の下に蹴りだしてやった。

これで暫くの間は静かに過ごせる。
裾に付いた埃を叩き落としてからもと来た道に戻るべく踵を返し歩き出した。相変わらず、耳に張り付く呪いの歌は知らない内に耳障りだと感じなくなっていた。