豆炭々炬燵
3248文字
Public The Night
 

【The Night】糸なし操り人形

疲れが溜まりもう如何でもよくなってきた嬢とそれに便乗して普段出来ないことをしちゃう氏

疲れがある程度溜まってくると物事がどうでもよくなるのは人間だけじゃないようです。


花嫁にすべく捕らえ娶る筈だった少女の手によってその日の内に塵にされ冥界送りにされたものの、後日吸血鬼化した少女の蘇生術により冥界から呼び戻され一言じゃ言い表せない出来事を経て――めでたく見初めた少女を手元に置くことが出来た。
ただし、吸血鬼化する以前の人間だった頃に更に輪を掛け、此方の行為という行為を一切受け付けず拒否する状態ではあるが。かつある一定のラインがあるらしくそれを超えたが最後、馴染みのある冥界送りにされ何故か蘇生され人間界に舞い戻るを繰り返す実に奇妙な結婚生活を送っている。

………
静かに書物庫から持ってきた本を窓辺に座り月明かりで照らされた文字を目で追う横顔はやはり見ていて飽きない。実に絵になる。ふむ、今度有名な画家を呼びこの麗しい姿を絵画にして客間に飾ろう。自慢の妻の素晴らしき姿を残すのは夫の役目であり義務だ。
読書を妨げないよう気配を消して背後に忍び寄り、何時しか花嫁に娶ると決める前にしていた態勢で妻の顔を覗き込む。

このまま外套で覆い抱き締めたい欲求がゆらり燃え上がる。だが、やったら即灰になる事を覚えたので無理しない。変わりに妻に対しどれほど愛しているか囁くのも一興。だが、嬉しい事に彼女はもう耳元で呟かれる夜の調を以前とは違う耳で捉える事が出来てしまう!
これもやり過ぎると顔面に杖がめり込むので学習した。
今でこそしおらしく読書を嗜んでいるものの出来るようになったはつい最近だ。
未だ馴染み切っていない力に翻弄され苦悩する姿がとても愛らしく庇護欲を誘う。もうこの者に真っ当な人間としての余生は無い。あるのは終わりのない夜のモノとして共に生きる道のみ。
………
………
これから二人で歩む日々を想像して気分が舞い上がり今置かれた現状を把握するのに少々時間が掛かった。
手元の文字列から視線を此方に向け見詰める瞳からは感情が読み取れない。脳内に疑問符が浮かび、消える頃にはその要因が分かった。
自制しきれなかった両腕がやんわり妻の首元に回されているではないか。妻の視線が巻き付く腕を見下ろし、その小さな手が「これは何」と云わんばかりに触れゆるく掴んでいる。
妻の視線と心を独り占めしていた忌々しい書物からその視線と心を奪い取った高揚感に身を任せ耳元に口を寄せ杖に力を込めた。
「君に似合う新しいドレスだ」
杖から伸びるクリムゾンの布がやおら妻の首元から足先まで巻き付き、夜闇に溶け込み消える頃には真新しいドレスに身を包んでいた。
「気に入ってくれたかな」
緩慢な動きで新しいドレスを見下ろす妻の瞳は普段と違い何処か覇気がない。普段であれば”新しいドレス”と言った時点で煙たがれ大人しく着替えさせてはくれない。
だが、今は如何だ。何事もなく新しいドレスにも嫌がる素振りを一切見せていない!
妻の首元に回していた枷を緩め本の上に添えられている妻の手を恭しく掴み口付けを落とした。気だるげな視線で事の運びをただ眺めるだけの妻に口端が弧を描く。
「甘美なる慰めを齎す愛しき妻よ。繊細で艶美なその身を膝の上に乗せても?」
上目遣いで窺い見遣る。すると、膝の上に置いていた書物を窓辺に置き両手を控えめに伸ばしてくるではないか!しかもご丁寧に体ごと向き合う形で!何より!
「ん」
短く発した声の破壊力。これほどまでに胸を鷲掴みにして離さない衝撃ははじめてだ。
妻の腕を自身の首に回させ不安定にならぬようそっと抱き上げる。予想以上に身を預ける妻に眩暈が起きたので妻が今まで座っていた場所に腰を下ろした。
首元に抱き付いていた妻の腕の力が緩むと同時に膝上に重みが加わる。抱き上げた時もそうだが羽根の如き軽さに毎度熱を孕んだ息が漏れた。
変わらず抵抗の”て”の字もなければ、拒否又は拒絶するの”きょ”の字もない妻の従順な態度は次なる期待感を膨らませる。
腰を抱いていた手でくびれをなぞり、余っている方の指先で首元から顎の先に向かって撫で上げた。

「では、そろそろ夫婦としての営みを」
「調子に乗らないで」


直後、何度目か忘れたが久方ぶりの冥界訪問をするのであった。