【原型蟹】鋏と糸【タマモア】

運命の赤い糸を可視出来るタマトアがモアナの小指から伸びる赤い糸をちょっきんするお話。


「ふぅんんんん!!ぬぅううううう!!」
全く以て切れなかった。呼吸荒く上下に動く煌めく甲羅。滲み出た汗を鋏で器用に拭い、もう片方の鋏の中にいる自己主張激しい糸を見下ろした。
「やるじゃないか、お前。中々芯が強い糸じゃないか
何やら衝突し殴り合ったあと男同士の友情が芽生えそうな展開であるが、残念な事に片や大蟹の魔物、そしてもう片方は生き物としてのカテゴリに入れていいのかも危うい存在である。
疲れ僅かに鋏の力が抜けたため、タマトアの元からするりと落ち逃げていく糸を追う視線にはやはり清々しさが宿っている。
「俺の鋏で持っても切れなかったやつだ。少なくとも其処ら辺にいる人間より幾分かマシだろう」
海面に吸い込まれていく糸を見送るタマトアの背には哀愁が漂い、その大きな目玉には魔物らしからぬものが浮かび揺れていた。
「あばよ、……嬢ちゃん」










それから数十年後。かつて海に選ばれ優秀な航海士であった一人の人間が海に帰り、魔物の国であり死の国ラロタイにその御霊を寄せた時、数千年生きてきた中で一番驚く一言をその人間から聞くことになる大蟹の魔物のお話は幾年の月日を過ぎても種族が違えど愛が実る物語として語り続けられていった。