しろくまたたくはくしゅんさん
2023-06-10 20:33:35
11779文字
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【アルカヴェ】されど、理想には程遠い 完

※死ネタ カーヴェデートイベントネタバレあり。推敲していません。いつか支部にまとめたい



 人間は年老いると、なぜか土いじりが好きになる。野菜、果物、木────今、スメールの老いた学者たちの間で流行っているのは花だ。誰が一番うつくしい花を咲かせるかコンテストとして開かれるくらいである。
「ポポ」
 さぁ、と朝の雨のような音。元からある花壇の脇には、鉢植えがいくつかあった。群を成す小さな花とは別に、太い茎の先には大輪が咲いている。
「ピポ~、ピポポ~!」
「そんなに大きな音で呼ばなくとも、聞こえているよ」
 ぱたん、と本が閉じられる。机の上には建築関係の本が積みあがっている。栞が挟まり、まだ研究途中のものもあるのかメモがいくつも挟まっていた。
 去年、ようやくアルハイゼンは教令院の職を退いた。書記官として身を置き続けるつもりであったが、前任のグランドキュレーターにより無理矢理所属官に任命され、最終的に知恵の殿堂の守り人を十余年務めてしまった。この経緯について端的に説明しよう。前任から「とある偉大な建築家のメモが残された書籍をすべて処分する」と脅されたためである。彼は頷くしかなかったのだ。すぐに辞めるつもりであったが、意外にも本を読んでいてもサボりとバレないのでずるずると勤めを果たしているうちに退任期となったのだ。
 彼は庭にやって来ると、メラックを日よけにして花と花の間に生えた草をとった。土をつまみ、匂いをかぎ、庭の全体を見渡す。
「こればかりは理解が及ばない」
「ポ?」
 アルハイゼンが花に興味がないことなど、かの同居人が知らないはずがない。この家に住まいを写してからずっとアルハイゼンは家に、柱に、屋根に、窓に、ありとあらゆる設計について、設計図とともに紐解いてきた。その途中、この家の屋根がまったく新しい構造で組み立てられていたことがわかったので論文を書いたところ、妙論派の学生たちからえらくありがたがられた。カーヴェの建築についての論文ならいくらでも書ける、とその後もアルカサルザライパレスやアアル村の建築群を周り書き続けていたが、三桁を超えたあたりで「まるで熱烈なラブレターみたいだ」とコレイに指摘されてからは発表しないことにした。書いては綴った未発表の論文は、アルハイゼンの死後大いにスメールの建築に衝撃を与えるであろう。
 つまりは──その見識をもったとしても、彼にはこの庭の意味を見出せずにいた。もちろん一般的な生活における意味はある。「趣味」「気分がいい」「生活に彩りを!」──最後のうたい文句はよくカーヴェが口にしていたが、それらはアルハイゼンの生活においてほとんど無意味なものである。今こうして花を育てここ最近のコンテストの覇者になっているのは結果であり、理由ではない。
「ピポポ……?」
「それが気になるのか」
 庭の隅にひときわ伸びた茎があった。老いたアルハイゼンの背丈よりも高い茎の先には、いくつかの大きなつぼみが実っている。ティナリに貰ったが、「日中に開かれるコンテストには適さない花だよ」とだけ教えられた。夜に咲く花だとわかっているが、こうして大きなつぼみのまま眠っている。
 教令院から解放されたアルハイゼンの生活は慎ましいものであった。街にでて若者に説教することもないし、酒場でとうとうあいつもくたばったと笑うでもない。本棚を回り、読み、すこしの昼寝を挟み、その間に尋ね人が来れば家を出ることもあるが、そうでなければ生きるために必要な糧を作っては食べ、時折未発表論文のためにペンを取る。
「メラック、おいで」
「ピ!」
 中庭の維持のために、メラックのメンテナンスは欠かせない。油を差し、種や水を庭に撒くために改造された後付けのパーツに異常がないかを確認し、それからスキャンや投影の機能も問題ないかを見る。それから、アルカサルザライパレスやアアル村の建築群やこの家の構造をしばらく眺める。指でふれると、ゆっくり回る緑の光。増えることのない建築のリストの最後には、こう書かれている。

アルハイゼンの家




 その日早めに就寝したアルハイゼンは、夜中、物音で目が覚めた。
…………?」
 なんの音だ、と耳を澄ませる。身を起こせばメラックもふわりと浮き上がり、彼の足元を照らした。
「今日は月が明るいから大丈夫だ」
「ぽ」
 窓から見える夏を迎えた月の光が空気を満たしている。なんとなく、夜の空気を吸いたくなって彼は寝室の窓を開けた。すると、アルハイゼンに目覚めをもたらした音がもう一度、聞こえた。みれば、高いところで大きな白い花が咲いている。美しいが、にぎやかしいほどの白であった。大きな花弁が風に揺られ、絹が擦れるような音を出している。
 ふ、は、は、と珍しくアルハイゼンは声をあげて笑うと、ようやく謎が解けたとでもいうようにほほ笑んだ。
「ああ、そうか。君はずっと傍にいたんだな」