しろくまたたくはくしゅんさん
2023-05-15 23:57:44
14293文字
Public
 

【アルカヴェ】星を掴む日 前

タイトルも未定。後編R18になる予定のオメガバパロ前編。ねつぞうしかない
自分の整理用に書いたのでつらつらしてます
推敲もしてなーい



 その日、アルハイゼンは朝から運のいいことが続いた。

 例えば朝食に用意した卵が双子であったり、倉庫の奥から掘り出し物の酒を見つけたし、出勤しても今日の議事録は別の書記官に頼んであるため不要と言われ、本を読んでいても誰からも声をかけられることは無く、そのまま人知れず退勤した。そのままカフェで軽食を食べつつ存分に書から知識を得た彼は、ゆっくりと最後の一行を噛みしめるように読み本を閉じた。今日一日をともにした本の内容も有意義なものであり、毎日今日のような日であればいいと理想を描いたがすぐに消した。運という確率論はいずれ収束するものであり、たとえ今日の朝の卵がひとつでも、酒が見つからなくても、書記官としての仕事が詰まっていても、本を読破できなくとも、内容が大したものでなくても、アルハイゼンは今日という日に満足したし、現状に満足していた。
 カフェを出て、夜空の向こうの月をながめた。寝るまでにはまだ時間がある。今朝見つけた酒は喜ばしい日のために取っておくとして、家にある酒の残りは少ない。酒場に立ち寄って仕入れ、ついでに今晩のつまみも包んでもらおう────

 扉を開けた瞬間、そこに管を巻いている人物が誰かをアルハイゼンはすぐに理解した。

「カーヴェ……
 今日は運がいい日だった、ということを撤回しやはり運は収束するという事実を手にしたアルハイゼンは、口元を覆った。やや強い花の匂い────この匂いがするときはすなわち、カーヴェは必ず摩耗している時であるとアルハイゼンは経験上知っていた。酒場にアルファはいないのか、いてもそこまで匂いを強く認識できていないのか。ともかくこのまま放っておくことはできないとアルハイゼンはもう一度呼びかける。
「カーヴェ」
 やや間抜けな声色と共に振り返った男の顔は、アルハイゼンが知るよりも骨格がはっきりとしていた。いや、痩せているのだ。酒におぼれた瞳が徐々に定まっていき、驚きに満ちると「あ、あるはい、ぜん?」ときちんと彼のことを認識した。それから、周囲に使うようなくしゃりとした笑顔を見せた後、すぐにぐにゃりと溶けて伏せられてしまった。
 酒場の店主はカーヴェとアルハイゼンとも顔見知りであり、なおかつ二人ともが大事な付き合いのある客であった。視線を交し合うと、すぐにアルハイゼンの酒を用意し、それからちょっとしたつまみもテーブルに置いてくれた。後から来た客はそれとなく、彼らとは離れた場所を案内するなど、気を使ってくれたのも彼にとってはありがたかった。
「君は相変わらず、苦境に陥るのが上手いな」
「ほめてるのか、それ…………
「それで?衣食住に困るほど懐が寂しい理由を聞かせてもらおうか」
 カーヴェはがばっと顔を上げ、それから瞳を上下左右にうろつかせた後、話すだけならタダだと割り切って悩みを打ち明けた。話が進むにつれ悩みというより愚痴になっていったが、構わなかった。どうせこの男は聞くだけ聞いて、理想を嘲笑った後は自分と関わることのない人生を歩むだろう。以前のように。カーヴェは早すぎる結論を見出すとすべてをさらけ出した。
 時折、何をしゃべっているんだろうと正気に戻りそうになると、彼は酒を煽った。ステンドグラスの青い部分の向こう、月の光が浮かんでいるのを掴むように見てから、目の前の男を見つめる。視線が交わったのは、邂逅時に驚いたあと初めてだった。
 カーヴェの記憶では────最後にアルハイゼンにあったのはまだ卒業前の時だ。それも、会うというより後姿を見かけただけ。教令院を後にしたカーヴェは学生時代よりも奔走し、他人のことはおろか自分のことすら考えられなくなっていった。一応、アルハイゼンが書記官に就いたということは風のうわさで知っていたが、どんな人となりになったのかまではわからなかったのだ。
 話を静かに聞いているアルハイゼンの体は、カーヴェが知るより成長していた。神の目を手に入れ剣術に取り組んでからは筋肉質になった体が、一層厚みを増していた。ちっとも変わってっていない瞳が、凪いだ海のようにカーヴェを見守っている。
「だから……、その、…………
 肉体に一瞬見惚れたカーヴェは言葉を失うと、話の続きを忘れてしまった。もともと酒には強くない体だ。思考が空回り支離滅裂な言動をすることも多かった。そこまで酔うと、酒場の店主が見計らったかのように「今日はこれで終いだ」と酒瓶を下げてしまう。そうなると、カーヴェは二階の隅でデザインを考えるふりをして眠りにつくか、酔いつぶれて酒を抱きながら椅子の上で眠るか、夜道をしばらく歩いて酔いを醒ましてから店に戻って来るか、いずれかの選択肢を迫られる。
 いつもなら悩むところであるが、入る酒が無くなれば徐々に正気に戻ってくる。カーヴェはじわじわと襲ってきた羞恥にいてもたってもいられず、席を立つ。
「どこに行く」
「散歩!酔いさまし!」
 さっさと店を出ていく千鳥足のカーヴェ。アルハイゼンは赤く染まった彼の背中を見て無意識に唾を飲み、店主にはじめてツケてくれと言い放ちその後ろを追いかけた。

 樹林に囲まれたスメールの夜は少し肌寒い。
「なんでついて来るんだ!」
「状況を分かっていないようだからな」
 オメガの匂いをさせながら夜の街を歩く。しかも酔っている状態で。カーヴェの話ではその状況が半月続いているという。よくアルファをラット状態にさせなかったものだ、と彼の妙な運の良さに関心しつつも、歩き続けた。
「孤児たちの気持ちがよくわかる。家がない、食べ物がない、身なりを整えられない──ひもじい思いを味わって、はじめて……。そう思うと、僕は幸運だった。家はあったし、学べるだけの知恵があって、恵まれていると思う」
「これ以上身を削るつもりか」
「まさか。他人から施しを受けないと生きていけないような人間が、他へ与えることなんてできない」
 カーヴェは足が赴くまま、体をふらつかせながら高台へ昇っていく。夜はまだ長い。星々が人々の悩みの数のごとく光っていた。そのまま湊へ視線を落とした。彼が売り払った家に明かりは無い。あの後、誰かが買ったのか、それとも売りに出されたままなのか、詳細はしらない。知る気もない。すでに手放してしまったモノだ。
 しばしの静寂。森からの夜風が二人の間を通り抜けた。
「それで」
「うん?」
「君の理想はどうなった?」
 そう尋ねられたカーヴェは呆けた後、赤い瞳から雫を一つ零した。それは月の光を吸い込んで流星のように落ちていく。
 アルハイゼンはその時、妙な罪悪感にかられた。箱に捨てられた小動物を見つけ、それを傍目に通り過ぎるような。いや、アルハイゼンの足はその小動物の前で止まっている。
「家に、空き部屋が一つある」
 罪悪感に押されるがまま、アルハイゼンは言葉を口にしていた。カーヴェは静かな表情のままそれを聞いていた。それは、まだ言葉の真意を理解していないからだ。
「本来であれば君も受け取るべき資産だった」
「あ、あー……。院が提供してくれた研究所のことかい?」
 酔いはずいぶん醒めてきたカーヴェは苦い過去を思い出していた。教令院を通して放棄した資産のことを。アルハイゼンは頷き、それから手を差し出した。
「ほら」
 カーヴェは差し出された手を見て困惑し、唐突な提案の意味をようやく理解した。手を見て、アルハイゼンを見て、それからまた手を見つめた。まさかこれが夢というやつか、と頬をつねろうとしたカーヴェの手を掴んだアルハイゼンは、ゆっくりと歩き始める。
「スメール人は夢を見ない」
…………ああ」
 その手のぬくもりを振り払えないままカーヴェは街を渡り、研究所となるはずであったアルハイゼンの家の敷居をまたいだのであった。