しろくまたたくはくしゅんさん
2023-05-15 23:57:44
14293文字
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【アルカヴェ】星を掴む日 前

タイトルも未定。後編R18になる予定のオメガバパロ前編。ねつぞうしかない
自分の整理用に書いたのでつらつらしてます
推敲もしてなーい



 二人の共同研究は当時の学生の間で話題になった。どちらも同世代の学生を代表する天才であり、見るからに性格が相反する二人組がまだ誰も踏み入れていない領域を探る────成果は約束されたようなものだ。おこぼれにあずかろうと名乗りを上げた生徒を除するのはアルハイゼンの役目であった。
「こういうのは人が多いほうが良いじゃないか」
「却下だ。共同研究者が多いほど軸がぶれる。それに、俺と先輩だけでも充分だと思っている」
 アルハイゼンの言葉にカーヴェは思案し、それから首を横に振る。
「フィールドワークで砂漠の遺跡に立ち入らないといけないんだ。正直僕一人で探索できるとは思えない」
「俺が一緒に行く」
「君はまだその年齢に達していないだろう、アルハイゼン」
 スメールシティの遥か西方、砂漠地帯は危険である。教令院の生徒たちに限らず、卒業した研究者たちも命を落とす場所だ。故に教令院では砂漠に赴くフィールドワークには年齢制限を設けている。カーヴェは今年ようやくその年齢となり、二歳下のアルハイゼンはまだ許されていなかった。
「ともかく、僕のほうで遺跡に詳しい人に当たってみる。大丈夫、こう見えて人脈は広いんだからな!」
「カーヴェ先、」
 アルハイゼンが呼び止める前に行ってしまう。カーヴェがあまりじっとしていられない質というのを、アルハイゼンはこの頃になると理解しきっていた。いつも誰かから物事を頼まれ、あるいは困っている者に手を差し伸べ、学院内を奔走しているかと思えば、一人の時間になるとせっせと腕を動かしデザインを描いている。彼の体の線が細いのはオメガだからではなく、食べる量に対して発散するエネルギーのほうが多いからであるとアルハイゼンは推察した。
「人脈……。人脈といったか?はぁ…………
 アルハイゼンはひとりごちる。カーヴェが周囲から「だましやすく使い勝手のいい天才」という扱いである。ゆえに知り合いは多いが、そのほとんどに搾取されている状態であった。中には第二性にかこつけて「アルファに尻尾を振るオメガ」と評している者もいる。
 彼はカーヴェに対しこれまでにも何度か「君がする必要はない」と伝えてみたものの、「でも、頼まれたから」「困っているから」と引き受けてしまう。そういう性格なのだから、とまだ幼い彼は割り切ることができずカーヴェを観察しては不満を溜めていった。
 二人でともに議論する間はカーヴェの意識はアルハイゼンにのみ向けられる。二人で研究のテーマを立ち上げしばらくは、議論をしているだけでカーヴェのそうした他者への施しを止めることができたし、なにより有意義であった。アルハイゼンは本を読む以外の唯一の楽しみがそれであったと言ってもいい。
 それがここ最近、砂漠へのフィールドワークという課題ができてからは特に顕著に、二人の議論の時間が少なくなった。その隙を狙って周囲がカーヴェへ手を伸ばし始めたのだ。アルハイゼンと出会う前もそうだったのか、あるいは今よりもっと酷かったのか、カーヴェは笑顔を絶やすことなく「これくらいなんともないよ」と引き受けてしまう。
 アルハイゼンは深く、深く、息を吐いた。おそらく彼が何を言ったとしても、カーヴェの思考は大きく変わることはない。運命はその者の性格によって決まる、というのが彼の持論であった。駆けだしたら止まらない。アルハイゼンは必要最低限にカーヴェへ降りかかろうとしている露を払いつつ、彼の言う人脈の結果を待った。

「アルハイゼン、紹介するよ!」
 そうしてあくる日、カーヴェは数人の学生を連れてきた。アルハイゼンは彼らを一瞥し、それから義務的な自己紹介をしたがついに握手はしなかった。カーヴェは「気難しい奴なんだ」と弁明しつつちらりとアルハイゼンを振り返る。その視線を避けるようにそっぽを向いた。カーヴェはそんな子どもっぽい拗ね方をするなんて、とアルハイゼンの意外な一面を見た気がしてつつくのを我慢しつつ、共同研究の過程を共有していく。おお、ほお、すごい、と学生たちは相槌を打つが、アルハイゼンは視線を本に落としたまま口を挟むことはなかった。
「説明が長くなってすまない。資料をまとめておいたから、持ち帰って目を通しておいてほしい」
 小さな学術発表にぱらぱらと拍手が起き、これから共同研究をしていく者たちは資料を受け取ると解散していく。

「終わったか」
「ああ、緊張した……。でも、大きな一歩だ」
 ふら、とカーヴェの足元がふらついたのを見て、アルハイゼンはとっさにその体を支えた。冷たい体温に驚き、カーヴェの顔を見れば酷い隈ができている。
「すまない……。昨日徹夜で…………──ふぁ、」
「寝ろ、今すぐだ」
「午後から、授業、」
「居眠りを指摘され晒し者にされたいのか?カーヴェ先輩」
「う…………
 成長期である二年の体格差では、カーヴェの体をクッションのある椅子に座らせるのがやっとであった。ぐら、と体勢を保っていられない彼を支えるように、アルハイゼンはその隣に座り肩を貸す。──すぅ、と穏やかな寝息が聞こえてようやく、アルハイゼンは平常心を取り戻した。
「花の、匂い……
 すん、と鼻を鳴らし嗅いだ香りは、カーヴェから漂ってくるものであった。スメールでは第二性による衝動的な本能を抑えるために、注射による定期的な抑制剤接種が推奨されている。薬を飲んで抑えることも可能ではあるが、回数が多く面倒なことと飲み忘れるリスクがあることから現代では注射が主な方法となっているのだ。
 アルハイゼンはいつもより少しだけ華やかなカーヴェの匂いからいくつかの事柄を察した。徹夜は昨晩だけではないこと。共同研究者を探しているうちに様々なことに巻き込まれ、手を貸したこと。資料を作りはアルハイゼンに迷惑がかかるからと一切相談しなかったこと。そうした無理がたたり、今こうして授業をサボり眠りにつき、それから家に届いているであろう定期接種の手紙を見過ごしているということ。
 アルハイゼンは肩の重みを感じながら己が理性のあるアルファでよかった、とまだ幼さのある少年の顔を眺め続けた。



 アルハイゼンはそのときすでに予測していたのだ、こうなることを。

……あ、アルハイゼン…………
 もう名前も覚えていない共同研究者の顔を睨みつけたアルハイゼンは、寝台の傍に寄る。そこに横たわっていたのは、頭に、腕に、包帯を巻いたカーヴェである。
「軽傷と聞いていたが?」
「ああ、意識ははっきりしていたし出血もそれほど酷くなかった。ついさっき、倒れてそのまま……
 カーヴェの頬に触れる。まだ熱を持っているのは、日差しの厳しい砂漠に焼かれたからであり、決して健康的な血潮の温もりではなかった。
「カーヴェが遺跡の謎を解ける天才で良かったよ」
「キャラバンが近くを通りかからなかったら今頃、」
「出ていけ」
 アルハイゼンの冷たく鋭い一言を刺したまま、カーヴェの同級生たちは医務室から去っていく。
 寝台の脇に立ち、キャラバン隊から聞いた話と、先ほどの言葉を反芻する。そして、フィールドワークの申請が通ったと目を輝かせていたカーヴェを思い出し、アルハイゼンは必死に去っていった学生を追いかけ殴ろうとする拳を抑えた。静かな医務室に奥歯をぎりぎりと噛みしめる音が響くようであった。
 キャラバン隊曰く────学生は二人で遺跡の付近でさ迷っていたという。近づけば二人は助けが来たと喜び、そのまま連れだって近くの村へ帰ろうとした。しかし、二人にしては荷物が多いことを指摘したところ、遺跡の中に一人取り残されているということが解った。
 幸いにも良識と善良の心があった砂漠の商人たちは、学生たちを保護しつつも残りの一人が出てくるのを待った。近くにキャンプを張り、朝出立の前に姿が見えなければアアル村に寄ってガーディアンに後を任せよう。
 そして出立の時──遺跡の入口から砂埃とともにカーヴェが現れたのだ。
 隊商たちはみなカーヴェを労わり駄獣に乗せはるばるスメールまで乗せてきたが、その間彼は笑顔を絶やさず、楽しい話までしてくれた。駄獣たちが進めないとかぶりを振れば、優しく耳の裏を撫で機嫌をとり、うまく乗り気にさせてくれた。
 カーヴェは周りに気を遣わせないようケガの痛みを隠し、ただでさえキャラバン隊に迷惑をかけているのだからと彼らに出来るだけの恩返しをした。体力も精神も摩耗しきった彼の体は限界を迎え、こうして死んだように眠りについたのだ。

 アルハイゼンは起伏が浅いカーヴェの呼吸を確認するかのように、彼が目覚めるまで側にいた。そして、明け方になってようやく赤い瞳が湖に映る満月のように揺蕩ったのを見て覗きこむ。
「──る、……ぜん?」
 すぐに水差しからコップに水を注ぎ、彼の背を支えるとその口元に押し当てた。掠れた喉を潤したカーヴェは、「ありがとう、アルハイゼン」とささやかなお礼を口にする。
「ここは、?」
「医務室だ」
「ああ……本当だ。よく来るけど、ここのベッドを使うのは初めてだよ」
 妙論派はデザインをするときに刃物をはじめ工具を使うためケガが多い。カーヴェは器用なためそこまでではないが、年に数回はお世話になる場所だ。
「みんなは?」
「さあ。もう顔も合わせないかもな」
「な……っ!君は、もう少し共同研究者を大切にすべきだ!」
 アルハイゼンは眉を寄せる。大切にしている。だからここにいるんだ、と告げてもカーヴェは理解しない。けほ、けほ、と咳をしもう一度水を飲んだカーヴェはだるそうに身を倒し、顔も見たくないと布を深く被った。
「当分は君が写してきた遺跡内部の解読に時間を費やす」
 言外に、カーヴェにはしばらく砂漠に行かないよう諭す言葉であった。あと数か月もすれば、アルハイゼンは砂漠へのフィールドワークが許される。そうすれば、この危うい存在を見張ることができる。その日二人の会話はそれきりで、アルハイゼンは夜明けの白い月を眺めながら帰宅した。

 事故と負傷はあったものの、カーヴェの遺跡探索の成果は目覚ましいものであった。調査中にスケッチした内容だけではない。古代遺跡の中に長くとどまりさ迷っていたカーヴェは、己の審美眼に留まったものを覚えている限り描きだした。研究に携わっていた学生たちはそのときようやく、妙論派の皆がなぜカーヴェに一目置いているのかを理解した。
「こんな設計図、見たことがない!」
「この言語────キングデシェレト文明中期、いや、初期のものか?」
「一度見ただけなのに、これほどまで正確に…………
 周囲の驚愕とは反対に、アルハイゼンはさも当然とカーヴェを称賛することなく、「これで全部か」と尋ねた。
「ああ。もう少し細かい装飾も覚えているが、これは個人的に調べたいから後回しだ」
 つまり学術的にあまり意味のない、純粋にデザインとして気に入った部分の話であるとアルハイゼンは理解すると、早速解読を始める。他の生徒たちも製図を眺めていたが、ようやく一枚、また一枚と手に取り解読を始めた。
「急いで仕上げたものだから、解らない部分があれば言ってくれ」
 そう言って笑うカーヴェへの視線には、徐々に畏怖が混ざりはじめているとも知らずに。

 アルハイゼンはカーヴェの描いた製図のなかで一番文字が多く、広い範囲をスケッチしたものを選んだが、チームの中で一番はやく解読が終わった。知識の共有と議論を、とカーヴェを探していたが、学術院の中を探しても図書館を一回りしても、姿が見えない。
 そこで呼び止められ、振り返れば焦燥とした顔つきの学生がいた。その手にある製図でようやく、アルハイゼンはこの学生がチームの一員であるらしいと気づいた。
「これを、受け取ってほしいの」
「解読が終わったのか?」
「ほとんどカーヴェくんがやってくれたようなものだけれど」
「何?」
 抗議のような声色と目つきに、学生はいっそう怯え、気落ちし、肩を落とすと小さな声で告げた。
「私……──このまま共同研究をやっていけない。勘違いしてたみたい」
「そうか。好きにするといい」
 文脈はつながっていないが、学生がこの研究から降りることを理解したアルハイゼンは製図を広げ目を走らせる。そこにはカーヴェの文字が走っていた。違う筆跡はところどころあったものの、ほとんどが的を得ていない。それだけ確認しアルハイゼンは去ろうとしている学生に尋ねた。
「カーヴェ先輩は今、どこにいる?」

 アルハイゼンは家屋を見上げる。家族が住むことを想定された建築物は、外から見ても合理的で、定石通りで、玄関先においてある鉢植えに何も植わっていないのがやや寂れを感じさせた。
 玄関の扉に近づけば花の香り。推定を確信に変えたアルハイゼンは、扉をノックした。1回、2回──3回目を叩く前に、玄関扉の向こうから物音がした。
「カーヴェ、俺だ」
「あっ、アルハイゼン!?」
 驚きの声がくぐもって聞こえたあと、扉が開かれた。
「無警戒に開くな。ヒート中だったのだろう」
「──誰から、それを?」
「勝手に考察したまでだ」
 カーヴェはその言葉に胸をなでおろす。抑制剤の接種を受けていないと言えば、たいていのスメール人は顔をしかめ、自己管理のできない者と評するからだ。
「入って」
「俺はアルファなんだが?」
「今朝注射してもらって、もうほとんど治まってるんだ。大丈夫」
 ほとんどと言っているが、アルハイゼンには先ほどから花の香りとカーヴェの香りが交互に鼻孔をくすぐっていた。第二性による理性の崩壊とまではいかないが、学生服の詰襟に守られていないオメガの項が見える環境は、アルファにとって望ましくない。
 用件だけ話しすぐに出ていく予定であったが、カーヴェの住まいに招かれたアルハイゼンはリビングを観察し、それから家の外観と内観がいびつであることに気が付いた。
 突然の来訪者に茶を入れて戻ってきたカーヴェは、アルハイゼンの視線の先にある写真立をみて迷いを見せた。しかし、家に招き入れた時点で彼の観察がそこに至ることはわかっていた。
「ここには、一人で住んでるんだ」
 普段のカーヴェであれば、身の上話を他人に語ることなどなかったであろう。だがこの時、心身ともに疲弊しひとりきりの家で看てくれる者もなく過ごし、より虚無を感じたあとの彼はなによりも理解者を求めたのだ。
 父との死別、その理由。母との別離、その理由。カーヴェの言葉に相槌はなく、まるで家具のように座っているアルハイゼンは耳を傾けていた。話始めるときには熱かった茶がすっかり冷めた頃、カーヴェはようやくひと息ついた。
「すまない、話が長くなった。聞いてくれてありがとう」
 カーヴェがアルハイゼンに話したのは淡々とした事実のみ。それでも気が付けば短い針が一つ数字を増やしていた。
「ああ、しゃべったしゃべった」
 他人との交流が多いカーヴェは、閉塞として独りきりだったのでよくしゃべる口のストレスを発散しただけ。アルハイゼンにそう思わせておけば深く探られることもないだろう。
「ふう……。思ったより疲れた」
「そうか。なら、休むといい。見送りはいらない」
「ああ。────明日は登院する」
 静かな足音、それから玄関の扉が開閉する音。カーヴェはしばらくリビングの天井を見つめていた。

 カーヴェの久しぶりの登院に、誰も発情期なので家に籠っていたことを指摘する者はいなかった。むしろ、数日いなかったが「どうせフィールドワークに出かけていたのだろう」と推測する者が大多数で、体調を気遣う者すらいなかった。
「それで、解読作業のほうはどれくらいすすんでいるんだ?────ん?」
 解読の成果を発表しようと集まった一室。いつも見かけていた共同研究者たちの顔ぶれから二人の顔が見えず、彼は窓際で書を読んでいたアルハイゼンに声をかけた。
「昨日一人、今朝も一人。共同研究を辞退したいという申し出があった」
「はあ?君はそれを止めなかったのか!?」
「止める理由が無いからな」
 安心しろ、君の製図はここにある。アルハイゼンはそう続けると、箱の中に納まっている丸めた用紙を指した。そうではなく、と反論しようとしたが、周りの目が集まっていることに気が付きカーヴェは咳ばらいをした。
「二人については後で僕が説得しにいくよ。さあ、みんな、成果を発表して」
 研究成果について発表したり討論する際、このチームのカーヴェ以外は全員手に汗を握る。カーヴェがする質問はいい。彼の質問はどちらかというと誘導尋問で、みんながわかりにくかった場所や導きだせなかった結論を誘い出すために尋ねるものであった。だが、アルハイゼンの質問は違った。まるで学術員の専門学者がする自分の知見をより深めるための質問や、間違いの指摘、根拠を述べさせるものがほとんどであった。
 学生たちは共同研究に熱意を注ぐ。しかし、そこに彼らの知能や才能によって研究の完成度は変わってくる。アルハイゼンの質問は、常に最高の成果を求めた。彼にとって最高の成果とは当たり前のことで、それはカーヴェにとっても同じ水準であった。不足した知識をカーヴェが補い、それをさらに高めるためにアルハイゼンが叩き上げる。それがこのチームの発表ないしは討論の場であった。
「ありがとう、良い発表だったよ」
「カーヴェが手伝ってくれたおかげだよ」
「いいんだ。また声をかけてくれ」
 発表が終わり、生徒たちは部屋を出ていく。総括と討論はまた後日となった。その間にカーヴェはなんとか抜けた二人を説得しないとと意気込んでいると、後ろから「無駄だ」と告げられる。
「なんだって?」
「無駄と言ったんだ。彼らはあのレベルの解読もできなかった。戻ってきたとしても、すぐついて来られなくなる」
「そうなったときは、みんなでわからない箇所を教えてあげればいいじゃないか!」
「その言葉を訂正しよう。俺か君が教えることになる。面倒極まりない」
「僕はそれでも構わない!」
「君はな。俺はそこまで暇じゃない」
「みんなで研究してこその共同研究だろう!!?」
 大声になっていることに気が付き、カーヴェは「は、」と荒くなってしまった呼吸を整えた。
「理想論だな」
 言葉の一閃に、カーヴェは目を見開く。そして、アルハイゼンの瞳の淵の赤が強く光っていることに、たじろいだ。
「俺はもともと、この研究に君以外の介入を認めていない」
 言葉は静かであったが、明らかに怒りが含まれている。その理由を知る前に、アルハイゼンはカーヴェの脇を通り過ぎ出ていってしまった。

 しばらくは解読作業に没頭していたチームだったが、カーヴェが献身的にチームメイトを支えようとすればするほど、ひとり、またひとりと離脱者が現れ始めた。カーヴェは説得し続けたが、皮肉にも彼の差し伸べる手を誰も受け取ろうとしなかった。
 そしてとうとう、チームはカーヴェとアルハイゼンだけになった。その頃になると、アルハイゼンは砂漠へと行ける年齢に達していた。
 フィールドワークへは二人で出かけることもあれば、アルハイゼンが一人でふらりと出て行ってしまうこともあった。その頃になると、二人の間で交わされるのはもっぱら討論であり、最終的に喧嘩へと発展することが多くなった。
 互いに相手の主張はわかっている。しかし、それは互いが信望している理念と大きく食い違っていた。二人が言い合っていても止める者はいない。チームメイトは離散し、主張の食い違いから口論に発展することは教令院において茶飯事であった。
 そして共同研究は佳境に入ろうとしていた。その間も、カーヴェは多方面から求められるがままに手を貸し消耗していく。その多くは、研究を大成した際にカーヴェとのコネクションを持つために伸ばされた手だ。それを見たアルハイゼンはカーヴェに会うたびに苦言を残した。カーヴェはそのたびに反論した。研究が大詰めに近づいていくにつれ議論は白熱し、煮詰まり、そしてとうとうその日が来た。