しろくまたたくはくしゅんさん
2023-05-15 23:57:44
14293文字
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【アルカヴェ】星を掴む日 前

タイトルも未定。後編R18になる予定のオメガバパロ前編。ねつぞうしかない
自分の整理用に書いたのでつらつらしてます
推敲もしてなーい

 スメールにおいて、オメガバースという概念はあまり意味のないものである。

 この世には男女という遺伝子的性別とは別に、三種類の第二性が存在する。
 ひとつめはベータ────この性別に当てはまる者は、見た目通りの性を有している。この世界のほとんどがこのベータという人種である。
 ふたつめはアルファ────生まれながらの天才と称される者たちだ。遺伝子的に優れた頭脳や感覚を持つものが多く、男でも女でも「精子」を持っているのが特徴だ。
 さいごにオメガ────アルファとは対照的に、生まれながらにして弱者とされる。頭脳においては上記の二つと比べて劣るということは無い。しかし、男女関係なく存在する子宮、体がやや小さかったり、線が細かったりと身体的な部分で虚弱が目立つ。さらに特筆するべき事項として、オメガは第二次性徴を終えると発情期を数か月おきに繰り返すようになってしまう。
 こうしたことから、近代に至るまでこの第二性の性差は差別の対象とされてきた。だがそれも過去の話だ。人々は性差に抗おうと薬を混ぜ、道具を作り、法を整えていった。結果、今では第二性がなんであろうと関係なく生活が送れるようになったのだ。

 スメールの教令院。学問においてテイワットでは最も権威のある学術機関の図書館にて、アルハイゼンはひとり黙々と文字を追っていた。
「ほら、あそこにいる────」
「例の天才か」
「アイツって確か、アルファなんだろ」
 本棚の向こう。静かな図書室では響くひそひそ声からは、羨望と嫉妬が入り混じる。アルハイゼンは自身に関するその会話を耳にしても、くだらないと息を吐くだけだ。彼にとって、知識を得るのに性差はまったく関係のないことであった。教令院には優秀な性とされるアルファが多く所属している。これは統計上で見ても確かなことではあるが、ベータやオメガの性をもっていたとしても学問をすることになんら支障はなく、むしろ教令院は体面上多くのアルファを抱えることによって権威を示している──とアルハイゼンは見抜いていた。
 彼にとって「優秀」とされるアルファの性はくだらない色眼鏡に過ぎないが、「優秀」だからと集団への帰属を免れるためのものでもあった。よって、与えられた性に満足はしていた。
 アルハイゼンは席を立ち、本を戻すと授業に出るため移動をはじめる。その一挙手一投足に眼差しを向けられることにはそろそろ慣れた。

 その頃の話である。

「君が、アルハイゼン?」
 声と同時にアルハイゼンの鼻に届いたのは不思議な香りであった。抑圧と解放が入り混じり、華やかさがその衝突を隠しているかのような匂い。嗅いだことのない芳香に彼は数秒言葉を詰まらせたが、すぐに「ああ」と答えた。他人とかかわるのは面倒ではあるが、無視をするほど子どもではない。
「よかった。君と話がしたかったんだ。僕はカーヴェ、妙論派だ」
 アルハイゼンはその名を知っていた。というのも、彼の書いた論文に目を通したことがあったからだ。ほとんど停滞状態にある建築構造を古く忘れ去られた時代から考察しなおし、現代の建築構造に異を唱えるものであった。内容はやや理想や想像を用いた部分はあったものの、合理的かつ美しくまとめられた設計図はアルハイゼンの知識のひとつとして残っている。
「こんなところ、よく見つけたなあ。ひっそりと書を読むには確かにいい」
 図書館の隅、本棚の裏、そこに椅子と肘をかけるために置かれた小棚。どちらもアルハイゼンが勝手に拝借してきたものだ。少しずつ動かし、誰にも気づかれず、困らない範囲で自分の城を完成させた。
「君の論文を読んだよ。その歳で古代キングデシェレト文字を解読できるなんて、大したものだ」
 その言葉に、アルハイゼンは「どうも」と首を折る。それから、カーヴェと名乗った少年に目を向けた。少女と見間違うくらい華奢な体に、整った容姿、瞳を覆うように長いまつげ。美しい、と周りから目を奪う形をしていた。
 アルハイゼンは本人から告げられなくとも、目の前にいる男がオメガなのだと直感した。不思議な匂い、同年代よりも細い体、それから己の第二性が妙に揺さぶられているのが証拠であった。
 カーヴェはアルハイゼンの論文をしきりに褒めた。というのも、カーヴェの研究課題にアルハイゼンのちょっとした論文が手助けとなったのだ。古代キングデシェレトの言語はどの言語よりも難しく、辞書を手繰ってもアーカーシャ端末に頼っても解読に限度があった。行き詰った解読に当てはまったのが、アルハイゼンの論文であった。
 ゆえに、出会ってすらいないアルハイゼンへ期待と興味があったカーヴェは、その姿をひとめ見たら話しかけようと思っていた。賛辞と礼を必ず伝えなくてはいけないと。それから、どんな人物なのかという好奇心を満たすために話しかけ続けた。
 アルハイゼンはよくしゃべる、とカーヴェの話に相槌を打っていたがそれも次第にしなくなる。反応が薄くなると、カーヴェは気まずそうに「ごめん……。一方的にしゃべりすぎた」と口を閉じる。赤い瞳が後悔に沈み、しばしの沈黙のあと「それじゃあ」と身を翻すカーヴェ。
 外の光を柔らかく差し込むためのステンドグラスの光に、去ろうとしている金の髪の毛が美しくなびいた。
「先輩の論文も、すばらしかった」
 その言葉に立ち止まり、カーヴェはくるんと振り返る。まるで魚が踵を返すような光の波紋がきらきらと彼のあたりを包んだ気がして、アルハイゼンは見間違えたかと目を瞬かせた。
「っ。読んでくれたのかい?嬉しいよ!」
 まだまばゆい光に網膜を痛ませていたアルハイゼンの傍に、不思議な匂いが戻ってくる。それから、なぜ賛辞の言葉をカーヴェに告げたのか、その行動原理が己でもわからず、過去の建造物がいかに素晴らしいかを語るカーヴェの口元だけをながめてぼうっとするアルハイゼン。
「古代にさかのぼると、どうしてもキングデシェレト文明と相対することになる。僕は実際に造られたモノを見てデザインから造り手の思惑を推察するのは得意だけれど、文化となると文字をたどっていかないといけないからな……解読にはなかなか骨が折れたよ」
「ああ、そうだろうな」
「論文もなんとか書き上げたけれど、あれはまだ完成とは言えない────もっと過去まで、砂漠がまだ豊かだった頃の古代文明までさかのぼらないと」
 悔しそうな、夢を追うような、力強い探求の意思。アルハイゼンの目はもう、本へと落ちることは無かった。
「なら、俺が手伝おうか」
 言ってすぐに後悔し、それからカーヴェの驚き徐々に喜びに瞳を溶かす顔を見て協賛して良かった、とアルハイゼンは抱き着いてきた少年の腕の中で思った。
「嬉しい!すごく、嬉しいよ!──こうしちゃいられない、すぐに研究のテーマを考えよう!」
 する、と手を包まれる温もり。導かれるがまま椅子から立ち上がると、目の前の先輩の後を追うのだった。