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冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-11-06 22:04:58
7577文字
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獣使いは謳う
没作品の供養その2。
関西弁のヒーローが書きたかった。あとモフモフ。
1
2
3
01 遭遇、あるいは邂逅(1)
彼は生まれながらにして孤独だった。
それが宿命なのだと、教えてられずとも理解していた。
父母は心からわが子の誕生を喜んでくれたが、彼の記憶に思い出らしい思い出を残す間もなくこの世を去ってしまった。
ほとんど彼が殺したようなものだ。それもまた、彼が彼である以上どうしようもないことだった。
自分の出生を呪ったことは一度もない。息子のために死んでいった父母を恨むことなどできなかった。たとえ誇りを持つことは難しくても、与えられた命を全うしようと誓った。
ただ、哀しかった。
彼と同じだった父は母とめぐり逢った。
まるで砂漠のなかからひと粒の金を見つけるような奇跡。どこかにいるかもしれない唯一無二のだれかを見出すなど、幼い彼には無謀にも等しかった。
それでも
――
夢見た。
幾度も眠りをくり返し、移ろう世界のなかを探し続けた。虚ろな孤独にあたたかく満ちる愛を求め、どこまでも走った。
いつか、この名が謳われる日のために。
アウレリカは走っていた。
息が苦しい。胸の奥が痛い。心臓が踊り狂い、けたたましく鼓動をとどろかす。
無我夢中で動かし続けた足は力が入らず、木の根につまずいて何度も転んでしまった。
チョコレート色の髪は無惨に乱れ、ブラウスとスカートは土で汚れてしまっていた。剥き出しの頬や手の甲には、草葉や枝の先が掠めた細かい傷が浮かび、焼けたようにひりひりと疼く。
それでも、アウレリカは立ち止まるわけにはいかなかった。
――
早く、早く森を抜けなければ!
アウレリカの家は食堂を営んでいる。料理に使う木の実や茸などを採るため、町の外れにある森へ入るのは彼女の役目だった。
今日もまた、朝靄の消えぬうちに森へ行き、一時間ほどで戻るつもりだった。
いつもと同じ一日がはじまる、そのはずだったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「
……
ッ!」
大きく張り出した木の根に爪先を捕られ、アウレリカは地面に叩きつけられた。一瞬、呼吸が詰まる。
口の内側を切ってしまったのか、じわじわと鉄の味が滲み出す。アウレリカは朦朧とする意識のなか、どうにか起き上がろうともがいた。
後方から怖気立つ気配が迫る。
見開かれた青金石の睛に、跳躍する黒い影が映りこんだ。
眼前に着地した影の正体に、少女の顔に恐怖と絶望が広がった。
「あ、あぁ」
――
それは、狼に似た、しかし牛馬をも上回る巨大な獣だった。
ねじれた背骨が浮かぶ痩身を覆う、赤錆た剛毛。ぎょろりとした両眼は澱んだ金色、亀裂のような口元からは黄ばんだ牙が不揃いに飛び出している。その先から涎が糸を引いて滴り落ちると、煙とともに焦げつく酸の臭いが立ち上った。
おそろしく忌まわしき怪物
――
魔獣
デーヴァ
。
人族
ティエ
の精気に飢え、狂気に堕ちた
獣族
ヴァル
の成れの果て。
魔獣は際限のない飢餓を満たすため、見境なく人族を襲う。一頭の魔獣が生まれれば、ひとつの町が滅ぶといわれるほどだ。
まさしく、けだもの。
「あ、う、ぁ」
どろりとした魔獣の眼がアウレリカを呑みこまんばかりに肉薄する。必死に逃げようとするが、おののく指先は虚しく土を掻くだけだった。
『ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ』
錆びた金属をこすり合わせるような、魔獣の哄笑。
黒光りする爪を備えた前足が圧しかかってくる。
肺を押し潰され、アウレリカは声にならない悲鳴を洩らした。魔獣の呼気が喉を焼く。
爆ぜた石榴に似た口腔が迫ってくる様が、ゆっくりに感じられた。
蒼い光が閃いた。
『ぎゃあぁおおぉッ!』
飛びこんできた大きな影が魔獣の首に食らいついた。悲鳴を上げ、木々を巻き添えに引き倒される。
アウレリカは突然の乱入者に茫然とした。
暴れる魔獣を組み敷いているのは、青白い炎を纏った獣だった。
いや、炎ではない。やはり狼を思わせる、だが魔獣よりもずっとしなやかで力強い巨躯を包むのは、白熱する火焔のごとき蒼の毛並。清冽な金の双眸は、激しい怒りに輝いている。
なんて
――
まばゆい。
「
……
獣族?」
獣族は勢いよく魔獣の喉笛を噛みちぎった。頭が割れるような絶叫に、アウレリカはたまらず耳を塞いだ。地鳴りのような轟音が森を震わす。
のたうつ魔獣を更に押さえこみ、獣族は再び牙を突き立てた。青白い全身から陽炎のような光が立ちのぼる。
それは瞬く間に膨れ上がり、紛うことなき灼熱の業火となって爆発した。
ギャアァァァッ!
蒼い炎に呑みこまれた魔獣は断末魔を上げて転げ回った。獣族の目がきつく細められる。
やがて
――
炎はゆっくりと萎んでいき、花が散るように消えた。
魔獣は灰すら残さず焼き尽くされた。
アウレリカは、あまりにもあっけない悪夢の終焉に言葉を失った。あたりに燻ぶる酸の臭気だけが、狂った哀れな獣の名残だった。
獣族がゆっくりとこちらを振り向いた。
混じり気のない黄金がアウレリカを捉えた瞬間、彼女は心臓を鷲掴まれたような錯覚を抱いた。真っ白な衝撃が少女を撃ち抜く。
「
……
あ」
あなたは
――
。
しかし、言葉は最後まで続かなかった。
すでに限界に達していた緊張の糸がぷっつりと切れた。くずおれる体をだれかの腕が抱き止めてくれた気がしたが、それを確かめる間もなくアウレリカの意識は闇に沈んだ。
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