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木綿子
2021-11-05 20:05:21
5007文字
Public
👹(こい紅)(義炭)
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#4
バイク便配達員の義勇さんと、パン屋さんの炭治郎のお話です。 義炭です。
#3
https://privatter.me/page/65937b3a02da7
#5
https://privatter.me/page/65937b3a10315
生まれて初めて、デートの予定ができた。
そう、デートである。少なくとも炭治郎の中では完全にデートである。誰が何と言おうとデートなのである。
デートの段取りというものを、当然のことながら炭治郎は知らなかった。つまり誘い方もわからない。友達を誘うのと似たようなやり方でいいのだろうか、と三日間くらいは悩んだ。
悩んだ末に思いついたのは、朝食にお誘いすることであった。
一度は一緒のテーブルを囲んでくれた。事例があるなら誘いやすい。これは名案と思ったのも束の間、朝ごはんを食べてからどうすればいいのか、という新たな悩みが発生した。食べ終わったら即解散では、あまりにも素っ気なさすぎるだろう。そもそも一緒にいられる時間が一時間もないことになる。もったいなさ過ぎてそんなことは絶対にできない。それなりに楽しんでもらえそうで、ある程度の時間を共有できることが必要だった。
これもまた三日間くらいは悩んだ。悩みに悩んだものの一つも名案は閃かず、恥を忍んで一番年かさの妹に相談した。
そう、妹の禰豆子は花の大学一年生。恋人がいてもおかしくない年頃だ。本人に特別な人がいるかどうか炭治郎は知らないが、電話で友達と恋バナらしき会話をしているのを偶然小耳にはさんだことはある。恋人の有無に関わらず、恐らく女子大生情報網によりデートスポットにも詳しかろう。
背に腹は代えられない。こういう時は素直に聞いてみるしかない、と腹を括った。
「禰豆子、相談がある」
これ以上ないくらい真剣な顔だった。
「なに? お兄ちゃん」
妹も同じくらい真剣な顔で応答した。
場所は妹達の部屋である。教えを乞う者の礼儀として、二段ベッドの横、板張りの床に正座をした。炭治郎の尋常でない雰囲気を察知したのか、妹も対面に正座をした。互いに難解な問題に取り掛かる数学者のように真剣な顔つきで見つめあった。そうして炭治郎はゆっくりと口を言葉を紡いだ。
「デートに誘いたい人がいるから、この近辺でいいデートスポットがあったら教えてほしい」
兄妹は真剣な顔のまま、寸刻沈黙が流れた。
やがて禰豆子は兄の両目に視線を合わせたまま深く頷き、厳かにこう言った。
「お兄ちゃん、それは聞く相手を間違えてると思う。この辺のことなら私よりお母さんの方が十倍詳しいよ。今すぐ聞いてきてあげるね」
「えっ
……
? ね
……
っ、待っ
……
」
静止の言葉は妹に一文字も伝わらなかった。俊敏にすっくと立ちあがった禰豆子は長い髪を靡かせて階段を駆け下り、すぐさま大声で「お母さーん! お兄ちゃんにデートしたい人がいるんだって! この辺のいいとこ教えてあげてよ!」と宣った。それはもう在宅していた家族全員に一瞬で伝播した。そして炭治郎は床に両手をついて「ぅあああ~~!」と長男にあるまじき情けない悲鳴を上げた。
当然、恐る恐る階下へ行けば、弟妹達から「兄ちゃん、彼女できたの? それとも彼氏?」「兄ちゃん結婚するの?」「いつ? どこの誰と?」等々、遠慮のない質問攻めに遭い、更に当の禰豆子と母はそれはそれは優しい微笑みを炭治郎に向けてくれた。慈愛に満ちた菩薩のようであった。
「悩める子羊に、この母がよいところを教えてあげましょうね」
菩薩であり、聖母でもあった。
意外なことに、デートに誘いたい相手のことは一切聞かれなかった。曰く「だって炭治郎は鼻がいいから、変な人には引っかからないでしょ」なのだそうだ。家族の炭治郎の嗅覚への信頼度は富士山級である。
母から教えられた情報は、それはもう膨大であった。それもそのはず、ここは母が生まれ育った土地である。自宅が建っている場所も、元々は母方の祖父の土地だ。連綿と蓄積された土地情報と、その昔父とも大いに出かけたという地元デートスポットをこれでもかと詰め込まれた。
(
……
あれ恥ずかしかったけど、助かったなぁ)
母の情報は極めて有用であった。そこから炭治郎なりに考えて、一応のプランは立てられた。あとは誘うだけ、という段になって、またしばらく悩んだ。
冨岡義勇は、大人の男の人である。しかもあれだけ見目がよく、清冽で優しい匂いがする人だ。当然、お付き合いしている人がいる可能性は高い。だから「おれとデートしてくれませんか」とはとても言えない。
怖い。
特別な誰かがいると判明した時点で、炭治郎は失恋確定だ。知りたくない。名前と連絡先を知って一ヶ月足らずで失恋するくらいなら、今はまだ何も知らないままでいたい。デートでもなんでもなく、知り合いの学生とちょっと遊びに行くことになった、程度に思ってもらう方がいい。
とは言え、上手い誘い文句など一つも思いつかない。何かにかこつけようにも妙に嘘を吐いているような気がしてしまってできなくて、結局意を決して打ち込めたのは「朝ごはんを食べに来ませんか」のみだった。
(義勇さんと、デート
……
義勇さんと)
心の中で、「義勇さん」と呼ぶだけで、とろけそうに甘い何かが骨の髄まで染み渡る気がする。そうして苦しくなるのだ。骨髄にまで浸された甘さが身体を巡り喉元までせりあがって溢れてしまいそうで、ぐっと飲み込むたびにうまく呼吸ができなくなる。
何故か、義勇は炭治郎を最初から名前で呼んだ。
「炭治郎と呼んでいいか。俺のことも、義勇でいい」
そう言われて断れるわけがない。二つ返事で「はい」と言い、炭治郎の方も最初から「義勇さん」と呼んでいる。確かに「冨岡さん」と呼ぶよりも、「義勇さん」と呼んだ方がしっくりきた。ずっと昔からそう呼んでいたかのように舌に馴染んだ。胸の内で呼ぶときも、一つも違和感がないのが不思議なくらいだ。
(
……
ぎゆうさん)
口に出しそうになって慌てて唇を押さえた。
母にはもう、言ってある。八時に店に来てほしい、と約束をしてしまったのだ。八時は母の出勤時間でもある。隠せるわけもない。第一、炭治郎は嘘の吐けない性格である。
「土曜日の朝八時に、おれのお客さんが来るから」
そう予告した際に、「あらまぁ」という顔はされた。しかし全てを察したのか「わかったわ」と了承されただけで呆気なく終了した。変に詮索されないのは本当にありがたかった。
もうすぐ、八時になる。
母はさっき店に来た。いつも通り、炭治郎の焼いたパンでサンドイッチを作っている。その傍らで、炭治郎は皿を二つ用意した。今日の献立はあり合わせで作った前回よりももう少し手が込んでいる。彩りが鮮やかなミモザサラダと、昨夜作っておいたラタトゥイユ。鶏肉はこれから焼いてソテーにして、レモンバターソースをかける。スープはクラムチャウダー。これは店のランチメニューにも出すものだから、鍋いっぱいに作ってある。パンだけは前回と同じ、なんにでも合うと店でも人気の白パンにした。一緒に朝食を食べながら、義勇が「美味しい」と言ったからだ。
店の外、遠くの方からエンジン音らしき音が聞こえた気がした途端、にわかに羽で撫でられたかのように背筋がそわぁと騒いだ。義勇が来たのかもしれないと思うとじっと立っていられなくなり、カウンターを出て小走りに店の真っ赤な扉に駆け寄り、開けた。
ちりんちりんと、ドアベルが鳴る。
朝の、まだひんやり冷たい空気の中、店から出て見回せば駐車場の一角にある駐輪場にあの藍染の色があった。その横で丁度ヘルメットを脱ぎ前髪を軽く梳いていた人が、こちらを見てすうっときれいな瞳を細める。墨色のパーカージャケット姿が傍らのバイクに似合いすぎていて、真っ直ぐ立っているだけなのに瞬間的に見惚れてしまった。
甘苦しさが胸元にぎゅうっと凝り、けれど息を吸い込んだ途端に鳳仙花のようにふわっと弾けた。
嬉しい。会えて嬉しい。とても嬉しい。
苦しさが全部、置き換わる。
「おはようございます!」
知らず満面の笑みで駆け寄ると、義勇は一瞬だけ眩しそうに青い瞳を瞬かせ、静かな声で「おはよう」と返してくれた。それから、上から下まで炭治郎を眺め、少しだけ首を傾げる。
「
……
いけなくはないな」
「え、何がですか?」
意味が分からず、つられて炭治郎も己の姿を見下ろした。特に変な格好はしていないはずだ。普通にジーンズにスニーカー、まだ寒いから厚手の白いトレーナーを着た。デートと言うにはパッとしないかもしれないが、行先は牧場なのだからおかしくはないだろう。
「今日は出かけるだろう?」
「あ、はい。そうですね
……
?」
「服装のことを言い忘れていたから、どうかと思ったんだが」
「服装
……
?」
「うん。出かけるときは上に何か着られるか?」
「はい。上着はありますけど
……
」
「でも牧場へはおれが車出しますから」の一言は、義勇の次の台詞で炭治郎の喉から出ることなく消え去った。
「なら、俺のバイクに乗せられるな」
「は、ぇ? わふっ!」
ぽすん、と頭に何かを被せられた。耳にふこっと柔らかい感触がする。緩衝材のような。
「あの、義勇さん、これなんですか?」
「ヘルメット。ノーヘルじゃ乗せられない」
首元のストラップを締められて、「苦しくないか」と聞かれれば、「はい」としか答えられない。物理的には確かに苦しくはない。けれど、別の意味でじわじわ苦しくはなってきている。
(おれが? 義勇さんの? バイクに乗せてもらう?)
あの美しい流線形のどこに自分が乗れるというのか。
ちょっと意味が分からない。
ぽかんとしている炭治郎の目の前で義勇は顎に手を当て、まるで芸術品を鑑賞するかのようにこちらを見下ろし一人頷いている。本人の目元の方がよっぽど芸術的で、書道家が青墨で刷いたようなくせに。
「そんなに緩くもなさそうだな。使い道のないスペアヘルだと思ってたが、意外なところで役に立った。服もそれなりに厚みがあるし、まあ大丈夫だろう
……
炭治郎、どうした?」
「へぁっ?! いえあの、バイクに乗せてもらうのは、初めてなので
……
」
「ん。乗り方は後で教える」
すぽんとヘルメットを抜き取られ、更には乱れた髪の隙間に長い指が差し入れられる。そっと頭皮を擦られて、ひく、と肩が跳ねた。
さらさら、指と指の隙間を髪が通り抜ける音がする。間近に、雪原の匂いがする。吸い込むとさっき弾けた苦しさが明確に戻ってきて息が詰まり、顔が赤くなりそうだ。なのにこちらに触れる指先が優しくて気持ちがよくて「やめてください」なんて言えるはずもなく、何を思っているのか義勇も無言で炭治郎の髪を撫でている。
(なんだこれ、どういう
……
どういう状況?)
本格的に訳がわからなくなってきた。
見上げると深い青色があって、視線がかち合えば身動きが取れなくなり、呼吸すらもままならなくなりそうだ。
「えっと、あの、義勇さん」
「うん」
「朝ごはん、今日は鶏肉なんです。お好きですか?」
「ああ
……
好きだ」
つい、と、こめかみに零れた髪束を耳殻にかけるようにして、義勇の指が耳の後ろを滑っていく。それと同時に、言葉も。じっと瞳を合わせたまま。
陽光を映す、透明な水面のような虹彩が、炭治郎を捉えて沈めようとしてくるような、錯覚。
怖い。
何か酷い勘違いをしそうになる。落ち着け、と辛うじて冷静な体を装ってはいる脳の一部が声を上げた。
義勇の言葉は鶏肉に対しての回答だ。そう、鶏肉に対してなのである。決して炭治郎自身のことではない。当たり前だ。会話の内容をよく考えるがいい。自分で問いかけたんじゃないか。「鶏肉好きですか」と。
(
……
おれ、鶏肉になりたい)
しかし思考能力は見事なまでに格段に落ちた。生まれて初めて、本気で鶏肉になりたいと思った瞬間であった。
「同じ国産肉なのに」
「
……
? 何がだ」
「ぁいえ
……
なんでもないです。お肉今から焼きますから、テーブルについててくださいね。他は全部用意できてるんです」
なんとか笑ってごまかして、そっと義勇の袖を引く。すう、と冷たく凍った水の匂いがする。けれど歩き出した墨色の隙間、銀に光るファスナーの引手の辺りから一瞬だけ、春風に温んだ雪解けのような香りがした。
それは仄かに甘い氷砂糖の欠片のように、炭治郎の鼻腔でさらりと溶けて、喉の奥へと落ちて消えた。
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