青果
2023-11-23 01:11:16
17124文字
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【サンプル】鳥の声

『鳥の声』九龍妖魔學園紀:皆守と葉佩 / 文庫 / 全年齢 / 188ページ /900円(通頒)
2023/11/25・26 ジュヴFES 『彷徨書房』にて頒布予定の前半サンプルです。
※11/30以降順次発送予定

左右を決する描写・示唆する表現はありません。

通頒:https://prim-caca.booth.pm/

・卒業式に来なかった葉佩から、ペットの鳥を預かる
・葉佩の消息を追う皆守

・サンプルは読みやすいように改行がありますが、本では詰まっています
・葉佩とは最終的に愛情値優位、Aスキル・Pスキルマックスを想定



  2


 葉佩の部屋におかれた鳥籠を見て、ペットの持ち込みは禁止されているはずだ、と皆守は思った。葉佩は部屋の入り口に突っ立ったままの皆守の様子を見て、考えていることを察したらしい。すぐさま、

――校則破りは今に始まったことじゃないから!

 とめちゃくちゃな言い訳をした。
 皆守は黙って鳥籠を見つめて、それもそうかと思った。天香學園では、墓地に潜り込むよりも重い罪は校則に載せられていない。だとしても墓地侵入でギリギリのマイナス点で、そこにダメ押しの減点と言うこともできた。

 これをどうこうするのは俺のやることじゃないな。と皆守は判断した。
 高校三年の二学期の途中なんていう時期に転入してくる転校生がペットを連れていたところで何が起きるでもない。たかが鳥だ。

――まだなんも言ってないだろ。

 と皆守は言い、足の踏み場を探しながら進まなければならない部屋を眺め回した。

 葉佩が転入してきてから二週間程度しか経っていないはずだが、よくもこんなに物を集められたものだ。《宝探し屋》なんてやっているくらいだ。もともと蒐集癖があるのだろう。それも、ただ所持していれば満足できるというだけではないようだ。何の役にも立たず観賞にも堪えないような雑然とした物だというのに、几帳面に整頓されていた。砂は空のペットボトルに詰めてあるし、石は小分けできるケースに入れてある。銃弾は箱のままだったが四隅を揃えて積んであり、傍らに吸湿剤が備えられている。

 おかげで、この部屋は物が多いだけで汚いとはいえない。足の踏み場を考えなければならないが、人の住みかではある。

――ベッド座ってていいよ。お茶飲む? 皆守はコーヒーだっけ。
――そんなに気ィ遣うなよ。……邪魔するぜ。

 皆守は足のコンパスを広げて、的確に真っ平らな床を踏み抜いてベッドに近寄った。鳥籠はベッドの横に置かれていて、扉は開かれていた。見たことのない鳥だ。雀よりずっと大きく、カラスよりは小さい。スマートな鳩くらいだろうか。頭は海のように青く、体は新緑の緑だ。黒い目は丸く大きく、こぼれ落ちそうだった。美しく伸びた尾にはいろいろな色が混じっている。嘴は、上のほうが大きい。オウムの嘴に似ている。

 これは、オウムなのだろうか、インコか?

 鳥は籠の中から出て鳥籠のてっぺんに捕まり、背伸びをするような格好で皆守を見た。落ち着かなくて、手が思わずアロマパイプに伸びたが、手を止めた。火気をホイホイ使うものではない。どんなに周囲に銃火器があって今さらだといっても、鳥の目と鼻の先に火をぶらさげるのはまずいだろう。

――コーヒーどうぞ。

 気を遣うなと言ったはずだが、葉佩は意にも介さずに皆守にカップを差し出した。白黒で幾何学模様のついたマグカップだった。

――どうも。

 皆守はカップを受け取った。一口飲む。まだ熱かった。どこにマグカップを置けばちょうどいいか悩んでいると、鳥がちょんちょん鳥籠の上を伝って、皆守の膝近くまでやってきた。思わず、マグカップを持ち上げた。

――おい、どうすりゃいいんだ。
――ほっといていいよ。初めての人だから興味があるだけ。鳥、嫌いか?
――嫌いではない。
――じゃあ遊んだげてよ。

 葉佩は自分もマグカップを片手に歩いてくる。ベッドの隣に来るかと思ったが、彼は向かいのデスクチェアに座った。

――ごめん、まだ熱いか。

 そう言って、皆守のカップを引き取っていく。デスクの上に、葉佩のカップと並べて置かれた。
 両手が空っぽになると、理解しているかのように鳥が膝の上に移ってきた。どうしていいか分からず、両手とも肩まで持ち上げた。葉佩は向かいでくつくつ笑った。鳥は飼い主を振り返り、笑い声を真似するようにくるくる音を鳴らす。

――笑うな。どうすりゃいいのか教えろ。
――鳥も撫でると喜ぶよ。人差し指で掻くみたいにして。
――頭をか。
――うんうん。頭もほっぺたも。

 そう言われたとて、皆守は愛玩鳥を扱ったことはない。おそるおそる片手を下ろし、人差し指だけ伸ばして鳥に近づける。鋭く尖った上嘴に緊張させられるが、鳥は皆守の手を待たずに自分から近寄ってきて頭を人差し指に擦り付けた。
 犬や猫とは違う、羽毛のさわり心地だ。人差し指が小さな羽毛にすっぽりと埋まる。指先を動かすと、鳥は目を閉じてくるくる言い続けた。

――……大人しいもんなんだな。
――その子は特に大人しいよ。あんまり大きな声も出さない。呼び鳴きっていう……仲間を呼ぶときの声は大きいらしいけど、ワンルームだし呼ぶくらいなら鳥のほうから来るから、おれはあんまり聞く機会ない。
――お前、鳥って呼んでんのか?
――名前つけてない。鳥で充分だし。

 皆守は口の中でもぞもぞ文句のようなことを言ったが、まだはっきりとした言葉にはならなかった。
 飼い主が鳥と言うなら、皆守も鳥と言うしかない。
 鳥は自分の希望するところを皆守に撫でさせるために、思いつくままに人差し指に頭や頬や後ろ頭を押しつけた。人なつこいのだろうが、指を差しだしている身から言わせてもらえば、体の良いマッサージ器になったような心地だ。

――ずっと飼ってんのか。
――いや、一年経ってないよ。OJTで南米に行ったとき、お世話になった村で飼われてた鳥の子なんだけどついてきちゃってそのまま。

 詳しく聞きたいことが山ほどある一言だった。お前の仕事、OJTなんてあるのか。日本だけじゃなくて南米まで行くのか。

――飼われてた、んじゃなかったのか?
――ああ、ごめん。飼われてた鳥の生んだ卵から孵った子どもだったの。奪ってきたわけじゃないって。
――なるほどな……
――おれの仕事、あっち行ったりこっち行ったりだから大丈夫かなと思ってたけど、体調も崩さないしかなり図太いよ。種類としては繊細な鳥らしいから、これは個体差だろうけど。子どものころから連れ回したから慣れたのかもな。
――なんていう鳥なんだ? オウムか?
――もう忘れた。覚えてたとしても、日本語でなんていうか分かんないな。

 それもそうか。
 鳥は皆守の人差し指に飽きたと見えて、フンフンとまわりを一周パトロールすると向かいの葉佩までベッドと鳥籠をつたって歩いていった。飛ぶ必要がなければ飛ばないんだな、と皆守はぼんやり思った。

 飼い主は鳥の扱いに慣れていて、頭をもしゃもしゃに撫で上げたり、人差し指を甘噛みさせたりした。皆守は中腰でマグカップを引き取り、口をつける。飲みやすい温度にまで下がっていた。

 落ち着いて、部屋の中を改めて見る。おおよそ平凡な高校生からはかけ離れた部屋だ。これらがモデルガンだとかデザインナイフとかいうのだったら、まあ有り得なくもない趣味といえる。だが、ここにあるのは全て本物だ。皆守の目の前で拳銃は発砲されたし、ナイフは巨大な虫の腹を切り裂いた。
 思い出すと、口の中にコーヒーとは違う苦さがこみ上げた。苦しさすらある。腹を切り裂かれた虫が手足を痙攣されながら地に伏した光景を思い出した。黒い砂が遺跡の底にわだかまりを作っていた。その中を歩いていく《転校生》があまりに新鮮で目まぐるしく、後ろから見つめていたら砂のざわめきは収まっていた。

 皆守はその場にいたというのに、墓守を扶けなかった。

 これからこいつとどうやっていけばいいんだ、といういくら考えても飽きを許されない議題がまた皆守の頭を行き交う。
 目が葉佩に吸い寄せられた。ペットに向けて笑顔をうかべる男は、平凡な高校生といってもまったくおかしくない。彼の顔を見ていると、この男をどうこうする想像など罪そのものだった。墓守の立場からは、墓地に侵入するほうがはるかに大罪なのに、彼の目線ではたいした罪にならない。行くべきところに行った、排除しようという者たちがいたから斃した、それだけのことだ。罪ですらない。墓地に入るなというのはたかだか校則で決まっているだけだ。

 彼をいつ墓地に埋めるのか、その想像は飼い主に撫でられて喜ぶ鳥と、皆守の奥底に残った人としての道徳が引き留める。墓地の土にまみれた己に、道徳などという考えがあるとは驚きだ。
 皆守が笑うと、鳥が振り向いた。釣り竿のリールを巻き上げるような音で鳴き、口の中の具合を整えたかと思うと、突如奇妙な声を出した。トキョキャン、と聞こえるが、何度も繰り返されるとそれぞれ違う音のようだ。トリョキョン、トギョ、トキャン。人の声真似をしているのだ、とまもなく気づいた。はっきりした音にならないのでオウムのように浪々としたものまねは得意ではない鳥だと分かるが、懸命なのが伝わって愛らしくはある。

 聞こえる言葉はばらばらのようだが、最初の音がトであるのは揃っている。真似しようとしている言葉はトから始まるのだろう。

――なんていってるんだ、こいつは。

 葉佩にそう尋ねると、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

――……
――なんだよ。なんて言った?
――……鳥ちゃん、って。
――はあ?

皆守はコーヒーをすすりながら、その答えに呆れた。なんだそりゃ、鳥はお前自身だろうが、と思ったからだが、よくよく考えれば鳥が人間の言葉を真似するということは、その言葉を聞いたことがあるということである。真似るようになるくらいには、聞く機会がある言葉のはずだった。

――おい、葉佩、それはつまり、
――かわいいだろ。だって。

 開き直った葉佩が言った。両手を出して、鳥の首元を左右から撫でる。撫でられている鳥は興奮した様子でちょこまか足を上下させ、鳥ちゃん、鳥ちゃん、と鳴いた。
 名前をつけていなくても充分にかわいがっているようだ。鳥を猫かわいがりする葉佩を見て、皆守はまた笑った。

 今度は自嘲するのではなく、ほほえましかったから笑ったのだった。




 とはいえ、と皆守は思った。パソコンではカーソルが点滅して皆守のタイピングを待っているが、もうすっかり一休みの気持ちになっている。修士論文の提出日はまだ先だ。ここで一休みしたところで何も焦りなどない。
 まだ先の締切のために逆算して少しずつ計画的に作業を進める、なんてことが自分に可能だとは思っていなかった。どうも皆守甲太郎という人間は、ちまちま積み上げていく作業が性に合うらしい。

 湯を沸かして入れた珈琲は冷めていて、啜ると酸味が舌の上に残った。舌と口腔の上を擦り合わせて酸味を消しながら、皆守は鳥籠を見る。扉は開いていたが、鳥は籠の中で止まり木の皮を剥くのに一生懸命だった。鳥には、本物の木の枝を渡している。この鳥は、繊維を剥ぎ取るのがことさらに重大な趣味なのだ。

 この鳥を預かって、まもなく二ヶ月経つ。その間、連絡は何もない。

 鳥を預かった日の手紙にも期限は書かれていなかったので覚悟はあったが、便りの一つもないままだと不安だ。鳥がいると生活に不都合だとか面倒だとかいうのではないが、命を預かる責任は重い。いずれ皆守も学会で遠方に出張することがあるし、家を空けなければならない可能性は高い。それに、鳥の側でも飼い主に会えない時間が長ければ長いほど気持ちが沈むだろう。

 天香學園で会っていたころの鳥は、遊んでもらって興奮すると、人間と同じくらいの声量ながらよく鳴いてコミュニケーションをとろうとしていた。それが今や、基本的に静かにしている。おやつとして好物の果物をやった際に、鼻歌のような声をあげることがあるのがせいぜいだった。

 このままだとこいつがかわいそうだ、という感情が泡のように皆守の中に湧き上がった。
 葉佩はいま、どこで何をしているのだろう。

 皆守はイスから立って、小物を詰め込んでいる棚の前に立った。ファイルを一冊抜き出す。開いてめくると、鳥を送り届けてきた男の名刺が丁寧に保管されてある。
 いま、皆守のもつ綱はこれしかない。この綱が、葉佩の居場所を知るのにもっとも近い。

 鳥をだしにしているという自覚はあった。だが、自分だけでは踏み出しにくいわがままも、もう一羽の願いさえあれば踏み出す足場を固めてくれる。この部屋は静かで、小さなキッチンで沸いている大鍋一杯のカレーの湯気が空気をやわらかい毛布のようにしていた。適度な重みのあるあたたかな湿気が、初冬の乾きはじめの空気と混じり合っている。

 鳥はあたたかな土地で生まれた種類であるし、小さいので体温調節がうまくない。つけ放しにしている空調はぬるい呼気を吐き出し続けている。

 空調にかかる電気代を、皆守は幸いに気にしたことがない。
 皆守の口座には、毎月数万円が振り込まれている。通帳に印字される入金元は、皆守の持つ名刺と名前が同じだった。いつのまに、と気づいたのはバイト代の記帳をしに行ったときだった。いつもの並びの中では、よく目立つ。鳥を届けに来た男に世話代の振込先などの話をしただろうか、と訝しんだのは短い間だった。皆守の口座は、葉佩が知っていた。天香學園にいたときの彼は、仕事で受け取る報奨金のいくらかを同行の皆守に分配した。いらんと言っても、彼は聞かなかった。

――おれにとっては、仕事なんだ。いまこのとき、おれにとって皆守は仕事仲間で、おれの仕事に手を貸してくれる委託職員みたいなものなんだよ。
――水臭い。受け取れるか、そんなもん。
――頼むよ。じゃないとおれ、もう皆守と一緒に行けないよ。

 脅しかよ、と皆守は思った。けれども、葉佩にとっては本気だったろう。きっとやつは、ひとから不用意に金を借りることもしない。

――皆守がいないと困るんだ。こんな謝礼ひとつおざなりにして、おまえに割に合わない仕事だと思われたくないよ。
――お前と一緒にあんな……墓地に行くのを仕事だと思ってるわけないだろ、そもそも。

 これは、半分嘘だった。けれど、心はすべて本当のつもりで言った。だから、葉佩も皆守が言いよどんだ背後にあるものに気がつかなかった。

――皆守との関係がこじれるなら、もっと別のことがいいんだ、おれ。
――はなからこじれる前提で話すなよ……
――喧嘩すんなら、ってことだよ。おれ、間違ったこと言ってるか? 助けになったから、そのぶんを返さなきゃいけないだろ。おれはひとりでできるかどうか怪しいんだし、もらってるお礼金の一部は皆守の取り分でいいんだ。だから受け取ってよ。同級生から金の受け渡しされるの、気味悪いの分かるけどさ、あ、じゃあバイト方式にしよう。高校生もバイトできるだろ。振り込みだよな?
――この學園ではアルバイトは禁止されてる。
――バイト《方式》! ただの、システムをお借りしているだけ! 皆守、口座あるだろ。そこに振り込みするから。おれからの入金だとまた気後れするだろうし、派遣元に言っとくよ。おれに振り込むとき天引きして皆守のほうに入れてもらえばいいんだ。

 皆守はそこまでする葉佩に呆れた。お前なァ、と言ったが、葉佩は退かなかった。
 天香學園で、葉佩は強情だった。天香學園以外の葉佩は、どうだったのだろう。あのころ、彼はどういう人間として振る舞っていたのか、皆守はよく考える。自分の知らないところにいた葉佩を思考が追いかけている。
 背後で、鳥が喉を鳴らした。調子を均すチューニングのような音に、皆守ははっとして振り向く。しかし、鳥は皆守の顔を見つめ返しているだけで、何も言わない。

 天香の小さな寮の一室にいたときは、このチューニングが声真似をはじめる合図だった。この小鳥を鳥ちゃんと呼んだ飼い主は、ここにいない。

 こいつも、さびしかろう。

 時計を見た。夕方の四時半。連絡するのに常識外れという時間ではないだろう。名刺に書かれた電話番号の市外局番は東京のの〇三だった。

 皆守は携帯電話を開いた。名刺を見ながら、電話番号を打ち込む。手を止めずに、打ち込みきった。
 こんなことをしていいのか、という問いかけは、今までの二ヶ月で何度もした。これしか綱がないのだ。鳥の丸い目にさびしさを感じるのは、皆守の感情の選択肢にさびしさがあるからだ。

 さびしいよな、おまえも。

 携帯電話を耳にあてた。呼び出し音を聞きながら、皆守の動きを見つめてくる鳥の羽毛を眺めた。呼吸を整えるために、ため息をついた。どんな歳になっても、ため息はため息であり続ける。

 俺も、実はずっとさびしい。