鹿
2023-07-03 23:57:10
4242文字
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転生現パロ

Twitterからの再掲

『誕生日ケーキ買った 今から行っていいか』
 あの人がそんなメッセージを送ってくるものだから、もう友人達の誘いを断るしかなかった。
否、本当はそんなことをする必要はない。なんの約束もなく、勝手にケーキを買って勝手に来る人なんて、律儀に相手しなくたっていい。
 なのにどうして、今から帰りますと返信して僕の足は自宅に向かって走り出しているのか。
 一人暮らしの大学生の住まいとしても、少々くたびれていると言わざるを得ないアパートに、何もかも場違いな男が立っている。この狭苦しい建物ではあちこち頭をぶつけてもおかしくない長身、ここの家賃を払ってる人間達とは桁がいくつも違う収入であることが知れる仕立ての良いスーツ、待ちぼうけをくらって部屋の外に佇むのがあまりに似合わない険しくも美しく整った顔立ち。
 そんな男が、やれ課題だレポートだサークルだ飲み会だと目の下に隈作ってるような、どこにでもいる学生相手に、どうしてそんなに愛おしげな顔を向けるのか。
「誕生日おめでとう、斎藤。今日までよく生きたな、流石だ」
 どういうテンションの祝福?のんきな学生の身分、死ぬようなことする方が難しいでしょうに。
「あのねぇ土方さん、急に来られちゃ困るんですよ……第一、あんた忙しいんじゃないんですか」
「お前の誕生日祝う余裕も作れないほど甲斐性無しじゃねえよ」
「わあー、それ、恋人作って言ってあげたら喜ばれますよ」
「お前がなってくれりゃ良い」
 冗談やめてくださいよ、冗談じゃねえ、お前がいい、そんなやりとりも既に飽きるほど繰り返したので、もう最近は省略している。ため息を吐きながら鍵を開けると、まるで当然のような顔で僕に続いて部屋に入ってくる。いや、来ていいかと言われて、良いとは言わずとも拒みはしなかったのは僕だけど。
 この人が頭をかがめて天井の低いこの部屋に入ってくることにも、窮屈な玄関にきちんと靴を揃えておくことにも、物干しのスペースが無いから窓のカーテンレールに引っ掛けてるようなハンガーにたっかそうなコートを掛けることにもずっと慣れない。なのに向こうは勝手知ったるとばかりに冷蔵庫を開けている。なんなんだよあんたは本当に。
……っていうか、なんで僕の誕生日知ってんですか?」
「沖田に聞いた」
 あんにゃろう、面白がりやがって!僕らを引き会わせた(見た目だけは)美少女の呆れたような笑いが目に浮かぶ。
『別に嫌ならフればいいんですよ?いい歳こいて恋に浮かれてるだけの人なんですから』
『恋って言っちゃうんだ。僕ね、冗談やめさせてほしいって話してるんだけどね』
『残念ながら本気なので……しかしまあ、土方さんが……あんな顔して……ふふっ』
 笑い事じゃねえんだわ⁉︎9つ年上の社会人の男に言い寄られてるだけでも訳がわかんないのに、僕はなんで好かれてるのかすらよくわかってないんだよ⁉︎
「おい、冷蔵庫スペース空けてえから鍋にするぞ」
 そしてこっちはこんだけ困惑してるのに、この人ときたら!会ったばっかりの頃は料理なんてろくにしてなかったくせに、手慣れた様子で賞味期限の確認するようになりやがって!
 萎びはじめた野菜も冷凍して忘れていた肉も半端に残ったソーセージもまとめてぶち込んで煮ただけの鍋を、ちゃぶ台に置いてちまちまつつく。
 座布団も無い部屋だからカーペットに直座り。土方さんは鍋を取り分けるには少し底の浅い取り皿と、割り箸で食べている。僕が何度か「もうこの人の食器を用意した方がいいんだろうか」と思ったのを、その度全力で頭を振ってか頭から追い出しているからだ。
 鍋は懐が深いからそれなりに食える味にはなっているけれど、当然とびきり美味いわけでもなんでもない。なのになんでこの人は、こんなに満ち足りた顔ができるのだろう。
「そんなに美味いですか?」
「ああ、お前の食ってるところを見ながらだと、特にな」
 ああもうなんなんですか、食いますよ、食べ盛りの学生なんで。美丈夫のとろけるような微笑みがあまりにも心臓に悪くて、ひたすら鍋を食うことだけに集中する。その間もずっと生温い視線を送られていることに必死で気づかないふりをした。
「それでな斎藤、お前の誕生日を今日になって知ったもんだから、プレゼントの用意ができてねえんだ。悪いな」
「いいですよ別に、だって」
「だから次の土日に一緒に買いに行こう」
……は?いやいやいやちょっと」
「お前コートそこの真冬用のしか持ってねえだろ、あと掃除機新しいやつ欲しいって言ってなかったか?」
「いや待ってくださいよ!そんなことしてもらう理由が」
「まあ、俺がお前と、デートする口実が欲しいだけだな」
 なんでどうしてと言いつつも、理由なんて最初から明白だ。この人が言うことに冗談も気の迷いもなく、ただ僕のことが好きで、だから僕と一緒にいられるだけで、こんなに嬉しそうにしてみせるのだ。あまりに陳腐で笑えない結論にため息しか出ない。
「斎藤、嫌か?」
 ……何より腹立たしいのはこれだ。
「ははっ、嫌だなんて言われると思ってないんでしょ?これだから顔の良い男は」
「いや?お前は断る時はちゃんと断れるやつだろう」
 きっとこの『デート』の件だけでなく、僕が本気で嫌だと言ったら、この人は僕に言い寄るのをやめるんだろう。どういうわけか、出会ってすぐの頃からそれだけは確信していた。
「俺はな、お前のそういうところが好きなんだ」
 散々好き勝手に受け止め切れないほどのものを注いでおいて、こちらには終わらせる権利ばかりが与えられている。この人は、土方さんは、昔からずっとそういう不公平なことをする人だった。
「斎藤」
 ああ、この呼ぶ声を、心底嫌いになれたらどんなに楽だろうと思うのに。一〇〇年以上前から、できた試しがない気がする。