獅子は黒百合を噛み千切るだろう

うちよそオスラッテ、ちょっと病み気味なオスラに思うところがあるオスッテが未知の土地に迷い込む話



 さて、答え合わせといこう。
 目が覚めると、目の前には黄色いレンガで出来た天井と壁と柱がぼんやりと見えている。この時点で自宅で寝ているということはあり得ない。そんな中で枕元のランプによってぼんやりと映し出されるように現れた青い髪に黒い角を携えたアウラ男性は、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「クルウ!? 俺の声が聞こえるか……俺の事が分かるか……っ?」
 ディルにしては珍しく動揺して焦っているなと他人事のように思いながら、彼の問いかけに答えるために声を絞り出す。
「う、ん……、ディル、わかる、よ」
「あ、ああ……よかった」
 途端に安心したように表情は笑顔に変わり、大きな手で慈しむように頭を撫でてくれた。ディルの手は少し冷たいように思えたが、さっきのような不快さはない。
「ちゃんと生きてるよな、どこか具合の悪いところはないか? 偽りなく正直に言ってくれ」
「いや、特に変わりはないけど……
 別に普段の寝起きと変わったところはない。周りの状況を確認するために身体を起こして見渡してみると、寝ていたベッドはウルダハ周辺で見られるデザインの物で、周囲の家具も同じようなデザインの物が並べられている。自分の身体を確かめてみても酷い怪我をしているような状態ではなく、服装も寝間着のような軽装になっていた。しかしディルは赤魔道士の装備を身に着けているが、顔からスーツにいたるまでくたびれているような印象を受ける。
「ディル、どうしてそんなにボロボロになってるんだ? せめて着替えたりとかは……
「そんなこと出来るような状況じゃなかったんだぞ、こっちは」
 一気に声が低くなったディルは、淀んだ緑の目で黙っていろと圧をかけるようにこちらを睨みつけている。これは絶対ただ事じゃない。そう確信して余計なことすら言わないようにグッと唇に力を入れてディルの次の言葉を待った。
「もう一度聞くが、本当に何もないんだな?」
 ここで首を縦に振るのは……嘘になるだろう。何もないということは決してあり得ないのだから。



 ディルがかつてお世話になっていた孤児院の管理人であるヴァンスさん経由で、ウルダハのある商会の会長から出ていった息子を探してほしいと依頼をされたのは二日前のことだった。この会長は元々骨董品収集を趣味としていて、ヴァンスさんとは趣味繋がりで何度か付き合いがあったという。
 会長は、とある新進気鋭の商店がリムサ・ロミンサに対して企画立案した新規開拓事業の話を聞き、この企画を応用してウルダハにおける霊災難民やアラミゴ難民などに対する労働事業として支援が出来るのではないかと考えていたらしい。そうして新進気鋭の商店とコンタクトを取りつつ企画を作成していたところ、企画案を見た会長の息子は「成功例があるならこれはもっと莫大な金になるに違いない」と自分が開拓をすると言い出したらしい。そもそも最初の開拓事業においては本国で不要になりかけていたシャーレアン製の魔法人形を利用して、現地の人間が少人数でも広大な土地を開拓して複数の建物を築き上げたり大量の交易品の製作を行っていたそうで「そういえば家にも同じような魔法人形がある!」と思い立った会長の息子が父親の集めた骨董品の中からいわく付きのシャーレアン製の魔法人形を無断で持ち出して、意気揚々と商会が所有する無人の小島へと船に乗って向かっていったらしい。そのことに気が付いた会長が急いで息子を追いかけようとしたが、小島は無人島として長らく放置されていることから現状がどうなっているか分からず、もし息子が何か盛大にやらかしてしまった時に商会の名が悪い噂として知れ渡るのも困る……ということで冒険者ギルドにもなかなか頼みにくく、結局会長は自分自身の持つ人脈を駆使して腕利きで尚且つある程度のサバイバル能力のある冒険者がいないかと探していたらしい。そして白羽の矢が立ったのが俺とディルだった、というのが依頼を受けるまでの経緯だ。俺にはギャザラーとしての知識があるし、ディルの戦闘能力も充分高い。危険手当も兼ねてかなりの額を提示されたのと、ヴァンスさんからの薦めもあって俺たちで小島に向かうことになった。



 商会から船と操縦者を提供してもらってよく晴れて波も穏やかな海を渡り、難なく小島に辿り着いた。果たして息子の方も無事に着いたのかと当初は心配していたが、島の砂浜に到着してすぐにその疑問はどこかへ行ってしまった。砂浜の上には四肢を無惨にも切り裂かれ、血も乾き果てた人だった何かが転がっていたから。
「あれは、まさか……っ」
「クルウ、俺が確認するからここで待ってろ」
 俺の返事も待たずにディルはすぐに駆けていってしまったので、仕方なく言われた通りに待機し、なるべく海の方を見ていてくれと操縦者に指示しつつディルを待っていた。ディルは数分程で確認を終えてこちらに戻ってくると、赤く染まった懐中時計をこちらに差し出した。
「この時計の裏に商会のロゴが彫られている。多分、例の息子で間違いないだろう」
 ディルは容姿や服装の特徴をかいつまんで操縦者に説明すると、やはり会長の息子で間違いないと言った。しかし無人島で餓死ならまだしも、あれだけ丁寧に手足を斬られているというのは何かおかしい。仮に島にいる野生動物に襲われた場合は、噛みつかれたりしてもっと違った外傷になっているだろう。それに、ここにはもう一つあるべき物がない。
「ディル、魔法人形は近くにあったか?」
「いや、見える範囲にはなかった……が、嫌な予感がするな」
「うん……多分、あの人形はここに放置しちゃいけない。依頼人もいわく付きだと言っていたし、探しておくべきだと思う」
「そうだな……とりあえずまずは遺体を回収してから魔法人形を探そう」
 奇妙な状況に怯えつつある操縦者には引き続き待機してもらい、俺とディルで丁寧に遺体を回収した。島に生えていた大きな葉などを活用して何重にも包んでおき、船に積み込んでおく。そうして一通りの作業を終えて周囲を確認しようとした時に、何かが砂を踏みしめてこちらに向かってくるような音が微かにしたように思えた。ディルにもそれは聞こえたようで、同時にそれぞれの武器に手をかけつつ周囲を警戒し始める。
……見えない、けど近いな」
「油断するなよクルウ、多分これは動物とかの類じゃない」
 足音に混じって、普段感じることのないエーテルの気配が近づいてくる。俺とディルが扱う魔法に当てはまらない。明らかに異常で不快な魔力だ。耳を動かして動向を伺っていると、そのエーテルが歩みを止めたかのようにピタリと留まった。その立ち位置から、そいつが狙っているのは多分ディルの方だとすぐに分かった。
……っ! させるか!」
 剣と盾を素早く構え、自分のエーテルを集中させる。ディルも俺の行動に反応するように素早くその場から退避した。そして俺の目の前に光の結晶が浮かび上がると同時に、ディルがいた位置の近くの何もなかったはずの空間にも同じ結晶が現れる。しかしすぐに結晶は黒く濁り、崩れるように消えてしまった。そしてそこから一気に黒い靄が発生し、それは探していた魔法人形の姿となった。
「ギ……ガ、ガガ……ッ」
 軋むような機械音が、何かを訴えるように音を鳴らす。やがてパキン、パキンと魔法人形の内側から割れるような音がすると黒い靄はますます膨れ上がり、靄は大きな翼と垂れ下がった角と長い鋭利な爪を携えた女性のような形になっていく。
「エエエエエエ、テル、ウ、フフフフフフ……コココココ、ニ、アアア……!」
 何か喋っているようだが、耳を塞ぎたくなるようなノイズと魔力が混ざり合っていて聞くに堪えない。しかし、相手がどういった存在であるのかは検討がついた。
……妖異か」
 俺がそう呟いたところで、正体を現すようにそれは翼を広げて叫んだ。
「ア、ハハ、ハハハハハハハハ……! ヨコ、セエエエエエエ!」
 妖異が長い爪をこちらに向かって振り下ろそうとした瞬間に俺は盾を構えてその斬撃を受け止めた。そして横から赤い光が走り、妖異の腕ごと吹き飛ばした。吹き飛ばされた腕は空中に霧散し消える。
「ガッ……?!」
 彼女が動揺して止まった瞬間、赤い魔法陣が足元に生成される。今度は俺が退避すると直後に四方八方から赤い雷撃が妖異に襲い掛かり、血飛沫の代わりのように魔力の余波が辺りを焦がす。
「不快だ。喋るな、消えろ」
 赤いクリスタルを細剣に装着したディルによって、容赦なく無慈悲に赤魔法を撃たれた妖異は既に首を飛ばされ、声を上げることすらなく消えていった。



 消えた後に残されたのは、泥にまみれて傷だらけでボロボロになった魔法人形だけだった。魔法人形も回収して帰りの船旅の最中に詳しく中身を見ると、内部のコアたる宝石が灰色になって割れており、ひとまずもうこれは使い物にならないだろうということは予想できた。
「宝石といい内部のパーツといい、随分と古いな。もしかしてこの中にあの妖異は入っていたんじゃないか?」
「つまり、はじめからずっと魔法人形の中にいたってことか? なら家にあった時からあいつが出てきたっておかしくないだろう」
「まず魔法人形はコアに魔力を注がないと起動しない。今まではあくまでもアンティークとして何もされずに保管されたままなら、魔力を長い間注いでいない可能性がある。元々宝石やクリスタルはエーテルを貯蓄したり魔法の媒介として使われるし、内部のエーテルによって色も変化する。でもこの宝石は灰色で、こういった色のものは大体エーテルが空っぽになってる。そして妖異は大抵のものは実体を持たず、闇のエーテルから形成されていると言われているんだ。だから、こうした空の宝石を依り代としている妖異が中に入っててもおかしくないと思う。でも、外に出てくるまでのエーテルはなかったんだろう」
「じゃあ、外に出てきたのは……
……本来の用途で魔法人形を使用するためにコアにエーテルを注いだ。その結果中にいた妖魔にエーテルが与えられて、力を得たことで外に出てきた。そして、恐らく目の前にいた生物から、更なるエーテルを奪おうと……
 四肢を斬ったのは、恐らく獲物である彼が逃げないようにするため。身体中のエーテルを吸収され、血も涙も乾いた遺体には苦悶の表情が残っていた。きっと、エーテルを完全に失うまで彼の苦痛は長く続いたのだろう。
「ありがとうクルウ、今となっては推測の域を出ないだろう。ひとまず依頼人にこれらを引き渡して今後のことは当人たちに任せるほうがいい」
 ディルが俺の話を遮って、少し乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でてきた。それがえらく長く続いたものだから、何度かやめろと抗議したのも覚えている。
 そうしてベスパーベイまで戻ってきて、ディルは操縦者と包んだ遺体を運び、俺は魔法人形を運んでいた。ガチャガチャとガラクタが音を立てている中で、何だか胸がチリチリと焦がされるような違和感を感じ始めていた。それが今持っている物によって引き起こされていると気が付いた時には既に視界が真っ暗になっていて……。俺の記憶が妖異によって歪み狂った長い悪夢の先で、ようやく目が覚めたのが今現在ということになる。



 全ての出来事を今一度思い起こしてから、ディルに対して俺は首を横に振った。
「そうか……
 ディルの表情はあの遺体と同じようにとても苦しそうだった。そのままゆっくりと俺を覆うように強く抱きしめてきたディルを何も言わずに受け止めて、しばらく互いに無言のまま、俺はディルの胸の中でいつもより早い心音を聞いていた。
「あのまま、死ぬんじゃないかって思った。黒い靄に包まれて、まるで、話に聞いていた終末の獣みたいになりそうで。倒れたお前を心配して依頼人が部屋とベッドを貸してくれて看ていたんだけど、お前は寝ている間もずっと魘されていて、声をかけても、揺すっても、目を覚まさなくて……
 ディルの抱きしめる力が強くなっている。身体の震えが微かに感じ取れる。
 終末、それは主にラザハンやガレマルドで甚大な被害を及ぼし、多数の死傷者を出したという星全体を巻き込んだ大災害。暁の血盟が世界に向けて公表した情報によれば、遥か遠い昔にも発生したという星の終わり。ここエオルゼアも大きな被害はなかったものの例外ではなく、絶望などの負の感情に追い詰められた人々は黒い靄を出して獣に変わり果ててしまったという。そうして獣になった者はエーテルを失い元には戻らず、星海に還ることも出来ない。暁の英雄たちが宙の果てまで飛んで元凶を止めてくれなかったら、確実に俺たちにも降りかかっていたであろう出来事だった。
「お前が起きる直前にまた黒い靄が身体から出てきたけど、すぐに消えたんだ。それで絶対に何かあったんだと思った……分かってる、クルウは強いって。でも、もし、お前が、いなくなったら」
 今度こそ、ディルの心は完全に壊れて戻らないかもしれない。
 まだ終末の影響は全て取り払われたわけではない。それこそ冒険者として行動していれば、最悪命を落とすような危険を伴う事は多い。かつて俺が大怪我をしたり操られたように、ディルが記憶を失くしたり自由を犠牲にしたように、俺たちは自分が壊れてしまうような出来事にも遭遇してきた。その度に互いを支え、助け合い、今もこうして共に生きている。それで愛が証明されると、生きている価値があると信じた。
「頼むから、俺の……っ」
 そこから先の言葉は詰まってしまった。俺が意識を失っている間に、ディルはどれだけ俺の事を心配していたんだろうか。俺が二度と目を覚まさないかもしれないって、悪夢の中で妖魔に負けるかもしれないって、何も言えずに突然別れてしまうかもしれないって、色々な最悪の可能性がディルを苦しめてしまったのだろう。それこそ、俺が彼を獣に変えてしまう可能性もあったほどにだ。
「ごめん」
 もう素直に謝るしかなかった。確かに、たった一人で戦ってしまったのは悪かった。でも、あの時ディルが助けてくれることを願っていたように、二人の絆の証であるエターナルリングが夢の中でいつまでも輝いていてくれたように、俺にとってもディルはなくてはならない存在なのだ。もしこの闇がディルを襲おうとしたのなら、きっと俺は迷うことなく彼を庇っていただろう。
「俺はもう大丈夫だ。あの妖異の魔力がまだ魔法人形のコアに残っていて、確かに俺は呑み込まれそうになった。けれど今度こそちゃんと倒したから、もう同じことは起こらない。魔物にも獣にもならないから、俺の言葉を信じてほしい」
……クルウ、頼むから、もう無茶しないでくれ。俺のために命を投げ出すな」
 ああ、彼が最も言いそうなことだ。彼の声は間違いなくハッキリと聞こえる。
 ディルの執念とも言えるほどの大きな感情は、俺の心を今度こそ飲み込もうとするだろう。もしいつか、ディルの感情が暴走したとしても、俺はそれを受け止めようとするはずだ。俺もディルを愛しているからこそ、彼の持つかつての罪と刻み込まれた罰を許した。その行為が例え世間一般から見れば間違っていたとしても、罪人を庇う行為だとしても、俺はこの選択を後悔しない。いつか再び罰として二人の進む道が血に濡れたとしても、俺はディルを見捨てることなく外れることなく共に歩む覚悟がある。だから、何があったってこの身体も心も魂も易々と手放せるものか。
「うん、ごめん。それとありがとう」
 ディルの胸に自分の耳を擦り付けてみる。それが彼を真似てみた愛情表現だと分かってもらえるように、ディルの心を理解していると伝わるように想いを込めて。やがて未だに微かに震える手が、そっと俺の頭を撫でてくれた。涙を上手く流せず、素直に表情を出すのも難しいとはいえども、折れかけていた彼の心を支え癒せるように、俺はかつて助けてもらった時のことを思い出しながら、ずっと感謝の言葉をかけ続けていた。

 もしも、どんな時も君が触れてきたのならば、どのような色に染まっていても必ずその手をとってあげよう。その先の運命が命を散らすことになっていたとしても、俺はディルを最後まで支えるんだ。