不破
2023-01-25 21:46:32
3425文字
Public 空戦
 

#12




「フュゼ・ナイトレイ大尉を即刻引き渡しなさい」

『断る』

 通信を介して返ってきた言葉は短いものだった。それに苛立ちを覚えながら、ハーティアは光学モニターに映し出された人物を睨みつけると、短く息を吐いてから続ける。

……アラスター・ナイトレイ伯爵にご子息はいなかったはずなのに、処刑した直後にデータベースにナイトレイ伯爵として登録されたのが出生の記録もない人物だなんて、おかしいと思わなくて?」

 アラスター・ナイトレイには、貴族会で会ったことがあった。厳格で誇り高い印象を受けた初老の男性。理想の軍人を絵に描いたような人物だった。シュタインベルク家やカリストラトフ家に並ぶメルゼブルクの名家であるナイトレイの当主という風格を確かに持っていた。そんな人物の後継だというのなら、もう少しまともな人間を用意すればまだ説得力もあったものを。ラザフォードの端末に記録されていた映像の中に残されていたフュゼ・ナイトレイは幽霊のような人物だった。

『おかしいもなにも、フュゼ・ナイトレイは紛れもなくナイトレイ伯爵家の正当な後継者だ』

「リベルタリアの貴族の称号は襲名制ではなくてよ? その血筋に与えられる位であり義務でもある。アラスター・ナイトレイのご息女であるジゼル・ナイトレイは魔物との戦闘中に死亡。ナイトレイの血を引く者はこの世に残っていないはずではなくて?」

 リベルタリアにおける貴族制度というのはリベルタリアの名付け親である教皇ラウル・シンクレアの主導で取り決められたものだ。それは血統に与えられる位であり、課せられる義務である。故に襲名という形を取ることはなく、子宝に恵まれなかった貴族は養子を取る以外に家名を存続させる方法はない。しかし、どれだけ調べさせてもアラスター・ナイトレイが養子を取ったという記録はなかった。

「ともかく、彼の身柄を引き渡しなさい。あくまで正当な後継者だと言うつもりなら、取り調べのついでに血液検査や遺伝子検査も済ませて差し上げるわ」

『はっ、生きて返すつもりもない輩の言葉としては上出来かも知れんがな』

 見透かされているのは百も承知であるが、それをわざわざ口に出してくれるとは。いちいち癇に障る男だ。眉間に刻んだ皺を深くしながらも、ハーティアは真紅の両目を細める。

「では、国境ゲートでの戦闘についてはどう言い逃れるおつもりかしら?」

『言い逃れる? 笑わせるな。サイードとの戦時下で反逆罪を犯した者の亡命を阻止したに過ぎん』

「ではラザフォードが大怪我を負い、あまつさえ右腕を失ったことはどう説明を?」

 口をついて出た言葉に内心でしまったと思ったが、それも既に遅い。こちらの言葉を聞いたグリーディアが口の片側を上げて不敵に笑むのがモニターに映し出される。

『なるほど。幼き日からの友人が傷つけられたとあっては如何に一国を統べる女王といえど心穏やかとは行かないらしい』

 グリーディアがせせら笑う。その顔を睨みつけるが、こちらがなにか言う前にグリーディアが続けた。

『今にも斬り掛かりそうな顔をしているがな、女王。国境を踏み越え、攻撃を仕掛けたのはラザフォード・シンクレアだ』

 グリーディアの言葉は事実だ。実際に確認した映像では、間違いなくラザフォードがシャッターを破り、フュゼ・ナイトレイに攻撃を行った。しかし、それは目の前で行われている明らかに人道に反した行為をやめさせるための行動だ。

「あんな非道徳的な行為を見過ごせると思って?」

『裁かれるべき罪人を裁くことが非道徳的だと?』

 ああ言えばこう言うとはこういうのを言うのだろう。互いに理解することができるとは思っていなかったが、さすがにここまで話が通じないとは思っていなかった。いや、そもそも自分とこの男の間では前提が違っているのだ。噛み合わないことは必然と言えるだろう。

……いいわ。このまま続けていても埒が明かないでしょう」

『そうだろうな』

「国境ゲートでの虐殺行為を強く批難し、メルゼブルクをリベルタリア和平協定から除名するものとします。然るべき制裁を加えます」

 ハーティアは告げた。シンクレアによる和平協定を利用した実質的な宣戦布告と言っても良い。大国同士が闘うとなればリベルタリア全体の混乱も必至だが、それでもこの男は危険因子だ。テイル・ルフェーヴルの件にしても、仮にラザフォードの復讐がなくともリベルタリアの不利益となるだろう。

……それはメルゼブルク我等と事を構えると捉えて構わないのか? ハーティア・ウィンズレット女王』

 こちらの言葉に「ほう?」と溢したグリーディアが続けて問うてくる。この返答がウィンズレットの、引いてはリベルタリアの行く末を左右する。そうわかった上で、ハーティアははっきりと答える。

「ええ、そうね。容赦はないものと思いなさいな」

『なるほど。リベルタリアの国家からウィンズレットの名を消し去るのは心苦しいが是非もないようだ』

 そう言って不敵な笑みを浮かべるグリーディアが続ける。

『ではな女王、先手は譲ってやる。死力を尽くして来るがいい』

 その言葉を最後に、通信が切れた。光学モニターが閉じられ、ハーティアは短く息を吐いてから、女王の間の扉の前で待機している兵士を呼び込んだ。

……艦隊を編成なさい。メルゼブルクに攻め入るわ」

 手短に指示を出し、自らも女王の間を後にした。