サイードとの戦争が始まってからの1ヶ月間は早いものだった。リベルタリアで初めて勃発した国家間の戦争は開戦の直後にメルゼブルク軍による攻撃を受けたベイルートを起点に、高速で展開したメルゼブルク軍の電撃戦によってメルゼブルクの優位に動いている。そんな中、皇帝であるグリーディア・L・メルゼブルクがリベルタリアの全ての国々に向けた会見を行うと発表した。
帝都であるケーニヒスベルクに帰還したニオは大摩天楼の30階に位置するホールに出向いていた。隣の椅子にはメルゼブルクの大将であるロゼ・シュタインベルクが腰掛けており、気のない表情でホールの中央に立つグリーディア・L・メルゼブルクに視線を向けている。周囲のメルゼブルクの貴族達は戦争を始めたグリーディアへの不信感を隠し切れていないような表情を浮かべている者が多いが、サイードの強引な介入がなければ開戦などという事態に至ることもなかったことは明白であるため、強く非難するわけにもいかないというのが現状というところだろう。
ニオ自身も戦争などというものに良い印象はもちろん無いが、始まってしまった以上は責任の所在を問うて糾弾するよりも如何に建設的に終わらせるかが重要だ。時間は前にしか進まないものであるが故に、次の手を考えることの方が重要であると割り切れる。それよりも、今はなぜ自分がこの場に呼び出されたのかの方が疑問だ。
リベルタリアの爵位はその家の血を引く全員に等しく与えられるため、自分も侯爵の位を有する身ではあるが、実家であるダヴェンポート侯爵家の当主というわけではない。この場には各貴族家の当主ばかりが集められており、自身の父の姿もある。本来であれば自分が呼び出されるような場ではないのだが、グリーディアから直々にロゼと共に参加せよと命令を受けて此処にいる。
「さて……」
と、グリーディアが口を開いた。重く通る低音の声が、たった一声で場を支配する。
「サイードとの戦闘行為について問い正したいこともあるだろうが、まずは、此処に集まって貰った理由を説明しよう」
グリーディアが切り出した内容に、その場にいる全員が沈黙する。
「ナイトレイ伯爵家の当主にして、メルゼブルク軍中将だった、アラスター・ナイトレイを処刑した」
その言葉に、ホール中がどよめいた。
当然だ。ナイトレイと言えば、メルゼブルクに属する貴族の中でもシュタインベルク家やカリストラトフ家と並ぶ軍人の名家であり、これまでに優秀な軍人を何人も排出している。その伯爵家の当主であるアラスター・ナイトレイ伯爵は軍の中将という立場にあって、多くの軍人達の教官でもあった人物だ。そんな人物を処刑したというグリーディアの言葉に、ホール中のどよめきが非難の声に変わり切るよりも先に、グリーディアが続ける。
「アラスター・ナイトレイは、パリの貧民街を根城としていた国際テロ組織と繋がりを持っていた。定期的に彼等に金を流し、テログループの活動を支援していたことが調査でわかった」
そんなわけがないと声が飛ぶ。当然だ。ナイトレイ伯爵は法の番人たる伯爵の位に誇りを持っていた。だからこそナイトレイ家はメルゼブルクにおける名家という立ち位置を確固たるものとしていたような人物だ。そうそう信じられるような事柄ではない。
「既に事実確認は済んでいる。また、パリの貧民街以外の貧民街でも貴族による密輸、横領、等の動きを察知している。これらについても、アラスター・ナイトレイの件と同様に、検挙し、処分を下す」
投げかけられる否定の声を無視してグリーディアが続けた。
「これは始まりに過ぎない。廃れた堕落の国家は終わりだ」
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