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冬灯夜
2023-06-30 13:07:19
7195文字
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ルミナリア
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片恋の話
ルミナリア ガスリゼ+マクイェル【アップルグミ感謝祭3公開作品】
・↑前提でお話ししてるガスパルとイェルシィ。……とそれを聞いてしまったマッキ先輩
・999年~マッキ先輩退学までのどこか
1
2
「ガスパっちはさ、苦しい片思いってしたことある?」
自分に向けられたものではないイェルシィの声に、マクシムは思わず足を止めた。
獣の討伐任務に来た町で、想定を遥かに超える獣がいたものの、たまたま遭遇したガスパルを巻き込んでどうにか任務を完遂した所だった。
時間も押してしまった為、帰投は明日にしようということになり、前線でずっと槍を振っていたイェルシィを広場のベンチに残し、おじさん疲れたよと言うガスパルも置いて(彼はこのまま次の任務だそうだ)、マクシムは宿を取りに行っていた。が、その途中で爽やかな果物ジュースを見つけ、先にこれを渡してからにしようと二人の下へ戻った所だったのだが、先の発言を聞いて咄嗟に隠れて今、である。
「お、この俺様に恋バナかい? そりゃあ、勿論
……
」
ガスパルの浮ついた声がすぅっと尻すぼみになる。
「
……
あー、これ真面目に答えた方がいいやつ?」
「お任せしますよー。答えたくなかったら答えなくていいし」
「そんな顔で言われてもねえ
……
」
外壁に取り付けられたベンチに座ったイェルシィと、壁に寄りかかって立っているガスパル。大きな柱の陰にいるマクシムからは、ちょうど二人の横顔が伺い知れた。
ガスパルは参ったな、とでも言いたげに頭を掻いている。イェルシィは自分の膝に頬杖をついて正面を見ていた。
そしてマクシムは、はたと気付く。これは自分がいない時に話している、つまりは自分に聞かせる気がない話だ。勝手に聞くのはよろしくない。今からでも離れるべきだ、とそっとジュースを抱え直した。
「つまりイェルシィくんはしてるわけだ、そういう恋」
なのに、それを聞いた途端、マクシムの心臓が跳ね上がった。危うくジュースを取り落としそうになる。
恋。イェルシィが、恋。
確かに普段から
そんな話
恋バナ
もしているし、あんなに明るくて可愛らしい後輩なのだ、懸想する人される人がいたって何もおかしくはない。だというのに、自分は何故こんなにも動揺しているのだろうか。
足が止まって動かない。
うーん、とイェルシィは小さく唸った。
「どうかなあ。叶えたい
……
わけじゃない、と思うんですけど。苦しいなあ、って」
「ふぅん」
どこか気のない風の返事にマクシムは歯ぎしりする。もっと真剣に聞いてやれ、と言いたい。けれど自分だったらどう答えるだろうかと思うと、情けなくも動揺している姿しか思い浮かばない。
沈黙が流れる。
「
……
ま、あるよ、俺も」
やがて、ぽつりとガスパルは零す。思いの外、真面目な声色だった。
「やっぱり」
「答え分かってて訊いた? やだなー、相手も分かってそう」
「そりゃあ分かりますよぉ」
一転、けらけらと笑いながら二人は続ける。
「そこは他言無用ってことでよろしく」
「はーい、勿論。分かってる人、少ないと思うし言ったりしませんよー」
「待て待て待て、いるの? イェルシィくんの他に?」
「多分リュッシーは気付いてるかなー。後輩達
……
は、微妙なトコかなあ。レオレオは気付いてないと思う」
「あー
……
うーん
……
まあ納得のメンツかなー
……
」
リュシアンは気付いているのか。そうか。
というか、いるのか。ガスパルは女性と見れば声を掛けるような人物だが、そんな人であっても恋
――
苦しい恋、というものをするのか。
「校長先生は分かんない」
「
……
あの人はなぁ
……
」
ガスパルはため息を吐いた。
それにしても、出て来る名前が軒並み騎士学校関係者なのだが、もしや自分も知っている人物なのだろうか。
「ま、いいよそれは。で、何か聞きたいことでもあんのかい?」
マクシムが考え始めた所でガスパルはイェルシィに水を向けた。マクシムの思考もそちらに引っ張られる。
「聞きたいっていうか
……
ガスパっちはこういう苦しいの、どうやって対処してるのかなって」
「苦しい、ねえ。それはどういう意味で?」
ぱちり、とイェルシィは目を瞬かせ、戸惑ったようにガスパルを見上げた。
「どういうって言っても」
「叶わないのが苦しいとか、伝わらないとか、傍にいるのがとか、後悔とか、ま、色々あるでしょ」
「さっすが経験談は重みがあるなー」
「別に経験したとは言ってないけどぉ!?」
茶化した声に、大袈裟な声が被さる。
くすくすと笑ったイェルシィは、頬杖を解いて再び正面の石畳に目を落とした。
「そうですねぇ
……
好きなんだって気付いた時は、叶えようとは思わなかったんですよね。あたし、いずれは
故郷
くに
に帰るし、そっちで結婚するから」
――
何でもない、単なる事実を告げる声色に、マクシムは固まった。
けっこん。血痕? 結婚
……
。
考えてみれば当たり前だ。貴族や王族のそれは、恋情のみで決まるものではない。家の為に、国の為に成されるものだ。氏族制の残るアムル天将領の姫君ならば、尚の事だろう。
――
家を継ぐわけでもない、次男坊の自分とは違って。
「ふつーにかわいがってくれるし、今は今でいい関係だから、それでいいじゃんって」
当たり前だというのに酷く衝撃を受けている。そんなマクシムのことなど知る由もなく、イェルシィは続ける。
「そうやって仕舞ったつもりだったのに、すっごくいい人だし優しいしかっこいいし、でもってたまにかわくて、当たり前に人の為に身を削っちゃうしハラハラするし、何かもうどんどん食い込んで来ちゃって」
イェルシィはそっと胸に手を当てた。
「
……
うん。仕舞っとくの、苦しくなっちゃったって感じ」
零された声は小さく、頼りない。
明るい気遣い屋の後輩が、そんなにも苦しい想いをしていると思えば、マクシムの胸までも潰れそうだった。
告げることはしないのだろうか。例え叶わないとしても、叶えないとしても、想いを告げないままではイェルシィだけが苦しいではないか。
「なるほどね。
……
人の気も知らないで、ってやつだ」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
そうとも!
ガスパルの肯定の声に頷いて返す。言わないのが相手を慮ってのことならば、言ってその苦しみの何分の一かでも味わわせてやればいいのだ!
「こっちのことなんか二の次なんだよ、ああいうのは。で、後から心配したって言やあ、その場じゃ多少はしおらしくするけど、まーたやりやがるからな!」
あ、いや、何かちょっと想定と違う。
気炎と共にガスパルは不満を吐き出した。どうやらこちらも難しい人らしい。
「確かに! いっつも自分の身ばっかり削っちゃって、気にせざるを得ないじゃんそんなの!」
「だろ。ほんと自分勝手だよなあ、もっと自分を大切にしろっつーんだよ!」
「だよね! だよね!!」
イェルシィとガスパルは深く深く頷き合う。
そ、そこまで言う程なのか。しかし人の為に何事かを為すのは、善い行いと言える、と思う、の、だが。心配を掛けるのがいけないということか。ううむ。
大きなため息が一つ。
「つまり、そういうのに一回捕まっちまったらオシマイってこった」
もう一つ、負けないくらい大きなため息が重なる。
「
……
解決法はないってことかぁ」
「キミの場合はあるだろ、普通に叶えりゃいい。
……
とは言えないから苦しいわけだ」
ガスパルは苦笑した。
キミの場合は、なんて、まるで自分には解決法がないような言い方をする。
「
……
うん。そうみたい。めちゃくちゃ心配してんのに全然伝わらないのと
……
」
イェルシィは壁に寄りかかり、空を見上げ、帽子の鍔を下ろした。
「そっか
……
やっぱあたし、叶えられないのも苦しいんだなぁ
……
」
その表情は覆い隠されて、唯一見える口元は真っ直ぐに引き結ばれている。
微かに震えた語尾に、マクシムは胸を掻き毟りたくなった。ジュースを持っていなかったら実際そうしていたかもしれない。
そんな辛い想いをするくらいならやめてしまえと口走りたくて、けれどかつて自分が恋をした時には、彼女はやめろなんて一言も言わなかった。駆け落ちの協力をしたいという自分の我儘にも付き合ってくれて、綺麗さっぱり散った後は、かっこよかったと慰めてくれた。だから決して言ってはならない、そんなことは。
イェルシィの想う相手が誰かは知らないけれど
――
と、再び胸が苦しくなった。さっきまではじわじわと締め付けるようだったのに、刺されたかのような鋭い痛みだ。
これは一体どうしたことか、とマクシムは首を傾げる。
ぽん、とガスパルがイェルシィの頭に手を置いた。
「決めつけることはないさ。案外相手だって憎からず思ってる、なーんて十分あり得ることだぜ?」
「
……
あたし、
故郷
くに
で結婚するんですってば」
「説得すれば? 親も相手も」
「わー、
他人事
ひとごと
」
「そりゃ他人事さ。でも一人で考え込んで雁字搦めになるよかマシだったろ?」
ぐしゃぐしゃと帽子の上からイェルシィの頭を撫でて、ガスパルは手を離す。
ゆっくりとイェルシィは息を吐き出した。
「
……
ガスパっちも人のこと言えないと思うんだけどなー。心配ばかり掛けやがって、って思ってるって、絶対」
「ま、俺は仕事が仕事だからな」
「はい、都合のいい言い訳ー。言いつけちゃろっと」
「ちょ、やめて、マジやめて」
帽子を被り直したイェルシィは、悪戯に笑ってみせる。
「あたしにこんだけ言ったんだから、ガスパっちも頑張ってもらわないといけないですよー?」
「んんー? おっかしいなー、相談に乗ったつもりだったんだけどなー」
乾いた笑いを上げて、ガスパルは壁から背を離した。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「うん、ありがとうございました。気を付けてー」
「ばいばい」
イェルシィの足元でじっとしていたトトも声を上げる。
そうして、ひらりと手を振ってガスパルは歩き出した。マクシムの居る方向に。
慌ててやり過ごせそうな場所を探す。しかしこのまま動くと視界に入ってしまう。
「ガスパっち」
まずい、と焦りが高じた時、イェルシィに声を掛けられてガスパルは振り返る。
その機を逃さず、マクシムは急いで離れた柱の陰へと移動した。
「あたし、二人のこと応援してるから!」
「そりゃどーも。
……
俺も応援してるぜ」
明るいイェルシィの声と、いつもより少し柔らかなガスパルの声がする。
かつかつと石畳を歩く音が響き、それは段々とこちらに
――
ああああ何で真っ直ぐこっち来るのぉ!?
下手に動くことも出来ず、マクシムは心の中で叫ぶ。石畳一本分でも離れてくれますように!
「よう、マクシムくん。宿取れた?」
勿論祈りは通じず、イェルシィの視界から外れるように、ガスパルはマクシムの居る柱の陰に滑り込んできた。
「いえその
……
取る前にジュースを見つけたので、先に渡しておこうかと
……
」
「お、俺の分もあんの? ありがとさん」
ガスパルはマクシムの手からジュースを取ると、そのまま一気に飲み干した。
「いやー、喋って喉乾いてたから助かったぜ」
「そ、そうですか」
マクシムは普通に話しかけてくるガスパルとまともに目が合わせられず、視線が彷徨う。バレているのではないか、と気が気でない。
「んで、どう思った?」
「へぁっ!?」
声の裏返ったマクシムに、ガスパルはくつくつと笑いを漏らした。
「聞こえてたろ」
「う。け、決して立ち聞きするつもりではっ
……
いえ、聞いてしまったのは事実です、申し訳ありません!」
マクシムは勢いよく頭を下げる。
頭上げなって、と言うガスパルの言葉にそろそろと頭を戻した。
「
……
いつからお気付きに?」
「わりと後半かね。まあ多分イェルシィくんは気付いてないから安心しな。あ、言ったら面倒なことになるから、謝ろうとは思わん方がいいぜ」
「うぐぐっ」
バレた以上はイェルシィにも打ち明けるべきか、と考えていたのに釘を刺され、マクシムは呻くしかなかった。
「
……
で、どう思った?」
声を潜めて繰り返された問いに、マクシムは小さく首を振った。
「僕が何かを言うべきではない、と思います。彼女が打ち明けたのは貴方で、貴方も僕の答えを聞きたいわけではないでしょう?」
「真面目だねえ。感想聞いてみたいだけだよ、俺は。イェルシィくんに悪いとかそういうの一回置いといてさ。後輩があんだけ悩んでるんだぜ?」
思う所はあるだろ、と言われれば、ないとは決して言えない。
「
……
イェルシィくんが、苦しい想いをしているのは
……
僕も、苦しいですよ」
もしかすると他の誰かにも打ち明けているのかもしれないが、少なくとも目の前の苦しい恋をしている同士には吐露して、マクシムにはしなかった。素振りも見せなかった。イェルシィが苦しんでいるのに、何の力にもなれないということが苦しい。
ふぅん、とまたガスパルは気のない返事をした。
「相手が誰とかそういうのは気になんねえの?」
「それは、
…………
それこそ、僕が聞いていい話ではない」
胸に何か刺し込まれたような気がした。ずくずく、ずきずきと鼓動と共に痛みが走る。手が震えて、ジュースを落とさぬように強く握った。
目を伏せてしまったマクシムをガスパルは暫し眺め
――
不意に笑った。
ぽすぽすと帽子越しにガスパルの手がマクシムの頭を撫でる。
「え、あの?」
「んー? いや、十分な反応だなって」
両手が塞がっているので振り払うことも出来ず、マクシムは戸惑いに顔を歪めた。
「そんな嫌そうな顔すんなって」
「嫌というか
……
貴方がこういうことをするタイプの人だとは思っていなかったので、驚いているだけです」
ガスパルは一瞬首を傾げた後、苦笑した。
「あーあーあー
……
あいつの癖がうつったかな
……
」
頭を撫でる癖のある人、だろうか。それにしても頭を撫でられるなんてそうないことだ。騎士学校に来てからも数える程、などと考えている内に、ガスパルは手を離した。
「引き留めて悪かったな。イェルシィくん、待たせちまってる」
「あ! いえ、それは僕が盗み聞きをしてしまったからで
……
あああしまった宿! 早く取りに行かねば!」
「落ち着けって。先にそれ渡してやんな。それから二人で宿に行きゃあいい」
ああ、今日は冴えない。盗み聞きをしてしまった所からもう全部格好が悪い。だがしかし、これ以上イェルシィを待たせるわけにもいかないのは尤もだ。
「そうだ、この町は宿三つあんだけど、こっから一番近い所がオススメだぜ。行ってみな」
「そうなんですか。助言、感謝します」
会釈をすると、ガスパルは頷いて歩き出した。
その背中に、ふと込み上げてくるものがあった。
見も知らぬ、自分を大切にしない誰かに苦しい恋をしている人。それをやめようなんて思わないから、きっと苦しいのだろう。けれど。
「告げはしないのですか?」
振り向いたガスパルは、訝しげに眉をひそめている。
「貴方に苦しい想いをさせるその人に告げて、少しくらいは苦しさを感じればよいと、そうは思わないのですか?」
「
……
意外だな、キミがそんな風に言うのは」
マクシムは首を振った。
「僕は貴方のことも、貴方の想う方のことも分かりませんから。彼女に、他人事のように諦める必要はないと言うのなら、僕も貴方に同じ言葉を贈ります」
あれはきっと、イェルシィの苦の道を肯定した言葉だった。辛かったマクシムの恋路をイェルシィが否定しなかったのと同じように。
苦しくても手放したくないと、ガスパルが
――
イェルシィが思うのなら。自分はそれを決して否定すまいと思うから、ガスパルにもイェルシィにも、自らの道を否定して欲しくはない。
そう、これはただの我儘だ。恋をいつ諦めようと、粘ろうと、他人に口を出される謂れなどない。
だけど、それでも、だからこそ。
マクシムは、その言葉を贈りたかった。
「
……
やーれやれ。今日はどうもブーメランばっか食らうなぁ」
ふ、と笑いを零したガスパルの声は、ほんの少し丸かった。
「ありがとよ。あ、ジュース代、貸しといてくれる?」
「え、ああ、はい、勿論」
ガスパルは踵を返し、手を振って今度こそ町中へと去っていく。
あっという間に消えていった背中をマクシムは見送り、
「
……
あっ、しまっ、どれだけ待たせるんだ僕は!」
すっかり温くなったジュースを手に、慌ててイェルシィの下へと駆け出した。
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