冬灯夜
2022-09-10 21:39:32
4783文字
Public ルミナリア
 

山道に想う / ヴァネッサ・モラクスというひと

ルミナリア ヴァネッサの独白 998年~999年辺り
#ルミナリア版ドロライ企画【ヴァネッサ】
ヴァネッサがつらつらと考え事をしているだけ
【23/2/20 2P目追加】先輩組からみたヴァネッさん

【山道に想う】


 オズガルドの首府、ドルガノーアへの道を歩く。岩に覆われた山道は、一つ外れれば溶岩溜まりが口を開けている。危険であると同時に熱気に当てられる道でもある。
 以前一緒に来たイェルシィは、この暑さにやられていたな、と思い出す。その時は彼女のおかげで楽しい道中だった。私は気の利く人間ではないから一緒にいてもつまらないだろう、と思うのに、イェルシィの楽しそうな姿は本心からだと信じられるのだから、彼女は本当に素敵な人だ。細やかな気遣いが出来て、誰とでも仲良くなれて、トトが大好きで。……トトほど、とはいかなくても、彼女の友であると胸を張って言えるようになりたいものだ。
 いつか話したように、イェルシィの故郷へ行くのなら、連れ立ってみたいと今は素直に思う。
……リュシアンはもう着いただろうか」
 ドルガノーアを目指しているのは、火山と坑道の再調査の為だ。最近、崩落事故や獣の襲撃が増えており、その一部は私達ブレイズも任務の一環として解決を図った。その為、改めての調査を私とリュシアンが命じられ、別の任務があったリュシアンとはドルガノーアで合流する手筈となっている。
 リュシアンは冷えるのは嫌いだが、果たして暑さはどうだろか。特に体調を崩している様子は見受けられなかったが、彼は昼行灯と称される笑顔の下に色んなものを隠すから、よく見ておかなければ、と思う。イェルシィなどは察しがいいし、マクシムにはやはり同輩にしか分からぬ何かがあるのだろう、と思うのだが……リュシアンが弱みを一つ預けてくれた時、不謹慎にも喜ぶ心があった。
 私は彼を完璧だと思っていた時期があった。けれどそうではなく、リュシアンは私の剣に正しさを与えてくれる“何か”ではなくて、強さも弱さも持った優しい人なのだ。
 ――獣の唸り声がした。
「来るか」
 討伐しておくに越したことはない。
 幸いに大した数ではなかったが、遠くから火球を放ってくる獣は距離を詰めるまでが厄介だった。こういう時、マクシムならばその矢で遠くまで射貫けるのだが。
 そういえば、最近マクシムの像が出来たなどと風の噂を聞いた。正確にはマクシムの、ではなくマクシムらしき風貌の、だったが。一体なにをしたらそんなことに、と思うと同時に、マクシムならばあり得なくはないだろう、と妙に納得する所もある。
 マクシムは人々の為、民の為に在らんとする。それが貴族らしいのかどうなのか私には分からないが、そうした所がきっと彼の地の民を助けたのだろう。
 イェルシィと話していれば場が和むし、リュシアンといれば年相応の表情を引き出す。稀有な人であると思う。
 以前はこの山道で疲弊していたようだが、私には慣れた環境だ。
……見慣れている、のだがな」
 私は幼い頃の記憶が曖昧だ。師匠は犯罪組織に囚われたトラウマだろうと言っていた。自分の住んでいた国がオズガルドであること、誕生日、名前。何となく見覚えのある景色。その程度の記憶で、具体的なものは思い出せない。
 記憶がないことに不便さを感じたことはなく――そのことに、疑問を抱くことさえなかった。
 けれど一度気付いてしまえば、受け流していくことは出来なかった。
 違和感がある。思い出せないのは具体的なエピソードと、人間関係と、……この先を考えるのが怖い、と感じて竦む。どうして、とさえ思わなかったことそのものにも意味があるのではないか。思い出さない方がいいから忘れているのではないか。
 リゼット教官は、かつて私が戦闘中に考えすぎると仰った。ならばこれだって、考えない方がいいのではないか。
 ――いいや、違う。
 これは考えるべきことだ。考えて対処すべきことだ。教官が言うのは生死を分ける戦闘中に手を止めるのはいけないということだろう。平時にこそこの疑問を突き詰めてゆくべきだ。いざという時に手を、足を、止めぬように。
 そうする内、ドルガノーアに到着する。待ち合わせの広場へ向かうと、リュシアンは既にそこにいた。こちらを認めると、いつものように笑って手を振る。
 それに、ひどくほっとした。
 ……やはり、私は怖がっている。記憶の先を辿ることを。
 ここから先は任務だ。続きは任務を完了してからにしよう。
 それにしても、考え事をしていると険しい山道もあっという間だ。周囲の警戒をし、対処をしながら頭の隅で考え事をするのもいい訓練のように思える。
 帰り道はそうだ、後輩達、教官、師匠、任務で出会った子ども……人付き合いの不得手な私でも、こうして考えたい人達が浮かぶ。それはとても得難いことだ。
「ヴァネッサさん、何かいいことでもありましたか?」
「いえ、特には……どうしてですか?」
「何だか楽しそうに見えましたから」
 楽しそう。任務中だというのに私は。
 けれど、思わず私は微笑んだ。
……特にはない、と言いましたが、そうですね。好きな人達のことを考えるのは、楽しいです」
 ふわり、とリュシアンも微笑んだ。
「そうですね。私も楽しいですよ」
「はい。では、調査へ向かいましょう」
「ええ」
 思考を切り替える。無事に任務を達成して、皆のいる騎士学校へと戻るのだ。
 吹き付ける熱気交じりの風が、やけに心地よく感じた。