「は?エステルを見なかったかって?
……子供じゃないんだから、お腹が空いたら戻ってくるでしょ」
「お腹空いたらって、それこそ子供に対する言い草じゃないの」
「うっさいわよおっさん」
「まあ、いいや。見てないなら見てないで」
「あれ、レイヴン。女の子の部屋覗いて、どうしたの?」
「少年、誤解を呼ぶ言い方止めてくんない?」
確かに男女別で部屋を取っているから、間違いというわけではないのだが。ちゃんとノックもしたし、礼儀は尽くしたつもりだ。
「あ、ごめん、つい」
「普段の行いよね」
「少年少女、おっさんに対する認識をもうちょっと優しくしよう、ね?」
「おっさんはエステルを探してるそうじゃが、カロルは見たかの?」
「え? み、見てないけど
……なにか用事?」
「あー
……」
人に話すことではないが、言えないことでもない。とはいえ口にするには気恥ずかしくて、言葉に詰まる。
「ま、大したことじゃないから。邪魔したね」
「一緒に探そうか?」
「いや!ホント!大丈夫だから!」
好きそうな店があったから、案内したい、だなんて。
宿に着いてからの自由時間、読書でなければ散歩だろうか。他に宿にいないのはユーリ、ジュディス、ラピード。これまた単独行動の好きな面々で一緒にいるかは
……いや、意外に一緒かもしれない。自分が誘うよりよっぽど楽しいのではないだろうか。
……想像で落ち込んできた。
そもそもその店だって、特別目立たない場所にあるわけでもない。確かに人通りは少ないが、彼女が自分で見つけている可能性だってなくは
――。
(
……考えても仕方ないな、うん)
他の誰でもない自分が、連れて行きたいと思った。それだけをなんとか原動力に据えて、宿を出た。
「あら。こんな所に珍しいわね」
エステリーゼの好きそうな所、と考えて小物の多い露店の辺りに来てみれば、ジュディスがいた。
「モテる男はまめなプレゼントをするもんよ」
「おじさまがそうとは知らなかったわ」
それは暗にモテないと仰ってますかジュディスちゃん。
「あのさ、」
「
……私、これから約束があるの」
「え」
「ふふ。またご飯の時に、ね」
「
…………」
颯爽と街へ消えていく後ろ姿に、重要な手掛かりを取り逃がしてしまった気分だった。心のどこかで、ジュディスに訊けばわかるかもしれない、と思っていたことに今更気付く。
「
……約束ねえ」
そちらも気にならないではないが、詮索するといらないしっぺ返しをくらいそうな気がする。消去法で選択肢は限られてもいるし。
ともかくここではない。
本、珍しい景色、犬、思い浮かぶ中から見せたい店を差し引く。もし次に居なかったら、店に行こう。
行き交う人々の合間に、柔らかな花色を探す。
現実味を帯びてきた単独行動。少し珍しいような気がして、様々な本の集まる店へ視線を巡らせる。つい長居をしてしまうからと、一人でいるかもしれない。
(
……いない、か)
広い街、人の多さを思えば見つからないのは当然だった。
エステリーゼの行動はそもそも予期しにくい所がある。
目の前に困っている人がいれば助ける、それは分かりやすいのだが、例えば好奇心に気を取られた時、自分にはない行動原理や思いやりの形が現れる時。その行動には意表を突かれる。
彼女から初めて、一度だけ、抱きしめられたあの時のように。
――あの瞬間に生まれた、気付いた想いが、今こうして彼女を探す行動の根本にあるのだ。気付かれなくていい、報われなくていい。ただただ、笑ってくれるのなら。
「
……っだあ」
頭を振って思索から抜け出す。難しいものじゃない。難しくしているのは、隠したい気持ちとそれでも何かできるならという気持ちの兼ね合いだ。
本屋にも見当たらなかったのなら、例の店を覗いてみようか。
――視界の隅を柔らかな花色が掠めた気がしたのは、そう思い直した時だった。
思わず声を上げようとして、それなりの距離があることに気付く。焦るあまりにすれ違いざま誰かと肩がぶつかった。
そのおかげで少しばかりの冷静さを取り戻し、追いながら見間違いではないか確かめる。
当然だがこちらには気付いていない、角を曲がった後ろ姿は
――。
「嬢ちゃん!」
白い衣が曲がり角に消え
――
「レイヴン?」
一拍の間を置いて、再び姿を現した。
――聞こえた。
目をぱちくりさせているエステリーゼの元に、雑踏を分けて近寄る。
「どうしたんです? 何か起こったんですか?」
「いや、そういうんじゃないけど
……何で?」
「え、だって、レイヴン汗をかいてますし、声も真剣で」
「
……そ、そーお?」
「何もないならよかったです」
ほっとしたように笑うエステリーゼに、同じように笑いながら内心を誤魔化す。確かに咄嗟とはいえ、あの叫びはなかなか切羽詰まっていたかもしれない。
呼吸を整える。嬢ちゃん、よかったらちょっと付き合わない? とそう言えばいい。
「嬢ちゃん、」
その前に暇かどうかを聞け、と落ち着いた頭に浮かんで慌てて言葉を変える。
「何してたの?」
「あ、えっと」
途端、エステリーゼの手が後ろに回る。というか隠される。
……そういえばよく見ていなかったが、何か荷物を持っていたような。
隠したい
――見られたくないもの?
「れ、レイヴンこそ何をしてたんです?」
「え」
返された質問で一気に思考が止まり言葉に困る。お互いに気まずい沈黙が流れた。通りはこんなにも賑わっているのに。
とにかく何か言わなければ。言える範囲で理由を絞り出そうとするとまるで悪いことをしているようで、目を合わせてもいられない。
「あー、大したことじゃ
……散歩してた
……というか、まあ」
「
……ふふっ」
ばつの悪そうな微笑が、自然な笑みに変わる。どきりとして口を詰まらせた。
「あ、えと、ごめんなさい!レイヴンを笑ったわけじゃなくて」
いつもの笑顔、の筈なのだが。不意打ちとは恐ろしいものだ。
「本当に大したことじゃないんですか?」
「ホントだって」
エステリーゼに会えた今となっては、と内心で付け加える。
「わたしは
……わたしにとっては、大切なことをしてました」
隠れていた手がそっと前に回される。
その手にあったのは、リボンのついたブラシ。
「ラピードの使ってるブラシが古くなっていたので
……ユーリに聞いたらわたしからプレゼントしても問題ないと言ってくれたので、お買い物してました」
「ああ、なるほどね」
そりゃあ大切だろう、エステリーゼにとっては。道理で探した所にはいない筈だ。
だがもう片方の手には、まだ小さな紙袋が下がっている。
「あとは、その」
紙袋に視線を受けて、エステリーゼは少し言い淀む。が、すぐに真っ直ぐこちらに目を向けた。
「レイヴン、その羽織、貸してもらえませんか」
「へっ」
思わぬ言葉に声が漏れる。
「最初はリボンで何か作ろうと思ったんですが、荷物になりますし。そういえば裾が少しほつれていたのを思い出したので、少しだけでも繕わせてもらいないかと」
「そ、そういやそうだけど、何で」
わたしにとっては大切なこと。
直前の言葉が脳裏を揺すぶる。何が。ばかやろうラピードの方に決まってる。
「この前のお礼に何ができるか考えてたんです」
「この前って」
「森で、助けてもらって」
ああ。すぐには分からなかった『お礼』と『この前』が一致する。
「ありゃあ、したくてしたことだから別にいいんだよ」
「じゃあ、わたしもしたくてお礼したいんです」
こうなったエステリーゼが引かないことはよくわかっている。それで満足してもらえるのなら、お礼を受け取るのも悪くはない。
「わかった。じゃ、お願いするわ」
「なら、宿屋に戻ったら。
……それで、レイヴンの用事は?」
わたしは言いましたよ、と言わんばかりの手元のブラシと紙袋とに視線を遊ばせた。言わない訳にもいかないか。追い詰められた形になったことに苦笑する。
「ちょっくら嬢ちゃんを探してたんよ」
「どうしてです?」
「それを説明するのが一番難しいんだけど
……」
頭を掻きつつ、こちらを見つめている不思議そうな表情を見つめ返す。
「
……よかったら、ちょっと付き合わない?」
ブラシと紙袋を手に、レイヴンの隣を歩いてついていく。
「つかぬ事を訊くけども、嬢ちゃん裁縫って」
「れ、練習してからしますから!」
羽織の色の糸の他、裁縫の冊子も買ってきたのだ。ぐっと手に力を入れると、レイヴンはふっと苦笑して、それでも「任せるわ」と言ってくれた。
本当は練習しないでも出来たのなら、気を使わせずによかったのに。
「本当なら、」
「え?」
呟いた声にレイヴンが首を傾げる。
「
……本当なら、もうあんな風に守られなくてもいいように、強くなるのが一番なんですけど」
すぐに強くなることも、裁縫することも、傷つく前に癒すことも出来ない。あんな命を削るようなことを、自分をまもる為になんて、して欲しくない。
同時にまもりたいと言ってくれた気持ちを嬉しく思う自分も、確かにいた。だから
――強くなるのが、一番いい。あんなギリギリでないように。わたしがあなたをまもれるように。
「
……嬢ちゃんは強いよ」
沈黙の隙間に、小さくレイヴンの呟きが落ちた。ほんの少し見上げた横顔は凪いでいて、何故か落ち着かない心地になる。
「あの、それで、どこに向かってるんですか?」
再び落ちた沈黙を今度は自分から破る。大通りからは少し外れた道に入って、「もう少し」とレイヴンは笑った。
「大きい店じゃないんだけど。その店の一番の品を
……まあ、嬢ちゃんに見せたくてさ」
「いちばんの、ですか」
深い意味などないだろう言葉を反芻して、くすぐられる心を感じた。「お、見えてきた」と向けられる顔の先を見上げる。
「傘
……?」
「この辺りって雨多いっしょ。まあ、そんなだから傘売ってるとこは他にもあるんだけどね」
店先に開かれている色とりどりの傘たちは、まるで花が咲いているかのよう。
レイヴンの言った通り、雨の多い気候が、雨の日も快適にかつ楽しんで過ごせるような、様々なデザインの傘を育んだのだろう。その中でもこの店はいろいろな傘を集めた、言うなれば専門店だ。
どれも見たことのない柄ばかりだった。星空、青空、海中、虹を鮮やかに描いたものまで。よく見かける無地ではなくて、自然を取り入れた傘たちが多いようだった。
感想を口にするのも忘れて目を奪われていると、レイヴンがおもむろに開いていない傘の中からひとつを選び出し、店主に許可を取ったそれを手渡してくれた。
「すごいです、レイヴン、綺麗な傘がたくさん
……!」
「そう言ってもらえると、連れて来たかいもあったってもんだわ」
「それで、これがいちばん、ですか?」
「きっと嬢ちゃんに似合うよ」
木目の柄を持ち、花咲かすように傘を開く。頭上に広がったのは、
――ハルルの花びらだった。
石突を中心に、ハルルの花が傘全体に広がっていた。露先
――先端へ向かうにつれて色は淡くなり、端は完全に透き通った素材になっている。
淡紅の霞がかった色は、一つ違えればぼんやりしてしまう。けれどそうはならず、優しく柔らかな色合いで。
本当に
――大好きなハルルの樹の下にいるようだった。
「すごい
……」
これを雨の日に差したら、きっと美しく咲き濡れるのだろう。しとしとと雨を受け止めて揺れる花びらを見上げられるのだろう。
「どう?」
横合いからの声に、はっと我に返る。レイヴンは悪戯が成功したような笑顔でこちらを見ていた。
「素敵です、とても
……すごい、です」
上手く言葉にならず、感動は熱になって頬を紅潮させる。浮かされるまま、何とか拙い言葉を繋いだ。
「これを、これが?」
「うん。一番
……」
「いちばん
……なんです?」
一番、の先に言葉が続きそうで、深く考えず促す。レイヴンは何故か、驚いたように目と口を少しだけ開いていた。
いちばん、と呟いてレイヴンは目を伏せる。
そうだ、一番の品と言っていた。続きなどそもそもあるわけないのに、考え無しに訊いてしまった。どれほど浮かれているのだろう。
「あ、一番の、」
「嬢ちゃんが」
品ですよね、と言う前に、レイヴンの声が重なる。
「いちばん
――――喜んでくれるかと、思って」
優しい不安を込めた声で、レイヴンはそう言った。
ああ。
それなら。
「
――――はい」
笑う。そんな不安など意味もないほど。わたしはこんなにも嬉しい。
そうして、ほっと崩れたレイヴンの笑みに
――また熱を感じたのは、たぶん気のせいではなかった。
カロルくんは裁縫教えてと頼まれてたので実は場所知ってましたっていう裏設定があったりなかったり
作中の前助けてもらった云々はスピカさん作の<a href="
http://privatter.net/p/1594648" target="_blank" title="光る糸">こちら</a>
→その<a href="
http://privatter.net/p/1594650" target="_blank" title="れいえす*おまけ">おまけ</a>
同時刻の<a href="
http://privatter.net/p/1852770" target="_blank">ユリジュ</a>
スピカさんとのリレー小説での<a href="
http://privatter.net/p/1845878" target="_blank">ジュハロ</a>
次ページは別ルートです
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.