2022/12/11 Dozen Rose Fes .2022「Be with Me!!」で頒布予定の小説本のサンプル。政府所属の豊前・ミーツ・とある本丸の松井の話で、ふたりの縁が誠となるまで。自分比しっとり系を目指しました。雰囲気を楽しんでください。
・花ならば初桜、月ならば十三夜
「この本丸の本質は社交場。僕達は歴史を守る刀剣男士であり、同時に花としての役割も担っているんだ」
この本丸は来客が多い。それは政府の高官であったり、外つ国の要人であったり、お抱えの商人であったり。早い話、この本丸は接待と密談の場として使われていた。華の社交場には花が付き物だ。この本丸に属する刀剣男士達は歴史を守るために戦うと同時に教養も身につけ、芸事の道にも通じるという何足ものわらじを履いている。松井も南蛮語の読み書きはできるという。今は聞き取りもできるようになりたいと研鑽しているそうだ。
いくら出向とは言え、ここに来た以上は自分も教養と芸事を求められるかと豊前は覚悟していたが、君にそういう事は求めないとあっさり歌仙に言われてしまった。曰く、君は外から来た者だし彼が反対したのだという。
――松井だ。豊前には下働きと用心棒を頼めばいいと言って、この本丸の本質には触れさせようとしなかった。
正直言うと、仲間外れにされているみたい面白くなかった。しかし自分は出向の身で、一時的にこの本丸に籍を置いているだけだ。お客様ではなくなったけれど、外様である事には変わりない。
この本丸の者達はみな親切で、豊前に隔意なく接してくれる。それなのに、どこかもやもやとした気持ちが生まれてきて持て余してしまう。何とも形容しがたい心境で、豊前は新たな環境での日々を過ごしていた。
そんなもやもやとした気持ちを抱えながらも、気づけば豊前がこの本丸に来てから二週間が経っていた。その間にこの本丸は三度の襲撃に遭った。この数を多いと見るか少ないと見るか。単なる出陣先での遭遇なら少ないと思うし、本丸襲撃としては異常な数だと思う。いくら何でも遭い過ぎだ。地理的要因や結界の綻びという不利な条件を差し引いてもおかしい。
これは本当に結界の綻びだけが原因なのだろうか。話を聞けば聞くほど腑に落ちない。不可解が消化不良のまま、豊前は今日も竹箒で玄関の前を掃いていた。
この二週間、豊前の仕事は完全に若衆もとい、下男だった。昼間は本丸の清掃や修繕、出入りする商人達の相手をし、夕方になれば花として座敷に上がる男士達の支度を手伝って、外にお呼ばれしているという時は表門の外で待つ送迎車までの荷物持ちや傘差しをする。
その合間を縫うように手合わせを行い、空いた時間は馬の世話と畑の世話。もちろん自分の仕事(と言っても、簡単な政府機関への定期報告ぐらいだが)もある。それでいて敵の襲撃もあるのだから、息つく暇もないあっという間の二週間だった。
「あんたが勤勉だって言ってた意味、よーくわかったよ」
「だろう? 僕達に休みはないからね」
ふふ、と小さく笑いながら歌仙は豊前を自室に招き、反物を選ばせていた。豊前の本霊である名物・豊前江をかつて所蔵していた家は大名家であり、華族だった。良い物を見てきたであろう彼の審美眼は信用できる。歌仙としてはこれだと思うものを片っ端から揃えたいところなのだが、それだと松井に小言を言われるのが目に見えている。なので豊前を味方につけてしまおうと考えたのだ。
そんな歌仙の目論見は当たった。いくつかの反物を見比べた豊前は暫し考え込んだ後、「どれか一つと選ぶならこれ」と言って一巻きの反物を指で指し示した。
「君ならそう言うと思っていたよ。これなら松井にも文句は言われない」
「最初から決めてたなら、わざわざ俺呼ぶ必要あったか?」
「あるとも。君が選んだ物だと言えば、松井は何も言うまい」
最初から決めていたなら呼ぶ必要はないのに、歌仙はわざわざ豊前に決めさせた。〝豊前が〟選んで決めたという事実が重要なのだ。この歌仙、色々と買っては松井にお小言を貰っていたようである。視察で行った先の本丸でも何度か見た光景だ。
「そーいや、松井がこういうの着てるところって、ほとんど見たことねーな」
昼間の松井はたいてい内番着で過ごし、夕方以降は小袖を着ている。それも無地や地味な小紋ばかりで、織りや刺繡の華美なものを着ているところは見た事が無かった。かと言って、小物が派手なわけでもないし、つづまやかな物を好んでいるようにも見えなかった。身に着ける物にはうるさいのが刀剣男士・松井江のはずなのに、ここにいる松井はそういった物に無頓着に見えた。
「
……これとか似合いそうっちゃ」
目の前の反物は穏やかな中縹の青色に染められており、その色は彼の爪紅の色を思い起こさせた。着物は選り好みしない松井だが、爪紅はいつ見ても丁寧に塗られている。きっと、爪そのものの手入れも怠っていないのだろう。爪紅は決して欠けたり剥げたりしておらず、爪の端まで綺麗に塗られており、品と艶がある。
「気になるなら聞いてみるといい。君には教えてくれるかもしれないよ」
「そーか?」
松井に嫌われてはいないと思う。しかし聞けるほど親しいかと言われたら疑問符がつく。でも、歌仙がそう言うのならいつか思い切って聞いてみようか。
だが、それよりも豊前にはもっと気になる事がある。まずはそれが先だった。
「よお。そっちの様子はどうだ?
……俺? 元気にやってんよ。ところで、ちっと調べてもらいたいことがあってだな
……」
反物選びから解放された豊前は古巣である政府機関の同僚に連絡を取った。この本丸について調べてもらうためである。この同僚は非常に優秀で、しかも役職付きだ。下っ端職員でしかない豊前と比べ、入ってくる情報の量も与えられている権限の大きさも段違いである。彼なら豊前が知りえないような情報にたどり着く事も可能だろう。鬼門に位置するこの本丸の結界の綻びが一向に修繕されないのは不可解だ。
『その件については俺もおかしいと思っていた。至急は無理だが、可及的速やかに行おう』
「悪ぃな。今度何か奢る」
豊前は通信を切った。この件は優秀過ぎるこの同僚に任せておけばいい。彼は己に絶対的な自信を持っているので周囲との衝突も多いが、それに見合う実力も兼ね備えている。そうでなければ、魑魅魍魎が跋扈する時の政府の中で生きる事はできまい。
気になる事が一つ片づいた(わけではないが、何らかの回答が来るまでは一旦保留にする)ので、次は松井である。善は急げと、他の者達が着ている着物を見ながら「松井はこういうの着ねーの?」と豊前は松井にそれとなく聞いてみのたが、こういうものは僕には相応しくないからとすげなく返されてしまった。
僕には相応しくないと言うけれども、松井の爪紅は今日も綺麗に塗られている。どうやらこまめに塗り直している様子だし、爪紅自体も決まった店の決まった品番を取り寄せている。これはいつも同じ丁稚が届けに来るから知っている。
わざわざ店も品物も指定して取り寄せるくらいだ。身に着ける物に対してこだわりがあるのは間違いない。しかし松井がこだわりを見せているのはこの爪紅だけだ。
そういえば、乱藤四郎も古株だと聞いた。情報通の乱だ。何か知っているかもしれない。松井自身に聞く前に少し情報を仕入れておこう。歌仙はさらりとあんな風に言っていったが、もしかしたら聞いてはいけない事かもしれない。豊前は乱に松井の話を振ってみた。
「松井さんのこと?」
乱は空き部屋で取り込んだ洗濯物を畳んでいる最中だった。いつもは一つ結びにして下に垂らしている髪を、今日は珍しくくるくると櫛巻きにして上げている。
「
……松井さんも最初はもっと色々こだわってたんだけど、いつだったかな。何だか思い詰めた感じで僕はいいって言うようになっちゃった」
「何かあったんか
……?」
乱にもその理由はわからないという。松井が来たのはつい最近ではないが、そこまで古くもない。来た当初は普通に座敷にも上がっていたし、応接室や舞踏室を使う客の相手もしていた。西洋の舞踊にも通じているらしい。
それがいつの日からか座敷に上がる事を拒むようになり、遣り手となって裏方に回るようになった。もう僕には必要ないからと、着物も小物も髪飾りも手持ちはほぼ全て他の者達に分け与えてしまった。
ちょっと待っていてと言うと、乱は自室から小ぶりの髪飾りを持ってきた。松井は髪を結うには長さが足りない。髢や添え髪は好まないのか、髪を結い上げなくても使える髪飾りを好んで使っていた。
「これ、松井さんがくれたんだ」
乱の手のひらに載せられた、漆塗りに金蒔絵と螺鈿細工の施された髪留め。一目見ただけで良いものだとわかった。やはり松井江という存在は身に着ける物にこだわるのだ。しかしこの髪留めはほとんど使った形跡が無かった。使う機会が無かったのか、それとも使う前に乱に渡してしまったのか。
「いつかまた松井さんが使ってくれるといいんだけどね」
絶対に似合うと思うんだけどなぁ。そう言う乱は少し寂しそうだった。
※※※※※ 中略 ※※※※※
その日、豊前は朝から出掛けていた。あくまで豊前の立場は出向だ。籍は政府機関に残したままなので、時々こうやって顔を出す事もある。
少し前まで毎日ここにいたはずなのに、気分はすっかりお客様だ。二二〇〇年代の最先端の技術に囲まれた政府機関。あの本丸とは違うなと思う。
部屋の入口の前で通行証をかざすのにもたついていると、背後から声を掛けられた。
「久しぶりだね」
「清麿。水心子はいねーのか? 珍しいな」
声を掛けてきたのは源清麿、ここで働く刀剣男士の一振りだ。この清麿とは何度か任務で一緒になった事があり、政府機関で働く刀剣男士達の中でも特に親しい仲だった。
「別件で外に出ている。豊前の方こそ、今日はどうしたんだい? 出向中だと聞いたんだけど」
「んー、野暮用。用事が終わったらまたすぐ戻る」
彼の相棒である水心子正秀は不在らしい。特にやる事もないから手伝おうかと清麿が豊前に聞いてきた。暇な事は良い事だ。刀剣男士達が対応しなければいけない重大案件が発生していないという事なのだから。
手伝いを申し出てくれた清麿には悪いが、豊前の用事は誰かに手伝ってもらうような用事ではない。書類を渡したいから取りに来いという、まぁ何とも言いがたい用事だった。呼び出さずとも電子端末に送ればいいのではと思ってしまったが、渡したい書類は豊前宛てではなくてあの本丸の審神者宛てだと聞いて納得した。審神者は相変わらず不在だし、書類そのものを送るには飛脚を使う必要がある。それなら転送装置を使う事ができる豊前を呼んで渡した方がずっと早かった。
書類は空いている時に連絡をしてから取りに来てくれればいいと言われている。日付も時間も指定されていない。今日取りに行くとは伝えてあるが、何時とは決めていない。近況報告と情報収集のために豊前は少し清麿と話してから行く事にした。
「そういえば、彼から聞いたよ。大変な事になってるみたいだね」
彼というのは豊前があの本丸についての調査を依頼した同僚の事だ。清麿と同僚の間に直接の繋がりはないと思っていたが、清麿に同僚を紹介した際に実は知り合いだったと発覚した。世間は案外狭いものである。
「そうなんよ。おかげ様で三日に一度は実戦っちゃ。嫌でも鍛えられっから、それはそれでありがてーんだけどな」
それは
……と、温和な清麿の表情もさすがにひくついた。豊前のいるところは戦場ではない。人の子である審神者が住まい、刀剣男士達が身を置き羽を休める〝本丸〟なのだ。
「
……暇してたところだから、僕も彼を手伝おうかな。万が一にも豊前が折れたら夢見が悪い」
「縁起でもねーこと言うなって」
共に修羅場を経験した仲だからこそ言える冗談だ。胸の前でぐっと拳を握りしめた清麿に豊前は苦笑するしかなかった。自分も大概血の気の多い方だとは思うが、彼も落ち着いた物腰の見た目とは裏腹に意外と喧嘩っ早い。曰く、江戸生まれの気質が色濃く出てしまったのかもしれないね、という事らしいが、その真偽は不明である。
「でも、良かったよ」
水心子も随分と心配してたから。そう言って握り拳を下すと、清麿は安心したと頷いた。顔馴染みからほとんど情報の公開されていない本丸行く事になったと突然聞かされたら、豊前も気が気でないだろう。それが清麿の親友である努力家の心優しき彼、水心子正秀なら尚更だ。
「っと。そろそろ行くか。何かあったら教えてくれ」
「わかった。それじゃ、また」
豊前は清麿と別れた。指定された部屋で書類の入った封筒をいくつか受け取ると、ついでに万屋街で土産を買ってから戻る事にした。出向先であるあの本丸で過ごした時間よりも政府機関にいた時間の方が遥かに長いのに、無機質な政府機関の建物よりも、道沿いに立つあの柳の木を恋しく思っている事に気づき、少し戸惑った。
……本丸の皆には何を買って帰ろうか。最中や饅頭あたりが無難か。松井は何が好きだろう? 果物の乗ったパフェを一度食べてみたいと言っていたのは覚えているが、さすがにあれを持って帰るのは難しい。
――そうだ。万屋街には洋酒に漬けた果物を使った南蛮の焼き菓子を出す店もあったはずだから、松井への土産はこれにしよう。豊前は日持ちしそうな菓子をいくつか見繕った。
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こんな感じで始まりますが、遊郭パロではありません。ちょっとそういう雰囲気がある程度です。
A5二段組み/表紙等込54ページ/全年齢/600円
表紙と裏表紙はこんな感じ。

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