折り目

望普。普賢さんが子を産む話。苦手なかたはご注意ください。女体化ではありません。
おさむさんがすてきな挿し絵を描いてくださいました、ありがとうございます!

「そもそも常識の範疇を超えておるではないか」


そうして桃の花がほころぶころ、普賢はふらりと修行に現れた。いつものように、隣に座り、瞑想をはじめる。腕に赤ん坊の姿はなく、まるでここのところの出来事が夢かなにかだったみたいに、いつもの日常が戻ってきた。
「あの子は?」
目を閉じたままちいさく訊ねると、すこしだけ考えたあと、
「戻してきたよ」と普賢は言った。
……地上に」
思わず目を開けて普賢を見つめた。りんとした横顔はいつも通り、なにも変わるところはない。
「地上……?」
「うん」
返事も簡潔で迷いはない。いちど大きく息を吐いてから、普賢は話しはじめた。
すこし前、地上に下りたとき、一人の男と出会った。彼はその両腕に妻を抱え、絶望の淵にいた。男の妻は病気を患い、すでに虫の息だった。普賢が道士だと知ると男は足元に縋り「助けてください」と叫んだ。
「妻の腹には子供が。せめて子供だけはどうか……!」
普賢は悩んだ。いまここには薬はないし、あったところでもう彼女は助からない。できることはないか。どうすれば。
「そのときふと思い出したんだ。太乙さまが、霊珠を女性の腹に入れた話」
入れられるなら、取り出すこともできるんじゃないだろうか。
「それで、とりあえず、僕の中に、」
————バカかおぬしは!!」
思わず立ち上がり怒鳴りつけた。憤りで息が上がる。そんなのは、できるとかできないとか、そういう次元の話ではない。下手をすればその子とともに命を落としていた。
「うん、雲中子さまには感謝しているよ」
「だから、そういうことではない!」
「望ちゃん、あのね」
普賢は目を閉じたまま、静かに口を開いた。
「あの人の手には手紙が握られていた。赤ん坊の名前をいくつも考えて、何度も何度も開いてはたたんでいるから擦り切れそうだった。それを見た瞬間、あんなにも待ち望まれているあの子を、いなかったことにしたくないと思った。僕はただ、できることをしたかった。こちらに連れてくれば誰かがなんとかしてくれる。その確信はあった。望ちゃんがいうほど無謀じゃなかった」
だから、大丈夫だよ。それだけ言って、普賢はまた瞑想に戻った。
いつもの横顔が、いつもよりずっと青空に溶けるみたいだった。

相手がだれだとか、もしかして自分なのかとか、そんなことを気にしてヤキモキしていたことは、ちゃんとわかっていたと、ずいぶん経ってから普賢は笑って言った。
「それはそうだよね。僕は身に覚えはなかったけれど、それに便乗して擦り寄ってくる人はいるだろうなと思ってた」
「あの、では、おぬしは、」
おそるおそる問いかけた太公望の頬を両手で包む。いたずらっぽい目で覗き込んでから、普賢は額をこつんと合わせた。
「僕は、いつだって、」
息がかかる距離で囁かれたその言葉を、たぶん一生忘れないと、太公望は思った。