折り目

望普。普賢さんが子を産む話。苦手なかたはご注意ください。女体化ではありません。
おさむさんがすてきな挿し絵を描いてくださいました、ありがとうございます!

「そもそも常識の範疇を超えておるではないか」

ある日の修行中、普賢が倒れた。顔は真っ青で熱もあるようだった。あわてて師に報せ、白鶴童子によって医師のもとに運ばれたが、その後、面会謝絶と告げられたきり、一切の連絡が途絶えた。
回復したのか、それともとても悪いのか、まったく知らされない。なんども医師に訊ねたが「今は無理だが、命に別状はない」と歯切れの悪い答えが返ってきただけだった。閉ざされた扉の前で、太公望は唇を噛んだ。
数カ月が過ぎたころ、ようやく面会が許された。他の者には内密に、というひと言がつけ加えられたが、矢も楯もたまらず駆けつけた。こじんまりした清潔な一室で、普賢は寝台に身を起こしていた。やや青ざめた頬で、しかし以前と同じやわらかい声音で「望ちゃん」と笑う。
「普賢、具合はどう、」
言いかけて、太公望は言葉を失った。普賢の腕の中には、すやすや眠る小さな赤ん坊がいた。
「いま眠ったところなんだ」
「えっと、」
目の前の現実と、推測される情報を組み合わせようとするが、パズルはこれっぽちも完成しない。パーツの一つひとつは完璧なのに。それでもなにか言おうとして、いくどか逡巡し、やっと絞り出せたのは「無事ならよかった」という、なんとも間抜けなひとことだけだった。



毒にも薬にもならない会話を二、三交わしたあと、部屋を出て、雲中子の胸倉を掴んだ。
「なんだあれは」
雲中子は呆れた表情を隠さず「さあ」と肩を竦める。
「普賢が子を成した。それだけのことだよ」
「それだけとか言うな、こんな異常事態に」
「そんなこと言われてもねえ。というか、もしかしてきみも、私のせいだと思ってる?」
「他にどう考えろと?」
とんだ濡れ衣だと、雲中子は不本意そうに口を尖らせる。
「私は今回なにもしていないし、事情もわからない。わかるのは、普賢も赤子も無事だってことで、それはまったく私のおかげだってことだけだよ」
別に普賢が女体になったとか、そういうわけではない。倒れたとき、すでに腹には子がいて、どうにかこうにか雲中子が手を尽くし(詳しくは言わなかったが)無事この世に生まれた。
「ちなみに」
まだ疑惑のまなざしを向ける太公望に、雲中子は声を低くした。
「相手はわからないんだけど、きみ、身に覚えはあるかい」
ぐっと言葉に詰まる。やれやれと雲中子は息を吐いた。
「これでますますわからなくなったね」
「なにが」
「身に覚えがある輩が多すぎる」
絶句して、それでも「普賢はなんと言っている」と訊いた。
「なにも言わないよ。なんでこんなことになったのかも——相手がだれであるかも」