Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
instant
Public
Sugar
十二仙太乙真人様×道士普賢。
「後悔なんてしてない」
1
2
3
湯飲みを二つ両手に持って、こぼさないように歩いた。寝台で普賢はまだこちらに背を向けていた。
「おはよう」
声をかけると、あからさまに身を硬くする。
「起きてる?」
返事はない。たぶん口をつぐんだまま、目をしっかり閉じたまま、背中でしらんぷりをしている。
「まだ寝てる? お茶を淹れたんだけど」
「
……………
」
普賢は寝たふりを続ける。太乙は口を開いた。
「そのままでいいから聞いてくれるかい?」
「
……………
」
「私は、謝るつもりはないよ」
「
……………
」
「だからさ、きみも後悔しないでほしいんだ」
ゆっくりと、普賢は寝返りをうった。すぐそばで、太乙はまだ湯飲みを持ったまま、じっと見おろしている。いつもの笑顔がないことを確かめて、普賢は唇を噛んだ。
「
……
謝ってもらおうなんて、思っていません。後悔なんてしてない」
怒気を含んで声が震える。
「だからあなたも、僕を傷つけたなんて思わないで」
後悔していない、そう言わせたくて先回りしたことも、きっと普賢にはわかっているのだ。瞳はいまにも泣きそうだった。
一線を超えてしまったからではない。うろたえている自分自身を見透かされ、なおかつそれを気遣われてしまったから。
ああ、大人びていてもこんなにも幼かったのかと太乙は思い、あくまでも静かに、そしていつも通りに「わかってるよ」とひと言だけ言った。
目の前に差し出された湯飲みを、普賢は黙って見ていた。両手でそれを受け取ると、またじっと太乙を見つめる。
試しているような視線を真っ向から受け止めて、太乙は続けた。
「きみと私は、なにも変わりはしない。私は十二仙の太乙真人で、きみは一介の道士。授ける者と教えを乞う者
――
今はまだ、ね」
「いずれ、変わります」
「そう、いずれ。そんなに遠い未来のことではないと、私は思っているんだけど。違うかい?」
わずかにその瞳が揺れる。隠していたつもりだったのか。
「
…
僕だけがそうじゃないと思います。みんな、ここへ来たからには、高みを目指そうとする」
「そうだろう。私だってそうだった。例えばきみの同期の呂望も」
「だったら、なぜ僕なんですか」
普賢の問いに、太乙は「さあねえ」と考えるそぶりをする。
「興味深い、かな」
「興味
…
?」
私にもよくわからないってことだね、と太乙は笑った。
「ま、どちらにしても、私ときみは近い将来、同じ場所から、世の中を見ているのだろうと思うよ」
同じ場所から。そう呟いて普賢は膝を抱え目を閉じた。
「同じ場所から同じものを見たからといって、同じ色に見えるわけじゃないです」
確かにそうだ、と太乙は笑う。
「きみの見る世界と私の目に映るものは違うだろう。だけど、それでも私はきみとそれを見たいと思った。それではだめかい?」
「
…
だから、僕を気にかけてくださるんですか?」
そういうことにしておこうか。太乙は言った。もとより答えなど出るはずがないのだ。
湯飲みを太乙に押し付けて、ぐずぐずとまた普賢は布団に潜り込んだ。
寝台のふちに腰掛けて、太乙は窓の外を見る。
昨夜の風雨がどこからか運んできたのか、白い桜の花びらが、幾枚もガラスに貼りついている。
「もう春も終わりだね」
返事はないが、それでもよかった。
この花が全部落ちる頃には、今の居心地の悪い苦しさも、甘さに変わるだろう。窓を開けた。乾いて落ちた花びらが一枚、ふわりと部屋に舞い込んでどこかへ消えた。
了
1
2
3
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内