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Sugar

十二仙太乙真人様×道士普賢。

「後悔なんてしてない」



湯飲みを二つ両手に持って、こぼさないように歩いた。寝台で普賢はまだこちらに背を向けていた。
「おはよう」
声をかけると、あからさまに身を硬くする。
「起きてる?」
返事はない。たぶん口をつぐんだまま、目をしっかり閉じたまま、背中でしらんぷりをしている。
「まだ寝てる? お茶を淹れたんだけど」
……………
普賢は寝たふりを続ける。太乙は口を開いた。
「そのままでいいから聞いてくれるかい?」
……………
「私は、謝るつもりはないよ」
……………
「だからさ、きみも後悔しないでほしいんだ」


ゆっくりと、普賢は寝返りをうった。すぐそばで、太乙はまだ湯飲みを持ったまま、じっと見おろしている。いつもの笑顔がないことを確かめて、普賢は唇を噛んだ。
……謝ってもらおうなんて、思っていません。後悔なんてしてない」
怒気を含んで声が震える。
「だからあなたも、僕を傷つけたなんて思わないで」
後悔していない、そう言わせたくて先回りしたことも、きっと普賢にはわかっているのだ。瞳はいまにも泣きそうだった。
一線を超えてしまったからではない。うろたえている自分自身を見透かされ、なおかつそれを気遣われてしまったから。
ああ、大人びていてもこんなにも幼かったのかと太乙は思い、あくまでも静かに、そしていつも通りに「わかってるよ」とひと言だけ言った。

目の前に差し出された湯飲みを、普賢は黙って見ていた。両手でそれを受け取ると、またじっと太乙を見つめる。
試しているような視線を真っ向から受け止めて、太乙は続けた。
「きみと私は、なにも変わりはしない。私は十二仙の太乙真人で、きみは一介の道士。授ける者と教えを乞う者――今はまだ、ね」
「いずれ、変わります」
「そう、いずれ。そんなに遠い未来のことではないと、私は思っているんだけど。違うかい?」
わずかにその瞳が揺れる。隠していたつもりだったのか。
僕だけがそうじゃないと思います。みんな、ここへ来たからには、高みを目指そうとする」
「そうだろう。私だってそうだった。例えばきみの同期の呂望も」
「だったら、なぜ僕なんですか」
普賢の問いに、太乙は「さあねえ」と考えるそぶりをする。
「興味深い、かな」
「興味?」
私にもよくわからないってことだね、と太乙は笑った。
「ま、どちらにしても、私ときみは近い将来、同じ場所から、世の中を見ているのだろうと思うよ」
同じ場所から。そう呟いて普賢は膝を抱え目を閉じた。
「同じ場所から同じものを見たからといって、同じ色に見えるわけじゃないです」
確かにそうだ、と太乙は笑う。
「きみの見る世界と私の目に映るものは違うだろう。だけど、それでも私はきみとそれを見たいと思った。それではだめかい?」
だから、僕を気にかけてくださるんですか?」
そういうことにしておこうか。太乙は言った。もとより答えなど出るはずがないのだ。

湯飲みを太乙に押し付けて、ぐずぐずとまた普賢は布団に潜り込んだ。
寝台のふちに腰掛けて、太乙は窓の外を見る。
昨夜の風雨がどこからか運んできたのか、白い桜の花びらが、幾枚もガラスに貼りついている。
「もう春も終わりだね」
返事はないが、それでもよかった。
この花が全部落ちる頃には、今の居心地の悪い苦しさも、甘さに変わるだろう。窓を開けた。乾いて落ちた花びらが一枚、ふわりと部屋に舞い込んでどこかへ消えた。