るいざき
2023-11-23 16:53:30
11148文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

窮鳥 解√ラス6♀

⚠️不穏
・長い
・独自の世界観考証が多分に含まれます
・アイスワームくらい長い



──。
 血潮の音がうるさい。気怠くもたげる頭に、誰かがガンガンと音を叩き鳴らす。
レイ──。
 でもなんだか、暑い。不快で息苦しい。きもちわるい……。それでむしろ意識が逆巻く。

《レイヴン!》
「ぅ……? げほっ……ごほ」
 赤いさざめきが瞼のふちを沿って光る。ぐらぐらする頭を持ち上げ、バチバチと放電する機内に気が付く。
《ああ、良かった……!レイヴン、脱出操作をお願いします。システムが完全ダウンしてしまって、私ではもう……!》
…………?」
 手動操作、レバーを引くが、射出シリンダーが噛む音も何もしない。手応えのない質感だけが掌に伝う。
……出れない」
《?! そ、そんな……!》
 息をのみ、エアは機器類に干渉を試み始める。フロントモニターは真っ暗で、計器類は電気系統の発火から黒く燻って嫌な臭いを放っている。サブシステム、小型端末の画面が辛うじてシステム再起動までのパーセンテージを表示し始めた。
《はやく、はやく……このままでは、レイヴンが丸焦げに……っ》
……
 何が起こったのだったか。確か帰投中に帥父が……。パルスブレードは袈裟懸けに振り下ろされ、コアの中程に食い込み留まっていた。そのままアサルトアーマーが放たれ……
……よくないかも」
 空中制御すら失ったまま地面に突き落とされた621は、仰向いて串刺しにされている状態だ。シートに押し付けられ逆立ちするような感覚も、機体は未だ転がされた状態だと言うこと。……つまり、脱出機構がコアフレームの背面ごと押さえつけられている。
 咄嗟に放った拡張機能が仇となったか、放熱部位が展開されずに今なお621の背で融解寸前となっている。強化人間といえども到底生きていられる温度ではなく、ACSアノマリーの赤いランプが炎のようにも見えてきた。
「ごめんエア。君だけはここから離れて」
《な、なにを、言っているのですか……?》
「これは助からない」
 コクピットの外郭からはいよいよおかしな音が響き始めた。膨張する鉄塊は酷い轟音を立てて絶望を駆り立てる。
《い、嫌です。諦めません!もう少しでサブシステムが復旧します、それまで堪えて──?!》
 エアが言い切る前に、がくんと621が脱力する。手足が酷く震えて、不規則な喘鳴が聞こえてきた。
《内部温度が……っ。レイヴン、いけません。意識を保って……!》
 悲鳴にも似たエアの呼びかけに、ついに621が応えなくなった。サブシステム復旧。目まぐるしい速度で再構築された自律起動プログラムが打ち込まれ、救援要請の信号が発せられる。
《お願いします、だれか、だれかレイヴンを助けてください!》
 女声の電子音声は広域放送に乗る。もう形振り構っていられないのだ。辛うじて動く左腕部を駆動させ、無理やりコア背面を露出させようと試みるが。熱で油圧系統すら溶けて腕が滑る。その衝撃で、いよいよ各所から火が噴きレイヴンのまぢかには電流が迸る。
《ああっ》
 これ以上下手に動かしても、レイヴンの死亡率を上げるだけだとエアは思い至り。ついにサブシステム管制のログが止まってしまう。震える波形が画面にチカチカとちらつく。
《だれか……っ》

『聞こえるか、お嬢さん。レイヴンの機体を起こす。もう一度左腕部を稼働させてくれ』
……!!》



『待てラスティ、危険すぎる!!』
「今最も危険にさらされているのは誰だ、フラットウェル。大人しく消火班の指揮をしていてくれ」
『お前は……自分の立場を分かって──』
「弁えて捨てるのはもううんざりだ。私はもう、狗ではない」
 三角巾を剥がしかなぐり捨てコクピットに身体を捩じ込む。仮組みのナハトライアーを起動し、粗方の調整を行うや否や。ラスティはハンガーのゲートが開き切る前に飛び出していく。

 目と鼻の先の災禍では、アストヒクは既にMTたちによって炎の外に出されていた。煤けたMTたちが、一方は帥父の救出にあたり、もう一方は黒煙の根元へ消火剤を吹いては爆発にたじろいでいる。
「迅速な救護活動、心より感謝申し上げる。もう少しだけ協力しては頂けないか」
『あ、ああ。勿論だラスティ』
 響めくノイズがそこかしこから聞こえるが、無理もない。帥叔の片腕とも言えるような立場で、この火事場に乗り込んでくるなど愚かだと誰もが思うだろう。
「レイヴン、聞こえるか。意識はあるか?」
 黒煙を払いながら、ナハトライアーがLOADER4に近付く。すると前触れもなく左腕が動き、藻掻くようにして再び背を打ち付けていた。そして。
《──だれか……!》
「!!」
 声だ。火災と溶解の轟音に混じって微かに女声が聞こえた。システムAIだろうか、だが続く悲鳴じみた震え声はあまりにも生々しかった。
「聞こえるか、お嬢さん。レイヴンの機体を起こす。もう一度左腕部を稼働させてくれ」
……!! ラスティ……!》
「いくぞ」
《はいっ!》
 ナハト脚、膝の突起を引っ掛け、てこの原理で首元から機体を浮かせると両腕で肩を支える。右腕部は先のパルスブレードで切り落とされており、一層の凄惨な機体状況を確認できる。
「お嬢さん、脱出装置は?」
《機構自体が破損しているようです。手動操作も……
「了解した。そのまま左腕部を固定し支えていてくれ」
 ナハトライアーは膝をつく。可動域限界までコア部分を押し上げ、欠けた右腕側を抱え込む。空いた左手は背面ハッチの継ぎ目に爪を掛けた。
「MT部隊、放電引火に備えろ」
『は、はい!』
「お嬢さん、ハッチのロックを解除してくれ」
《了解しました。背面ハッチ解除、成功。スライダーが歪んでいますが……
「すまないが、手荒にいくぞ」
……お願いします》
 ミシ、と音を立てナハトライアーの爪が噛む。サスペンションの加圧、排熱噴射が起こり、ひといきにコアハッチごとコクピットが引き抜かれた。
「っ!」
 左手とLOADER4の背面排熱機構が溶解し混じる。けたたましいアラート音を無視し、繭のようなコクピットを手に黒煙の内から避退する。
 支えを失った機体は、再び仰向き倒壊した。

「お嬢さん、まだ聞こえるか?レイヴンの状態を教えて欲しい」
《意識消失状態にあります。ACSアノマリーによる急激な脱水症状。それから……機体損壊時の歪みにより右脚が内部機構の破片に挟まれています!》
「助かる。これよりコクピットからレイヴンを出す。……バイタル状態のリアルタイム情報が欲しい。君は私の外部端末に引っ越す準備をしていてくれ。サブシステムへ接続する」
《え──。……分かりました、ラスティ》
 ラスティ自身も機体外へ出ると、ACの掌から繭へ飛び移る。ヘルメット側部に備えた外部端末から端子を引き出し、黒く煤けたポッドの操作盤へと接続した。
 繭の扉が開く。バシュ、と音を立てて噴き出す熱気は凡そ人が生きられる温度では無い。
「レイヴン!」
 セーフティガードに身を預けたままぐったりとした少女が現れた。バチバチと漏電する内部機構にはやはり損壊が見られる。ラスティはセーフティの継目に無理やりパイロットスーツの爪先を捩じ込み強引に引き上げた。
《バイタル異常値……早急に体温を下げなければ危険な状態です……っ》
「もう少しだレイヴン。しっかりしろ……!」
 特殊操作デバイスを力無い手指から引き抜く。右脚にひしゃげて覆う部品はそのほっそりとした膝下に食い込むように見えた。パイロットスーツの下肢加圧操作、残骸撤去時の急激な血流増加を軽減し、手早く圧迫箇所の機器類を押し退け、腰椎端子と頚椎コネクターを引き抜く。ようやく少女レイヴンの躰は灼熱地獄の磔台から引き剥がされた。
「お嬢さん、こちらへの移行は」
《完了しました、ラスティ》
 HUDの端に赤い花のアイコンが浮かび上がる。よし、と繭から端子を引き抜くと、レイヴンの頚椎へ再接続した。彼女の弱々しい生命の波形が視界の右側へ表示され、思わず歯噛みする。
……急ごう」
 側まで横付けした救護用装備のMTが、傷病者用ポッドを開き待ち構えている。ひとつの躊躇もなく、ラスティはレイヴンを抱きかかえてMTの差し出す掌へと飛び移った。