無窓居室
2023-05-23 07:43:09
6411文字
Public
 

Dress

ひだり様に差し上げた『ドレス』の没稿をお許しを得て掲載します。
当時、自分の構成力が本当に底辺だったことを再認識しましたが、👹のお父さんを会話に出せたところだけは気に入っています。



「ありましたね、そんな事も。いま思えば青臭い話ですけど」

「老け込むほど昔じゃないだろ。ほんっと白々しい……

 結婚式場の控え室でアカネとブラックは思い出話に花を咲かせていた。ブラックは細身の黒いスーツに身を包み、アカネはオフショルダーのマーメイドラインドレスを着ている。控え室にはソファがあるのだが、どちらも正装に皺をつけたくないのと、相手の装いをよく見たいのとで、鏡の前に立ったまま会話に興じている。
 今日は披露宴会場の内装や照明にオーダーメイドの衣装が合うか検討しに来ているのだが、案内すべきコーディネーターはなかなかやって来ない。しかし不意な密室での時間が少しも不自由でなく、むしろ楽しみのままに流れていくのがこの奔放な二人が結婚する最大の理由だと言えた。愛や信頼というものは、あくまでその背景としてどこまでも広がっている。



「あの頃のオレちゃんは自分がアカネさんの良い所を誰よりも知っていると自惚れていて、それを見せびらかしたくてたまりませんでしたからね。でも、やってしまうと今度は独占欲に駆られて、アナタの見た目の美しさだけに惹かれて寄って来る人達が許せなくて。嫉妬で気も狂わんばかりでした。楽しいひとときでしたよ」

「話を聞くだにヤベー奴だな……そんなこと考えてたのか」



 顔を引き攣らせて呟くアカネとは対照的に、ブラックは言葉を弾ませた。



「オレちゃん、つい最近までアナタと結婚できるなんて考えてもみませんでしたから。その分、必死だったんだと思います。結ばれないからこそ、この世で一番アカネさんに惚れているのは自分だと証を立てたい気分だったんです。自分しか見ない証だとしてもね」



 聞いていたアカネの眉が切なげに寄る。温かい指が手を強く握ってきた。



「馬鹿だなそんな思いする必要なかったんだよ。アタシもブラックが好きだった。結ばれたいって、ずっと思ってたんだから」

「当時は〝ブラックなんか何とも思ってない。ただのライバルで友達だ〟と繰り返し仰ってましたが?」

「そ!!それは……えーっと、言葉のアヤで……」



 途端にしどろもどろになったアカネに、ブラックは快活に笑った。



「心配してくださらなくても、今では落ち着いたもんです。アカネさんのお父さんにもお約束しましたし、良き夫にならなくては」

「ハハッ!父さんの釜茹ではキツいからな〜、絶対に約束破るなよ!!」

「天界の神様は信じてないですが、地獄の鬼さんには誓ってますよ。健やかなる時も、病める時も、この命ある限りアカネさんに真心を尽くします」

「神前式ならぬ鬼前式になっちゃうな。聞いたことないけどアタシ達らしくて、個性的で良いか」

 話題に上った出来事をそう昔の話ではないと言うアカネの横顔は、それでもあの頃より少し大人びて、アップスタイル風にアレンジしたポニーテールがよく似合っていた。
 着ているドレスは黒を基調にしたもので、裾に向かって夜空の星のように銀が散らされたスカート部分が、彼女の伸びやかな脚に沿って見事な曲線を描いている。胸元でアシンメトリーに重ねられた布はどこか折り紙を思わせるデザインで、ウエストを飾る存在感あるリボン──オペラグローブと共色の漆黒にスカートと同じく細かい銀が散りばめられたものと、鬱金色の地に茜の目色で牡丹の柄が染め抜かれたもの──が、着物の帯の立て矢結びを二つ重ねたようにバックスタイルの中心になっていた。そのためかドレス全体の印象もどこか和装をイメージさせる。

 心身のしなやかさを思わせるアカネの引き締まった背筋は、百花の王の華やかな図案に少しも圧されない。鬱金色の陽光を浴びて咲き誇る牡丹のイメージが、夜会服にあしらわれているからこそアカネの生気に溢れた美貌をより引き立てているように見えた。

「最初に見たときは脚が窮屈だと思ったけど、走り回らないようにするためって理由を聞いて、さすがアタシのことよく知ってるなって……

 ふと、鏡越しにブラックから見詰められていることに気づいたアカネが照れくさそうに言う。言外には自分に相応しい晴れの日の衣装を選び抜いてくれた相手への感謝の気持ちがあった。実際、その作業にかけるブラックの熱意は大変なものだったから。

「他の男がこんな動きにくそうなドレスをアカネさんに着せようものなら許せませんよ。アナタのそのレイヨウのような脚を縛れるのは、将来の夫であるオレちゃんだけですからね」
「お、おぅ……

 冗談か本気か、見開いた目で答える新郎にアカネは笑顔を引き攣らせた。視線を泳がせながら次の会話の糸口を探る。

「披露宴の衣装が先に決まっちゃったけど、式には何を着るんだ?そろそろ決めなきゃ」
「オレちゃん宗教儀式にはあんまり興味ないんですがね。アカネさんが白無垢や白いドレスを着るんじゃないなら何でもいいですよ」

 披露宴の衣装とはうって変わってブラックはあっさりとしたものだ。アカネはほんの少しだけ肩を落とした。

……似合わないかな。真っ白な花嫁さん、ちょっと憧れてたんだけど。ひめやバニラちゃんみたいな可愛い女の子にピッタリだろうなってアタシには、やっぱ無理そう?」

 ブラックは肩を竦めて首を振る。

「黒くない衣装が似合うアカネさんを見るのが嫌なだけです。あと、オレちゃんは体が薄くて手足が長いので和装が締まらないんですよね。お正月には派手な柄入りの羽織袴で誤魔化してますけど
「あははっ!あれは体型を気にしてたんだ?ブラックにもコンプレックスってあるんだな!!」

 ほんの少し前には自分が落ち込みかけたのも忘れて吹き出すアカネに、ブラックはニヤニヤと笑みを顔へ貼り付けたまま歩み寄った。気付いたアカネが慌てて弁解する。

「ご、ごめ……笑ったりして」
「いいんですよ、これからもっと色んなオレちゃんの姿を知って下さいね」

 ちょうど控え室に入ってきたコーディネーターは、もうじき新郎になる男が未来の新婦の腕を捉え、抱き寄せるのを見て、慌ててドアの陰へ身を隠した。