【失笑の歌と蒼い月】三章/前編

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※Ibパロ




子供に言われた通り、カンジは向かいの部屋へ忍び足で近付く。どうやらピアノの音は、この向こうから奏でられているようである。ノックしようとして、音を鳴らしては不味いことを思い出す。
ゆっくりと無言で扉を開けば、中は学校の音楽室のような作りをしている。その中心で、大きな黒いピアノを弾きながら歌う白髪の男がいる。男はこちらには気付いていないようで、大きくも小さくもない音量で歌い続ける。静かに扉を閉め、ゆっくりと男へ歩み寄る。


「あ、あの」

「わあ」


声をかければ、男は驚いたように声を漏らす。歌うことを中断し、カンジの方を見る。瞳は長い前髪で見えないが、なんとなく穏やかな顔をしているように思う。しばらくカンジを観察してから、男は納得したように椅子から立ち上がる。


「キミ、ここの子じゃない。帰り道を探してきた、ので合ってる?」

「えっと、そうやねん。下への階段とかって、何処にあるか教えてもらえまへんか?」

「うん。案内してあげる。なるべく、静かに着いてきてね」

「ホンマに? ありがとぉ」


この階層に来て、初めてまともに会話が成立する。僅かにボンヤリとした印象を受けるが、男は非常に友好的に思える。部屋を出て手招きする男を、足音を鳴らさぬよう気を付けながら追う。
ピアノの音も美しい歌声も無くなり、静寂を強く感じる。それでも安心感が有るのは、きっと先を歩く男が微笑んでいるからだろう。少し緊張の解けたカンジは、ゆっくりと歩く男を同じようにゆっくりと追いかけた。