後 編
チョコの行方を探しつつ、怪我人はいないか、見回りをする。
怪我人は誰一人いなかった。管制室にいる職員さんたちも、ダ・ヴィンチちゃんをはじめたまたま居合わせていたサーヴァントたちで守ってくれていたようで、サーヴァントたちも特別怪我人はいなかった。やがて気を取り直してバレンタインの雰囲気に戻る。
私は通りかかった人たちにチョコレートを渡しつつ、王様に渡すための本命チョコを探すことにした。
どうしてもあのチョコレートで彼に渡したい。もちろん、今から作っても間に合うのだろう、でも彼のことを想って作った力作を見てもらえないのは悲しい。できることならあのチョコを渡して想いを伝えたい。
いろんな人たちからチョコレートをもらい、たまにチョコレートじゃ味気ないからと物で返してくれたりと個性豊かなお返しにほっこりしつつ、今日一日歩いたところを辿っていく。
マイルームにはない。出るところまでは確かにポケットに感触があったのを覚えている。
次に食堂。食堂も本命チョコは見つからない。厨房を担当しているエミヤやブーティカたちに聞いても見ていないという。
「とすると、やっぱり庭園のあの場所かな」
つい数時間前にいた、チョコラミスと戦っていた場所。しかし、あそこにはセミ様と天草さんが立て込んでいるところだろう。二人のいい雰囲気を壊したくないのだが、そこに本命チョコがあるのなら、取りに行きたい。
(す、少しだけ。なかったらすぐ出ていけば気づかない、よね?)
私はそっと、玉座の間まで隠れながら向かった。
玉座の間には誰の気配もなかった。どうやらセミ様と天草さんの話も終わっていたようだ。いつの間にか溶けているチョコも綺麗さっぱりなくなっている。
本命チョコはいったいどこへ
……?
もしかしたら誰かが見つけて、食べてしまったとか? そうだったら、とても辛いなぁ。
「頑張ったんだけどなぁ」
バレンタインの準備から、今日に至るまでの日々を思い出す。マシュと一緒にどんなチョコがいいか相談したところから始まったんだよね。そして味見もマシュ監修でOK出るまで何度も作り直した。
「はぁ
……やっぱりない、かぁ」
「ここにいたか。汝」
「セミ様!」
後ろからセミ様が声をかけてきた。いないと思っていたが、残っていたようだ。
「天草さんとは、どうでしたか?!」
「
……なんてことはない。少し話をして、あの者は還って行った」
そういう彼女は少しだけ照れくさそうに私から視線を外した。どうやら、いい雰囲気にだったようだ。
「汝も、チョコレートを渡したのか?」
「う、うん
……まぁ」
「ほう。そう言う割には納得のいっていない顔をしているな。手渡しは失敗したと見える」
(うっ! 渡してないけど、もう失敗に近いようなものだから何も言い返せない
……!)
手厳しい評価もらい、小さくため息をついた。告白を失敗に終わった女の子の気持ちってこんな感じなのかもしれない。
「では、これはいらぬな?」
「あっ、それはっ
――!」
セミ様の手には探していた本命チョコの包みがあった。事情を聞けば、数分前に天草さんと別れた後、何か光ったような気がしたので辿っていくと本命チョコの包みを見つけ、拾ったらしい。
「それ、私のです。ずっと探してて
……」
「渡すのだろう、あの男
――ギルガメッシュに」
彼女の言葉に体が熱くなっていくのが分かる。そうだ、今時間は何時だろうか。時計を見ると夕方になっていた。そういえば夜にはみんなで片付けをすることになっているのだった。渡すのなら今しかない。
「
――汝がしてきたことを全て無駄にするつもりか? 仕方ないとはいえ、高質なチョコレートを汝に与えてやったというのに」
「セミ様
……ありがとうございます」
彼女から本命チョコの包みを受け取る。
「あっ、そうだ。えっと
……はい!」
「
……何だこれは」
「チョコレートです。セミ様のお口にあうか分かりませんが、さっきの戦いに協力してくれましたし、私たちにチョコレートを分けてくれたので、ハッピーバレンタイン! です!」
そう言って私はチョコレートの包みを彼女の手に乗せる。しばらく彼女はじっと私が渡したチョコレートの包みを見つめていた。品定めでもしているかというほどに真剣だ。突き返されるんだろうかと思いながら様子を伺っていたが、やがて「汝がもらえというのならいただこう」と正式に受け取ってくれた。
「そうだな、汝の時代には〝友チョコ〟とやらも流行っていると聞いたな。
…………そうだな、我の気分次第では汝らの召喚に応じてやってもよい」
「えっ!」
私が驚いた顔を向けると、彼女はまたそっぽ向いてごにょごにょと濁しながらも告げる。
「我もどういう風の吹き回しか分からぬが、カルデアというのも悪くないと思った。それだけだ
…………それに、いつか〝あやつ〟と出会うやもしれん」
誰に、とは敢えて聞かなかった。おそらく彼のことだろう。
「召喚に応じるかどうかは、まずは汝のやるべきことを遂行することだ。
……そろそろ我も戻るとする。その箱は確かに渡したぞ」
そう言ってセミ様は鳩と共に姿を消した。私は手の平にある努力の結晶を見て、決意を固める。
(よし、王様を探そう。セミ様にも応援してもらったんだから)
箱を持って、座を後にした。ここからカルデアに移動するのは正直疲れるのだが、今はそうも言ってられない。
庭園を通り過ぎると、ある人影が見えた。探していたあの人だ。
「王様!」
「リツカか。いったい何処をほっつき歩いているのだ!」
そう言って軽くデコピンを受けてしまった。う、軽くとは言えそれなりに痛い。
「カルデアにも探したがおらぬ。たまたま居合わせた毒殺者の女帝が貴様がここで待っていると聞いたから仕方なく来てやったのだ。有り難く思うがよい」
「うっ、はい。ご心配をおかけしました」
そういえば、彼から見れば突然いなくなって探してくれていたなら怒っても仕方ないのだろう。
そしておそらくセミ様が私がここにいることを知らせてくれたんだろう。やっぱり憎めないお姉さんだ。彼女の気遣いを無駄にしないように、勇気を振り絞って彼に声をかけた。
「あ、あの! 少しだけ、時間くれませんか?」
もしかしたら声が上ずったかもしれない。私らしくないとこれから笑い飛ばされるかもしれない。でも私は成功しなくちゃいけないんだ。
王様は時計を見つつ、少しだけならな、と許可をもらった。彼もおそらく片付けの手伝いを任されているのだろう。ダ・ヴィンチちゃんも時々人使いが荒い。
私は手に持っている本命チョコを彼の前に差し出した。
「えっと、は
……ハッピーバレンタイン!」
「は?」
「渡すのが、こんな時間になってしまったけど、いろいろと事情があって
……でも私の気持ちをこのチョコに全部込めました。いつも、危ないところを助けてくれたり、時々魔術のこと教えてもらったり感謝し足りないくらいです。よ、よかったらもらって、くれませんか?」
最後の方は早口になっていたかもしれない。ふだんこんな恥ずかしいことを言わないので、彼も目が点となっている。
「
……それは、口説いているのか?」
「へ? あっ、いや! えっと付き合ってくれとかそういうことではなくて、えーっとマスターとしてというか仲間としてというか
――」
「ほう、ならば『よければ』ならば我はその手を取らん」
「
――え?」
驚いて顔を上げる。王様は目を細め、見下しながら告げる。
「そんな軽い気持ちならば、我は受け取らぬ。その程度ならば、貰わぬほうがマシだ」
そう言って彼は箱を触りもせず、立ち去ろうとする。
(あっ
――)
私はショックを受けてどうしようもできなくなってしまった。
王様は厳しいこともあったけど、優しくしてくれたこともあった。だから、甘えてしまっていたのかもしれない。きっと受け取ってくれるだろう、と。
しかし、彼はそれを却下した。生半可の気持ちでは彼の心には届かない。
「話はそれだけか? ならば戻るぞ」
王様は何もなかったかのように踵を返して歩いて行く。
「まっ
――」
て、と言おうとしたけど、声がかすれてしまっておそらく彼の背には届いていなかったのか、止まることなく行ってしまう。
(やっぱり、凡骨だし私なんかじゃ、王様の心を動かすことはできなかったんだ。こういうことも想像してたけど、思った以上にショックが大きいな)
好きだと言いたいけどそこまでの覚悟がなく、感謝の気持ちだとごまかして渡した結果だとはいえ、断られるとすごく胸が痛い。
刑部姫は通称引きこもりサーヴァントだが、『引きこもりがそんなリア充なことできるわけない』と最初に一緒に手作りチョコを作ろうと誘った時の返事がこれだった。もしかしたら、こういうことが前にも味わったことがあってああ返したのかもしれない。もしそうだとしたら私も彼女と同じく『引きこもり』になってしまいそうだ。
――最終的には何とか彼女を説得し、バレンタインのイベントはそれなりに楽しんでくれたようだったが。
肝心な誘った本人がこんな結果じゃあ、一言いえないなぁと心の中で苦笑する。
それを除いても、それなりに私と王様は結構仲がいいと
……思っていた。マシュからもダ・ヴィンチちゃんからも時々『王様とはどうよ?』と聞かれるほどに絆は深まってきていると思っていた。でも違った。
「
――――――――えーい、疾く呼び止めんか雑種!!」
もういなくなっただろう王様はそう言い出し、私の前に再び現れた。霊体化して近くに現れたのだろう。
王様は先程の冷たい表情は消えており、普段の怒った顔に戻っている。まるでさっきの表情は夢だったというくらいに。
「お、王様
……」
「貴様は我とどうしたいのだ。このままでいたいと言うか」
「で、でも
……受け取ってくれるか不安でしたし、私なんかよりもっといいチョコをもらっているんだろうなって」
「貴様はとことん阿呆だな! この時のために我がどれだけ待っていたと
――」
「王様、もしかして」
私からのチョコをずっと待っていてくれたの? そう首をかしげると、王様は我慢の限界だと言わんばかりに私につめよった。
「あれだけ側におってからに、気づかないとはとんだ凡骨だな雑種。貴様の言うとおり、我は大量のチョコをもらっていただろうよ。だが、我の気遣いに気づかぬ凡骨のために敢えて誰からももらわないでやったというのに、いざもらえるかと思ったら日頃の感謝だから受け取れ? 戯けめ。そんな軽い気持ちで渡されるものなら本来であれば貴様は首を飛んでいたところよ
――――貴様、いつも言っていることをまた忘れたか?」
「?」
「死ぬ間際になれば生きて帰ろうとする諦めの悪さは一流だ。だがな、常日頃それではいかん。謙虚の気持ちを持てとは言っているが、こういうときは己の気持ちに素直に動くべきなのだ」
王様の言葉が自然と心に響く。
「仮にも女子であろう? ここというところで根性見せんと、いつ見せるのだ。我にそのチョコを受け取ってほしくば、よく張れ。獲物は、ちょっとやそっとでは引っかからないものほど、強引にいくものよ」
そう言って口端を上げ、いつもの意味深な笑みを向けられる。
王様は私に近づいてきて、耳元で囁いてきた。
――あのセミラミスとやらにも言われただろう、『チョコという毒であの英雄王を落としてみせるがいい』と。
そうだ、出会って間もないころにセミ様が言っていた言葉が今やっと分かった。聞いた時は王様や王女など位の高い英霊の考えていることはてんで分からん、とマシュと影でため息をついていたことがあるが、今なら分かる。
どうしても欲しいものは、手に入れるまであれこれ手に入れる。それまで諦めない。そうやって、歴代の英傑たちは生きてきたのだ。動物たちもそうだ、謙虚だけでは生きていけない。子孫を残すために、オスはメスに気に入られようとあれやこれやと口説く。人間も同じことだ。
私はごほん、と一つ咳をし、深呼吸する。
「好きです。受け取ってください」
心臓の音がうるさい。でも、好きという気持ちは嘘じゃない。
またしばらく沈黙が続く。だが、ふ、と小さく笑みを見せたかと思うとチョコの箱に手を伸ばして受け取った。
「まぁ普及点だが、よしとしよう」
そう言った彼の表情は嬉しそうだ。ずっと我慢していたのかもしれない。
「
――おい、雑種」
「へ?」
箱の包みを開けると、先程の表情はどこへ行ったのか、怪訝そうに私に見せてくる。
チョコレートがひび割れしており、一部では割れていた。
あの広間で落ちていたと聞いたので、戦闘中に落としてしまったのだろう。その衝撃もあるだろうが、あっちやこっちや走っていれば形が崩れきたのかもしれない。
(うっ
……申し訳ないことをしてしまった)
これでは受け取ってくれないだろう。告白はしたのに、『これが我に対する気持ちの現れか』とでも言われそうだ。もちろん、そんなつもりじゃないし、ちゃんと彼のことは好きだ。
これは返されても仕方ない。作り直すしかない。
「うっ、いろいろあってこうなっちゃったけど、気に入らなかったら新しいチョコ作り直します。すいませんでした」
そう言って、チョコを取ろうとしたが手が宙を掴んだ。王様がひょいと私より高い所に上げたのだ。これでは取れない。
「見た目は言わずとも分かるだろうが、敢えて言うまい。しかし、料理は見た目より中身が全てだと聞く」
「あの、本当に作り直しますよ? レシピは覚えてますので、あの
――はい」
「フン、もうよいわ
――これがリツカにとって心を込めた本命チョコとやらなのだろう? それを食わぬ男など、男ではない!」
そう言って、割れて一口サイズになった欠片を手にとって口に運んだ。
「うむ
――甘いことには代わりはないが、これはなかなかに美味だ」
「ほ、本当ですか?!」
甘いものはあまり食べないと聞いていたので出来る限り甘さを控えめにしてみたのだが、彼の口に合ったようだ。
「去年のバレンタインでは召喚できなくて、チョコを渡せなかったですけど、今年はちゃんと渡せてよかったです。えっと、これからもよろしくお願いします、王様」
「せいぜい、我を飽きさせぬよう励めば、してやらんこともないが
――――おい」
「な、何ですか?」
私が尋ねると、王様はチョコを私の手に持たせる。
「我に食わせよ」
「え
――――――ええっ!?」
それはつまり、恋人同士でやる、『はい、あーん』というやつですよね? 告白したのも本命チョコを渡したのも初めてな私にさらに要求してくるのか。
用事を思い出した
――と離れようとしても、すでに遅し。チョコを持っていない手を掴まれ、逃げられない。これはやらないと逃してくれないパターンのようだ。
ど、どういう風にやったらいいのだろうか。子どもサーヴァントたちには慣れているけれど、大の大人、しかも王様相手にいつも通りの態度でやったらいいのか、困ってしまう。偉い人がいたら教えて欲しいくらいだ。
私は掴まれたチョコを彼の口に持っていく。
「は、はい。あーん」
それに合わせて彼の口も開く。手を離そうとするところを舐められた。
あの、と止めに入るけれども、掴んだチョコの後を舐めとる。舐められた指から舌の感触を感じ取り、恥ずかしくなって顔を背けてしまう。顔も熱くなり彼を直視できない。
「何をしている。これで終わりと思っているのか? 戯けめ」
「えー! まだやるんですか?」
心臓どくんどくん止まらないのにまだやれと? こういった雰囲気を味わったことがない私にとっては難易度が高すぎる。だが、彼は当たり前だと言わんばかりに箱を渡してくる。どうやらチョコがなくなるまで私が食べさせろということらしい。
「本来ならば、口移しさせるところを、初々しい貴様のために仕方なくこれで済ませてやっているのだ、むしろ有り難く思え」
「うっ
――よ、喜んでやらせていただきます」
私は諦めて、チョコを手に取り、彼の口に食べさせる。でも、心の何処かでこういう感じいいなぁと思うところ、やっぱり王様のことが好きなんだなぁと思う。
チョコレートがなくなると、私達は今度こそカルデアへと向かう。廊下を歩いていると、忙しく走っていたマシュが「先輩! 無事でよかったです!」とやってくる。マシュに報告していると、肩を軽く叩かれ、王様が小さく呟いた。
「ホワイトデーとやらには期待しているとよい」
そう言って今度こそ王様は去っていく。私は恥ずかしくて顔を伏せるしかできなかった。
「ドキドキバレンタイン」 END
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