中 編
バレンタイン当日。
カルデアではバレンタイン一色になっていて、廊下や至る場所には女の子たちが頑張ったのか可愛らしい飾り付けが女の子たちを元気にしてくれる。
(いよいよ来てしまった
……バレンタイン)
「先輩、ファイトです!」
「マシュ」
朝、お越しにきてくれたマシュからチョコレートを貰うと応援してくれた。
去年もすごかったけど、今年のチョコもすごい。ごく普通の女の子だったならきっとパティシエとか目指せたかもしれない。
まずは朝食だ。腹が減っては戦はできぬ
――このことわざを作った人は天才だと思う。まさしくその通りだ。
食堂に向かうと、すでに女の子・女性たちはチョコレートを渡している人がいた。
(去年はそんなに気にしてなかったのに、今年はドキドキする)
カルデアの女性職員さんが男性職員さんにチョコレートを渡しているところを見ていると、何となく告白現場を見ているような気分になってよそよそしくなってしまう。本人たちは至って日頃の感謝の気持ちで渡しているのだが。
「そんな調子で渡せるのか? 手が止まっているぞ」
ぼうっとしているとセミ様が私の向かい側に座っていた。セミ様が食堂に来ること自体が珍しいのに、私と相席してくれるとは思ってはおらず、驚きを隠せなかった。それは隣に座っているマシュも同じだったようで、彼女は「何だ、悪いか?」と苦虫を噛み潰したかのような表情を見せていた。
「せっかく我が高質なチョコレートをくれてやったというのに」
これでは先が思いやられるな、と呆れていた。そうは言っても初めてなんだもの。今まで好きな人が出来たこともないし、チョコを上げたのも家族と友達だけだった。あの職員さんたちのように気軽に渡せられたらいいのになと思う。
「まだまだ子どもだなぁ、私」
「ふ、子どものうちにそういった感情も味わっておけ。そのチョコレートで、相手を陥れるがいい。チョコという、甘い毒をな」
「わ、私はそういうつもりで
……!」
「本気にとるでない。これは一つの比喩だ
――ん? なにやら騒がしいな」
セミ様の元に一羽の鳩が彼女の肩に止まる。彼女は鳩から聞き取る。すると、彼女は立ち上がり私に報告する。
「カルデアのマスターよ、我のチョコマウンテンの様子がおかしいようだ。共に来てもらう」
「え! わ、わかった!」
「私も行きます!」
セミ様の指示により、私とマシュは食べかけのご飯を申し訳ないと思いつつ残して庭園へと走って向かう。
中心部に着くと、チョコマウンテンから異様な魔力を感じ取れた。そしてチョコレートの生産がずっと続いている。ちなみに、すでに目標の生産は超えていてカルデア側の必要なチョコの量も十分作っている。
「大変だ。そのチョコマウンテンから聖杯があるようだ。おそらくそれを取り出さないと生産が止まらないようだ」
通信からダ・ヴィンチちゃんがそう告げた。セミ様も止めようと試みるが、効かなくなってしまったようだ。そして、チョコマウンテンからセミラミスの姿を象ったチョコレート
――通称チョコラミスが私達を襲ってきたのだ。
「今だけは許そう。カルデアのマスターよ、汝の采配をここで見せてみよ」
まさか戦闘になるとは思っていなくて、サーヴァントを呼んでいない。セミ様が戦ってくれるのが幸いだ。マシュは前線に出ることはできないので、念のため通信で一部のサーヴァントに救援を頼んだようだった。実に頼れる後輩だ。とはいえ、サーヴァントたちが来るまで私とセミ様で時間を稼がなくてはいけない。
チョコラミスと共に、他のサーヴァントの形をしたチョコサーヴァントもいくつか現れていて、こちらに襲い掛かってくる。
「ちっ、立香よ。さっさと指示をするがいい!」
「わ、わかりました! どうか、他のサーヴァントが救援に来るまで時間稼ぎをお願いします!」
「それでよい」
私の言葉に、彼女はふふ、と同じ姿をしたチョコラミスを睨みつけて笑みを浮かべる。その顔は世界最古の毒殺者を誇る、女帝の姿だ。
セミ様と私の魔術でチョコサーヴァントからの攻撃を避けては倒していく。しかし、チョコラミスが主導権を握っているのか倒しても倒しても次の新しいチョコサーヴァントが出来上がっていく。
倒していく度にチョコレートとして床に解けていく。そのため、滑りやすくなっていた。外からの悲鳴、刃を混じり合う音を聞く辺り、こちらになかなか来られないようだ。とはいえ、まだ正式に契約を結んでいるわけでもないセミ様でも、限界があった。
「くっ
――この我が、この程度で」
カルデアと契約を結んでいれば、まだ魔力供給ができるのでもう少し彼女も戦いやすくなるとは思う。しかし、契約していない今は彼女自身の魔力で対峙している状態だ。彼女が力尽きたら最後だ。彼女も、私も、マシュもチョコに飲み込まれてしまう。
「先輩
……! セミラミスさん
……!」
背後にいるマシュも心配の声が上がる。本当は前に出てシールダーとして私達を守りたいと思っているだろう、しかしまだ体が本調子じゃない。これでも彼女はじっと耐えてくれている。
「後ろから、攻めてみるとか?」
このままでは救援を待つ前に飲み込まれるだろう。それならば私達だけでチョコラミスを倒すしかない。ならば、セミ様に集中している今、私がチョコラミスを攻めれば、その隙をついてセミ様が攻撃をする。少しでもこの状況を打破できるのであれば、もうこれしかない。
「セミ様、もう少しだけ力を貸してください」
「よかろう。我もそろそろこの戯れも飽きた。終わらせるぞ」
「はい!」
セミ様も頷き、実行に移した。
セミ様はチョコラミスの囮になってくれている。私は背後に周り、狙いを定める。
(さん、にー、いち
――)
ガンドを打とうとするが、間一髪で私は黒い影を避けた。作戦を読まれたのか、チョコラミスはこちらに攻撃をしかけてきたのだ。どうやら聖杯の力なのか、それなりに知能があるようだ。
「マスター!」
「こんなことで
――!」
それなりに困難を何度も乗り越えてきた。これくらいでは負けたくない。
「よく耐えたな雑種! 下がっていろ!」
上から声が聞こえた。その声は誰なのか、振り向かずとも分かる。愛しい、大切な“あの人”だ。
ギルガメッシュは力を解放する。私は彼の背後にいるサーヴァントたちを見て察した。マシュが救援を出したサーヴァントたちだと。彼らが来てくれたならきっと勝てる。そう思い、全サーヴァントに強化を発動させた。
「
王の号砲――――!!」
矢がチョコたちを貫ける。チョコラミスにも当たり、溶けていくのが分かる。
しばらく静観していると、襲ってくる様子はない。私達はほっと胸をなでおろした。
「ふぅ、よかったぁ」
どうにかチョコの暴走は収まったようだ。
私は立ち上がり王様の元へ向かう。
「怪我はないか?」
「うん、助けに来てくれてありがとうございます。王様、みんなもありがとう」
「ふむ
……よい働きであったな。褒めてやろう。カルデアのサーヴァントよ」
セミ様がそう言ってこちらに歩いてくる。それに王様が彼女を睨みつける。
「ほう。貴様がセミラミスと言ったか。この事態をどう落とし前をつけるつもりだ」
「
……貴様は確か、最古の英雄王ギルガメッシュか
――いや、英雄王としてではなく、人の王としての、か」
二人のにらみ合いが続く。それもそうだ、どちらも最古の人物だ。ギルガメッシュは英雄王、セミラミスは最古の毒殺者の女帝。そういえば、性格も似ている
……ような気がする。だからか、セミ様に冷たくされても放っておけなかったし、なんだかんだ助けてもらった。だからどうしても憎みきれない。
「これ以上我がマスターに関わらせるわけにはいかんな」
「ほう、我に歯向かうか。英雄王たる汝が、やけにその少女に肩入れするようだな」
「
――何が言いたい?」
あ、これは二人の相性は最悪によくない。これ以上続くと喧嘩になる。
「ま、まぁまぁ。みんな無事でよかったよ! セミ様も王様も本当にありがとう」
「わ、私からもお礼を。ありがとうございました」
マシュも私に続くように二人にお礼を述べた。二人もこれ以上は口を開かなかったので、私とマシュは心の中でそっと胸をなでおろした。
――カキン。
私達の間に刃物の音が聞こえた。私達は音の主に向ける。
セミ様の背後に、チョコレートが今にも襲おうとしていた。突然の出来事にセミ様も対応できなかったようで、振り返るので精一杯だった。
しかし、チョコはある人物によってセミ様の攻撃を止めていた。チョコレートは聖杯を手放される。聖杯はその人物の手に渡られる。
「油断大敵、ですよ。とあるカルデアのマスターさん」
そう言ったサーヴァント
――天草四郎が小さく笑みを浮かべて告げた。
そういえば、見慣れないサーヴァントがいたなと密かに思っていた。それが彼だった。
戦闘時、どこかのマスターからサーヴァントの力を借りることができる。今回も協力してくれたようだ。
天草四郎
――噂には聞いたことがある。ルーラークラスで、とある人物と似ていると。なるほど、確かに誰かとよく似ている。
「無事で何よりです。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。えーっと」
「
天草四郎時貞と申します。気軽に天草四郎で構いません。そちらのお嬢さんに喚ばれて微力ながらサポートに馳せ参じました」
そう言って、天草四郎は軽く視線をマシュに向け、私に頭を下げた。
「今回はどんな敵か分からなかったということもあって、急遽天草四郎さんに来ていただきました」
「喚んで頂いて光栄です」
そう言って、手に持っている聖杯を私の手のひらに乗せた。今度こそ、チョコレートは消滅した。彼がいなければ今頃セミ様がやられていたかもしれない。
「ッ
――――」
セミ様は驚きを隠せないらしく、こうしている今も天草さんを見つめている。
「汝、どこかで会ったことがあったか?」
「
――――どうでしょうね?」
セミ様の問いかけに、天草さんもまた問いかけなおす。この二人は知り合いだろうか。しかし、このカルデアではまだ、彼を召喚していない。もしかしたら、別の聖杯戦争で会ったことがあるのかもしれない。
そう思ったのは、セミ様がやけによそよそしくなったというか、少し照れくさそうな表情で彼を見ているからだ。今まで見たことがない表情だ。その表情は普段の崇高な彼女では想像できない、女性としての表情のような気がした。
(セミ様、あんなに綺麗な顔しているのに勿体無い)
黙っていれば、とても美しい。そのあたりも、ギルガメッシュとよく似ている。気づかないように隣にいる王様を盗み見る。すると、見られていたのか、紅い目で私を見つめ直していた。思わず視線を逸してしまうと、ふん、と小さく鼻で笑う。
「マシュ、と言ったか。サポートのサーヴァントはいつ還るものなのだ?」
「少しくらいなら留まれるかと、あとは本人次第といいますか」
「ならば、天草四郎よ、少し話に付き合え」
「ええ、構いません」
セミ様の誘いに天草さんは頷いた。セミ様は小さく口元を上げたのを見えた。
(そういえば、チョコレートをあげたい人って
――)
天草さんなのかな。あの様子だと、きっとそうだ。
それならば私達は邪魔者に違いない。私達は彼女たちを二人きりにするため、広場を後にした。
「セミ様、頑張ってください
……!」
そう、心の中で応援した。
その先の二人の会話は私達には分からない。でも、戻ってきたセミ様の顔はとても清々しくなっていた。
* * * * * *
助けに来てくれた王様以外のサーヴァントたちはダ・ヴィンチちゃんたちに無事を伝えるため、先に行ってもらい、廊下では私と王様、二人で歩いていた。マシュは私達を気遣ってくれたのか、彼らと一緒に行ってしまった。
(セミ様も頑張ってるんだから、私も渡さなきゃ。私が初めて本気になって作った、本命チョコ
――――えっ?)
しまっているだろうポケットに手を突っ込んで綺麗にラッピングに包まれているだろう本命チョコを探すがポケットの中にはない。次第に私は冷や汗をかいてしまう。
(えっ、うそ?! あ、朝はちゃんとマシュと確認してポケットに入れたはずなのに)
「
……? どうかしたか」
ずっと黙ったままだからか、王様が尋ねてくる。私はぎくりと焦るがなんとか平常心を保って「何でもないですよ、あははは!」と笑ってごまかした。
可能性があるとすれば、食堂でふとした衝動でポケットから落ちてしまったか、はたまたさっきの戦いで落としてしまったか、どっちかだろう。
無くしてしまったのならもう作るしかない。でも、もうお昼は過ぎている。これからみんなにチョコレートを配らなきゃいけないし、今から本命チョコを作る時間はない。日本にいた頃ならば、近くにコンビニやスーパーでチョコレートを買ってこられるのだが、ここは毎日が吹雪は当たり前の南極の高台にある天文台。チョコレートは先ほどの戦いで生産は不可能。致命的である。レイシフトは今回は特例だが、あまり私用で使わないようにとダ・ヴィンチに言われたばかりであり、その約束を破るのはなんとなく滅入る。
「お、王様。私も怪我人がいないか様子見てきますね! それじゃ!」
「おい雑種!
――……たく忙しないマスターだな」
背後から呼び止められたけど、聞こえていないふりをしてその場を去った。今は距離を置こう。そして、どうするかを考えるんだ。一緒にいたいけど、一緒にいたら確実に彼からチョコの話題をしてくることは凡骨な自分でも予想できる。
「はぁ
……私って本当悪運だけは強いよね」
そう言いながら私は消えた本命チョコの行方を探し始める。
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