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小夏🍊
2026-06-28 14:08:48
38249文字
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Planet a room
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ι.違和感
現パロ原藤(社会人×学芸員)
そのうちまとめる話
1
2
沖田と斎藤は新八の両腕をそれぞれ掴んだまま、公民館の裏手へと回り込んだ。
広場の喧騒が建物に遮られ、子どもたちの声が僅かに遠ざかる。祭りの準備に浮き立つ声も、鉄板や机を運ぶ音も、ここまで来れば随分とくぐもって聞こえた。物置と生垣に挟まれた狭い場所まで来たところで、ようやく二人は新八の腕を離す。
「もう大丈夫ですよ。ここなら多少騒いでも、表には聞こえませんから」
「だからって、あんまりでけえ声は出すなよ」
「
……
おまえら
……
」
解放された新八は、すぐに二人へ詰め寄ろうとした。けれど、沖田と斎藤の顔を交互に見たところで、その足が止まる。先ほどまでは、説明しろと怒鳴るだけで精一杯だった。こうして改めて向かい合えば、目の前にいる二人の顔も、声も、立ち姿も、あまりにもよく知っている。
「沖田
……
斎藤
……
」
「はい。沖田さんですよ」
「どぉも。お久しぶり、新八」
まるで昨日も顔を合わせたばかりであるかのように、二人は普段どおりに返した。そのあまりに変わらない調子を聞いた途端、新八は言葉を失った。目の前にいる二人を何度も見比べる。確かめたいことも、問い質したいことも、言いたいことはいくらでもあるはずなのに、開きかけた口からは掠れた息しか出てこない。
やがて堪えきれなくなったように顔を歪めると、大きな手で目元を覆った。
「っ、
……
ッ、
……
あ゙ー
……
くそ、」
声を押し殺しても、指の隙間から涙が次々に零れていく。広い肩を震わせながら、それでも嗚咽だけは飲み込もうとしている。大きな身体を折るように俯き、歯を食いしばって泣く姿には、まさしく男泣きという言葉が似合った。
「あーあー。永倉さん、泣いちゃいましたねえ」
「ま、仕方ないんじゃない?」
口では軽く言いながらも、沖田と斎藤の表情には、揶揄うような色はなかった。二人は一度顔を見合わせ、困ったように、それでいてどこか微笑ましそうに笑う。今さら泣くなと止める気も、無理に慰める気もない。ただ、溢れ出したものが収まるまで、静かにその場へ付き合っていた。
「うるせえ
……
! 俺は泣いてねえ!」
「えっ、その状態で言い張るんですか?」
怒鳴る声にも涙が混じり、新八は乱暴に腕で目元を拭った。それでも、一度溢れ始めた涙はなかなか止まらない。
「近藤さんがいて、土方がいて
……
山南先生がいて、沖田がいて、斎藤がいて
……
左之助と、平助まで
……
」
一人ずつ、そこにいることを確かめるように名前を並べていく。
「みんな、何でもねえ顔して
……
当たり前みてえに、そこにいやがって
……
」
また声が詰まり、新八は奥歯を強く噛み締めた。最後に見た姿も、別れた場所も、死んだ順番も違う。けれど、生き残った新八にとっては、皆一様に、もう二度と会えないはずの者たちだった。その全員が、夏の日差しの下で何食わぬ顔をして歩き、言い合いをし、子どもたちの祭りの準備をしている。
沖田はしばらく黙ってその姿を見守ったあと、少しだけ声を柔らかくした。
「永倉さん。どこまで思い出しました?」
「
……
どこまでって、何だよ」
「新選組にいた頃だけなのか、そのあとのこともなのか。それとも、カルデアでまた会ってからのことまで、全部ですか?」
新八は腕を下ろし、涙に濡れた目で沖田を見た。
「
……
全部だ。新選組で生きてた頃のことも、みんながいなくなったあとのことも
……
サーヴァントになって、カルデアでまた顔を合わせたことも、全部思い出した」
その言葉を聞き、沖田と斎藤が短く目を合わせる。
「斎藤が気持ち悪ぃ喋り方しやがって、俺のことを新八って呼んだときに、ぐわぁって」
「僕のせいみたいに言うのやめてくれる?」
「はァ? おまえのせいだろうが」
「意味分かんねえよ。何で僕なわけ。もっと思い出すきっかけなんてあったんじゃないの?」
嫌そうに眉を寄せた斎藤の横で、沖田も頷く。
「そこ、私も気になりました。斎藤さんと会ったのがきっかけだったんですか?」
沖田に促され、新八はしばらく言葉を探した。
「
…………
いや。多分、それだけじゃねえ」
公民館の角から、賑わう広場の方へ顔を向ける。
「おまえの声を聞いて、周りを見たら、みーんないただろ。俺が生き残った頃には、もういなかった奴らが
……
あのとき喪っちまった新選組の連中が、何食わぬ顔して集まってやがった」
掠れた声が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「
藤田
・・
だからだ」
その名が落ちた途端、斎藤の表情が僅かに止まった。それは、多くの仲間が去ったあと、別の時代を生きた男の名だった。
「俺とおまえは、生き残ったあとも少しだけ顔を合わせただろ。昔の連中の話をして、板橋のあそこに慰霊碑を建てて
……
大した付き合いじゃなかったが、それでも、あの頃のおまえの声は覚えてた。
……
もう、おまえぐらいしか、いなかった」
「
……
」
斎藤は何も言わずに、目を細めた。いつもの胡散臭い笑みは残っている。それでも、口元だけに浮かべたそれはどこかぎこちなく、何でもないこととして受け流すには、僅かに時間がかかっていた。
「『もし、ここにあいつらがいたらさぁ』なんて話を、しただろうが。おまえの声を聞いて、あの頃のことと、目の前にいるみんなが一気に繋がった。
……
そしたら、蓋でも外れたみてえに全部戻ってきやがったんだ」
斎藤は一度だけ瞬きをし、誤魔化すように口元を歪めた。
「別に、僕ら二人で建てたわけじゃないけど」
「細けえこと言ってんじゃねえよ。とにかく、多分俺は、あん時思い描いた、
もしも
・・・
の続きだって
……
思っちまったんだよ」
二人のやり取りを聞いていた沖田が、しみじみと頷いた。
「お二人とも、本当に新選組がお好きだったんですねえ」
「
……
はァ?」
「ンだよ急に」
「だって、何十年も経ってから慰霊碑まで建てて、こうして皆さんの顔を見ただけで記憶が戻るくらいでしょう? 永倉さんも、ついでに斎藤さんも、新選組のことが大好きだったんだなあと思って」
「そういう言い方すんな! 気色悪ぃ!」
「沖田ちゃん、ホント、余計なこと言わなくていいから」
先ほどまで泣いていた新八と、いつも余裕のある斎藤が、揃って気まずそうに顔を逸らした。見た目だけなら、二人ともまだ若い。けれど、その内側には、それぞれ長い年月を生き、新選組を遠い過去として振り返った記憶まで戻っている。何十年も胸の中へ抱え続けたものを、年下の顔をした沖田にあっさりと言い当てられ、二人は暫く黙り込んだ。
その様子を見て、沖田は楽しそうに笑う。
「そういう沖田は、いつ思い出したんだよ」
「私ですか? 私は、近藤さんと土方さんに会ったときです。二人が揃っているところを見た途端、一気に思い出しました」
「斎藤は?」
「僕? 僕はまあ、いつの間にか自然に?」
「斎藤さんも、土方さんに会ったときでしょう」
「
……
何で知ってんのさ」
「顔を見た途端、固まってましたから」
「クカカ! 斎藤、おまえも人のこと言えねえじゃねえか」
「うるさいよ新八。今泣いてた奴に言われたくない」
「泣いてねえっつってんだろ!」
騒ぎかけた新八へ、沖田が人差し指を立てる。
「声が大きいです。藤堂さんたちに聞こえますよ」
その名が出た途端、新八は口を閉ざした。少し間を置き、確認するように尋ねる。
「
……
今、記憶がねえのは、左之助と平助だけか?」
「そうですね。少なくとも、二人からはそれらしい話を聞いていません」
沖田が答えながら、公民館の角からそっと広場を覗く。新八と斎藤も、その背後から顔を出した。
少し離れたヨーヨーつりの区画では、原田が大きな身体を窮屈そうに屈め、色とりどりの風船を一つずつ膨らませていた。小さなポンプを使って水と空気を入れ、口を外せば素早く留め具を噛ませ、ゴム紐を結ぶ。太い指には不似合いな細かな作業だったが、途中で水を零すことも、風船を割ることもなく、意外なほど丁寧に仕上げている。
一方、わたあめの区画では、平助が山南から割り箸の回し方を教わっていた。古びた機械の中へ真剣な顔を寄せ、薄く巻きつき始めた砂糖の糸を逃すまいと、慎重に手を動かしている。回す方向を間違えかけて山南に指摘されると、恥ずかしそうに笑いながら持ち直した。
二人とも、それぞれの持ち場できちんと仕事をしている。
「記憶がないのに、左之助と新八はまた友達になったわけだ」
斎藤が面白そうに笑う。
「何だよ。悪ぃか」
「別に。ただ、記憶がなくても結局同じ奴とつるむんだなと思って」
「それを言うなら、あいつらの方だろ」
新八は原田と平助を交互に見て、大きく眉を寄せた。
原田は黙々と風船を膨らませていたが、一つ仕上げるたびと言っていいほど顔を上げ、少し離れたわたあめ機の前へ目を向けていた。
平助が山南の説明へ真剣に頷いている間は、その横顔をじっと眺める。砂糖の糸が思うように巻きつかず、困ったように眉を下げれば、遠くにいる原田までつられるように目元を緩める。
平助がこちらを向きそうになると、何事もなかったように慌てて顔を伏せ、再び手元の風船へ集中する。けれど、少し経てばまた顔を上げる。その繰り返しだった。
「
……
っふ」
そのあまりに分かりやすい様子に、斎藤が堪えきれず吹き出した。
「何だよ、あいつら。またかよ。珍しく左之助が人に興味を示したと思ったけどよ
……
平助なら、そりゃそうじゃねえか」
「左之助の方は、平助に相当ご執心みたいだしねえ。仕事しながら何回見てんのさ」
「本当に分かりやすいですねえ」
沖田までくすくすと笑い、三人の視線が自然と平助へ集まる。
ちょうど平助は、どうにか形になった最初のわたあめを機械から持ち上げたところだった。右手に持った割り箸を左手で支え、歪に膨らんだ白い塊を山南へ見せている。出来栄えについて何か尋ねながら、山南に促されるまま右足を一歩引き、回り続ける機械から身体を離した。
両手があり、両足がある。平助自身は、そのことを意識する様子もない。当たり前のように左手を使い、右足へ体重を乗せ、自分の身体だけで地面へ立っていた。
その姿を認めた瞬間、新八の表情から笑いが消えた。
「
……
平助の、手
……
足も
……
あるじゃねえか」
油小路で惨殺されたときに喪い、サーヴァントとなってからも戻ることのなかった左腕と右脚。かつては金属で作られた義手と義足に置き換えられて、何とか指を動かし、失われた足の代わりとなるものを装着して、ようやく立っていた。
けれど今は、自分の左手でわたあめを支え、自分の右足で夏の地面を踏み締めている。
「ちゃんと
……
自分の手で、自分の足で立ってやがる
……
」
新八は唇を強く結んだ。それでも、堪えようとするより先に、また涙が溢れた。
「くそ
……
何だよ
……
。そんなの、嬉しいに決まってんだろうが
……
」
「あーあー。また泣きましたよ」
「今日はもう駄目だね、新八。表に戻るまでに目ぇ腫れるんじゃない?」
「うるせえ
……
!」
新八は乱暴に涙を拭いながら、それでも平助から目を離さなかった。沖田もまた、眩しいものを見るように僅かに目を細める。表し方こそ違えど、今の平助が何の不自由もなく手足を動かす姿を、嬉しく思う気持ちは同じなのだろう。
斎藤だけは、しばらく無言で平助の姿を眺めていた。口元に浮かんでいた笑みが、少しずつ薄れていく。
「
……
でも、まだ安心はできないけどな」
「何だと?」
「今の平助は二十二。油小路で死んだのは二十三
――
数えじゃ二十四だった。あのときまでは、まだ少し時間がある」
新八の顔が強張った。
「縁起でもねえこと言うな!」
「縁起の話じゃない。額の傷だってそうでしょ」
三人の視線が、平助の額へ向く。淡い前髪の隙間には、かつて池田屋で負ったはずの、見慣れた傷が今世でも刻まれている。
「今の平助は、子どもの頃についた傷だって言ってる。でも、場所も形も前とよく似てる。ついた時期だけが、昔とは食い違ってるんだよ」
「斎藤さん」
「分かってる。脅したいわけじゃない。ただ、生まれ変わって手足が揃ったからって、何もかも違うと決めつけない方がいい。油断はしない方がいいって話。沖田ちゃんだって、定期健診にはちゃんと行ってんだろ」
不意に矛先を向けられ、沖田は僅かに目を瞬かせた。
「行っていますよ。少し咳が続いただけで、近藤さんも土方さんも病院へ行けとうるさいですからね」
「当たり前でしょ。おまえは前に、それで死んでんだから」
「
……
分かっています」
返した声から、いつもの軽さが僅かに消える。かつて沖田は、結核に身体を蝕まれ、仲間たちから離れたまま命を落とした。今は同じ病に罹っているわけではない。それでも、本人も周囲も、咳や熱をただの体調不良として見過ごすことはできなかった。
平助もまた、油小路で命を落とした年齢まで、まだ僅かに時間が残されている。同じような傷が、違う理由によって同じ場所へ刻まれた。前世と同じ病や傷が、そのまま繰り返されるとは限らない。けれど、別の形を取って同じ結末へ辿り着かないと、誰にも言い切ることはできなかった。
「まあ、心配されるのは嫌じゃありませんけどね」
重くなりかけた空気を払うように、沖田がいつもの調子で笑う。斎藤も一度肩を竦め、それ以上は何も言わなかった。それから、また平助へ目を向けている原田を見やり、口元へへらへらとした笑みを戻す。
「ま、前と違って、今は左之助がべったりだし。あれだけ平助から目ぇ離さないなら、今度はそう簡単に一人で行かせないんじゃない?」
「
……
それもそうですね」
「左之助の奴、記憶もねえくせに」
新八は鼻を啜りながら、僅かに口元を緩めた。
「あいつなら、今度こそ平助を捕まえとくだろ」
「捕まえすぎて、平助に逃げられなきゃいいけどねえ」
「それはありそうです」
「おまえら、笑い事じゃねえぞ」
言いながらも、新八自身も少し笑っていた。ふと、わたあめ機のそばに立つ山南の姿が、その視界へ入る。平助が作ったものを穏やかな顔で確認し、何やら褒めるように頷いていた。
「山南先生もいるんだな
……
」
「そうですね。藤堂さんの顧問として現れたときは驚きました」
「あの人、今は結婚してるしな。乗ってるのもファミリーカーだし」
「
……
は?」
新八は目を丸くし、斎藤を凝視した。
「山南先生、結婚してやがんのか!?」
「はい。ちゃっかり」
「ちゃっかりって何だよ! そうか
……
そうかあ! やるじゃねえか山南さん!」
泣いた直後だというのに、今度は腹の底から嬉しそうに笑い出す。もう一度山南の姿を見る目には、先ほどとは違う安堵が浮かんでいた。かつては志半ばで命を絶った男が、今は教え子に慕われ、愛した相手と家庭を持ち、家族を乗せるための大きな車でここへ来ている。
「山南先生は、私たちよりずっと堅実に今の人生を歩んでいますよ」
「僕らの中で一番幸せになってるよねえ」
「いいじゃねえか。
……
先生にゃ、それくらいあっていい」
新八はもう一度腕で目元を拭うと、大きく息を吐いた。
広場から、誰かが沖田を呼ぶ声が聞こえる。交流会の開始時刻も、もうすぐそこまで迫っていた。
「沖田先輩! 水鉄砲どこに置けばいいの?」
「ああ、はい! 今行きます!」
沖田は声のした方へ返事をしてから、二人へ向き直った。
「私は子どもたちのところへ戻ります。斎藤さん、永倉さんをお願いしますね」
「何で僕がこいつのお守りしなきゃなんないのさ」
「その目で一人にしたら、またどこかで泣くかもしれないでしょう」
「泣かねえよ!」
怒鳴り返す声には、先ほどまでの混乱はもう残っていなかった。沖田はくすくすと笑ったあと、広場へ向かいかけて、ふと足を止めた。
「永倉さん」
「あ?」
振り返った新八へ、沖田は嬉しそうに笑う。それは、隊士として刃を振るっていた頃とも、サーヴァントとなってカルデアで再会した頃とも違う。かつて試衛館で皆と過ごしていた頃を思わせる、屈託のない若い笑顔だった。
「また、よろしくお願いしますね」
新八は一度目を見開いた。これまでに何度出会い、何度別れてきたとしても、今ここにいる三人にとっては、これが新しい人生での最初の再会になる。
やがて新八は、泣き腫らしかけた目を細め、力強く笑い返した。
「おう。こっちこそ、よろしくな」
満足そうに頷き、沖田は子どもたちの待つ広場へ駆けていった。
「
……
んじゃ、僕らも戻るよ。土方さんに見つかる前にさ」
「分かってる。引っ張んなよ」
「放っといたら、また左之助と平助見て泣くだろ」
「泣かねえっつってんだろ!」
悪態をつきながら歩き出す新八の少し後ろを、斎藤がへらへらと笑いながらついていった。
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