山茶花
2026-06-24 11:43:42
3334文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

水鏡とせせらぎ【271OP024】

水の精霊シルバー×眷属デュース/続編(汀の泡沫)/3100字程度

*「汀の泡沫 」の続編です。前回を読んでいないと意味が分かりません。



 ――シャボン玉消えた、飛ばずに消えた。生まれてすぐに、壊れて消えた。

 目の前の光景に、そんな童謡を、思い出していた。
 青い青い、どこまでも青い空に。ぱちん、と。シャボン玉のように浮かぶ水泡(みなわ)が、弾けては、消える。
「ああ、また消えちまった……
 残念そうにがっくりと肩を落とすのは、デュース。つい最近、生贄として俺の湖に投げ込まれたばかりの、眷属の青年だ。
 俺は、デュースに指図する。
「一度、コツを掴んでしまえば、意識せずともできるようになるはずだ」
 それまでは何度も練習するしかない、と言った。デュースは、負けねえぞ、と言いながら。
 また何度も指先で、水の泡を作る。まだ幼い水泡が弾けては消えるのを見て、俺は。
 ……デュースがここにこうしていてくれるのを、奇跡のように、感じていた。
 少し、手際を教えてやるとするか。
「デュース。水泡を保たせる方法は、まず。丈夫な膜をイメージすることだ。些細なことでは壊れない、しなやかな膜を」
 硬いのではない。ぶつかったものに合わせて形を変える、流動的で、しなやかなものだ。
 弾けて壊れるような硬さを想像してはならない、と。
 デュースの手に、手を重ねて教えた。デュースの手は、いつも暖かい。水の精霊たる俺の眷属なのに、何故だろうか。
 彼は、熱を持った水、つまりぬるま湯や熱湯の辺りを司っているのだろうか。それとも、ああ、もしかしたらあれかもしれないな。
 夏、水面を熱く照らす太陽。あれに煌めいて、光を照り返す……そんな、水面(みなも)だ。
 それは、納得がいく。合点がいく。腑に落ちる。彼は暗い水底にいた俺を、優しく照らす、きらきらと煌めく、太陽の光のようだから。
 そんなことを考えて手に触れていると。デュースが、ふいに俺の顔をじっと見ていることに気付いた。
……どうした? 俺の顔に、何か?」
「あ、や……な、なんでも、ない!」
 そうして、ぱっとデュースの手は、俺の手から逃れる。それを俺は、不意に淋しく思った。
……?)
 それが何故なのか、未だ俺には分からなかった。
「デュース。……修行、頑張れ。この水泡が完成すれば、お前がある程度自由に、森の中から出歩ける、だけでなく」
 そうして、俺は己の顔の2倍くらいの、大きな水泡を作る。そうしてそこに、近く街の景色を映した。
「このようにして。近隣の見たい景色を、映すことができるのだから」
 そうすればお前も、母君の様子を見たいときに確かめることができて便利だろう、と。
 俺が水泡を弾くと。デュースは、少しムッとした様子だった。
……どうした? 何か、俺の言葉が、不快だったか?」
「い、いや、そうじゃない、けど……
 デュースはまごつく。俺は、デュースの頬に触れて。答えてほしい、と言った。
……ここにいてくれるお前に、少しも、不自由をさせたくない。どうか、何かあるのなら、答えておくれ」
 そう尋ねると。デュースは、少し気まずそうに言った。
「や、……。今、シルバーが、泡に乗せて見せた、女の子が、さ」
「ああ。いつも、ここらに流れてくるピアノを弾いている少女だな。それが、どうかしたのか?」
……か、可愛い子、だったな、って。だからシルバーは、その子のこと……いつも、見てるのかな、って、思ったんだよ!」
 俺は、目を丸くして驚く。
「それは……嫉妬、か」
「うぇ!? い、いや、そう言われたらそうなのかもしれないけど……っ!!」
 戸惑いたじろぐデュースに、俺も同じようにして、戸惑う。
「困った。そんなことは……されるのが、初めてだから。どうしていいか、分からない」
 そうして、熱を持った頬を、袖で隠した。デュースは。デュースも、俯いて。赤い頬を、同じように隠していた。
「しゅ、修行! 再開する、から!」
「あ、……ああ。頑張るといい」
 そうして俺たちは、どこかぎこちないながらも、居心地は悪くないような。そのような関係を、結び始めていた。

 そうして、何日かが経った頃。俺は今日も、デュースの修行を見守っている。
 その水泡と。流れ来るピアノの音色が、聴こえる度に。俺は、ひとつの童謡を思い出していた。
「シャボン玉、消えた。飛ばずに、消えた。生まれてすぐに、壊れて、消えた……
 俺が、ピアノの旋律に合わせて歌詞をなぞると。デュースは言った。
「歌っているなんて、珍しいな。好きな曲なのか?」
……歌は、嫌いではない。だが、この歌は、嫌いだ」
「え?」
 俺は、神殿に腰かけたまま。恵みの雨が降りそうな、曇天を見て。デュースに、ぽつりと、話し出す。
「お前は、以前。他の眷属がいるなら、会わせてほしい、と言ったな」
「あ、ああうん。言った」
「それは、できない。……ある意味では、できるのかもしれないが」
 神殿の裏へ行ってみろ、と俺が言うと。デュースは素直に、神殿の裏へと回った。
 そこにあるのは、ささやかな墓だ。小さな池の真ん中に、森の石を集めて、重ねただけの、不格好な墓。
 デュースはそれを見て、これって、と言った。
「墓だ。……お前の前に、生贄になった、哀れな子たちの」
「そっか……。前の人たちは、もう……
……救命が間に合わない子も、いた。間に合ったとしても、己が人ではなくなったことに混乱し、水泡となって消えてしまった子も、いた。何人も、俺は、救えなかった……
 だから。お前が今、ここにこうしていてくれることは、奇跡に近いんだ、と。デュースに告げると。
 デュースは、そうなのか、と言って。小さな墓に、手を合わせた。
 ……ああ。ここに辿り着いてくれたのが、お前で良かった。お前の魂は、やはり、清く朗らかで、美しい。

 俺は神殿を降り。 デュースを、そっと腕に抱き寄せる。
「だから、俺は。お前がここへ来てくれたことを、本当に嬉しく思い、感謝しているが。……その、一方で」
 お前のことを、その魂をここに引き留め、縛ってしまってもいる。
 俺がそう告げると、デュースは。顔を上げて。そして、俺の両頬をぺちんと優しく叩くように、その手を添えた。
「あのな。あんたが僕を縛り付けたんじゃない。僕があんたのところにいたくて、ここにいるんだ」
 それは忘れるなよ、とデュースは言う。俺は。ああ、このしなやかさこそが彼の持つ強い力だと感じ。
 デュースに、指示する。
「デュース。今、その感情のままに。水泡を、出してみてくれないか。顔が映るくらいの、大きさのものを」
「え? えっと……こう、か?」
 言われるままにデュースは、空に水泡を浮かべる。すると、見てみろ。
 今までのどの水泡よりもしなやかで、丈夫なものが出来たじゃないか。
……ふっ。これなら、お前が自分をこの水泡で包み、出歩けるようになる日も近いな」
「これってそう使っていくものだったのか……
 俺は、デュースの出した水泡を見上げる。そこには、照れくさそうにはにかむ、デュースの笑顔と。
 それを愛おしく、慈しんで見つめる俺の顔が映っていて。
……? これは、どこの景色だ? 今、ここにある俺たちの姿ではない、ようだが……
「僕にはなんとなく、分かる気もするけどな。……シルバー」
 そうして、俺が不可思議に水泡の向こうの景色を眺めていると。
 デュースは、俺のことをじっと見つめた。
……未来の景色じゃないかな、僕らの、さ」
「未来、の……
 ああ。なるほど。これから往く、俺の未来には。お前が……いて、くれるのだな。
 そう思うと。何か、デュースに、この熱を、高揚を、伝えたくなって。
……デュース」
「ん」
 デュースの顎先を、指で引くと。デュースは目を閉じる。
 俺は、その唇へ。ゆっくりと、だが確かに、己のものを重ねてみせた。

 曇天の合間に差し込む、太陽の光が。吹き込む柔らかなそよ風が。少しだけ、俺たちの水面を揺らがせ。
 そして同時に、ちらめく光を。せせらぐ水鏡に、輝かせていた。

*おしまい