山茶花
2026-06-23 17:55:12
5661文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

汀の泡沫【270OP023】

水の精霊シルバー×眷属デュース/5300字程度

*タイトル「みぎわのうたかた」と読みます。
 
 6月の憂い空を招く雨の音と。風に乗ったピアノの音色だけが、彼の耳を塞いでいる。
 
 ある、空から無数の水が滴り落ちる日のこと。
 睡蓮の花と葉が浮かぶ癒しの泉、そのどこまでも澄んだ清く透明な水の中に、ひとりの群青の髪を持つ青年の冷たい身体が、目を閉じ、横たわっていた。
 しとしと、ざあざあと。雨の降る音がする。
 雨粒に濡れることも厭わずに、白銀の衣を着た青年は。
 足元に広がる、癒しの泉に膝をついた。
……
 そうして。彼は。癒しの泉に身体を横たわらせる、群青の髪を持つ青年の唇へ。覚悟を決めたように、ふう、と息を吹き込んだ。



 ――目が、覚めたとき。僕は。知らない森の中にいた。
 知らない、いや、知ってる、ような気がする?
 ……駄目だ。何も、思い出せない。身体を起こすと、そこらに水が滴った。
 どうやら僕は、水の中に寝せられていたらしい。
 ……なんでだ?
 そう思って辺りを見回すと。
 銀髪の、この世のものとは思えないような美貌の青年が、僕を振り向いた。
「目覚めたか? ……気分はどうだ」
「ここは、どこだ。アンタは一体……?」
 僕が尋ねると。目の前の青年は、自己紹介をした。
「俺は、シルバー。この神殿に棲む、水の精霊だ。自分の名前は、思い出せるか?」
「精霊? ……初めて会った、のかな。名前は、デュース、だと、思う、けど……。駄目だ、なんか……それ以上、何も、思い出せなくて」
 僕が、痛む頭を押さえると。シルバーはそっと、その僕の頭に手を当てて。そうすると、すうっと頭が冷えて、痛みが引いていった。
「そうか、デュース……無理はするな。俺の知っている限りのことなら、教えてやるから」
 まず、君はどうやら記憶をなくしているようだな、とシルバーは言った。
 そうなのか。確かに、そう言われてみれば。なんだか胸にぽっかり、穴が開いたような感じがする。
「なんだか、大事なことを忘れてる気がする」
……そうだろうな。いろいろと、大変なことがあった。君がもう少し落ち着いたら、簡単に話そう。君が、ここに来た理由を」
 そうしてシルバーは、飲むといい、と言って。
 ガラスの瓶に入った、透明な水を差し出した。
……なんか、水を飲むと、生き返る心地がするな」
「そうだろうな。君は今や、俺の眷属……精霊の一族、なのだから」
「えっ!? ど、どういうことだ!?」
 僕は少し、混乱する。記憶をなくしているとはいえ、自分は元々、人間だったような気がしていたからだ。
「焦るな。今、説明する。……こういうことだ」
 それで、シルバーが言うには。
 僕は、この神殿のある森の外に暮らす村の住人のひとりで。
 ある日、僕の身体が、この神殿へ、その村からの生贄として捧げられたのだという。
 シルバーは、そのとき命を落とした僕の身体を、眷属に生まれ変わらせたのだと。
「えっと。ってことは、生贄の儀式は成功してる、ってこと、なのか? 僕がここにこうしているから、その村が助かった?」
 そう尋ねると。シルバーはとても悲し気に首を振った。
……違うな。俺は一度も、生贄などと、望んだことはない。水害が起きるのは、自然の摂理。大いなる世界の理、自然活動のひとつだ。だが、人々は……人間は。その摂理に畏れ、戦き。そうして勝手に、君をそこの湖水へと突き落とした」
 シルバーが視線をやった先には、深そうな湖があった。
 ……僕、あそこに沈められたのか。今さらながら、ぞっとするな。
「俺は、君の呼吸が止まっていくのを、ただ、見ていることが出来ず、手を伸ばした。だが、力が足りなかった。それだけだ」
 そうして、シルバーは僕の頬へと、そっと優しく指先で触れた。
 少し湿った、冷たくひんやりとした指先で。
「君を人間の姿で生き返らせるほどの力は、俺にはなかった。だから、眷属として、生まれ変わらせた。……恨むなら、恨むといい。君の魂をここに縛り付けたのは、俺の身勝手な、我侭でしかない」
「縛り付けた、って、え?」
……言葉で説明するよりも、見せた方が早いだろう。おいで」
 それで、シルバーについていくと。森の端っこの方に、なんだか薄く透明な水の幕があるのが見えた。
「なんだこれ? 水の壁……?」
……神殿のまわり、この森の中にだけ。俺の力が及ぶ、いわば、結界のようなものだ。そこから、指先だけ出してみろ」
 シルバーの言う通りにすると。すると、僕の指先が、水の壁を越えた途端。
 あぶくのようになって消えてしまった。
「わっ!?」
 慌てて、手を引っ込める。シルバーは淡々と言った。
「この森の中なら、自由に歩ける。その代わり、この森からは……俺の力なくして、君は自由には、出られないだろう」
 だから、先ほどの謝罪をした。君の魂をここに縛り付けた、と。
 そう、申し訳なさげに告げるシルバーに。僕は言った。
……どこまでが本当の話なのか、よくわかんないけどさ。でも、全部が本当の話だとしたら、アンタは命の恩人……ってこと、だよな! 少なくとも!」
 だったら、とりあえず。しばらくはアンタの手伝いをしてみることにするよ、この身体にも慣れたいしな、と。
 そうすると、シルバーは少しほっとしたように、息を吐いて。
 それで、言う。
……そうだな。ありがとう。ああ、そうだ。森の中はそれなりに自由に歩いていいが。あまり、村の近くへは行かないように」
 君は生贄として死んだことになっているのだから、もし村人に見つかれば、余計な災難を招きかねない、と。シルバーは忠告する。
 僕は、分かった、と頷いて。それからは、神殿でシルバーと過ごす日々が始まった。

 僕は退屈なので、毎日のように森を探検してみる。
 森は案外広くて、毎日新しいものが見つかって、新鮮だ。
 シルバーも、きれいな花が咲いているところを教えてくれたり、どこからかおいしい果物を採ってきて、分けてくれたり。
 ちょっと怪我? のようなこと(身体が水で出来ているようになったせいか、ほぼ怪我っぽくはならなくなったが、たまにちょっと水分が減り縮んだようになった)をすれば、すぐに湖の水を使って、元に戻してくれるし。
 僕の眠る場所は『癒しの泉』と呼ばれる、神殿のまわりに浅く広がる、池っぽいところの中で。最初は野ざらしかよって思ったけど、シルバーも似たような場所で寝てたから。まあ精霊なんてそんなもんなのかもなって納得したりした。

「なあ。どこからか音楽が聞こえるぞ」
「ああ……高台の街から、だな。誰かが、異国の楽器を弾いているんだ。ピアノというらしい。これは……鎮魂歌、だな」
「鎮魂歌?」
……命を落とした魂を、その家族を、慰めるための歌だ。君たちのような……
 その言葉に、僕は違和感を覚えた。『君たち』?
「どういうことだよ、シルバー。僕以外にも、生贄になった人がいるのか?」
 水くさいな、もし他の眷属がいるなら会わせてくれよ、と言うと。
「あ、ああ、いや。……今のは、ただの。言葉の綾だ……
 と。シルバーはなんだか、へたっぴに言葉を濁した。

 だから、話題を変えようと思って、シルバーに相談した。
 僕は、そんな鎮魂歌のメロディを聴きながら。なんとなく、考えていたんだ。
「僕はまだ、大事なことを忘れている気がする。夢を見るんだ。大事な人が、いた夢を。女の人が、泣いているんだ。毎晩。僕の、名前を呼びながら。『デュース、デュース……』って……
 そうしたら、シルバーは。自分の胸を、ぎゅっと押さえて。
 ただ、静かに潤み、揺れる、極光色の瞳で。
「すまない、デュース……
 と、一言、謝った。

 それから。眷属である僕の、主人にあたるシルバーの感情が乱れたからなのか。僕は少しずつ、思い出した。
 僕には、大切な人がいた。たった唯一の、家族がいた。
 それは、母さんだ。僕には、たったひとりの母さんがいて。
 僕は、村でも評判の悪ガキで。
 その僕を生んだ責任を取らされて、母さんは生贄にされかけて。
 僕はそんな母さんを庇って、やるなら俺をやるのが筋だろ、って。
 母さんの代わりに、湖へと落ちて……

 そんなことを、思い出して。……涙が、つう、と零れた。
……目が、覚めたか? 気分はどうだ……
 僕が初めて、神殿で目覚めたあの日と同じように。
 シルバーは僕の隣に、そっと寄り添い。ただ、優しく頭を撫でていた。

「話してやれなくて、すまなかったな。母君のこと」
 シルバーはぽつりと言う。でも、僕は分かっていた。
 もうそれは、この不器用な水の精霊なりの優しさだったんだってこと。
「仕方ないよ。……僕がすぐに母さんへ会いに行こうとすれば、村人に姿を見られて、今度こそ……母さんが、犠牲になる道もあったかもしれないんだからな」
 むしろ僕が馬鹿をやらないように、黙っていてくれてありがとう。
 そう言って肩に身体を預けると。シルバーは、ぐい、と僕を抱き寄せた。

 そして、後日。
「シルバー……。無理を言ってるのは、分かるよ。でも、なんとかして母さんに会えないかな」
 僕が生きてるってことだけでも、伝えたいんだ。
 母さん、毎晩、泣いているみたいだから。
 僕がそう願うと。シルバーは、すぐに動いてくれた。
「お前たち眷属の力は、弱い。だから、森の外には出られない。だが、俺は少しの間ならば、神殿を離れても活動できるだろう」
 村人たちに、顔も割れていない。……割れることはない、とシルバーは言った。
「なんでだ?」
「心の清く澄んだものにしか、俺の姿は見られない。お前の母親なら、大丈夫だろうが……。恐怖心ゆえに、お前を生贄に追いやるような、他の村人の目には……俺の姿は、映らないだろう」
 そう、どこか淋しそうに、残念だ、とシルバーは言って。
 それからすぐに、僕の母さんに手紙を出してお告げをした、と言ってくれた。
「誰にも見つからない雨の日に、この森の神殿へ来るように伝えた。そうすれば、会いたい人に会える、と」
 この言葉が通じていれば、次の雨の日には彼女はここへ来るだろう、とシルバーは言った。
 僕は、ありがとう、と抱き着いてお礼を言った。
「何から何まで、ありがとう、シルバー。僕、なんてお礼を言ったらいいか……
……喜ぶのは、まだ早い。無事、再会できてからでかまわない」

 そうして、次の雨の日。森の奥の神殿で、僕は今か今かと母さんを待つ。
 すると。森の奥から、女の人の影が現れて。
「ああ! デュース……。アンタなんだね!?」
……母さん!」
 そうして、母さんは、僕を見てボロボロと涙を流す。
 僕は、生贄になってから、今までのことを話した。
 最初の頃は記憶がなくて、会いに行けなかったこと。
 この湖の神殿に棲むシルバーが、僕を水の精霊の眷属として生まれ変わらせて、助けてくれたこと。
 シルバーは生贄なんて求めてない、優しい精霊だってこと。
 そういう全部のことを話した。
 すると母さんは、僕のことを抱きしめて。
「どんな形でも、アンタが生きていてくれて嬉しいよ」と告げた。
 僕はそんな母さんに、言うんだ。
「母さん。僕はここで、しばらくシルバーに恩返しの手伝いをすることにしたんだ。だから……
 たまにはこうやって、会いにきてくれよ。自分から行けない、親不孝な息子で悪いけど、と言ったら。何よそれくらい、こうして生きていてくれてるだけでいいわ、と母さんは言った。
 それで、母さんは一度村に戻るって言ったから。森の端まで、見送ったあと。
 僕は、神殿の影で僕たちのことを見守っていたシルバーのところへ歩いて行った。
「シルバー、ただいま」
……君の家は、あちらだろう」
 俺は君の帰る家を奪ったともいえる、と言うシルバーに。まだそんなこと言ってんのかよ、と僕は笑う。
「母さんも、次はアンタにもちゃんと会いたいって言ってたよ。お礼を言いたいんだって」
「礼など……
 言われるほどのことか、親子を引き裂いておいて、と。
 シルバーは固いことを言うけど。
「いいんだよ。僕も母さんも、アンタには感謝してるんだから。……受け取っとけよ。感謝は、嫌いな供物じゃないだろ」
……ああ。自然への感謝は、美しい祈りと、無理と無駄のない儀式。そうした清き信仰の心は。遍く、愛している」
 なら良かった、と僕は笑って。それじゃあ、明日からもよろしく、とシルバーに言う。するとシルバーは、きょとんと驚いた顔をした。
「なんで驚いてるんだ?」
「あ、いや……。お前は。母君と再会すれば、どこかへ行ってしまうものかと、そう思っていた、から」
「何言ってるんだよ」
 でも、シルバーの言いたいことも、なんとなく分かったので。
 僕は、言う。
「この神殿にひとりぼっちなのは、アンタも同じだったろ。……アンタのことも、放っておけないよ、僕は」
 それにどうせ森の外には行けないしな、と僕が笑うと。
 そうか、そうだったな、と。シルバーは、ほほ笑んで。
……そう、だな。では、今しばらくの間、眷属として、手伝いを頼む。それに、これからお前が眷属としての力をつけていけば、お前にも、もう少し広く自由な世界を見せてやれると思う」
「本当か!? いいな、それ! じゃあまずはこの森の中で修行、頑張るか!」
「ああ。……お前の成長を、楽しみにしている」
 なんせ、時間はこれから悠久にあるのだから。
 そう告げるシルバーに。僕はへへっと笑ってうなずいた。

 6月の優しい雨音と、ピアノの音色だけが、僕たちの耳を塞いでいた。
 これが、雨降る森の神殿に棲む、優しい精霊と僕の、出会いの物語だ。

*おしまい