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小夏🍊
2026-06-18 05:09:46
15622文字
Public
Planet a room
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θ.始まり
現パロ原藤(社会人×学芸員)
そのうちまとめる
1
2
——
それから、同居生活が始まって一週間ほど経った頃。
原田のずぼらな一人暮らしは、瞬く間に平助によって改善
——
というより、完全に掌握されていた。あのカレーの夜を皮切りに、平助が早上がりの日は、約束通り買ってきたばかりの真新しい調理器具で作られた完璧な手料理が食卓に並ぶ。
逆に、平助がプラネタリウムの最終公演を担当する日は、原田もあえてバイクではなく電車で出勤した。いつも通り科学館でその解説に耳を傾けてから、そのまま二人で外へ飯を食いに行ったり、或いは天気が良ければ何か美味いものをテイクアウトして空を見上げつつ一緒に帰ったり。
仕事から帰れば明かりが点いていて、美味い飯の匂いがする。あるいは、夜風に吹かれながら肩を並べて同じ家へと帰り道を歩く。そんな穏やかで温かい日々が、少しずつ当たり前になりかけていた。
そんなある夜のこと。原田が仕事から帰宅すると、先に帰っていたはずの平助が、リビングのソファの端でどこか困惑したような、思い詰めた顔をして座り込んでいた。
「
……
ただいま。どうした、なんかあったか」
「あ、おかえりなさい」
声をかけながら上着を脱ぐと、平助はハッとして顔を上げ、弱々しく微笑んだ。それから、膝の上でぎゅっと両手を握りしめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今日、管理会社から連絡があって
……
。アパートの復旧工事が終われば、すぐにでも元の部屋に戻れると思ってたんですけど」
「おう。なんか問題でもあったのか」
「調査の結果、火事の影響で建物全体の配管まで駄目になっていることが判明したらしくて。
……
アパート自体の、取り壊しが決まったそうです」
「取り壊し?」
「はい。突然退去を求められてしまって
……
。これから新しい部屋探しから始めなきゃいけなくなりました。
……
すみません、新生活の目処が立つまで、思っていたよりかなり長期化しそうで
……
」
あのアパート借りるのも手こずったのに、と小声で呟かれたのは、多分思わず漏れた独り言なのだろう。ただ、原田もこの家を借りた時のことを思えば、分からなくもない。新八がいたから何とかなったが、
保証人
後ろ盾
のいない人間はどうしたって弾かれやすい。特にまだ資格を取るために実績を積んでいる学芸員補の立場である平助はもっと顕著だろう。
しかし、それを聞いた原田の胸の内には、不謹慎極まりない歓喜の火がひっそりと灯っていた。つまり、数日で出ていくはずだった平助が、しばらくの間は帰る家がないということだ。このまま理由をつけて、ずっと自分の手元に置いておけるかもしれない。
平助はそんな原田の思惑に気づくことなく、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、申し訳なさそうに深く眉を下げた。言葉を切って、少しだけ視線を泳がせ、躊躇うように次の言葉を探している。
この男は、元々ひどく生真面目で意地っ張りなのだ。誰にも頼ろうとせず、他人の領域に踏み込むことも、踏み込ませることにも極度に遠慮する。人に迷惑をかけるぐらいなら己の不幸を飲み込んで、みんなの為に、誰かのためにと行動を起こしたがる。
だから、今回だって、どうせまたウィークリーマンションを借りるとか、そんなことを言い出すんだろうな、と。その前に手を打たなければ、と内心の浮き立ちを悟られないよう、原田が努めて神妙な顔を作り、「なら、」と提案を口にしようとした時だった。
「だから、その
……
」
そのまま膝の上の服の布地をきゅっと掴み、意を決したように原田を真っ直ぐに見上げてくる。そらきた、やっぱり出て行くつもりだな、と、
「新しい部屋が、決まるまでは
……
ここに居ても、いいですか」
「
……
は、」
……
思って、いたのに。
平助が自らぽつりと口にした、あまりにも小さな甘え。その予想外の殊勝な申し出に、原田の心臓が大きく跳ねた。
見上げてくる少し潤んだような瞳と、縋るように紡がれた言葉。他人に助けを求めることに不慣れな彼が、自ら原田を頼ってくれたのだ。こんな顔を向けられて、その信頼を寄せられて、冷静でいられるはずがない。原田はたまらず、頭で考えて言葉を話すよりも早く、喉の奥から本音を零していた。
「いいに決まってんだろ。居ろよ、ここに。
……
ずっと、居てくれ」
「えっ、」
原田の畳み掛けるような即答に、平助はびくっと肩を揺らし、慌てたようにパッと顔を赤くした。
「だ、だめですよ! 流石にそんなわけにはいきません!」
「俺は一向に構わねえよ。毎日美味い飯作ってくれて助かってるし、何より
……
おまえが居てくれたら、それで
……
」
「いいえ、大の大人がいつまでも転がり込んでるなんて、格好がつきませんし。原田さんのプライベートがなくなっちゃいます。
……
新居が決まるまで、です。なるべく早く探しますから」
眉尻を下げて困ったように笑いながら、平助は明確に境界線を引き直してみせた。なんでだよ、と思うところはあれど、それでも、「出ていく」という選択肢を消して、自ら「居たい」と言ってくれたことは、原田にとって十分すぎるほどの進展だった。
「
……
わーった。急がなくていいから、ゆっくり良い部屋探せよ」
呆れたように肩を竦めてみせながらも、原田の口元はどうしようもなく緩んでいた。
人間、慣れる生き物なので
――
とはよく言ったものだが、それは原田にとっても平助にとっても同じだったらしい。
当初、平助は「長期間お世話になるのだから、絶対に迷惑をかけないように」と、居候としての強固な警戒と遠慮を見せていた。家事を率先して完璧にこなし、原田の私物には極力触れない。リビングにいる時も、常に目に見えない線を引いたように自身のテリトリーを小さく保ち、原田が近づけばサッと道を譲るようなぎこちなさがあった。
しかし、同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で眠る同居が長引くにつれ、その張り詰めた境界線は、少しずつ、じわじわと溶け始めていった。
それと同時に、原田の生活空間のあちこちに無自覚な平助の気配が増え、見事なまでに日常が侵食されていくことになる。
例えば、仕事から帰ってきた時のことだ。
以前なら、原田が帰宅して玄関のドアを開けると、平助は待ってましたとばかりに立ち上がり、居心地悪そうにソファの端っこへちょこんと座り直していた。だが今では、原田が残業で少し遅くなった夜など、彼はソファの少しリラックスした真ん中寄りの位置で、テレビの深夜番組の音を子守唄代わりに、こっくりこっくりと船を漕いでいたりするのだ。
原田がわざと足音を立てて近づいても、あるいは上着をバサッと脱いでも起きない無防備さ。他人の領域でそこまで警戒心を解いてくれている事実に、原田はつい口元を綻ばせ、毛布をかけてやるのが日課になりつつあった。
あるいは、休日の夜、風呂上がりのこと。
いくらリビングのエアコンをつけていても、夏場の風呂上がりはどうしたって身体に熱がこもって暑い。廊下から渇いた喉を潤そうと、キッチンへ直行しながら、同じく風呂上がりで首にタオルをかけたままリビングのソファで寛いでいた平助へと声をかける。
「へーすけぇ、今なら麦茶お届けサービスやってるけど、どーする?」
「あ、じゃあお願いします!」
「りょーかい」
そんな他愛のないやり取りを交わし、二つ並べたグラスに氷を入れようと冷凍庫を開けて
——
大量の氷と保冷剤しか入っていなかった殺風景な空間に、見慣れないファミリーサイズのチョコアイスの箱が、当然のような顔をして陣取っているのに気付いた。引き出しを引いた衝撃で、中の氷がガラリ、と音を立てて揺れる。
もちろん、原田が買った覚えはない。となれば、この家でそれを入れた犯人は一人しかいない。
原田が少しだけ固まっていると、今の氷の音で自分の隠しごとを思い出したのか、背後から「あっ」と小さな声が漏れた。
振り返ると、届けると言ったのにわざわざ受け取りに来たのか、いつの間にかキッチンまで来ていた平助が、開いたままの冷凍庫の中身と原田を交互に見つめ、ばつが悪そうな、少し照れくさそうな顔をしている。
「
……
すみません。僕、チョコアイスが好きで
……
その」
平助は気まずそうに視線を泳がせた。それから誤魔化すように眉尻を下げて、上目遣いにこちらを見る。
「えっと、
……
原田さんも食べます?」
「
……
おう。じゃあ、一本もらうわ」
そうして二人で並んでソファに座り、テレビを眺めながらチョコアイスを齧る。
「お、当たった」
「え!? このアイス当たりとかあるんですか?
……
結構、食べてきたのに
……
」
そんな、以前の原田の生活には絶対にあり得なかった、ささやかで甘い生活の痕跡が、当たり前の顔をして部屋に増えていった。
そんな風に、平助の存在が原田の日常を柔らかく塗り替えていた、ある真夜中のことだ。
ごそごそと人が動く気配に原田はふと浅い眠りから引き上げられた。時計の針は午前二時を回っているところだった。こんな時間に何の音だ、泥棒か。そう一瞬身構えてベッドから抜け出し、薄暗い廊下へ顔を出すと、そこにいたのは泥棒ではなく、見慣れた小柄な後ろ姿だった。同時にカチャリ、と玄関から微かな金属音がして、鍵を開けたのがわかる。
「
……
へ、すけ?」
出て、行くのか?
寝室から、寝起きで掠れている上に動揺が乗ってしまった声をかけると、パジャマの上に薄手のパーカーを一枚羽織った平助が、ビクッと肩を揺らして振り返った。その手には、原田が渡した合鍵がしっかりと握られている。
「あ、すみません。起こしちゃいましたか
……
ちょっと、星を見てきます」
「は?」
予想外すぎる返答に、原田は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「おま、おまえ、今何時だと思ってんだ。こんな夜中に外なんて
……
」
「大丈夫です、すぐそこの開けた公園に行くだけですから。今日は流星群の極大日じゃないですけど、次の解説で使いたい星の位置を、実際の空で確認しておきたくて
……
じゃあ、行ってきま
――
」
「待て、待て待て待て」
「ぐぇ」
するりとそのまま玄関を開けて出ようとする平助のパーカーのフードを、原田は背後から慌てて掴んで引き留めた。
普段はあんなに遠慮がちで控えめで、原田に迷惑をかけることを何より恐れているくせに、自分の専門分野である星のこととなると、途端に周りが見えなくなるのだ。この男は、こうと決めたら一直線に進んでしまう、ひどく不器用で頑固な生き物なのだと、原田は身をもって体感し、内心で深く頭を抱えた。
突拍子もない行動に呆れつつも、こんな無防備で危なっかしい男を夜中に一人でうろつかせるわけにはいかない。
「
……
待て。俺も行く」
「えっ、原田さんは寝ててください! 明日も仕事なのに、これ以上ご迷惑は
……
」
「いいから、ちょっと待ってろ」
遠慮して首を振る平助の言葉を強引に遮り、原田は大きな欠伸を噛み殺しながら、自室に戻る。その辺にあった上着を引っ掴んだ。寝ぼけ眼を擦りながら玄関のサンダルを突っかけ、「悪い、待たせたな」と彼の後ろについて深夜の冷たい夜道へ踏み出した。
静まり返った住宅街。少し冷える初夏の夜風の中、二人の足音だけがカツカツとアスファルトに響く。並んで歩く隣で、平助は夜空を見上げながら、まるで遠足を楽しみにする子供のように目を輝かせていた。
ありえねえ、元気すぎるだろ。
ため息を吐きながらも、原田の足取りはどこか軽かった。知らない一面をひとつずつ新たに知っていく。極たまに出る口の悪さもそうだが、藤堂平助という男は、思ってたよりもきっとマイペースなのだ。
真夜中に叩き起こされて星を見に付き合わされるなんて、面倒くさいことこの上ないはずなのに、こんな理不尽すらも付き合うのが全く苦じゃなくて。星を見上げる平助の横顔を眺めながら、その真っ直ぐさをいっそ愛おしく感じてしまっている自分に、原田は小さく苦笑するしかなかった。どうしたって自分は、あの日、マイク越しの一声を聞いたあの瞬間から、平助に生活を引っ掻き回されるのが好きらしい。
明日は、どんなふうに振り回されるだろう。
星の下、明かりの消えた街の中を、二人分の足音だけが並んで響いていた。
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