清春
2026-06-14 22:55:18
11849文字
Public ORcinus
 

食べ物とバルマラ(アレエリ)シリーズ

1~焼きマシュマロを食べるアレエリの話
2~パンケーキをルビとファルに作ってもらい食べるアレエリの話

マルシュマッロを焦がす

「南領の物産展……?」
 バルバリッチャは事務所のポストの奥から発見されたチラシを見て、思わず呟いた。
「ああ、それ今日マラコーダとドラギニャッツォとアリキーノが見に行ってる」
 ちょうど通りがかったファルファレルロから声をかけられる。
 既に三人は向かっているとの事で、おおよそ、アリキーノが行きたがり、今日の午後から非番だったマラコーダとドラギニャッツォの二人に任せた――そんなところだろう。
 チラシを表、裏と見ていく。会場の簡単な地図、出店数、諸々の情報をざっくり目で追った。
「領主様からディオマーレで開催されると通知メールがあっただろう?」
「ああ、それは把握していたが……規模、デカくねえか」
 チラシを見る限り、小規模ではないことがわかるが故の呟きに、ファルファレルロは頷く。
「そうだな。ディオマーレホールだけじゃなく付近も出店を出しているから一種のお祭りになっている」
「ほー……
 感嘆符とも言い難い音がバルバリッチャの口から漏れた。
「そういえば君は南領に数年いたらしいな。懐かしいのか?」
「あー……、確かに南のクラヴィクラ学院に四年通ってた。もう十年以上前だし、あの頃より都市開発やらリゾート開発やらが進んでるから、もはや新鮮だな……
 ファルファレルロの言葉で学生時代を思い返しつつ、チラシを眺めた。南は改革に意欲的で、十年数年で劇的な変化を遂げている——それを実感する。食、技術、行事、なんでも文化を他国から多く取り入れているのだろう。
 同時に、南の革新的な催しを行うことを決断した西領主へ些か疑心に満ちた。定例会議で顔を合わせる度に、やれ南は伝統を棄てつつあるだとか、きな臭いだとかぼやいていたあの男が、と不躾なことばかり浮かぶ。
 なんせまだ領主になる前から、現西領主であるルチーフェロと交流があり、マレブランケならばマラコーダの次に彼のことを知っていると豪語できた。
 そんな男が考えることとすれば、おそらく――
……マラコーダのため、だろうな)
 西領主もといルチーフェロは、西領の外に出ることをしないマラコーダのために、定期的な催しを行っているように見えた。前回は東領出身の亜人旅芸人たちを呼んでいたり、マラコーダに外を見せている。
 それを民間の催しとして問題がない程度に調整しているが、ルチーフェロをよく知るバルバリッチャからすればマラコーダへの〝恩返し〟の一環だ。
「バルバリッチャも行ったらどうだ? マレブランケの方々もぜひときているぞ」
 内心、西領主の贔屓に眉根を寄せていると、ファルファレルロがにこりと微笑んでいる。
……オレはいい。ファルファレルロこそ、アリキーノが行ってるなら心配だろ。行ってこいよ」
「いいのか?」
「いい。どうせ今日は大した仕事もない。非常時には俺やスカルミリオーネが出る」
……すまないな。アリキーノが心配だったから、助かる。お土産を買ってくるから待っててくれ」
「気にしなくていい」
 ファルファレルロは背広を脱いで片手に抱えると駆け出した。その背中を眺めながら、事務所の定位置へと戻った。
 専用の事務室ではなく、ファルファレルロが室長を務める内勤する際に皆が使う事務室の方で休憩用として備えられたテーブル椅子で仕事を再開する。
 なお、提出書類をまとめていたスカルミリオーネに人数が少ないことを問われ、概要を伝えると「俺も物産展行きたいんだけど! 行っていいなら俺も行く!」と文句をぶつけられた。バルバリッチャはあくまで涼しい顔で無視して書類に目を通していることに専念し、彼のことは放っておいた。
 どうせほっつき歩くだろうと思いながら過ごしていたが、外勤に出るリビコッコ班や真面目に働くルビカンテ、カルカブリーナを見て、渋々自分の席へ戻った辺り、自制心が働く日らしい。
 それから一時間ほど経過した頃だ。
「ただいま戻りましたよ〜。お土産ありますので食べてくださいねー」
「ただいまぁ〜! パパ、これ今食べていい?」
「いいよ。残りは家に持って帰るから、パパがこれ冷蔵庫にしまっておくね」
 ドラギニャッツォの朗らかな声が事務所に入ってきて、続いてアリキーノ、ファルファレルロの仲睦まじい会話も聞こえる。事務所にいたスカルミリオーネのお土産を物色する声、ルビカンテとカルカブリーナのお礼を言う声も続いて聞こえた。
 そうなると、当然次に聞こえるのは————
「バル、ただいま」
……おう」
 ひょっこり現れ、触手をうねらせる赤毛——マラコーダへ、おかえりとは返さず頷く。
 触手には袋をいくつかぶら下げており、今日に持ち上げていた。本人の手には何やら軽そうな物が入っている袋がこじんまりと収まっている。
「バルと一緒に食べたいお土産あるんだ」
 視線に気がついたのか、その袋を両手に、持ち上げて意気揚々と見せびらかす。意気揚々と言っても、何を考えているのかわからない無機質な目からでは意気を揚々とさせているようには全く見えないが、いつもより少し声のトーンが高いことで判断した。
「待ってて、今準備してくるから」
「何を……
 バルバリッチャが言い終わるよりも先にマラコーダの姿は見えなくなり、行き場を失った片手はそのまま腰まで下ろされた。
「マーちゃん、バルバリッチャさんと一緒に食べるんだーって言ってたものあるからきっとそれの準備ですよ」
 アリキーノの無邪気な声が下から聞こえて見つめると、びくりと肩を震わせてそのままファルファレルロの背後に隠れてしまう。目付きが悪く、子どもの扱い方がわからないバルバリッチャは気の利いたことも言えず、アリキーノから怯えられることが多い。
 罰が悪くなり「そうなのか」とだけ告げて、アリキーノから視線を外した。
 ついでに、様子見をしようと思い給湯室まで向かう。恐らくここにいる、という確証が薄らとあった。案の定、予想は的中する。
「あれ、バル来てくれたの。ちょうどよかった」
 きょとんと間抜けな顔をするマラコーダは、ちょうど準備を終えたようで、様々な物を持っていた。
 先代のカルカブリーナ夫人が「もう使わないから、あなたたちで有効活用してあげてね」と置いてった釉薬陶器の火鉢を二本の触手で安定したまま持って、もう二本の触手では火起こし器やら串、皿など、マラコーダ本人の手にはマシュマロの入った袋がある状態で立っている。
「何してんだ」
「美味しい食べ方教えてもらったんだ。マシュマロっていうお菓子なんだけど、知ってる?」
「マシュマロ?」
 聞き慣れない言葉を反復した。
「こっちの言葉ならマルシュマッロらしいけど……で、そのマシュマロがお店の人に教えて貰ったんだけど、火元に近づけてマシュマロを焼くと外側がさく、中がとろふわって感じになって美味しいんだって」
 そう説明しながら、マラコーダは給湯室にあるテーブルの上へ火鉢を置く。
 触手を使って、すぐ近くに用意していた木灰を火鉢に入れた。今度は木灰の入った火起こし器を持ち、コンロで火をかけて着火剤を作る。出来た着火剤は火鉢の中にある木灰の中心をくぼませたところに入れたら、じわじわと熱が広がるまで待った。
 バルバリッチャは目を見開いて、その光景を眺めている。
……珍しく、手馴れてるな」
「教えてもらったんだ。実際に実演を見させて貰えたし、頑張って覚えたよ」
 褒めて貰えたことが嬉しいのか、鼻高々に話した。手先が不器用で、何かと鈍臭いマラコーダをよく知っているだけあって余程バルバリッチャに披露したい食べ方なのだろうと、近くの椅子に腰掛ける。
「南領の出張物産展、色々あって楽しかったよ。さすがリゾート地、色々開発してるんだね」
 ふんふんと鼻息を荒くさせるマラコーダは、触手を使ってマシュマロの袋を破り、串に一つマシュマロを手掴みで刺した。白くて小さくてふわふわしたものだ。周りに粉が振られているようで、マラコーダの指先に少し粉がついている。
 何も無いところでコケたり、不器用のあまりもたもたした動作が多いマラコーダにしては、やはり迅速だ。
「知の深淵に最も近いと言われてるのに、随分とまあ、数十年で変わったな……
 テーブルに頬杖をついたバルバリッチャは火鉢を眺めながら呟く。
「南は好奇心の塊だからね。前領主が改革として宣言していた時は、西領の新聞ですら一面飾ってたんだよ、懐かしい。南は色々複雑な仕組みみたいで、実現までかなり時間かかったなぁ」
……何十年前の話だよそれ」
「三十年……いや、四十年くらい前だったっけ。当時の技術力では難しいと言われてたから」
 木灰がじわりじわり熱を持つ光景を二人で眺め、さらっと告げるマラコーダに片眉が持ち上がる。
「ふーん……
「バルは産まれる前のことも知っててすごいね」
「調べればいくらでも出てくる時代だ」
「たしかに。あの頃と違って、今は便利な時代だもんね」
……
 見た目はどう見ても、十代の少年少女。その見た目のマラコーダの口から出てくるものは過去を懐かしむ老齢のような言葉。
 相変わらず掴めない奴だ。バルバリッチャはどこか面白くなさを感じた。
 串に刺さったマシュマロが火鉢の中、高温になっている木灰へ近づけられ、じわじわ焼かれていく。
「バルは甘いもの平気だよね?」
「まあ」
「日頃の感謝を込めて、おいしい焼きマシュマロを作るから待ってて」
 いつも以上にどこか気合いのこもった、頼もしさをほんの少し感じる声音のマラコーダに、じわじわ焦げる匂いがしてきたなと思いつつ耳を傾けていた。
「よし、どうだろ。出来たかな?」
 いつもの無機質な目を気持ち輝かせて、火鉢の中から串に刺さったマシュマロを離した。表向きは真っ白、しかしくるりと回転させてみれば、反対側は黒焦げになっている。
「あれ?」
「焼きすぎじゃねえか」
「そ、そうだね……もっかいやってみる。焦げても……うん、おいしい。ちょっと苦いけど」
 マシュマロを口の中へ放り込んだマラコーダは、続けて串にマシュマロを刺した。
 高温の部分へ再度近づけて、じっと待つ。
 不器用な奴というのは、わかりきっていた。むしろ火鉢の準備を手間取らずできたことが奇跡とすら感じている。上手くいかないことは、今に始まったことではないが——今回は珍しく意固地になっていた。
「今度は気持ち早めに……どう?」
「焼けてねえな」
「う、うーん……?」
 マラコーダは首を傾げ、再度火鉢にあてる。
「バルにおいしいの食べてもらいたいのに、上手くいかないね。もう少し待ってて」
……
 戦うこと以外、もっぱら不器用。それを他でもない、本人がわかっていて、バルバリッチャも理解している。
 そんなマラコーダが奮闘しているのは、美味しい物をバルバリッチャに食べさせたい一心でやっている健気さ所以で、ムズ痒い心地となった。
……なんか、モヤモヤして、気持ちわりぃ)
 胸の辺りが不快ではない何かで覆われる感覚が、存外心地良く、それのせいで気持ちの落とし所が悪くなる。
……よし、今度こそどう?」
 そうとも知らないマラコーダは期待の目でマシュマロを見つめるが、半分こんがり良い色味、もう半分は明らかに黒い部分が多い。
「あー……
 肩を落とすマラコーダが、また口の中にマシュマロを運ぼうとし、それを片手で阻む。
……貸せ」
「え、でも焦げて……
「いい」
「あっ」
 バルバリッチャは阻んだ手でそのまま串を奪い、先に刺さったマシュマロを口に放り込んだ。
 外側が焦げて固くなり、中身は柔らかく口の中ですぐ溶けて、しかし原材料に飴が含まれてるせいか甘ったるくて、へばりつくような粘度が不思議な菓子だ。外側は焦げてるため香ばしさが強く、少し苦い。
……ど、どう……?」
 焦げの苦味とマシュマロ本来の甘みが口の中に広がっていると、マラコーダが不安そうな目をしている。
 すっかり溶けて消えたが、もったりした甘みが残る口を開いた。
「悪くない」
……ほんと?」
「元の品質がいいから、お前が焼きすぎたところで変わらないだろ」
 実際、マシュマロは美味しかった。疲れて甘いものが欲しくなった際、軽くつまむにはちょうどいい。焦げていると香ばしさが増してむしろいいまである。
 マラコーダの不器用っぷりで霞むようなものではないという、励ましているのか微妙な、ぶっきらぼうすぎる伝え方にも関わらず、マラコーダは柔らかく微笑んだ。
「そう、だよね……ありがとう」
……別に、さっさと食いたかっただけだ」
 素直にお礼を告げられ、居心地の悪さが込み上げる。それを誤魔化すように、マシュマロの甘さを口の中で転がした。
……ビスコッティに挟むか、コーヒーに入れてもいいんじゃないか」
「それおいしそうだね。あったかなぁ」
「まあ、まずは焼くか」
 じりじりと高い温度を保つ火鉢の中へ、串にマシュマロを刺してから寄せる。
「私がやるよ」
「いい。お前は見てろ」
 手を差し出して申し出たマラコーダだが、バルバリッチャの言葉に納得いってなさそうな唸り声にも見てない、もはや動物の鳴き声に近い音を喉から鳴らして手を引っ込めた。
 じりじり焼けるマシュマロを火元から離し、見てみる。美味しそうな焦げ茶の色味へ適度に変わった、こんがりマシュマロが出来上がった。串はそのままマラコーダに押し付ける。
「ほら」
「バル、実は焼きマシュマロ屋さんやってた……?」
「なわけあるか。いいから食え」
「ありがとう……ん、おいし」
 いつもが無表情のためわかりにくいが、ぱあっと明るくなったように見える表情を見逃さなかった。柔らかい頬が上下に動いて嬉々としているのを見ると、また胸の内が得体の知れないあたたかさで満ちる。
「そりゃよかったな」
「バルはやっぱりすごいね。器用だ」
「これくらい誰でもできる。お前が不器用なだけだ」
 焼きマシュマロに得手不得手が果たしてあるのか、と思いつつ頬杖をつき直した。
「今度は私が上手く焼けたものをバルにあげれるように頑張るね」
……好きにしろ。午後からはもう暇だしな」
「うん」
 マラコーダに付き合って、マシュマロが焼けていく様子を眺める時間がしばし続きそうだと、ぼんやり思った。
「副官、ボスとデートか?」
 すると、外勤から戻ってきたグラッフィアカーネがひょっこりと覗いてくる。足音なく登場した犬耳金髪の姿に、少しばかり驚いてしまいバルバリッチャは肩を震わせた。
……なわけ、ないだろ」
「でも副官の顔、幸せ噛み締めてるじゃないか。グラフィにはわかるぞ。リビコッコはそういう顔をよくしてくれるんだ」
「持ち場に戻れ」
 茶色の丸っこい目がまじまじと見つめてきて、視線を絶対に合わせないバルバリッチャへ合わせようと移動してくる。素直になった方がいいぞーと表情は無のまま、感情が一切こもっていない囃し立てを聞いていると、どこからともなくリビコッコが現れ、グラッフィアカーネの手を掴んで引きずるように連れていった。
「副官すみません、うちの子がお邪魔しました。ごゆっくり」
「お前ら何を勘違いして——
 バルバリッチャが言い切る前にリビコッコはグラッフィアカーネと共に給湯室からいなくなる。
 気まづい沈黙が数秒、流れた。
……
「バル、私は幸せだよ」
「やめろ。フォローいれるな」
 マラコーダの嘘偽りない言葉がむしろトドメとなり、バルバリッチャは片手で顔を覆って俯くしかなくなる。
 今も尚マラコーダが火鉢の中へ傾け続けるマシュマロがじりじりと焦げることに、気を向けることができなかった。