kametohayashi
2026-06-14 15:03:26
5298文字
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A Girl in the Secret Garden

!一浦♀
くろさきくん(22)♂ ×うらはらさん♀
これ(https://privatter.me/page/6a1fe80c9cdad) と これ(https://privatter.me/page/6a27f4fd72259) の続き。
引き続き作者の性癖と煩悩にしか配慮していません。

 寝巻きがわりの薄っぺらい浴衣姿で、浦原は明かりが落とされた廊下をぺたぺたと裸足で歩いていた。古い日本家屋である浦原商店は、浦原が時折手を入れるため見た目よりも頑丈な造りだったが、冬になるととても冷え込む。今年の冬も例外ではなく、板張りの床からは身を切るような冷たさが伝わってくる。
 湯を使ったばかりだというのに、浦原の身体はあっという間に冷え切って、手足など痺れを感じるほど冷たくなっていた。しかし、浦原はまったく気にせず、そういえば夜のうちに雪が降り出すと言っていたな、と呑気に夕方の天気予報を思い出していた。
 雨戸が締め切られ、明かりが消えた廊下は真っ暗闇だったが、浦原は明かりが点いている時とまるで変わらない様子で廊下を進んだ。慣れた間取りということもあったが、浦原の色素の薄い目は暗闇の中でも周りを見通すことができるのだ。闇に紛れて動くことが多かった刑軍時代には、この目にずいぶん助けられた。
 浦原は危なげない足取りで自室の前に着くと、わずかに躊躇ってから障子の引手に手を添えた。できるだけ音を立てないように障子を開け、するりと滑り込むように室内に入った。空調の入っていない部屋は、廊下と同様にしんと冷え切っている。
 いつも通りに雑然とした部屋の中心に布団が敷いてあるが、普段とは違って重い掛布団がこんもりと盛り上がっている。浦原が膝をついて布団ににじり寄ると、ほんの数時間前まで情を交わしていた男が布団に埋もれてぐっすりと眠っていた。男が寒がる様子もなく気持ちよさそうに寝息を立てている姿を見て、浦原は無意識に微笑む。
 明るい陽の下で見ればそちらばかりに目がいく鮮やかな橙色の髪は、暗闇の中ではさすがにその精彩を欠き、かわりに男の立体的な顔立ちが陰影によって明らかになっていた。暗闇の中で男を見る時、浦原はいつも端正なひとだと感心する。男の顔がよく見えるように、浦原は男の額に掛かる前髪を指先でそっと横に払った。

 浦原商店の年明け最初の営業日の夕方、彼は新年の挨拶をしに店に立ち寄ってくれた。年末の休業前に暮れの挨拶をしに来てくれた時に姿を見たのが最後だったため、十日ほどぶりに顔を合わせたことになる。よほどの用事や商店でのアルバイトがない限り、彼は商店の営業時間中にしか浦原を訪ねてこない。
 その律儀さがかわいいやら憎らしいやら、こうして共寝をするようになってもその調子なものだから、浦原は彼と夜を過ごしたいときは必ず彼を引き留めねばならなかった。もちろん、今夜も浦原は彼を引き留めて、その手を引いて自分の部屋に連れ込んだ。どっちが狼だかわかりゃしない、と浦原が男の上でこっそり笑えば、男は不思議そうに浦原を見上げた。
 色事にはまったく鈍い、というか不慣れな男だったが、浦原におとなしく手を引かれて後ろをついてくる様子はいじらしくてかわいげがあった。従順な彼を、自分がめちゃくちゃになっているのと同じだけめちゃくちゃにしてやりたいといつも思う。もちろん、いざ向き合うとあんまり彼が大切で、そんなことは到底できやしないのだが。

 黒崎一護は、浦原の思い人だ。

 いつからそうだったかと問われると、浦原は答えに窮する。一護のことはずっと好ましく思っていた。しかし、その好意が「そう」だと気づいた時にはその想いはあまりに大きくなりすぎていて、捨てることも、かと言って一護に告げることもできずに、浦原はただ呆然と立ち尽くしかなかった。
 もはや何をしても手遅れだった。どれほど別のことで気を紛らわせようと、一護と関わる時間を減らそうと、ふとした拍子にこころは一護のもとへ戻っていた。今の時間は学校だろうか、怪我はしてないだろうか、また何か抱え込んではいないだろうか。ほかのことが何も手に着かなくなるなんてことはさすがになかったが、それでも少しでも余裕があると浦原の頭の隅には一護の存在が現れた。
 浦原はそれまで通りに一護と関わる裏側で、次第に自分の想いに追い詰められた。これほどコントロールの効かないものを、いつか一護に向けてしまうかもしれない可能性が恐ろしかった。
 浦原は自分がいかに理性の効かない人間かを知っている。自分の好奇心だけを理由に、一時は世界の理にまで手を伸ばした。それが自身の破滅を招く可能性を秘めた道であると知りながらだ。浦原は一度欲望を自覚してしまえば、たとえ報いを受けるとわかっていてもまるで我慢することができないのだ。そうして、欲望に身を任せた浦原は、周囲を顧みない災厄となり果てる。
 浦原はとにかくそれ以上、一護との距離を縮めないように細心の注意を払った。できるだけ一護から目を逸らし、自分のこころを見ないようにした。幸いなことに浦原は隠し事が得意で、しかも一護を取り返しがつかないほど損ねるかもしれないという恐怖が浦原の欲望に歯止めを掛けていた。数多の戦いを乗り越え、安穏と暮らす一護を遠くから眺めながら、どうにかこの想いを墓に持っていけそうだ、と浦原が安堵した矢先のことだった。
 浦原は氷のように冷たい手を一護の額に伸ばす。ひやりとした手が触れると、一護は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、しばらくすると皺をほどいてまたおだやかな顔で眠り始めた。触れた指先から伝わる一護の高い体温を感じながら、浦原は目を伏せた。
 ——あの夏の夜。
 あの夏の月のうつくしい夜。あの夜に浦原は選択を間違えた。あの夜さえなければ、しかし、あの夜がなければ、浦原が一護に手を伸ばすことはなかっただろう。
 あの夜、浦原は月明かりだけを頼りに一護の目が自分に囚われる瞬間を見た。うつくしいものに魅了される者の目。たくさんの人を愛する彼の目が、自分だけを見つめていた。その瞬間に感じた恍惚は、いともたやすく浦原のブレーキを壊した。
 あの時の一護の眼差しに欲望はなかった。あったのはただ、うつくしいものへの称賛だけ。それでも、浦原は彼の汗ばんだ肌に手を伸ばさずにはいられなかったのだ。

……うらはらさん……?」
 静まり返った夜中でなければ聞き逃しそうなほどかすかな声で、一護が浦原の名前を呼んだ。起こしてしまったな、と少しだけ申し訳なく思いながら浦原が一護の顔を覗き込むと、よっぽど眠いのかその目は半分も開いていなかった。その無防備な様子がかわいらしくて浦原は笑ってしまう。一護のそばで過ごすとき、浦原は時折母性に近い気持ちを抱く。そんなものが自分にあったのかと、浦原自身も驚いていた。
「起こしちゃいました?」
 浦原は一護を眠りの世界から遠ざけないように、声を潜めてやさしく彼に応えた。
「もう朝……
「まだ夜中っスよ。もうちょっと寝てて大丈夫」
 どうにか目を開けようとする一護の瞼をそっと手で覆って、浦原は一護に入眠を促した。寝ぼけた頭に浦原の言葉が届いたのか、一護は深く呼吸をして身体から力を抜く。
「うらはらさん」
 そのまま眠るかと思われた一護は、半分眠りに落ちながらもう一度浦原を呼んだ。
「手ぇつめたい」
「ありゃ、それは失礼しました」
「布団にはいんねえと……
 風邪ひく、と眠っている時まで他人の心配ばかりしている一護に、浦原は苦笑する。「もう少ししたらお邪魔しますよ」と浦原がその耳元で囁くと、一護はうん、と頷いてそれきり口を閉ざした。
 やさしい男の額を撫でながら、浦原はため息をつく。
 衝動に任せて伸ばす手を、まさか一護がずっと握り返してくれるとは思っていなかった。触れられるのは一護が好奇心や若さゆえの欲望に負けているうちだけだろう、それが落ち着けば一護は浦原との関係に耐えられなくなるだろう。そう見込んでいた浦原の予想は外れて、一護は今も浦原と同じ布団で眠る。最近では何もせず、ただ二人で眠る夜もあった。一護の熱が移ってじわりとぬるい温度になりつつある片手に、浦原は少しだけ恐怖を覚える。どんどん馴染んで溶けてくっついて、引き剥がされるときはどれほどの痛みを伴うだろう。
 それでもできるだけ早く手放してやらなくては、と思う。自分と関係を持っていることが周囲に気づかれる前に。彼にとって自分との関係は瑕疵にほかならないと浦原はわかっていた。こんな悪徳を重ねてばかりの年増女が、どうして未来あるやさしい彼のそばにいてよいだろうか。万が一、一護を貶めるようなことになれば、浦原は自分を許せない。
 物思いに耽る浦原の細い手首に、不意に温かい指が巻き付いた。寝入ったとばかり思っていた一護が、やはり眠そうな顔で浦原の手を掴んでいた。一護は浦原の手を自分の額から降ろすと、小さくその手を引っ張った。
……寒いだろ……早く……
 開かない目で一護は浦原を見上げて、少しだけ横にずれると横向きになり、覚束ない手つきで厚い掛布団を捲った。浦原の冷えた体に布団の中から放出された熱がほんの少し伝わるが、反対に一護は冷気が入り込んで寒いのか顔を顰めた。半分しか開いていない瞼の隙間から透き通ったブラウンの瞳が見えて、浦原はあの夜に感じた恍惚のほんの端っこを思い出す。
 一護の心ひとつでどうにか続いている関係だ。約束も取り決めも展望もない関係。一護はすぐに耐えられなくなるだろうと浦原は考えていた。一護の潔癖さは、この関係の曖昧さを許せないだろうと思っていた。それがどうだ、一護は曖昧も清濁も欲望も飲み下して、平然とした顔で今も浦原の隣にいる。浦原の隣で安らいだ顔で眠り、浦原のためのスペースを当たり前のように自分の隣に作る。
 いまだ成熟の途上にある一護は、いつも浦原が思うよりタフだ。迷えば揺らぐが、腹を括ればどれほどの疑惑や困難があったとしてもそれを抱えたまま朗らかに笑う。大人たちがさんざん代行証をめぐる思惑について彼に伝えるか伝えないかで気を揉んでいたのに、本人はとっくに気がついていた、なんてこともあったぐらいだ。
 いつまでも布団に入らない浦原に焦れて、はやく、と一護は繰り返した。夜となく昼となく、一護はやさしい。浦原の身体を組み敷くときでさえ一護はやさしくて、手放さなければと思うのに、浦原は気づけば一護のそばに寄っていってしまう。
 一護の強さとやさしさはいつも他者のために惜しみなく使われた。それが自分だけのために使われる喜びなど、知るべきではなかった。浦原は後悔に唇の端を歪めた。
 浦原は矛盾する自分の言動に自嘲の笑みを浮かべたまま、一護の空けてくれたスペースに潜り込んだ。暖かい空間に、手足の先がじんと痺れる。
 冷たい身体をできるだけ一護に触れさせないようにもぞもぞと動いて体勢を整えていると、その気遣いを無視して一護の熱くさえ感じる硬い足が浦原の足を絡め取った。
 とたんに皮膚にびりびりと電流が流れるような感覚があり、浦原は驚いて足を離そうとするが、一護はそのまま浦原の冷たい両足を自分の脚の間に挟んでしまう。皮膚が痺れるような感覚が強まり、浦原は身を固くした。その痺れが温度差によってもたらされるものなのか、それとも好きな男に触れられて脳みそが誤作動を起こしているのか、判断はつかなかった。
 そんな浦原には気づかず、一護は手探りで掛布団を掴むと、それをぐいっと浦原の鼻先まで引き上げる。かわりに一護の足先が布団から飛び出したが、彼はまるで気にしなかった。
「さむいだろ……
 ついに目を閉じてしまった一護が、呂律の回らない口調でどうにかそれだけを口にして、やはり手探りで浦原に被せた布団を整える。その仕草や言葉には、小さな子どもにしてやるような純粋な慈しみだけが滲んでいた。
 布団と自分で浦原をすっかりくるんで満足したのか、しばらくすると一護は再び寝息を立て始めた。その寝息を聞きながら、浦原は馴染んだと思っていた男の胸に身を寄せる。男の胸にそっと耳を当てると、とん、とん、とん、と規則正しく響く心臓の音に胸が締め付けられた。男に触れている皮膚はまだぴりぴりと痺れていて、しかし馴染み始めた体温が深い安らぎを連れてくる。浦原はそのすべてから逃げるように目を閉じる。
 一護のそばにいるとき、浦原は母親のように男を守ってやりたくなる。同時に、娼婦のように大胆になってみたくなったり、処女のような恥じらいを思い出したり、あるいは小さな娘のように無邪気に男に甘えてみたくなったりする。一護のそばにいるとき、浦原は自分がありふれた女のひとりであることを思い出す。
 そのこと自体は嫌ではなかった。ただ、戸惑いと一護を巻き込んでしまうことへの罪悪感があった。それよりも、一護が触れてくれるとき、たしかに幸福を覚える自分にこそ浦原は幻滅した。
 なんて自分勝手な女だろう。こんなにやさしい男の子からまだ奪うつもりか。意識が遠ざかっていく中で浦原がいくら自分をそう詰っても、今夜も浦原の手足は男にくっついて到底離れてくれそうにはなく、浦原の愛する男は暖かい布団の中で、満ち足りた表情で眠っている。