kametohayashi
2026-06-09 20:11:57
5863文字
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A Girl with Long Legs

!一浦♀
くろさきくん(22)♂ ×うらはらさん♀
これ(https://privatter.me/page/6a1fe80c9cdad)の続き。
引き続き作者の性癖と煩悩にしか配慮していません。

 閉じた瞼越しに眩しい光を感じて、一護は目を開けないまま眉を寄せる。光から顔を背けるためにいつもの自室のベッドにいるつもりで寝返りを打ったが、体の下に感じるマットレスがやたらと固く、まるで板が一枚仕込んであるようだった。
そこであれ、と思って目を開けると、ほとんど目線と同じ高さに真新しい青い畳が見えた。さらにあれ、と思って寝ぼけ眼のまま仰向けになれば古めかしい白熱電球の照明が天井から吊り下がっている。さらに首を回すと眩しいはずだ、薄い紙が貼られた障子から朝の陽ざしがさんさんと部屋いっぱいに差し込んでいた。
 そういえば、浦原に引き留められて昨晩は商店に泊まったのだとそこで一護はようやく思い出した。だからここは客間で、と思い至ったところで、腕に触れる他人の手に気がついて一護は思わず目線を下げた。毛布に埋もれるようにして薄い金色の髪が布団に散らばっている。細い猫っ毛はくしゃくしゃに絡まっていた。
 その毛先をぼんやり眺めているうちに、つぎつぎと昨夜の記憶が蘇って一護は飛び起きた。そして、隣に眠る浦原にあぜんとする。
 浦原の自室に手を引かれて踏み込んだ日から、一護は何度か彼女と体を重ねていた。しかし、彼女が自分の隣でこうして朝まで眠っているのははじめてのことだ。浦原はいつも一護が眠っている間にそっと隣を抜け出すか、あるいは一護が浦原の私室で眠っているときは夜が明ける前に一護を起こして部屋の外へ送り出した。そして、日が昇ればふたりは何事もなかったかのように一日を過ごすのだ。浦原は一護との関係をあまり周囲に知られたくないようだから、一護は何も言わずにそれに従っている。
「浦原さん」
 一護は声を掛けながら毛布の上から小さく浦原を揺らした。日が差し込んでいるということは、すでにテッサイか子どもたちが雨戸を開けたということだ。こうしてひとつの布団を分け合って寝ている姿を見られるのは、きっと浦原にとっては避けたいことのはずだ。一護の焦燥とは裏腹に、くしゃくしゃの毛玉は呑気に唸り声をあげて布団に頬ずりをしている。
「浦原さん!」
 一護が少し声を張ってもう一度名前を呼ぶと、浦原はようやく顔だけを一護のほうに向けて寝起きの掠れた声で「おはようございます……」と弱弱しく挨拶をした。けぶるようなまつ毛が、重たげに上下する。
「はよ。早く起きろよ。……見つかるとまずいんだろ」
 一護がそう言うと、くしゃくしゃの髪の隙間から緑色の目がきょろりと一護を見上げた。乱雑に顔に掛かっている髪の毛があまりにひどいので、一護は手櫛で簡単に髪を整えてやる。いつの間にか一護の身体はすっかり浦原に馴染んで、この程度の接触はとくに抵抗なくできるようになっていた。
 浦原は動物のようにじっと一護の手の動きを目で追ったあとに、しぶしぶといったように体を起こして大きく伸びをした。寝る前に引っかけて腰紐で前を押さえただけの浴衣はすっかりはだけて、伸びをすると上半身の凹凸のすべてが晒された。白く薄い肌が朝日に透ける。一護は一瞬心配事を忘れてきれいだなあと彼女の形に見惚れた。きれいなひとは夜に見ても朝に見てもきれいだ。あばらの陰影にさえ、一護はうつくしさを見出した。
 一護の視線に気づいた浦原が、大きなあくびをしてから笑った。意地悪な魔女みたいな表情だ。
……きれいっスか?」
 その問いかけに一護ははっとして、「いいから早く前閉めてくれ……」とあわてて目を逸らす。一護のわずかに赤くなった顔を見て、浦原は「あんなに触ったのに」と小さく笑い声を上げた。昨夜の「あんなに」を思い出して、一護はますます赤面した。
 浦原は一護の「きれい」がたいそうお気に入りだ。一護が浦原に見惚れていると目ざとく気づいて、こうしてちょっと意地悪な顔をしたりする。考えてみればすべての事の発端も一護がうっかり浦原を「きれい」と褒めたことにあるから、浦原も褒められればうれしいのだろう。そんな浦原を少し意外に感じながらも、一護はそう納得していた。
「つーか、そんなのんびりしてて大丈夫なのかよ」
「朝ごはんまでにはもうちょっと時間があるから大丈夫ですよン」
「そうじゃなくて……
「大丈夫っスよぉ。テッサイさんは気づいてますしね」
 浦原の言葉に一護は目を見開いた。それから、すぐに気づかれたから朝まで同じ布団で寝ていたのだと腑に落ちる。要は開き直ったというわけだ。
「いいのか」
 一護は自分たちのこの関係が誰かひとりにでも知られれば、浦原はすぐに関係を終わりにするだろうと思っていた。それぐらい、浦原の昼間の態度は徹底していた。一護が思わず確認すると、余裕綽々といった様子で浦原は頷いた。
「キミがいいなら」
「俺は、アンタがいいならそれでいいよ」
 一護の返答を受けて、浦原は不思議な眼差しで一護を見た。最初の夜に何度も見た、一護が知らない顔。以来、浦原は時折一護にその表情を見せるが、一護はまだその意味を掴みかねていた。
「じゃあ、いいです」
 浦原は口の端を持ち上げると、一護の肩に額を擦り付けてから「着替えてきます」と立ち上がると、突然のスキンシップに固まった一護を置いてさっさと部屋を出て行った。一護はしばらくそのままの姿勢で固まっていたが、浦原の足音が遠ざかるとため息をついて体を弛緩させた。夜の名残を色濃く引きずる浦原は、朝の時間帯に見るには刺激が強くていけない。一護は切り替えるために自分も着替えようと立ち上がったが、そこで浦原のテッサイは気づいているという発言を思い出してもう一度ため息をついた。
 朝食の席でちゃんとなんでもないような顔をできるだろうか。気まずい一護の胸の内とは裏腹に、外からは軽やかな小鳥の鳴き声が聞こえていた。

* * *

 俺たちの関係はなんなんだろうな、と軽トラックの助手席で浦原を待ちながら一護は考える。浦原は車の外で馴染みの問屋に挨拶をしていた。こうして力仕事のための臨時アルバイトとして浦原に同行することはごくたまにあった。向かう先は現世であったり尸魂界であったりまちまちだ。今日も何が入ってるんだかわからない重い段ボールを、一護は言われるがままに軽トラックの荷台に積み上げた。報酬は引っ越しのアルバイトよりも割がよい。
 浦原とふたりで出かける機会は本当にそれくらいで、あくまでも仕事の範囲に留まる。約束をしてデートに出かけることもなければ、お互いに愛を告げたこともない。「お付き合い」の取り決めすらふたりの間にはなかった。浦原は一護の恋人ではないのだ。しかし、師弟というには対等で、友人と呼ぶほど気安くはなく、かといって雇用関係や知人という枠に収めるにはふたりの関係はあまりに親密だ。
 これが噂に聞くセフレってやつか、といささか不埒な単語が一護の頭によぎったりもするが、それもなんだかしっくりこない。一護と浦原の肉体関係は、ふたりのもともとの関係に付随したオプションのように一護には思われた。セフレというのはもっと直接的に欲望で結びついた関係なのではないか、とセフレがほしいなどとはちらりとも思ったことがない一護は想像する。
「お待たせしましたァ」
 一護が外を眺めながらつらつらと考え事をしているうちに、運転席に浦原が戻ってきた。
「これで終わりか?」
「ハイ。助かりました。途中でアイスでも買って帰りましょうかね」
 そう言いながら、浦原はシートベルトを締めて車を発進させた。日常的に運転をしない一護から見ても浦原は運転が上手かったが、安全性にはやや心配があった。明らかに法定速度を大幅に超過したスピードで走りだした車に、一護は座席に深く座り直して、自分のシートベルトを確認した。
 今回の仕入れ先は、空座町の隣の市の住宅街に近い場所にあった。浦原は細く入り組んだ道をすいすいと進み、閑静なエリアの路肩に車を寄せた。小学校の下校時刻なのか、遠くから子どもたちの声が聞こえてくる。
 浦原にならって車から降りた一護は、こっちこっちと先導する浦原について見知らぬ道を歩いた。住宅やさびれた会社の看板ぐらいしか目に入らなかったが、知らない土地というのはわくわくするものだ。
「黒崎サンは何にします?」
 浦原はそう言いながら、小さな店に入った。年季の入った看板には「ハッピーマート」の文字があり、聞いたことはなかったがどうやら小さなスーパーマーケットのようだった。中はコンビニよりも広いが、普通のスーパーマーケットよりもずいぶん狭い。食料品を少し買い足すぐらいなら十分な品揃えだった。
 一護は店内をぐるりと一周し、アイスクリームにするかチョコレートにするか迷った。夏場であればアイスクリーム一択だったが、今日は秋風が吹いて少し涼しいのだ。秋冬限定のチョコレートにしようか、と赤いパッケージを手にしたところで、別の商品を見ていた浦原がひょっこりと現れる。
「チョコレートにするならアイス半分こしません?」
 食への関心が薄い浦原にしてはめずらしい申し出に、一護は浦原の手にあるパッケージを見た。「梨味」と書かれたそれは、一セットになっている有名なアイスクリームだ。はじめて見るフレーバーだから、きっとこれも期間限定だろう。
「いいぜ」
 一護が快諾すると浦原はにっこりと笑い、一護の手からチョコレートを奪ってアイスクリームとまとめて会計に持っていってしまった。「自分で払う」とあわてた一護の言葉は聞き入れられなかった。
 店を出ると、浦原はさっそく包装を破ってアイスを半分に分けると片方を一護に差し出した。そんなに食べたかったのか、と一護は笑いながらそれを受け取った。
「ちょっとお行儀悪いですけど」
「いいだろ、こんぐらい」
 二人でアイスを咥えながら、来た道を戻る。西日が眩しくあたりを照らし、コンクリートの道路に二人分の長い影が伸びる。
「よくあんなとこに店があるって知ってたな」
 一護がそう言うと、「あそこは昔からあるんですよ」と浦原が前を向いたまま答えた。
「昔ってどんぐらい」
「えーと、五〇年ぐらい? 前は売店だったんですけど、息子さんの代になって個人スーパーに変わったんス」
「へえ……
 五〇年。まだその半分も生きていない一護は、浦原の生きてきた時間の長さを感じてなんとも言えない気分になる。そして、俺たちの関係ってなんなんだろうなあとまた思考がそこに戻っていく。
 どうして自分だったのだろう。いちばん手近だったのだろうか。しかし、遊び相手にはもっと経験豊富というか、手慣れたやつがいいんじゃないか。それとも——考えただけで嫌な気分になるが——また別に本命か遊び相手の男がいて、慣れていない男をつまんでみたくなったとか。
 いずれにせよ、自分は遊び相手には不向きだろうと一護は自身を評価していた。少なくとも本命と遊び相手を別々に作れるほど割り切れる質ではない。肌に触れれば情が湧くし、とくべつに思う。しかし、浦原は違うのだろう。思いを告げて恋人になりたいと一護が言えば、きっと浦原を困らせることになる。
 それに、それはちょっと違うんだよな、と一護は思う。浦原の恋人にしてほしいわけじゃないし、自分だけのものになってほしいわけでもない。ではどうしたいのかと聞かれると、一護は首をかしげてしまう。そして、ただ浦原と過ごしたいとそれだけを思うのだ。
「危ないっスよ」
 横断歩道を渡ろうとした一護の服の袖を引っ張って、浦原が一護を引き留める。一護がはっと考え事から意識を目の前の景色に引き戻すと、歩行者信号が赤色に光っていた。
「悪い」
「気をつけてくださいよお。いくら強くても生身で轢かれたら死んじゃうんスから」
「ハイ……
「よろしい」
 浦原はおどけて頷いて、袖をつかんだ手で一護の手を握るとそのまま先導するように青信号に変わった横断歩道を渡り始めた。今日はめずらしいことばかり起こる、と一護は目を瞬かせながら浦原についていく。浦原が外でこんな風に一護に触れることもはじめてだった。しかし、なんだか手を繋ぐというよりは手を引かれるといったほうがしっくりくる絵面に、一護はなんだか笑ってしまった。手を引かれながら、もう片方の手でアイスを口にすると幼いころのようにはしゃぎたい気分になる。
 信号を渡り終わっても、浦原は一護の手を握ったままだった。咥えたアイスクリームに口を塞がれて、ふたりとも言葉数は少なかったがとくに気にはしなかった。
 一護は少し前を行く縞々の帽子と自分の手を握る細い手を見下ろしながら、車までもっと遠かったらよかったのにな、と惜しく思った。軽トラに乗り込んだらそのまままっすぐ商店に帰って、自分は自宅に帰らなくてはならない。浦原の白い手にもっと長く触れていてほしいが、仕方のないことだ。
 一護は浦原に何も求めないし、何も問わない。ただ浦原が自分に与えるものを享受する。一護は今の浦原との関係を不思議に思いながらも、なにかを確定させた時がこの関係が終わる時だと直感的にわかっていた。そうなれば、二度と浦原があの不思議な眼差しで一護を見ることはないだろう。
 だから、浦原との間には「この先」などなく、常に目の前のことだけがある。それでもいいと一護は思う。まだ若くやわらかい一護にとって、未来の約束がないことはそれほど恐れることではなかった。いつまでも今のままではいられないことも、近い未来に否応なく変化が訪れることも、子どもの世界から脱して日が浅い一護にとってはまだ当たり前のことだ。
 それでも何度も浦原との関係について考えるのは、浦原の考えていることが知りたいからだ。うつくしい外側のその奥が知りたい。時折一護を見つめる不思議な眼差しの意味を知りたい。肌が馴染んで、少しずつ浦原に夢中になっていっていく自分に一護は気づいていた。一護の脳裏に、自分の手が白くやわらかい肌に吞み込まれて、そのままずぶずぶと体全部が浦原の中に沈んでいくイメージが浮かぶ。その想像は恐ろしくもあり、どこか甘美でもあった。
 一護は引かれるばかりだった浦原の手を気まぐれに握り返した。浦原は振り返りもしないが、嫌がられていないならそれで構わなかった。一護は視線をさらに落として、赤い光に長く伸びる影を見る。前と後ろにずれて歩くふたりは、影になると並んで見えた。