*『
ラムネビーダマ 』のアンサー小説(その後)です
世界が、青く染まっていく晴れ空の下。
僕は、少し赤く染まった頬を冷まそうとして。ソーダアイスを齧っていた。
シャクリと音を立てて僕の喉を通り過ぎてくソーダアイスをごくりと口の中の温度で溶かしながら飲み込んで。
ジワジワジー、とうるさいセミたちの声を聞きながら、ずっと、ひとりだけのことを考えてる。
……昨日。僕は、シルバー先輩に、告白された。
いや、正確には告白されたっていうか、シルバー先輩の隠してた想いを盗み見ちまった、っていうか。
でもさ、驚いたよ。あのシルバー先輩が、運動場の砂に、『デュース 好きだ』って書いて、赤い顔で慌てて消してるもんだから。
あ、これは、って。いわゆる勘違いとか、そういうのじゃないな、って思って。
……思わず、その場から誤魔化して逃げ出そうとしてる先輩のこと、抱きしめて。
『悪い返事にはならないと思う』なんて、言っちまったんだよな。変だよな、自分がどうしたいかもまだよく分かってなかったのに。
だけどさ。先輩の気持ちは、嫌じゃなかったし
……、めちゃくちゃ、嬉しかったんだよ。
だからさ。今日、その返事をしようと思って。ずっと、どんな風に、何を伝えればいいのかって考えてるんだ。
「僕も好きです」って言うには、まだちょっとだけ曖昧で。でもシルバー先輩、昨日時点であんなにいっぱいいっぱいだったのに、僕の都合でずっと待たせて、落ち着かないままでいさせたくなくて。
だからってホイホイ「嫌じゃないので付き合いましょう!」って言うには、僕の気持ちもそんな軽くなくて。
だからずっと、青いソーダアイスをかじりながら、その冷たさに尋ねてるんだ。
『僕はどうしたらいいんだろうな?』って。
ソーダアイスは、何も答えない。そりゃそうだよな。でも、その爽やかで冷たい味は、僕に『自分らしくいろ』って、ひとつの答えを出してくれているような気がした。
それで。僕は、最近の夕方、シルバー先輩とふたりで、ラムネの瓶を空っぽにするのが日課になっていた、運動場の片隅へ。
ふたりぶんのラムネを持って、どこまでも透き通る、青い青い、どこまでも青い空と地平線が、夕焼けの赤に染められてくのを眺めて待っていた。
今日は来てくれるかな、シルバー先輩。来なかったらどうしようかな、自分から探しに行かなきゃいけないのかな。あの人、ここにいないときは、いったいどんなところにいるんだろうな、なんて思いながら。
そうしたらやがて、人の気配がして。
「あ、の。
……お疲れ様、デュース」
「お疲れ様です。どうぞ、これ。今日のぶん」
「
……ありがとう」
僕ら、交代でお互いの分を買ってるラムネ瓶を、ひとつ渡して。
それで。僕はようやく、ビー玉を押し開けた。ゴクゴクと、ラムネのソーダで喉を潤していると。
シルバー先輩も同じように、すぐにビー玉を落として、飲んでいるのが見えたから。
「あれ、炭酸苦手じゃなかったですっけ? 昨日、そう言ってたような
……」
と、僕が声をかけたら。そしたら。
「いや、これは、その
……。
……あれは、ええと。嘘、で。すまない
……」
なんでそんなちっちゃい嘘を、シルバー先輩が、と僕が疑問に思ったとき。あ、そっかと腑に落ちた。
「
……僕と、一緒にいたかった
……?」
「
……っ」
シルバー先輩は、ラムネの瓶を持ったまま、ぎくりと身体を強張らせる。はは
……。なんていうか。分かりやすい、人だな。
こんな分かりやすい、のに。
……なんで、僕。昨日見つけるまで、この想いに、気づけなかったんだろう。
僕は、少し緊張して、ラムネ瓶を飲み干して。シルバー先輩も、喉渇いてたのか、細かく口をつけたラムネ瓶をいつの間にか、空っぽにしてて。
「あの、さ。シルバー先輩。
……昨日のこと、なんですけど」
「
……ああ」
返事していいですか、と僕が言いかけたとき。ポツリ、ポツリと。水滴が、僕らの頭上から落ち出して。
「ん? わ、嘘だろ
……雨だ! シルバー先輩、こっち!!」
これは激しい雨になるぞ、と思いながら、シルバー先輩の手を引いて、その辺の体育倉庫へ咄嗟に逃げ込んだ、のはいいけど。
「うわ~
……、結局、びしょぬれになっちまった。すいません
……」
「大丈夫、だ」
咄嗟に逃げ込んだ甲斐もなく、僕らはお互い、服が雨で張り付くほど、夕立シャワーでびしょびしょに濡れてしまった。
体育倉庫の外では、バシャバシャとバケツをひっくり返したような雨が降る。
これはちょっと、夕立が止むまで雨宿りするしかないですね、とシルバー先輩に笑うと。
シルバー先輩はやっぱり、ああ、と言葉少なに返事をした。
それで。僕らは、マットの上にふたりで体育座りをして、なんとなく無言で気まずくいたけれど。
シルバー先輩が、先に動いた。
「
……デュース。寒くは、ないか? 雨に、濡れてしまったろう」
上着を貸そうか、と言う先輩に、僕は全然平気です、と答えて。
「先輩だって濡れてるんですから、それ以上身体冷やしちゃダメですよ」と返した。
「そう、か」
そうしたら、シルバー先輩は。僕の肩を、ぐいと抱き寄せた。
「へっ?」
僕が、シルバー先輩の近さと、直に伝わる体温にどきまぎしていると。シルバー先輩は、呟くように言う。
「
……すまない。だが、その。雨が、止むまで。少しだけで、いいから
……」
俺に甘い夢を、見せてくれないか。
僕は、シルバー先輩のそんな言葉に。体温に、僕の身体を抱く腕に。元々緊張して逸ってた心臓が、急にドキドキバクバクと、うるさくなって。銀色の髪からポタポタと水滴を垂らすシルバー先輩の顔を、なんだか見ていられなくなって。
昨日からずっと、シルバー先輩のことばっかり考えていて。
ああもう、溶けたな、って。
僕の心が、夏の暑さに負けて、もうじき溶けだす柔らかくなったソーダアイスだったなら。今、完全に溶けて、棒から滑り落ちてった、って。
雨は、まだ止まない。だから。僕は、この時間を、いっときの夢で終わらせたりなんか、したくなくて。
「
……あの。シルバー先輩。僕、うまく言えるか、わかんない、んですけど。
……でも、聞いてください」
「
……」
先輩は、何も答えない。でも、僕の身体を抱きしめる腕に、少しだけ力が入った。
「僕、先輩が僕のこと好きなんだって知ってから、ずっと先輩のこと、考えてた、んですけど!
……好き、とか。そうなのかは、まだ、よくわかんなくて、でも、先輩とラムネ飲んでる時間とか、好きで、先輩の気持ち、めちゃくちゃ嬉しくて、だから、ええと、あの
……」
でも先輩を傷つけたくないから、軽々しく付き合えますって頷いて、やっぱり違いました、とかもしたくなくて、
「だけど、その。
……今の、今日、この、雨が止むまでの一瞬だけじゃ、なんかやだ、って、思って、だから
……」
と。僕が、そこまで必死で言葉にすると。シルバー先輩は、一度、僕の肩から手を離して。
それで、改めて。僕のことを、正面から抱きしめた。
「せん、ぱい
……?」
「
……デュース。好きだ、デュース
……」
「ふぁ
……っ」
初めて、シルバー先輩の口から直接伝えられた言葉に、僕の心臓は、ドキドキと鳴る。う、うるさいぞ! 静かにしてろ! なあって。じゃないと
……先輩に、バレるだろ。こんなに近くて、身体が、くっついてるんだから。
「お前に、ずっと。伝えたかった。でも、だけど。言えなくて。
……お前が、俺をその目に映してくれているかどうか、分からなかったから
……いや。分かっていた、から。お前が、俺をそのように、見ていないことが
……」
だけど、そこにはどうやら、少し、嬉しい誤算があったみたいで。
「お前は、俺が勝手に思っていたよりも
……ずっと、俺のことを、見て。俺の想いを、感じてくれて、いたのだな」
今はそれだけでも十分なんだ。俺の想いを知って、それで、ありのままに、拒まず受け止めてくれて。
……それだけで、いいんだ、と。シルバー先輩は、小さく呟く。
だけど、なんていうか。ハッキリしないのが苦手な僕は、これってどうなったんだ、と思って。
「つまり、えっと
……。その
……。僕ら、って
……?」
首を傾げる僕に、シルバー先輩は、ぽん、と頭を撫でて、ほほ笑んだ。
「
……無理に、関係に名前をつけなくても、かまわない。お前が、もしこれから、俺のことを
……恋人だと、呼びたくなったとき。不意に、そう呼んでくれたなら。俺はとても嬉しいし、その日を
……待つことに、するから」
だから、お前の気持ちが落ち着いた頃に、また教えてくれ、と。シルバー先輩は、そう言って。僕を、腕から離した。
僕は。つまりはそれって、お友達からとか、友達以上恋人未満とか、そういう感じの関係なのかな、って。自分なりに、関係を整理してみて。それで。それよりはもうちょっと、あと一歩だけ、踏み込んでいたいなって、欲が出てきて。
「先輩。
……シルバー先輩」
「ああ、なんだ?
……デュース」
優しい声で、僕の名前を呼ぶシルバー先輩の肩に、僕は、とん、と頭を乗せて。それで、身体を預けて。
「その。お友達、ってか、ただの先輩後輩と。恋人、みたいなのの間に、グラデーションとかが、あるなら。
……僕、ただの先輩と後輩、よりは。もう、少しだけ。
……アンタに近く、いたい、です」
そうしたら。シルバー先輩は、そうか、と幸せそうな声音で、頷いて。肩に置いた僕の頭を、優しく撫でた。
「ありがとう
……、とても、嬉しい」
僕は、顔を上げて。至近距離で、シルバー先輩の目を、じっと見つめた。
たぶん僕の頬は、染まっていたろう。真っ青だったのに、赤く染められてく、夕焼けの世界と同じみたいに。
シルバー先輩の赤に、僕もきっと照り返して、染められた。ソーダアイスみたいだった心は、その熱さで、しゅわしゅわに溶かされた。だからその、シルバー先輩の、暑さに負けてぬるくなっちまったラムネみたいに、しゅわしゅわした気持ちを。ビーダマ落としてこじ開けて、それで。僕の宝物にするんだ。小さい頃、そうやって自分だけのキラキラした宝石を、クッキー缶の空き箱に入れて、集めたみたいにさ。
「キス、したい
……です」
シルバー先輩は。少し、戸惑ったあと。僕の頬に、そっと手を添えて。それで。
……ちゅ、と小さな、キスを落として。
それから、僕のことを、ぎゅっと、強く抱きしめた。僕は、雨が止むまで、ずっと。シルバー先輩の腕の中で、抱きしめられていた。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、いっそ熱いくらいの腕の中、僕は。
(僕も、先輩のこと、こんな風に、好きになれるといいな。
……同じ温度で、大好きだって、言い返せるように、なりたいな)
そんなことを考えながら、暑くなる頬を感じて。僕、いつかきっと先輩の熱で溶かされちゃいそうだって思いながら、そっとシルバー先輩の背中に、手を回して、抱き返していた。
*おしまい
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