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山茶花
2026-06-10 11:41:23
3903文字
Public
[シルデュ]サイト限定(健全)
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ラムネビーダマ【260SK064】
胸がいっぱいで逃げ出したくなるような話/青春、切なめ/3600字程度(やや短め)
世界が、赤く染まっていく夕焼け空の下。
俺は、世界でいちばん大切な子と。一緒に、ラムネを飲んでいた。
まだ蒸し暑くてぬるい空気の中で、手の中にあるラムネの瓶だけが、妙に冷たくて。瓶から結露して落ちていく水滴が、俺の指を伝って手に落ちていく。
カランとビー玉を落とす音がして、ラムネの液体が、ゴクゴクとその喉を通る声が聞こえた。
……
いつも。ラムネのビー玉を、先に落とすのは、俺じゃない。
シュワシュワと消えていく炭酸の音が、俺の手の中で弾けている。
どうして。いつもはこんな些細な音、気にやしないのに。
デュースと一緒にいると、それだけで。五感のすべてが、妙に逸って。
夏の匂いのすべてが、ジワジワとうるさいセミの鳴き声が。
肌を流れる汗の感触が。すべて、焼きついて、離れないんだろう。
「シルバー先輩、飲まないんですか?」
「
……
少し、炭酸が、その。喉に、厳しく、て」
「たまにいますよね、そのタイプの人。そっか、シルバー先輩もそうなんだ」
嘘だ。俺は、炭酸飲料なんて、ゴクゴクと飲んでしまえる。
ただ、デュースと過ごすひとときを、少しでも長く、と遅らせたくて。
……
いつも、口をつけるのを、後にしているんだ。
律儀なデュースは、先輩が飲み終わる前に、自分からどこかへ行ってしまうようじゃないのを、知っていて。
だから、俺はずるくて。
俺が炭酸飲料のしゅわしゅわが苦手だと言ったら、それを興味を持って覚えてはくれるのか、と。
シルバー先輩、とデュースが呼ぶその声すら。ただ、俺が入学当初、苗字がなかったから、だから、その頃からの慣習で名前を呼んでくれているに過ぎないと分かっていながら、それでも。同級生以外は苗字で呼ぶデュースが、唯一、上級生の中で名前を呼んでくれているのは俺だけなのだと、そんなことに密かな優越感さえ覚えてしまって。
だけど、でも。あまりラムネを飲まないでいても、この想いが、意図せずバレてしまうのではないかと思って。それか、ラムネって実は苦手なんですか、と聞かれて、この時間を失ってしまうのではないか、と恐れて。
俺は、いい加減己の持つラムネ瓶のビー玉を、ガラスの中に落とした。
それで、瓶を傾けて、液体を喉へと通すと。
しゅわしゅわと弾けるような炭酸の感触が、俺の喉をくすぐった。
ラムネを飲むふりをして、俺の目は、横目にちらりとデュースを盗み見ている。デュースはどこか遠くをまっすぐに見据えていて、夕焼けの景色がその頬を赤く染めている。
……
その横顔を赤く染めるのが、夕陽じゃなくて俺ならいいのに、と。
馬鹿な夢想をしながら。一度、ラムネ瓶から口を離した。
それで。
「デュース、髪が
……
、汗で、張り付いている」
「え? どこですか?」
そっと、デュースの前髪を、ハンカチで拭き、ほぐしてやるふりをして。
夕日が伸ばす影絵の中だけ、そっとデュースの右手を握り、くちづけた。
それで、恥ずかしくなって。
「
……
直った」
と告げて、今が夕方で良かった、と。心の底から安堵する。
俺の赤くなった頬のことを、夕焼けのせいだと誤魔化せるだろうから。
「ありがとうございます」
へへ、と笑うデュースに、俺は、ああ、とだけ返して。
火照る頬を冷ますために、またラムネを飲む。
夕方のひととき、部活終わりにこうしてデュースと過ごす時間は、いつも。ラムネの泡のように、しゅわしゅわと足早に溶けていく。
頭が、暑さでぼーっとしてきて。そのままデュースに、のぼせてゆだる頭のままに、好きだと勢いづいて、言えたらいいのに。
なのに俺の口は、その言葉を形づくろうとすると、その度に、息を呑んで。
何も、言えなくて。呼吸が詰まって、涙が滲みそうになってしまって。
こんな一瞬ですら、心臓はうるさいくらいに饒舌なのに。
デュースに、こんな想いを伝えたくて。何度も、伝えられなくて。
今日も、このラムネの泡が溶けてなくなる前に、ビー玉のように、瓶の中に詰まってしまった俺の想いを、届けたくて。
なのに。デュースの、どうしたんですか、って笑う顔を見ていると。
それだけで、俺は。何も、言えなくなって。
アスファルトの影で、恥ずかしがって火照る頬を。
パタパタと、うちわにした下敷きで、煽って、隠して。
今日も暑いな、と。夏の暑さのせいにして、秘めた想いを、下手くそな嘘で誤魔化して。
「確かに、暑いですね。でも僕、夏、好きですよ。ワクワクしません?」
なんて、ラムネを飲みながら告げるデュースの、好き、という単語に、俺に向けられたわけでもなおに、ドキドキと鼓動を鳴らして、動揺して。
夏だけじゃなくて、俺にも、好きだと言ってくれないか、なんて。
ふわふわした、馬鹿みたいなことばかり考えて。また、目を逸らして。
俺がこんなことを考えているのが実はデュースに知られてしまっていたら、と怯えて、でも、それならいっそそうなってくれればいいのに、なんて願って。
デュースが、ぷは、と息を吐いて、彼のラムネ瓶が空っぽになったことを、何か、心のどこか、きっとすべてで物悲しく思って。
ラムネ瓶の残りは、彼との時間の終わりを告げる、残酷な砂時計なのだと実感して。
「僕、飲み終わったんで、今日は、もう行きますね。実はまだ課題が終わってなくて
……
」
「
……
ああ。頑張れ」
俺のラムネは、まだ残っているのに。デュースは、それじゃあ、と立ち上がって、運動場の隅の、俺たちだけの世界から、いなくなってしまう。
それで。俺は、ひとり、夕陽だけが照らす、陽炎のような砂場に残されて。
目の前の砂に、そっと指先で書いてみる。
『デュース、好きだ』
と。
『大好きだ』
と。そんな、一瞬だけのラブレターが、どうにも恥ずかしくなって、すぐにぐしゃぐしゃと手で搔き消すと。
「えっ?」
「
……
え」
後ろから、デュースが、俺の手元を覗き込んでいて。
「先輩、今の
……
」
「
……
っ!!」
ラムネの泡が、溶けてなくなる前に。
真っ赤に染まる夕方の一瞬の中で、ガラス瓶の中に詰まったビー玉のように、丸く透明に、でも鮮やかに彩られて固まってしまった俺の想いを、届けたくて。
でも。昨日も、今日も、一昨日も。
言えなかった。言えなかった、のに。
「今の、って
……
」
見つかって、しまった。
「あ
……
」
俺は、不意のタイミングと、羞恥と、どうしようもない気持ちで、何も、言えなくなって。
「な、なんでも、ない、んだ。お前は、どうして、ここに」
なんでもない顔をしようとして。だけど、何かと不器用な俺は、こんな演技さえ、どうにも下手で。
「僕は、落とし物したのに気づいて戻ってきたんです、けど。あの、シルバー先輩、」
「
……
っ、」
俺は、その先のデュースの言葉を聞くのが怖くて。待ってくれ、と胸をぎゅっと手で押さえた。まだ、その先の言葉を、聞く勇気が、出ないんだ。
お前の目に、俺はきっと、特別に、同じ温度と景色で映っていないのだろうこと、デュースのことをずっと見ていた俺は、もう、知っているから。
「
……
い、いい、んだ。今見たものは、忘れて、」
くれ。そう言いかけた瞬間。俺の身体は、何か暖かいものに包まれていて。
デュースの身体に抱きしめられているのだと気づいた瞬間、思わず逃げ出してしまいそうになった。どうして、なんで、デュースは、こんな。
「あの、シルバー先輩。
……
僕、先輩の気持ち、すごい、嬉しいんで」
まだ戸惑ってますけど、ちゃんと、考えたいんで
……
ちょっとだけ、待ってくれませんか。今、確かなことは言えないけど、悪い返事にはならないって、思うんで、と。
デュースが、俺の耳元でささやいて。
俺が、デュースの腕の中、こくりと頷くと。デュースは、ぽんぽんと俺の頭を撫でて、それじゃあ、と。俺の身体から、離れていってしまって。
「
……
」
今度こそ僕行きますね、また明日、と、背を向けて行ってしまったデュースを、無言のままで見送って。
そのまま、運動場の片隅で、俺は、ただひとり、しゃがみこんで。
「なんで
……
」
なんでそんなこと、言うんだ。俺に、淡い期待をさせないでくれ。
悪い返事にはならないと思う、なんて、言われたら。
この胸から、溢れてしまう。今まで、ビー玉のように詰めていた、俺の想いが。よく振られてしまった炭酸の液体のように、しゅわしゅわと、勢いよく、止められなくて、じわじわと、瓶の中から、心の内から、あふれるほどに、噴き出してきてしまう。
「~~~~
……
っ、もう、こんな
……
っ」
こんなに切なくて、苦しいのはどうしてなんだ。
なのに嬉しいのも、どうしようもなくお前のことばかり考えてしまって、抱き締められた感触が、デュースが耳元でささやいた熱い吐息が、どこにも逃げて行かないのは、なんなんだ。
俺ばっかりが、こんな風になってしまっているのか。
デュースは俺のことを、今どう思っているんだ。
俺のことを、考えてしまって、いるのか。デュースも。
俺と、同じように。
……
そんなの、そんなのは。嬉しくて、いっそ苦しくて。
恥ずかしくて。落ち着かなくて。
「
……
っ」
わざと残していたラムネを、俺は一気呵成に飲み干して。
それでも冷めない頬が、冷たい夜風に当たって、白く戻ってくれるまで、ずっと。ずっと、ただ。そこにじっと、佇んで。座り込んでいた。
*おしまい
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