清春
2026-06-09 20:44:40
18879文字
Public ORcinus
 

Sguardo Rosso Feroce

スカルミリオーネメイン。マラコーダとバルバリッチャとスカルミリオーネが害獣事件を解決した話。
残虐性のある描写、性行為の仄めかしがあるため注意して下さい。




――どういう状況だ」
「獣の駆除完了で〜す」
「それは、そうだろうが……
 スカルミリオーネはいえいと口ずさみ、指二本を立てたポーズを両手で送って得意げに笑う。そんなお気楽な姿を見て、何か色々言いたそうにしているバルバリッチャは肩を落とし、溜め息を吐いた。
「わざと目をかっぴらかせてるせいでグロいことになってんだろ。せめて町長に見せられる状態にしろ」
「え〜! せっかく目の色わかるようにしたのに?」
……はあ、まあいい。ひとまず連絡する」
 バルバリッチャは顎に手を当てて頷き、少し唸ってから携帯電話を取り出して、どこかへ連絡し始めた。
 マラコーダがトコトコと狭い歩幅で歩み寄り、スカルの顔、体をまじまじと観察した。
「スカル、怪我ない?」
「もお、私を誰だと思ってるの。これでもマーちゃんやアリおじと並ぶくらい腕経つんだけど?」
「そうだったね。駆除、ありがとう」
「ふふん、いいのよ〜」
 褒められて悪い気がしない。気分上々で、獣の報告を上げるバルバリッチャを待つ。
 ――その日の内に、獣の駆除ができたという話が一瞬で広まった。
 町長が獣の死体を確認し、今までの出来事を思い返したのか、泣いて感謝され、駆除を実行したスカルミリオーネに対して町民が皆口を揃えて「ありがとう」と、何度も言う。
「こんなにすぐ駆除されるとは思わなかった」
「あの軍隊は一体何をしていたんだ。初めから彼女たちに任せるべきだっただろう」
「ありがとう、君たちは英雄だ」
「領主様にもどうか感謝の言葉を伝えてくれ。君たちが来てくれて本当に良かった」
 あれやこれやと、喧騒に飲み込まれる。主に軍隊への悪口で構成された賞賛はすぐに聞き飽きた。
 駆除が終わればすぐに帰れるはずで三人もそのつもりだった。しかし、町全体をあげてお祭りのような騒ぎで、終わり次第すぐ西領主のいるディーテに向かうことは叶わず、結局夜遅くまで街に拘束されていた。
 夜が更ける頃。まだ日付が変わるまで猶予があり、酒を飲まされたバルバリッチャとスカルミリオーネだが顔色一つ変えず、酔い潰れた人々を見渡す。酔いがあまり回っていない人々が「後片付けは自分たちがしますので、どうぞお気になさらず。本当にありがとうございました」と、申し訳なさそうに頭を何度も下げていた。
「領主が従僕に車を出させているらしい、もうすぐ迎えが来る」
 携帯電話越しに領主と会話をしていたバルバリッチャの言葉に、スカルミリオーネは大袈裟に胸を撫で下ろす。
「よかった〜ここにもう一泊するつもりなんてなかったから助かる〜」
「マラコーダも寝てるし……先に連れてく。悪いが、軽く片してから来てくれ」
「ほ〜い。任しといて」
 騒ぎがようやく落ち着いて、宿で一息ついていたが、長居は禁物だ。二人分の荷物を腕に通し、眠っているマラコーダを抱きかかえるバルバリッチャはひと足早く宿を出た。いくら戦う力がマラコーダやスカルミリオーネに劣るとはいえ、体を鍛えている彼の背中は頼もしく映る。
「さーてお片付け……って、対して滞在してないし、特に無いや。ゴミだけ分けてーっと……
 ひょい、ひょいとゴミだけ袋にゴミ箱にまとめ、自身の荷物をまとめふ。荷物はそう多いわけではない。長居する気が全くなかったのだ。
 否、長居せずとも自分ならすぐに終わらせられる自覚が、スカルミリオーネにはあった。
 荷物の入ったカバンを肩にかけ、宿を出る。駅の方に向かわなければならないため、少し歩かないといけない。当たり前だが、人の気配はほとんどなかった。
 街灯がほとんど置いていない町は光源がないと何も見えないため、スカルミリオーネは懐中電灯を照らしながら進んだ。夜目は効くが、念の為。暗闇を歩いていると万が一、人と会った際相手に余計な不審感を抱かせないためでもある。
 静寂に包まれた町だが、もう獣に怯える必要がなくなったおかげか、酔っ払って道で寝転ぶ年嵩の男がいたりと、なかなかの無法地帯。
(うんうん、欲の解放を感じる。いいことじゃない)
 バスなど当然出ていないが、乗らなくても問題ない距離だ。散歩がてら歩くにはちょうどいいくらいですらある。
 それでも時間は有限だ。近道のために、道が極端に狭く森を経由する道へ入る。あとは長ったるい道をぐねぐね進めばいいはずで、幾らか時間短縮になるはずだった。
「スカルミリオーネさん!」
 瞬間、青年の声に背後から呼び止められた。背中を光で照らされ、相手も何か持っていることがわかる。
 しかし、誰だっけ、という思考に満ちる。スカルミリオーネの思いとは裏腹に、腕を掴まれて無理やり体を傾けられ、目を合わせられた。
「帰ってしまうのですか」
 少しだけ震えた声音を耳にし、顔を見て、片眉を上げる。そんな反応されるような相手はいないはず、と首を傾げた。
 まじまじと時間をかけて見ることで、ようやく思い出す。全くもって有意義ではない、無駄な一晩共にした青年だ。片手に懐中電灯を持って、悲しげな表情を浮かべている。
 相手に今の今まで忘れていたことを悟られないよう、完璧な笑みで返した。
「そうなの〜。お世話になりました」
「あの!」
 嫌な予感がして、無理やり会話を終了させようとしたが青年は負けじと声を張り上げる。
 一世一代のことをしようとしている。スカルミリオーネは頭を痛めた。
 まさかここまで初心(ウブ)だとは思わなかったために、一晩遊んだことを後悔する。
「なに?」
……俺と結婚しませんか」
「あは、本気?」
「本気です。一晩、共にしたじゃないですか。責任、取ります」
「お生憎様、あなたが初めての処女じゃないから。期待させたならごめんね」
「それでもいいです! 俺はあなたが……!」
 青年の行動は段々と激しさを増していき、腕を掴んだまま抱き寄せようとしてきた。
 しかし、その程度の力ではスカルミリオーネを抱き寄せることなど出来る訳もなく、手をそのまま振り払った。
「私、しつこい男は嫌いじゃないけど束縛する男は嫌いよ」
 突き放し、冷たく吐き捨てる。ここまで言えば諦めるだろう、という最低限できる譲歩をしているだけ有難いと思って欲しかった。
……待ってください!」
 男は諦めない。近寄ってきたが、掴まれないよう避ける。
……ああもう、ウザ。無視しよ)
 眉間に皺を寄せ、鞄を持ち直した。ここまで言ってまだついてくるなら、ちょっと痛い目に合ってもらうしかない。
 獣がいない以上、これ以上相手をする意味が無い————
「なら、俺がいないとダメになるようにしてやりますよ」
 刹那、スカルミリオーネの背中に注射針が刺さったような、鋭い痛みが走る。
 思わず、懐中電灯が手から滑り落ちた。
……?」
「すみません、本当は使いたくなかったんですが、あなたが……俺のものにならないから……
 ぶつぶつと呟いている声の主へ体ごと向けると、懐中電灯とは反対の手には、注射器が握られていた。
 注射器の中身には何か、液体のような何かがある。
「大丈夫です。少し、薬がないとダメになってもらうだけなので」
 歪んだ笑みが、薄暗い中で不気味に浮かぶ。どうやら、背中に注射を刺され、薬物を投入されたようだ。
……やっぱり、アンタだったのね。悪鬼の匂いが強いと思った」
「悪鬼? ああ、悪魔ですか。人になれる、あの獣」
 人になれる獣。これを聞いて、スカルミリオーネは息を吐いた。
 やはり、こいつだった、と。
「その薬、あいつから貰ったものでしょ」
「なぜそう思うのですか?」
 どこまでも歪んでいるのに、自然体で微笑む青年を見て、スカルミリオーネは心底安堵した。
 紛うことなき悪だったために、多少手荒でも上から怒られる心配が無くなったためだ。
――だって私に全く効かないから」
 口元に弧を描き、スカルミリオーネは瞬時に相手と距離を詰めて、すかさず腕を振り下ろし、両手を切り落とした。
……あ?」
 何が起きたのか、一瞬の出来事だったせいで、青年は理解していない。
 噴水のように血が吹き出し、手首と手が断絶されたことにより見える断面がグロテスクに晒されることで、ようやく感覚が押し寄せてきたのだろう。目をかっぴらき、恐怖と痛みで後ろに倒れ込みそうになっていた。
「ッヒィァアッ!」
「効きはしないけど、痛いのよね。あと、乙女の肌に傷つけないでくれない?」
 ぱっぱと腕を払い、スカルミリオーネは赤い目を光らせる。
「被害者の女性、下半身が見るも無惨ってところがどうしても気になってね。あいつが選り好みしてたにしても普通、博愛なの。人間のことは全て食べるのも犯すのも、隔てないから性別なんてただの記号でしかない。現にあいつは命令を受けていたと言っていたし……ねえ、あんたさ」
 痛みに悶え苦しみ、辛うじて立っている男に顔を近づける。恐ろしいほど美しくて、怪しい色気を纏っていた。
「被害者のこと、味見してたでしょ」
……!」
 下半身を食いちぎられている——妙な想像をしたが、あくまでこれは憶測でしかない。資料を見ても何もなく、痕跡が見当たらない。当然だ、食いちぎって証拠を隠滅していると考えることしか出来ず、確証は得られなかった。
 一晩過ごすまでは。
「思い出したぁ。あんたとの行為、独り善がりで何も気持ちよくなかったわね。無理矢理掴んで、馬鹿みたいに腰振って。何も言わず動くこともないラブドールしか相手がいないから扱いが分からないのかしら? なんて思ってたの」
 ニコニコと明るい笑みを浮かべて言葉を並べ、男を刺していく。
「私、今まで色んな人と体重ねてきたけど、あんたのは特に最悪の気分……ほんと、体売り損。今の今まで記憶から抹消してた」
……なんで……なんで! クソ!」
 男の冷静さは既に欠いている。これ以上は不要だ。
 スカルミリオーネは、地面に落ちている薬を握った手ごと踏み潰す。メキメキと骨が軋み、折れる音が聞こえた瞬間、ようやく足を離した。ひしゃげた手と、注射器が割れて液体が漏れ出た。
 被害にあった女たちの体から、薬物の検出はなかった。実際に使ったのは、これが初めてなのかもしれない。
 ただ言えるのは、人間の常識と外れた違法薬物であること。そしてそれを手に入れることはほんのひと握りの種族しかいないこと。
「俺とヤッたのは証拠を掴むためか! 本気でお前のこと好きだったのに!」
 両手を切り落とされ、血がとめどなく溢れて、痛みという次元ではないのだろう、穴という穴から汁を吹き出して、汚い顔で怒り狂っている。
 証拠。そこまで考えて動いているわけがない。しかし、悪鬼の匂いが強いと思ったのは事実だ。
「たった一回体を重ねたくらいで好きとか、笑えるわね」
「クソ! このクソアマがッ! 毒婦!」
「あら、癇癪起こしているの? まあ良かったんじゃない、私で童貞卒業できて。あんたじゃ一生無理だったわよ。――ああ、女性の死体は死姦してたから、半分童貞くらい?」
「黙れアバズレ!」
 腕を落とされて興奮状態となった男の目は血走り、醜く歪んだ表情をスカルミリオーネに向けていた。ついさっきまで「責任を取る」などとほざいた口はどこかにいってしまったようだ。
「黙るのはそっちだよ」
 地を這うような低い声。青年の顔が分かりやすく強ばり、困惑の色に染まった。
 体が、変化していく。
 グロテスクな変化ではない。それは手品のように、突如として男が現れたような感覚に近い。
……!」
 男は目を見開く。
 男を小脇に抱えることは女の姿でも可能だが、演出の一環として、スカルミリオーネはわざわざ性別を変えた。男がどんな反応をするのか気になったのだ。
 ゆとりのある服を着ているおかげで、男の姿になってもある程度見苦しくない。やはり肩周りや裾は物足りなさがあるが、それでも普段の仕事着よりマシだと思えた。
「とりあえずお前を生け捕りにして西領主の前に突き出す。今回の首謀をとっ捕まえた私……俺はボーナス貰える。う〜ん最高。ちょうど欲しいものあったんだわ」
「こ……この、クソアマ! 騙しやがったな!? お前、男だったのか!」
「ハァ? 男であり女なだけだっつーの。つーか、性別なんて枠に俺を当てはめないでくれね? あ、そういや、俺と結婚したいだっけ」
 わざとらしく笑みを浮かべ、わざわざ顔を近づけた。
 醜く、歪んだ青年の目に、誰しもが見惚れる美青年の笑顔が映りこんでいる様子がよくわかる。
「俺、男の時は抱きたい気分が多いからそこんところ頼むな? ああ、どんな相手でも抱けるから安心しろよ。女の時はある程度選り好みしてたけど、男の時は全て受け入れっから」
……死ねっ! 呪われろ!」
「おお怖。嫌われちゃった」
 血を流しながらも、男は喉を掻き毟る勢いで叫ぶ。
 何をされようと痛くも痒くもないため、けらけら笑って男を小脇に抱えようと、腕を伸ばした。
「悪魔の名を白日の下にさらしてやる……! お前があの獣と親しげにしていたことも、全て、晒してやる!」
……は?」
 聞き捨てならない発言に、耳を疑い、手が止まる。
「誰も見ていないと、思ったのか? 俺は見ていた。なあお前、なぜあの獣に襲われなかったんだ?」
 恨み辛みのこもったどす黒い眼差しをスカルミリオーネへと向けていた。
 森の中の出来事を、この男は見ていたらしい。
 ——考えれば、その通りだ。あの獣に女を襲わせて、クチナシになったところを男が犯す。行為が終われば獣が食いちぎって証拠を隠滅する。その流れが生まれているなら、近くにいるだろう。
 目の前に同族がいたせいで、匂いに気が付かなかった間抜けさに、スカルミリオーネは頭を抱えそうになった。
 男は歪んだ笑みを浮かべる。
「お前も地獄に落ちろ」
……地獄」
 口の中で、言葉を反芻した。
 西領には伝承がある。悪いことは全て悪魔。悪いことは悪魔にそそのかされたせいだ、と。
 最終的に、地獄に連れていかれて、悪魔たちに体を引き裂かれて死んでしまう。なんていう馬鹿みたいな話。
 この男は、きっと意味を何も分かっていない。
「なんだ。地獄に落ちたいなら、そう言えよ」
 ——スカルミリオーネの体の胸元が、変形した。
 骨がひしゃげ、肉がちぎれる音が響く。人としての形を保っていた胸部は衣服を突き破って、人ではない何かが生まれる。それは渦を巻いて、ちぎれかけた眼球のような形をしていた。
 そこにはもう、スカルミリオーネの顔はもうどこにもない。なぜなら胸部から突出したものが、上半身を取り込んでいるためだ。
―――― ――――
……
 人間の耳では理解できず、発声できる器官から発せられていない、つんざく音が男の鼓膜を破る。
 耳から血を流す男が、何か言葉を発する余地なく、眼球じみた異形が男の頭の先から腰までを引きちぎって取り込んだ。
 残された下半身が、ごとっと重たい音を立てて倒れる。何も言葉を発さない、クチナシになり果てたのだ。
 次の瞬間には残りの下半身、噴き出した血液、ついでに切り落とした腕と壊された注射器諸々、全て取り込み、血の一滴すら落ちていない平穏な道だけ残される。
 バキ、ゴキ、メリ。耳を塞ぎたくなる不協和音が響き、スカルミリオーネの体は元の男体となった。しかし、破れた服は元に戻らない。そのせいでほとんど上裸になってしまい、どうしたものかと思いつつ首を鳴らす。
……はーぁ、せっかく俺のボーナスになる予定だったのに」
 手に入るはずだった物が呆気なく消えてしまうことに嘆き、片手で顔を覆う。誰にもいない中で、どこか役者がかった仕草をしていた。
……人間風情が、地獄を語るな」
 指の隙間から、もう今はどこにもいない、男がいた場所を一瞥。その目はどこまでも冷えきっていて、口元に笑みだけが浮かんだ。
 ぱっと、舞台から降りる役者のように表情を切り替え、穴が開いてしまったシャツを脱ぎ捨てる。地面に落ちる前にシャツが霧散して消えた。
 雑に放り投げられたボストンバッグから予備のワイシャツを取り出し、前開きのまま適当に羽織る。
 男がいた痕跡が塵一つ残らない薄暗い道を、スカルミリオーネは悠々と進んだ。




 スカルミリオーネが獣道を抜けて、開けた道に出てまた少し歩き、ようやく駅に到着する。すると町長から泣きながら感謝されているマラコーダとバルバリッチャたちが帰りにくそうにしていた。
 マラコーダは眠たそうにしていて、バルバリッチャは至極面倒臭いと言いたくても言えなさそうな引き攣った笑みで町長の相手をしている。
 ふらっとマラコーダに近づいた。
「あらまあ、随分と別れを惜しまれてて」
「あれ、スカル……どうして男に」
「気分転換。ど? ラフにシャツを着こなす俺、かっこいい?」
「うん。かっこいいよ」
 軽く屈んで、口がマラコーダの耳元近くになるよう、こっそりと耳打ちをする。
「領主の従僕は?」
「もういて車で待機。町長がどうしても最後にって……
「なーるほど。じゃあ後は俺が」
 マラコーダの頭にぽんと手を置き、スカルミリオーネはウインクをする。帰宅したいのだから拘束しないでほしい、という言葉はぐっと抑えて、スカルミリオーネはシャツのボタンだけ適当に留めた。
「失礼。バルバリッチャさん、そろそろ」
「あ? おま…………そう、ですね。町長、この通り迎えがもういますので」
 スカルミリオーネの従僕を装った、畏まった態度を察したバルバリッチャはすぐに切り替え、町長に別れを切り出す。
「そ、そうだな……すまない、最後の最後まで」
「いえ。我々は当然のことをしただけです。それでは」
 バルバリッチャが会釈し、マラコーダに視線を送る。はっとしたマラコーダは触手で鞄を持ち、そそくさと駆け寄った。
 男の姿であるスカルミリオーネはしゃんと立って畏まっているだけで、町長には全く気が付かれない。二人が車に乗り込んだことを確認し、スカルミリオーネも乗り込もうとした。
「緑髪の綺麗な女性にも、伝えてくれ。彼女のことは一生忘れない、と」
 町長の言葉を聞いて、一瞬動きが止まる。
……彼女には、私の口から伝えておきますね」
 にこり、スカルミリオーネは微笑む。
 車に乗りこみ、すぐに発進した。大型の車を用意してくれていたようで、中に入ると足をゆっくり伸ばして座れる。三人の気は抜けて、背もたれに体重を預けて寛いだ。
「ハァ……疲れた」
「バル、お疲れ様」
「お前は途中まで寝てたからな」
「今度は私がバルのこと運ぶからね」
「いらねえ」
 バルバリッチャの容赦ない切り捨てにしょんぼり肩を落としすマラコーダを横目に、スカルミリオーネは窓の外を見つめる。外が暗く、自然しかない景観は代わり映えがない。
 退屈な町とようやくおさらばできると思うと嬉しくてたまらないが、疲労感もある。このままディーテに到着するまで一眠りしようと思っていると——
「よかったね」
 不意に、マラコーダから声をかけられた。
「何が?」
「スカルに感謝してたね」
……そ〜だねぇ」
 結果救うことになった町などどうでもいいスカルミリオーネは、適当に返事をしてから目を瞑った。


 ――――獣の正体、その後あった出来事など、スカルミリオーネが知られて不都合な一部始終伏せながら、思い出話を終えた。
 メモのためにペンを走らせ続けるダンテへ視線を向ける。
「ど? 面白かった?」
「面白かった……のか、どうか別として、興味深かった」
「ほんとー? なら話してよかったわ」
 スカルミリオーネは立ち上がり、飲み終えた紅茶のカップを二つ持って、片付けるために立ち上がった。
「スカルミリオーネ」
 ダンテから声をかけられた。振り向くと、走らせていたペンは止まり、ノートは閉じられている。
「なに?」
「何か、隠していないか?」
 ——疑惑を抱いている、記者としての目。
 この目を向けられることは、多々あった。なんせ、事件解決までがあまりにも迅速だったのだ。
……どうしてそう思う?」
「あれほどの被害が出た害獣事件が、マレブランケが関わった瞬間にすぐ終わったのは正直誰が見ても異質だ。昔の記事にも色々書いてあるが、どれも根拠が薄く、西領主を陥れたいがためにマレブランケも巻き込んだ内容だったために頭ごなしに疑っているわけではないが」
 ダンテが滔々と語る。ここに来るまで、色々調べたと聞いていたが、相当読み込んでいるらしい。
「君の今の話を聞いて……獣に偶然会って、駆除した、だったか?」
「そうそう。女の姿だからおびき出せたのかな〜」
……どうしても、君がなにかを隠しているようにしか見えない」
「この態度のせいなら、性分だから諦めて。俺はあくまで真実しか言ってないよ」
「何も君が害獣事件に関与していたと疑っているわけではない。ただ……そうだな、言葉としては、君は何か知っていたから対処できた、と言うほうが正しいかもしれない」
……知っていた、ねぇ?」
「それが何かは、わからない。そもそもこれはただの勘でしかない。これを書こうものなら、俺だって過去の記者たちが書いたものと同じ、確証がない記事になってしまうからな」
 うんうん悩み、唸る。ダンテはペンでこめかみを押している。
 ただ、危ういところまできていた。カップを持つ手に、僅かながら力が入る。
(コイツは無駄に勘がいい。なら――――
「ダンテ! ここにいたのか」
 明るい声音が、割って入ってくる。
 腰まで伸びた明るい茶髪、美女と見間違うほど整った顔立ちに、分厚いメガネをかけた、ダンテの同僚でマレブランケを取材しに来たウェルギリウスという男だ。
 ダンテは立ち上がり、ウェルギリウスと並ぶ。
「ウェル、そっちの取材はいいのか」
「ああ、もう終わった。そういえばカロンが今晩飲もうと話をしていたけれど……
「いいな。スカルミリオーネはどうだ? 酒は好きだろ?」
 言葉を投げられ、へらりと笑った。
「あ〜、今日はもう一晩一緒に過ごす相手いるし、俺は遠慮しとこっかな」
「相変わらずだな」
 ウェルギリウスはくつくつ喉を鳴らして笑う。
「それじゃあ、また今度飲もうな。……スカルミリオーネ」
 真っ直ぐ、はっきりした口調のウェルギリウスがかける眼鏡の奥に潜む、赤い目が光った。
……うん、じゃね〜」
 目を細め、ひらひら手を振ってふたりを見送る。
 いつものスカルミリオーネであれば気にせず突き進むところだ。略奪もまたひとつの欲であり、愛している。
 歪んだ思想を持つスカルミリオーネでも、ただ一つの条件にはどうしても逆らえずにいる。
(先客がいる以上、手出ししたら俺があぶねーや)
 赤い目を弓なりして、ほくそ笑んだ。