清春
2026-06-09 20:44:40
18879文字
Public ORcinus
 

Sguardo Rosso Feroce

スカルミリオーネメイン。マラコーダとバルバリッチャとスカルミリオーネが害獣事件を解決した話。
残虐性のある描写、性行為の仄めかしがあるため注意して下さい。

File 赤目の獣


 “悪魔とは?”
 ――悪しき存在。災いをもたらし、人を誑かす、悪意の塊。
 “悪魔にご注意を”
 ――実際に見たことがある人はそうそういない。悪の象徴として使われることがほとんどの、固有名詞に過ぎないのだろう。
 とある宗教団体の文言を見て、朧気に赤い目を光らせたスカルミリオーネは、顔を逸らしてマレブランケの事務所へと進んだ。


「スカルミリオーネ」
 涼しげな色をしたダンテは顔色を窺う目で話しかけてきた。現在“男”の姿でいるスカルミリオーネは背が高いため、若干下を向きつつニコリと笑う。
「どーも。今日も取材?」
「そのようなところだ。構わないか?」
「あー、構わないよ~ん」
 ひらひら手を振り、気安く返事した。初めて会った頃よりも、随分と砕けた口調で話してくれるようになったダンテだが、やはりどこか肩を張っているように見える。
 ダンテはディオマーレから少し離れた都市からやってきたライターだ。
「有名なジェヴォダーノ事件について、いいか?」
「うわ懐かし〜。確かアリキーノが産まれる前だ。バルバリッチャもまだ二十代前半とかの若造の時でさ〜」
……君の方がバルバリッチャより若いと聞いているんだが、若造扱いなのか」
 ダンテは不可解そうに眉を持ち上げて、メモをとる姿勢になる。
 図星を突かれてぎくりとしたスカルミリオーネはすかさず言葉を連ねた。メモをする隙を与えつつ、隠すべきことは隠さなければならない。
……まあまあそんなこといいじゃん? いいよ、話してやるから、そこに座ってな。茶用意してくるからさ」
……わかった。よろしく頼む」
 ダンテはいまだ訝しげな視線をやめない。スカルミリオーネはのらりくらり、波のように掴めない姿勢を崩さずに準備を始めた。
 懐かしい、思い出話。
 どこからどこまでを話そうか悩みながら、紅茶を入れた。


 今から十二年前。西領地全土に響く、とある害獣事件が起きた。

 ただの害獣事件で終わると、初めは誰しもが思った。
 しかしそれが、作物や家畜が襲われるものではなく、人のみを襲う事件となれば、認識はすぐさま変わる。女性ばかりが襲われ、かつ襲われた女性は首に食いつかれた痕、下半身を噛みちぎられ無惨な姿になっている、残虐な内容はすぐに広まった。
 当事件は西領地内の西方、ディオマーレ地方隣接したジェヴォダーノ地方。黒い毛並みと赤い目を光らせるその獣は姿形から黒獣と呼ばれ、西領全域を恐怖に陥れた。
 当然その獣の名は西領主の耳にも届き、駆除命令が西領有数の軍隊に下る――――が、駆除は失敗に終わって敗走。
 地形の悪い山岳地帯を縄張りとする獣が相手だろうと、最新技術をもった防具や武器を揃え、数々の武勲を立てた精鋭部隊が揃えば敗北などありえないはずだった。しかし、獣はその精鋭たちを嘲笑うかのように、次々と亡き者にしていく。
 多くの軍人を引き連れて向かったはずが、嬲るように、徐々に減らしていく獣。ついに半分以下の人数となった時、撤退が決まったことで人々の不安と不満は爆発した。
 その時に出た新聞記事は酷いもので、軍への罵倒と西領軍事力への侮蔑がこめられている。その新聞は当然、処罰を受けるが――そんなことは些事であり、西領主は次の一手を打っていた。
 西領の軍事力では歯が立たない。そうなると絶望でしか無かったが、まだ希望が残っている。
 最後の希望として派遣されることとなったのが――――
「なぁーんで私なのー」
「文句垂れんな」
「三人で派遣なんて珍しいよね。そんなに大変な相手なんだ……
 当時、十八歳(当人の自己申告年齢)のスカルミリオーネ、二十二歳のバルバリッチャ。そして見た目だけは十代のマラコーダだった。傍から見れば若者のみ死地に放り込まれるような状況で、出立して間もなく西領主の乱心を煽る記事が書かれるが――西領主が信頼してこの三人に命運を託すことをマレブランケが誰よりも理解している。
 そしてこれも西領主の命で、マレブランケ本拠地はカルカブリーナ、アリキーノを筆頭に防衛を固めて管理していく。二人に対する信頼は高かった。
 スカルミリオーネは移動の汽車に揺られながら、胸下まで伸びた毛先を指先で遊ぶ。この行為は特に意味が無い。枝毛探ししか暇つぶしがなかったのだ。
「つーか、女体で来た意味はなんだよ。ここしばらく男体だったろ」
 不意に、目の前の座席に座るバルバリッチャが、読んでいた本から視線を上げる。
 指摘された身体を強調するように、わざと脇を閉めて、ウインクをひとつ送った。
「わざわざ派遣されるってことは屈強なむさ苦しい男だと思われてるし、絶世の美女という花があった方がいいじゃん?」
「やかましいわ」
 バルバリッチャはそう吐き捨てるとまた本に視線を落とした。
 スカルミリオーネは、性別が両方ある。そのままの意味で、見た目を男と女で切り替えできる特殊能力を気分で使っていた。それは骨格ごと切り替わるもので、そうなると着ている服が女物の時に男に変わればサイズが合わなくなり不格好になるため、外で頻繁な切り替えはしない。
 よって、今回初めから女の姿で行く必要があった。男女によって力の差があるわけでもないが、楽しむ際に幅があった方が良いということでオーバーサイズの服は念の為持っていく準備の良さだけはある。
 このような気分屋でいつでも軽口を叩き、奔放な性格であるために、スカルミリオーネはバルバリッチャをニヤニヤと見つめた。
「えー、バルは男の方が良かった? 言ってよ、男色でも歓迎だから」
「見た目が女だろうとオレは殴るぞ」
「スカル」
 小競り合いにも満たない、じゃれあったやり取りの間に中性的な声が静かに入り込む。
 バルバリッチャの横にいる、小柄で赤黒い触手を四本うねらせる赤毛の子どもが、光を映さない真っ黒の瞳を向けていた。
「軍を除き狙って襲われている対象が女性だから女体できたんでしょ」
……ただの気分ですぅー」
「何照れてんだ」
 呆れた声をあげるバルバリッチャに視線を向けず、鼻を鳴らした。
 資料には被害者一覧があった。名前、年齢、性別。何が獣駆除の参考になるかわからず、ひとまずあれこれ目を通した結果、軍人以外は老若問わず女性だったのだから、さっさと駆除をして早期帰宅をしたい。それが結果としてジェヴォダーノの人々を救うとになるなら、双方にとって良いことではないか。それだけのことだった。
 視線を車窓に向けて景色を眺めていると、下の方に町が形成されていることがよくわかる。線路が高い位置にあるからこそ良く見えた。
「あ、そろそろじゃない?」
「うん。降りる用意だけしておこうか。バルも本しまっちゃおう」
「言われなくてもしまってる」
 ――――駅に到着した。駅員もいない、無人駅だ。乗車券と乗車賃はそのまま車掌に渡して外に出る。
 都会とは違った空気の良さを感じた。しかしそれだけでは、獣が野放しなってしまう情報の足しにはならない。
「さてさて、町に行きますかー」
 スカルミリオーネが移動疲れした体を解すべく、両腕を上に持ち上げてぐーっと伸ばす。肩周りがいくらか楽になった。
 駅を出ても、お世辞にも整備されてる景色かと言われればそうではない。寂れてる、という言葉があまりにも適していた。元々無人駅に近く、町まではバス移動が基本の距離。電車もバスも一日に数本あれば御の字。はっきり言って田舎だ。
 マラコーダが近くのバスの時刻表を見上げる。
「バスって出てる?」
「ん〜少し待てばあるっぽい」
「停留所がある。行くぞ」
 バルバリッチャの提案に軽い返事をし、三人は屋根とその下のベンチがある停留所に留まった。
「この辺りはまだまだ設備が整ってないね〜。領主様には頑張ってもらわないと」
「メディア関係からの嫌われようが凄まじいからあまり無理しないで欲しいけども……
「メディアの悪意しかない言葉でへこたれるような人ならとっくに領主辞めてるだろ」
 このような、とりとめのない世間話をしていればバスが到着し、三人は町へ運ばれていく。


「本当に、あんたらが助けてくれるんだろうな?」
 髭を蓄え皺を重ねて、疲労のせいかやつれた顔はより年嵩に見える町長が、疑心に満ちた目でマラコーダたち三人を順番に見る。
 町に到着して早々警戒されて、身分を明かせば町長が出てきて、この状態だ。
「もちろんです。西領主から任せられた我々では役不足でしょうか」
……前回、西領主様がよこしてきた奴らのことがあるからな」
 バルバリッチャはいつもの少し荒っぽい口調を正し、真面目な顔と口調で町長との話を進める。
 スカルミリオーネは相手にバレないよう、口を結んで面倒くさそうに肩を落とした。
 こういう時はいつもバルバリッチャが前に出て話すため、マラコーダとスカルミリオーネは黙っているようにと言われることがほとんどのためだ。現に、マラコーダも触手を縮こませて大人しくしている。
――では、我々は現地の確認からさせていただきたいです。よろしいでしょうか」
……頼んだ」
「ご協力感謝します」
 ようやく話し終えた。町長が宿泊先の案内をほかの町民に指示する中、一息つくバルバリッチャへ、マラコーダが真っ先に駆け寄って小さな口で「ありがとう」と囁いていた。
 眉間に皺を寄せて渋い顔をして「行くぞ」とぶっきらぼうなバルバリッチャの顔を見て、つい口角を上げるスカルミリオーネだが、すぐに周囲へ視線を向ける。
 小さな町だ。生きていくのに必要な施設が揃っているようには見えず、建物はあってもどれもどんな施設なのかわからない。明確にわかる商店だが、あそこで食品や日用品は全て統一されて、畑の多さを見るに食糧はほとんど自給自足。娯楽なんて以ての外だ。
 今の発展した世の中で、このような質素な暮らしをしている人がまだいるのかと驚くほどで、スカルミリオーネは「ここで生きていくの絶対無理」と、危うく独り言を口にするところだった。
 宿泊先として提供された場所の案内を受け、荷物を置いた。
「オレはご遺族に資料に記載があった通りのことで間違いないか事実確認してくる。マラコーダは念のため待機、ただし異変が起きたらすぐに対応しろ。獣ならその場で即駆除、生け捕りは考えなくていい」
「うん」
 マラコーダはこくりと頷く。マラコーダが町にいるなら、緊急時は大丈夫だろう。ならば、スカルミリオーネは己のやるべき事をやるまでだ。
「じゃあ私はちょっくら町の探索でもしようかな〜もしかしたら、今日はここに帰らないかもしれないからよろしくね」
「何するんだ」
 バルバリッチャの目が訝しがる。ナニをするのかわかっているが、普段から意味もなく嘘をつくお前のことだから何かする気だろう、そんな信用の無さが見える眼差しだ。
……ま、正解なんだけどね。ここは道化になっとくけど)
 ふう、と息を吐いて、スカルミリオーネは大袈裟に笑った。
「やあね〜信頼を得るために顔売って飲み歩くかもしれないし、いい人いたらワンナイト決めるかもしれないからよ。察してよね、もうっ」
「気色悪い話し方をするな。帰れるなら帰ってこい、情報の精査する」
「はーい、帰れたら帰りまーす」
 ひらひら、手を振りながらスカルミリオーネは二人へ背を向けて、宿を後にした。
 外に出て見渡し、一息。目ぼしい人物は一人、二人――――と、目で行き交う人を追う。
(あの人でいいか。チョロそうだし)
 相手への尊重は皆無。自分へ都合よく動いてくれることを期待して、足早に進む。
「はぁーいどうも。お兄さんちょっといーい?」
 髪を揺らして、綺麗な笑顔を維持できる口角とわざとらしいほど愛らしい仕草。全てを計算して、とある男の前に偶然現れた美女を演出した。
「あっ……
 青年は目を見開き、目が合えば段々と頬が赤く染まる。
 これは、当たりを引いたかもしれない。スカルミリオーネは内心ほくそ笑む。
「私、今日ここにきたマレブランケのスカルミリオーネって言うの」
「し、知ってます……
「あら嬉しい。お兄さんに声掛けたのもね、ちょっとここについて色々聞きたくて〜」
「あ、あの」
「ん?」
 青年はおそるおそる口を開く。首を傾げ、ニコリと微笑んで見せた。
「貴女が本当にマレブランケの方、なんですか?」
「疑ってるの? マレブランケである証明……なんてものはまあないけど。ああ、名刺ならあるわよ」
「い、いえ、その……
 男は歯切れの悪い言葉を並べる。
「こんなに綺麗な人が、本当に戦えるのか不安で……
 ――大当たり。
 相手に悟られないように、視線をほんの僅かに鋭くさせ、微笑んだ。
 照れ隠しの素振り、本音を明け透けの下心。初心(ウブ)で間抜けにも隠しきれていない情欲。
 スカルミリオーネは、その薄汚い欲を誰よりも愛していた。
 ぽつぽつと地面を濡らす、天の恵みが落ちる。
「ねえ、ここで話すのもなんだし……あなたの家に行ってもいい? 雨降ってきちゃったから雨宿りも兼ねて」
「! も、もちろん!」
 わかりやすく表情を明るくさせて嬉々とする。まるで思春期の少年のような、垢抜けない田舎暮らしの青年はこれだから良い。
 こちらが無駄な駆け引きをせずとも、勝手に引っかかってくれるのだから。
 ――――結論から言えば、体売り損な情報量だった。しかし、何も無いよりはマシだとか嘆く暇はない。
 朝方、相手が眠るベッドからこっそり抜け出した。強めの雨が降っていたことはわかっていたが、水溜まりを作っている道を軽い足取りで進み、宿に戻る。丁度朝食の時間だったため、食堂に案内されるマラコーダとバルバリッチャに鉢合わせした。
 適当な挨拶を交わしてのらりくらりとついて行き「まあ積もる話はあとで」と、そそくさ会話を流して席に着く。
「スカル、一晩どこ行ってたの?」
 しかし、マラコーダはぼんやりした顔で睨みつけてくる。朝食にと渡されたパンを口にしているため、端に食べかすをつけていたマヌケさも含めて、スカルミリオーネはニッコリ笑った。
「ちょっと田舎青年の味見をね」
「よくもまあこんな時に盛れるな。お前も、相手も」
 バルバリッチャの鋭利な言葉が切り込まれる。
 その隙に、マラコーダにそっと紙ナプキンを渡して口を拭くように合図しているが、当の本人が理解していない顔で首を傾げていた。焦れったくなったのか、紙ナプキンを掴んでバルバリッチャ手ずから汚れたところを拭い取っている。
 マラコーダがお礼を言って不貞腐れた顔でそっぽを向くバルバリッチャは、やはりまだまだ子どもだ。フッと笑みを零して、スカルミリオーネはスープを匙ですくって口に含む。
「こういう時だから、じゃない? 人間の本能よ」
「人間の本能……
 マラコーダは興味なさげに呟き、バルバリッチャはそもそも何も聞いていなかった。
 二人は欲がない。と言うより、向くべき欲が一点に集中している。お互いに、気づいていないのかいるのか、見ていてもどかしいものだ。
 今どきの若い世代ならもっと性に貪欲だろうに、と。
 スカルミリオーネは第三者視点から目視できる欲も愛しているために、この二人の行く末が気になって仕方ない。
 食後、バルバリッチャの部屋で今後の取り組みについて共有が行われた。ベッドの上にバルバリッチャ、複数ある備え付きの椅子にスカルミリオーネとマラコーダが腰掛ける。
「事実確認は取れた。協力してくれたご遺族には最低限の注意を払え。概ね資料通りで、獣の出没地は基本的に山岳とあるが正確に言うと山岳地帯に入る道でも獣に襲われている」
 事前に確認していた資料を手元に用意し、バルバリッチャは話し始めた。
 内容としては、まず山菜を取りに出た、あるいは遊びに出かけた、そんな老婆、成人、子どもが襲われたという点。それ以降、不要不急で山岳に入らないようにしたところ被害が減少したが、町に出ようと駅に向かう最中の道でも襲われた記録がある。あそこは山岳にも近いからか、とのこと。
「やーん、私たち襲われなかったの奇跡? ラッキーじゃない」
「それ、絶対ご遺族の前でやるなよ」
「やるわけないでしょ。冗談言う相手は選びますー」
 スカルミリオーネのおどけた口調がどこまで本気なのか掴めずにいるバルバリッチャは、眉間のシワを指で押し広げる。
……ともかく、獣は虚を突くことは間違いない。人目に触れやすい町中で出没したという話は全く聞かなかった。獣は間違いなく身を隠し、人目に触れにくいよう行動している知能がある。今日は早速山岳地帯に入り、各々調査。万が一に備えて防護服はあるが……
 ちらり。バルバリッチャの鋭い目がマラコーダとスカルミリオーネに向けられた。なんせ、この二人がなんと言うのかわかっている。
「いらない。触手の方が硬くて強いから」
「私もいらなーい。胸元きついんだもんそれ」
……いいから着ろ」
「動きにくい……
「私も〜」
「うるせえ全員着用義務出てんだ! これで死んだら本当に西は終わるぞ!」
 バルバリッチャの怒号がビリビリと伝わり、渋々頷く二人は防護服を身にまとい、情報共有はお開きとなった。


 ――――山岳地帯。
 草木、花、山菜から野生動物まで、人との暮らしを共存する自然だったはずが、おぞましい事件のせいか、山の澄んだ空気はどこか重たく、曇った空は木漏れ日が差し込まない。朝方の涼しい風によって擦れる葉の音以外、静かで薄暗い山道は不気味さを加速させている。
 嫌々着た防護服は厚手のつなぎのような服で、襟が高く、ただ少し厚着をしているようにしか見えない。しかし顔を除いて人間の急所を一通り守るようになっている特注品だ。さしずめ、領主からの下賜品と言ったところだろう。今回は銃器、ナイフといった刃物で武装する。
「可愛くなーい」
「なら早く脱げるように尽力しろ」
「わかってるわよぉ」
 長い髪をバルバリッチャのように一纏めにして、文句を垂れつつもさらっと着こなしているスカルミリオーネは息を吐いた。
「バル、あっち」
 防護服がぶかぶかで、襟に顔が埋もれ、袖と裾を捲りあげているマラコーダは人差し指、触手を一本だけぴっとある方向へ差す。
「何か動いた影がある」
……行くぞ。スカルミリオーネは……
「ああ、私別行動でいい?」
 バルバリッチャの視線が向いた。
「何かあるのか」
「今は女だし、おびき出しやすい存在いてもいいかなと。あ、マーちゃんは念のためバルのそばに居てあげて。でもマーちゃんパッと見、女の子みたいに可愛いし気をつけてね」
 早く終わるならば手分けした方がいい。その考えで、スカルミリオーネはウインクをマラコーダに送り、細い肩を軽く叩いた。
 背の低いマラコーダからじっと見上げられ、真っ黒の黒い瞳とかち合う。何を考えているのか掴めない不思議な目をしている。
「私、触手うにょうにょの化け物みたいな見た目だけど……
「それはマーちゃんの魅力のひとつでしょーよ。ね、バル?」
……
「無言は肯定と捉えちゃうわよ?」
「個人行動だろ、早く行け」
 ニヤニヤと詰め寄ろうとすれば、片手を顔に押し当てられて拒否を全面に出された。よろめいたフリをしつつ、そのまま体を捻ってマラコーダとバルバリッチャとは反対の方向へ向けて歩き始める。
「はいはい。じゃ、そっちはお願いね。私は自由に動くから」
 のらりくらり、ひらひら手を振って、スカルミリオーネは森の中へと溶け込んだ。
「気を付けてね」
 マラコーダの柔らかい声には振り返らず、手だけで返事をした。
 二人と別れ、それなりに歩いた。森林の少し湿った匂いと空気がへばりつく、静けさは不気味でおどろおどろしさすら感じる雰囲気に、溜め息を吐いた。
(あーあ、ほんとメンドクサイ)
 土が湿り、草木の濡れたにおい。雨上がり特有の泥濘。
 吹きすさぶ風の音。その風を、切る音。
(お、来たかな)
 スカルミリオーネは立ち止まった。
 突風により長い髪が風に吹かれて靡き、前だけを見据える。
 瞬きをせず、ただ前を見ていると、それは約二百メートル先に現れた。
 優れた視力のおかげでもあるが、ここから巨大な姿がよくわかる。狼の類ではない、熊か、それ以上か。影のように黒い毛並みが揺らめき、赤い目が鋭く光って、確信した。
 唸り声を上げて、その獣は数百離れていたはずが、一瞬にして距離が縮まる。
 獣は、気がつけばスカルミリオーネの目の前にいた。大口を開けて飛びかかり――――
「止まれ。同族を食らう気?」
 微動だにせず、地を這ったような低い声を放つ。スカルミリオーネの赤い目が鋭く、目の前の獣を見据えている。
……ォ、マ、ェ』
 発声器官もなしに発しようとした結果、しゃがれた音が僅かに聞こえた。次の瞬間。
――――同族なら早く言えよ」
 黒い毛並みと赤い目の獣が、黒い髪と赤い目の男へと、姿を変えた。女とも、男とも言える中性的な整った顔をしている。
 突然の出来事に、驚く素振りを微塵も見せないスカルミリオーネはニコッと、わざとらしいほど笑顔を浮かべる。
「ごめんねぇ。でも、私の顔見てすぐ気がついて欲しかったな?」
「そりゃ悪かった。女なら問答無用で首を搔き切ってくれという話だったから、匂いと首から下しか見てねえんだ」
 首をゴキゴキ鳴らし、元獣は足音なく近寄る。
「やっぱ女しか狙わないようにしてるんだ」
「まあな。男は嫌らしい」
「あは、そうなの」
 スカルミリオーネは軽い調子で笑った。
 ――手に握るナイフは、相手の首めがけて振りかざしながら。
「カハ……ッ!?」
 横一振、刃により切り裂かれた元獣の首からは血が噴き出る。スカルミリオーネの顔に血飛沫がかかり、眉一つ動かさずそのまま腕をひねり上げた。顎、口の端、眼球、額まで一直線に切り裂かれ、血が溢れる。
「ッハ、ヒュ、」
「私に余計な仕事を増やさないでもらえる?」
 煙が立ち上がり、先に切り裂かれた喉元から傷口がじわりじわり塞がっていく。声帯も塞がったのだろう、何度か咳き込んで、肉声が漏れ始めた。
「くそ、……ッ! テメェ!」
 殺傷力の高さだろう、獣の姿へ瞬時にに切り替わり、威勢良く飛びかかってきたが、勢いに任せた動きは単調だ。真正面から迎え、頭から叩き潰すことで容易に対処出来た。
 骨が折れ、肉が潰れ、潰れたザクロのように肉片が飛び散って、血が噴水のように湧き出る。
 丁度よく獣に変化してくれたおかげで、無理矢理獣に戻して頭を潰す必要がなくなった。
「お前のせいで俺の管轄がディオマーレ周辺だけじゃなくなりそうなんだよ。意味、わかってる?」
 無機質で空虚な赤い光。
 その光が一度伏せられ、ぱっと開かれる時にはすっかり〝いつも通り〟の光を持った目となる。
「あ、ごめん今女の姿だった。ちゃんと可愛く言わなきゃな。ごほんごほん、失礼」
 大きな咳払いをし、スカルミリオーネは赤目をたおやかに細めて微笑んだ。目の前には、獣の死骸が血の海を作り始めている。
「よーし、マーちゃんとバルに連絡だ!」