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ugmm_
2026-06-06 22:58:32
7043文字
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現パロ
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こもりうた
現パロ。
『永遠のまなざし』の翌年のクリスマスを猫と過ごすハスドゥルバル。弱っているところが書きたすぎてレパートリーが尽きようとしている。
世間一般にその空気が流れ始めるよりもずっと早く、空気を作り出す側は企画書などでその文字と向き合っている。年の瀬の祭日、そこに信仰があるにせよないにせよ、老いも若きも心華やがせる特別な日。つまりはクリスマスである。
系列の各社で行われるキャンペーンについて概要をまとめた資料に目を落としていたハミルカルは、彼の執務室のソファで遅い昼食を摂る部下たちに目線をあげた。
「今年はどう過ごすつもりだ」
問われたのはヒミルコではなかった、彼は息子を連れてバルカ邸を訪ねるに決まっていて答えを聞く必要がない。そのヒミルコにどうなんだとせっつかれ、サラダをつついていたハスドゥルバルは首を傾げた。どうと言われてもまだ秋だ。
「いつも通りに過ごすでしょうね。いくつかのパーティに招かれて、たくさん挨拶をして、お友達を増やします」
「毎年そんなことしてたのか」
向かいに座る同僚の気の毒そうな顔は、現代の風俗に順応したがゆえのものだった。どれほど遠くに暮らしていても、その日だけは家族が集まり、一人きりで過ごすなど考えもつかない。
仕事をしていたとは思わなかったとヒミルコがやや驚いているのはこれまでハスドゥルバルに誰も付けられることがなく、動向を把握してこなかったせいでもある。今年は誰と会ったのかもまとめて報告されるだろうから、開拓した人脈を改めて共有する手間は省ける。
しかし、とハスドゥルバルの頭に浮かぶのはふわふわの毛並みだった。せっかくだからアビバアルに贈り物をしてはどうだろう。まだ生まれて一年にならない猫の初めてのクリスマスだ。
いいことを思いついた。話は終わったものと贈り物について考えを巡らせ始めたハスドゥルバルは、ヒミルコが変な顔をしているのに遅れて気が付いた。
目が合うと彼はハミルカルの方に目玉を動かしてみせる。見やったハミルカルは、渋い顔をして腕を組んでいた。気に入らないことがあるというより、心配事があるという顔だ。
「
……
受けない方がいい招待がありますか?」
「もう受けたのか」
「いえ
……
」
ビュルサの不利益になるようなことをするかもと案じられているのではないだろう。では何を、などと、推理する方が馬鹿馬鹿しい。
ハスドゥルバルは心配症ですねと冗談めかして笑った。
「流石に、二年連続で殺されかけたりしないでしょう。もし刺されたら今度はヒミルコ殿の責任ですから」
「縁起でもない」
「まあ、彼らって正直あまり役に立ちませんからね
……
」
それはハスドゥルバルがいちいち従者たちを撒いたり騙したりするせいで、バルカ家の子女はいまのところその保護のもとおおよそ安全に暮らしていた。だがハスドゥルバルにできることはハンニバルにもできるようになる、そのうち見守りの目をすり抜けて遊ぶようになるだろう。
確かに不審な動きをする人間があれば遠ざけたり排除したりと動いてくれはするが、ハスドゥルバルの身辺に起こる困り事は大抵がそんな風に対処しきれないものだった。代議士とか取引先の重役とか、その他さまざまに影響力を持つ人々は手出しが容易でない。そのうえ彼に向けられる邪心は挨拶代わりのようなものもあれば既に犯罪の域に入っているものもある。その線引きに困っているうちに事態が急転、先日は挨拶を交わしただけの相手との密通を疑われてそのパートナーにテーブルでかち割ったシャンパングラスを突きつけられた。
頬を浅く切った程度で済んだからよかったものの、ようやく瘡蓋が取れたところで、痕にならないよう苦心させられている。
「出かけるのは止せ」
ハミルカルがそんなふうに言い出すのも無理はない、と言えた。
しかしそれなりに有益な取り組みを、二年も続けて怠けるのはいかにも勿体ない。そう思っているのを顔に出すとハミルカルは何か言いかけ、一旦口を閉じた。最近の彼がよく見せる仕草だ。おそらく、余計なお世話だとかお前に頼らずともとか、そういう物言いを一旦引っ込めているのだろう。
何気ない発言に思わぬ反応を示されて、まるでそのせいであるかのようにハスドゥルバルが腹を刺されたのが効いている。半年ほどで落ち着くだろうと思っていたけれど、もしかするとこの先もずっとこうして言葉を選びあぐねるのかもしれなかった。
「
……
実家に帰ろうかな?」
「それも止せ」
「私にクリスマスをひとりぼっちで過ごせとおっしゃるの? 酷い方」
「うちに来ればいいだろう」
訝しげなハミルカルと、そうともそうすればいいという顔のヒミルコを見比べ、ハスドゥルバルはため息をつきたいのを堪えた。かわりに苦笑を浮かべる
信仰が伴わないなりにクリスマスを楽しむ彼らにとって、その祭日は子供たちのためのものであるはずだ。ハスドゥルバルが加わって喜ぶ子供がひとりでもいると思うのだろうか。その点で言えば、実家で甥姪に囲まれている方がよほどいい。
「いいです、今年の私にはアビーがいますから」
おうちで大人しくしています、そうしおらしく言ったハスドゥルバルに、ハミルカルはそうしてくれとだけ言った。あれこれ言い募って気が変わられるのを避けた、いかにも投げやりな言い方だった。
そうとも、猫がいるのだ。
ハスドゥルバルにはもう、手持ち無沙汰に過ごす昼も、物足りなさを感じながら眠る夜もない。腕に抱け膝に乗せろ、撫でろ撫で続けろ、遊べ、おやつを出せ、お昼寝に付き合え、そう要求し続ける可愛いアビバアルのおかげで、暇というものが得も言わず大切になった。
もっと早くに仔猫を貰っていれば、もしかすると恋人などいらなかったかもしれない。しかしあのとき、あの場でなくては、舞い込んできた仔猫を愛しむ気は起こらなかっただろう。
クリスマスの朝、ハスドゥルバルはアビバアルを抱いて目覚めた。朝早く、アビバアルが早朝のウェットフードを要求するよりも早い時間のことだった。
猫ではなく寒気に起こされたのだ。長い毛並みに覆われた体温の高い生き物を抱いて、布団に包まっているのに震えるほど寒く、裸足を擦り合わせた。頭は脈打つような鈍痛を訴えている。つまり、風邪を引いた。
昨夜からその気配があって早々に休んだというのに、その甲斐はなかったようだった。まだ熱はそれほど高くないだろう、体温計はどこだったか、たぶん救急キットの中にある、そのキットはどこに仕舞われているのか、市販薬くらいは入っていただろうか
……
全てが面倒になって、猫を撫でた。
すやすやと眠る猫が腕の中で寝返りを打ち、ハスドゥルバルの首元に頭を擦り付ける。それに安らぎを感じながらも、身の内から湧くような不快さのせいで寝直せそうになかった。
休暇に入ってからクリスマス当日さえ避ければいいのだろうとあれこれ出掛けたせいかもしれない。あたかも大切な人と過ごす用事があるかのような顔をして誘いを避け、避けて、避け続けた。手がかさつきそうなほど握手をしたのでどこかで風邪を移されてもおかしくはない。
寒気をやり過ごそうとするうちに一時間ほどが経ち、アビバアルが目を開く。ハスドゥルバルと目が合うとナンと短く鳴き、起きているのならば話は早いとばかりに布団から出ていった。
パウチの中身を皿に出し、人間が出したなら耐え難いだろうに妙に心地よい咀嚼音に耳を澄ませる。この猫のために常に空調を効かせているおかげでリビングは暖かい。しかしキッチンのそばに設けたアビバアルの食事場に座り込んでいるのも怠くなって、ハスドゥルバルはフローリングの上に身を横たえた。
熱が上がっている感覚があった。開いている病院はあるだろうかと思うが、ハスドゥルバルが出掛ければその行き先を含めてヒミルコへ連絡が行き、ヒミルコはハミルカルに報せるだろう。ここに来はしまいが、またも水を差すのは、なんと言えばいいか。うんざりしてしまう。
食事を終え、水も飲んだアビバアルが、何をしているのかと言いたげにハスドゥルバルの顔を覗き込んだ。一緒に寝直すものと思っている猫の期待がどうにかハスドゥルバルに体を起こさせ、ベッドの中に帰らせた。
常温のミネラルウォーターのボトルをベッドサイドに置き、アビバアルを抱いて布団に潜り込む。予想通りさほど大きくは育たなかった猫は、ハスドゥルバルの不調を知ってか知らずかごろごろと喉を鳴らし始める。
あの館で過ごしていた頃、アビバアルが手のひらに収まるほど小さな仔猫だった頃もこうしてこの音を聞いた。傷が痛んで、こんなふうに熱が上がって、誰かにそばにいてほしいのに誰のことも求められなかったとき、この猫がいたのだ。
また寝付けないだろうかという不安は、肌を直接伝わってくる低い響きが簡単に宥めた。
再び起きた時には日が高くなっていた。その気配を察し、一度も抜け出さずに一緒に寝ていたらしいアビバアルが大きく伸びをして、ハスドゥルバルの枕元に座る。
寒気はいくらかましになっていたが、その分だけ熱が上がっているようだった。身を起こすと自分の頭がいやに重たく、首で支えきれないように感じてぐらぐらと視界が揺れる。水を飲み、ぐらつきが治まるのを待って、リビングに出た。
ひとまずカーテンを開き、アビバアルの飲み水を入れ替える。何か食べた方がいいだろうと冷蔵庫を開けばハウスキーパーの作り置きが整然と並べられているのだが、どれも重たく感じられ、レトルトのスープを温めた。のろのろと動くハスドゥルバルの足元にはずっとアビバアルがついてきていて、見下ろせばその大きな目を細めるのだ。
その仕草を真似するとまたゆっくり瞬きをしてくれて、もう目を開けていられないという顔になってしまうのが可愛かった。スープマグを持ってソファに落ち着けばその膝をすかさず確保して温めてくれた。
「そうだ、プレゼントがあるんだよ」
スープで胃が温まってひと心地ついてから、意味もなく衣裳部屋に隠してあった包みをアビバアルに差し出す。包み紙とリボンに興味を惹かれてすんすんと鼻を鳴らしていた猫は、またたびの粉が仕込まれているけりぐるみが現れると目の色を変えた。
なんだか様子が怖くてまたたびはあまり与えないのだけれど、こうもぐねぐねと陶然としていても何ら依存性はないというのだから羨ましいほどだった。プレゼントはけりぐるみに、まだあげたことのないおやつがいくつか、それに新しいブラシ。
ラグの上で踊っている猫を眺めるうち、ふと、何か聞こえた気がしてハスドゥルバルは顔を上げた。どこかでスマートフォンが震えているのだと気付いたときそれが止む。
そういえばコンシェルジュに荷物の受け取りを頼んでおかなかった。数が多いので困っているのかもしれない。なぜか寝室ではなく洗面所に置き去りになっていたスマートフォンには、少しぎょっとする数の着信が入っている。
昨夜からいままで、何人かから電話がかかってきていたらしい。折り返すまでもないものはともかく、両親や兄姉、ハミルカルやヒミルコ、ボミルカルと続くと、何か事件があったのかと画面を睨んでしまった。
ともかく、気を取り直してまず折り返した母のそばには、他の家族も揃っていた。どうしているか心配なのだと訴えられ猫と過ごしているとだけ伝えると大袈裟なまでに気の毒がって、しかし親戚の赤ん坊と幼児の泣き声が長くなりそうだった話を切り上げさせてくれた。
ソファに戻り、次は誰にするべきか思考がうまくまとまらない。しかし誰にかけてもバルカ邸にいるのだからといちばん新しい履歴を押しかけたところで、同じ相手から着信があった。驚いてスマートフォンを取り落とし、反応も動きも鈍いせいでそれが膝を滑り落ちて、テーブルの下に入ってしまう。億劫ながら膝をついて腕を伸ばしたが、先にアビバアルの手がぱんと画面を叩いた。拒否。
「もう、アビー
……
」
ご機嫌に腹を見せてくねくねとラグの上を泳ぐのを見ると叱る気が失せる。
アビバアルを撫でながら今度こそ電話をかけるとワンコールもないうちに繋がった。
『どうしてすぐ出ないんだ』
「あの
……
」
『家にいるんだろうな? 何をしてる』
「
……
大きい声出さないで
……
」
頭に響いてスマートフォンを耳から離してそう言うと、声の主は数秒黙った。ものすごく怖い顔をしているはずだが、次に聞こえてきた声は落ち着いていた。
『家にいるんだな?』
「はい、ずっとアビーと寝ていて
……
無視したわけじゃないんですよ」
『家を出たはずはないのに誰がかけても出ないから
……
』
続きは言わず、それならいいと呟く。
「ハミルカルさま」
それと同じくらい小さな声で呼んで、何を話すつもりでもなかったからハスドゥルバルは無言の困惑をただ聞いていた。ひとりなのだろうか、家族の前でこんな話はしないだろうから。ハミルカルやその家族に手配した贈り物のことを思い出し、今年はきちんと受け取った彼からの贈り物のことを思い描いて、ただ目を細める。
『
……
なんだ?』
「いいえ、何でも
……
」
良いクリスマスを、と告げて通話を終えると、アビバアルがじっとこちらを見ていた。
「会いたかった?」
なんだかんだ言ってハミルカルと遊ぶのを楽しんでいるアビバアルだったが、ただ謎めいた眼差しをハスドゥルバルに送るだけだった。毎年のことだけれどハミルカルは休暇に入ってからは子供たちを構うのに忙しくて、二週間ほど顔を合わせていない。バルカ党の催しなど、ハスドゥルバルがその気になりさえすれば機会はあったのだけれど。こんなふうに後悔するとは思わなかったのだ。
ソファに身を横たえるとアビバアルがそばにやってきて、毛繕いを始める。厚手のガウンの胸元をかきあわせて手足を引き寄せれば、目蓋が重たく落ちた。
今度はもう夜になっていた。真っ暗なリビングで、アビバアルがそばにいないのに気付くと落胆が胸に落ちる。少し身じろぎ、頼りない心地で怠さに抗わずに薄く開いていた目を閉じると、何かが額に触れた。
アビバアルではない。人の手だ。ひんやりとしたそれが額に触れ、頬に触れるのに、夢だろうかと思う。あるいは熱に浮かされて幻でも見ているのだろうか。いずれにせよ心地よく、所在なさが薄れる気がして、触れられるがままに任せた。
「熱があるのか」
囁く声に頷くともなく、離れていこうとする手をそっと引き寄せた。抱いて眠ろうとするハスドゥルバルは、それが抜け出そうとするのに眉を寄せ、顔を上げた。いるはずのない人の顔があって、彼がソファのそばに膝をついているのに気がつくと、夢現の心地が霧散する。
ハミルカルは、相手がいま起きたのだと思ったようだった。髪はセットされておらず、コートを着込んだままで、きっとその下は家で過ごす普段着だった。何も言えずにいるハスドゥルバルの様子に何を思ってか眉根を寄せて、今度こそその手を引き抜く。
自分を抱き上げようとする腕から、彼の肩を押しやって逃げた。その弱々しい抵抗に一度は身を引き、ハミルカルがハスドゥルバルの髪を撫でる。
「
……
うつる、
……
」
といけないから、と最後まで言えずに、空調で乾燥した空気のせいで張り付いたようになった喉から咳が出た。こんなところで寝てむしろ悪化させたかもしれない。
「お前が嫌なら長居はしない」
しかしこんなところで寝るのはいただけないと、また回された腕からもう逃げなかった。
抱き上げやすいように彼の首に腕を回すこともできず、ただ身を委ねる。寝室へ向かうハミルカルの後ろを軽い足音がついてきて、アビバアルがそばにいると分かった。
ハスドゥルバルをシーツの上に下ろし、寝汗の染みた長衣から手早く着替えさせ布団を被せて、本当にそのまま出て行ってしまいそうな気配に、はっきりと何かを考えるより先にその腕を掴んだ。きっと、と遅れて考える。きっともう夜遅くで、子供たちは眠っているのだ。だから彼はここにいて──それは、彼がここに来た理由にはならない。
手を下ろされてハスドゥルバルは切なく思ったが、ハミルカルは着込んでいたコートを脱いだ。やはり普段着で、現代風のその上下はあまり見慣れないと思う。ぼんやりと見つめているとマットレスが軋み、ハミルカルが布団の中に潜り込んできた。
抱き寄せられると途端に息をするのが楽になる。ついさっき自分の言ったことも忘れて、柔らかい素材の胸元を掴んだ。
「昼間の、声の様子がおかしかった」
「
…………
」
「この目で姿を見なければ、どうしても
……
」
そうしてやって来てみると猫はハミルカルを見るなり責め立てるような調子で鳴いた。行き倒れるように眠る姿に肝を冷やしたと明け透けなまでに素直に言い、ハミルカルの腕がハスドゥルバルをより近くへ抱き寄せる。枕のそばにアビバアルが体を丸める気配があった。
朝になれば小言を言うから大人しく聞くように、そんなことを言って子供を寝かしつけるように背を撫でる手が惜しくて目を閉じないでいると、大きな手のひらがハスドゥルバルの頭を自分の胸に押し付ける。
その胸の奥でとくとくと、ゆったりとした鼓動が繰り返された。誰かにそばにいてほしいと願ったとき、多分この音が聞きたかったのだと、そんなことを思った。
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