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Rena Suzukey
2026-06-06 21:46:45
6913文字
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垂涎..98 - 番外花生夫夫二三事05
これはおそらく江沪史上、最速で解決された誘拐事件だろう。
誘拐された被害者自身が、後部がぺしゃんこのイヴェコのバンを運転して最寄りの警察署に犯人を送り届けてきたのだから。
後ろ手に縛りあげられた屈強な男二人と小太りの男一人を見つけた警察官たちは、度肝を抜かれた。
被害者は二人のOmegaに三歳の幼児二人。バンにはなんと機関銃二丁とピストルも数丁積まれており、誘拐犯の物々しい装備に警官たちはぞっとした。
「失礼──」
受付を担当していたのは女性Omegaだった。彼女はドライブレコーダーを確認した後、警察署を興味津々で眺めている小花生と楽楽を心配そうに見つめて、花咏のほうを向いて尋ねた。
「容疑者をどうやって制圧したんですか? すごく危険だったでしょう?」
小花生は、可愛らしい笑顔を浮かべて女性警官を見上げた。
「お姉ちゃん、僕の父さんってすごく強いんだ」
彼は子どもっぽい言い方で、その対決の様子を説明しようとした。
「父さんってばめちゃくちゃ速いんだ! パッてバンの屋根に飛び上がって、悪い奴らの後ろに回り込んだの! 奴らの銃なんて大したことなかった。父さんがちょっと触っただけで壊れちゃったんだよ」
ねじ曲がった二丁の機関銃をちらりと見やった警官は、即座に頭に思い浮かべた。ヒーローが重機関銃の銃身を掴んで麻花のようにねじ曲げる映画のシーンを。
あまりにもおかしな話じゃないか!
彼女は普通のOmegaより大柄な高途の方を向いて、まるで信じられないといった様子で尋ねた。
「あの
……
どうやって素手で機関銃の銃身をねじ曲げたんですか?」
高途は絶句し、どう答えればいいのか分からなかった。
後ろに立っていた小花生は、「えっ」と小さく声を上げて、小さな手で女性警官の裾を引っ張って、花咏を指差してみせた。
「ぼくの父さんはあっち」
女性警官はひどく驚いて花咏に視線を向けた。
彼らが警察署に足を踏み入れた時から、彼女は一目でこのOmegaに気付いていたのだ。
彼は見るからに驚くほど美しかった。炎のように鮮やかで、光に惹かれるあらゆる生き物を捕らえてしまう。彼の息を呑むような美しさの前では、人間も昆虫も区別などなく魅了され、溺れてしまうのは避けられないことだった。
それほどの顔を前にして、女性警官はやっとのことで尋ねた。
「あなたがやったの?」
「そう、正当防衛だ」
花咏の声はやや冷たく、決して大きな声をあげることなどない。盛少游と話すときは、習慣的に語尾を伸ばし、まるでいつもおねだりしているかのように、明らかに声は甘ったるくなる。しかし相手が違えば、その柔らかな雰囲気はすぐに消え、冷たさと無関心だけが残るのだった。
この誘拐未遂事件は、七夕に荒唐無稽な色彩を大いに添えた。
一週間後、盛放生物とHS、両社と対立していた外国企業の実質的な支配者が、殺し屋を雇ったとして告発された。
捜査協力者として、Xホールディングスは検察側が舌を巻くほど完璧な一連の証拠を提供した。
結局この誘拐事件は、ちょっとした余興のようなものだった。誘拐犯に拉致された“家族”は、結局のところ約束にわずか四十五分遅れただけだったのだから。
しかし、この晩餐会の後遺症は甚大だった。それ以来、盛少游と小花生に対して、花咏は護衛なしで一人で外出させることを許さなくなった。
この日、花咏が雇った数万人がひしめく遊園地のエントランスに立った盛少游は、思わず頭痛を覚えた。
あの馬鹿がつくほど心配性のイカれたクソガキと、話し合わなければ。
子どもたちは、エキストラでいっぱいの園内で大はしゃぎだった。
ネズミの耳の形をしたパンプキンパイ、ノンアルコールのバタービール、そしてうず高く積み上げられたキャラクター型のアイスクリームたち
……
。
彼らはひとつ、またひとつと食べ歩き、甘いものが苦手な盛少游はすっかり飽き飽きして、ひたすら水を飲んでいた。
沈楽楽はかつてないほど活発で、小花生と手をつなぎ、子どもらしい歓声をあげながら園内の大通りを駆け回った。
元気の良すぎる息子を前に、沈文琅もまた苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
良いことを身につけるのは難しいが、悪いことを覚えるのは容易い。花咏家のこのおませな小悪魔が、お利口な楽楽を堕落させないことを願うばかりだ。
花咏のまさに私財を投げ打ったかのような手配のおかげで、遊園地へのお出かけは、快適で楽しいものになった。
事件が起きたのは、夕方の花火ショーを見ているときのことだった。
VIPエリアの城のバルコニーで、小花生は花咏の肩車に乗り、首を伸ばして空を見上げ、短い足を期待でぶらぶらさせていた。小花生は振り返って盛少游に尋ねた。
「パパ、花火ってもう始まる?」
盛少游はキャラクター型のロリポップを代わりに持ってやりながら、優しく微笑んだ。
「ああ、もうすぐ始まるよ」
彼がそう言い終わるやいなや、遠くの深い藍色の夜空に鮮やかな花がぱっと咲き誇った。
まばゆい光の軌跡と耳をつんざくほどの轟音が、城の下の群衆の歓声と混じり合う。
「パパ、見てよ!」
小花生は興奮して身体を前後に揺らしながら、遠くの光をつかもうとするかのように小さな手を伸ばした。
「すごくきれい!」
「ああ」
盛少游はそっと応じた。が、彼の視線は花火には向けられていなかった。彼は隣の顔を見つめて、わずかに微笑んだ。
「
……
きれいだな」
その美しさに、一目で胸が高鳴った。
この夜、まさにこの瞬間、光と影がインクのように花咏の白い顔を流れて、色とりどりの煙のように揺らめく。
盛少游の胸に、ふと熱い想いが湧き上がった。シンプルで──それでいて複雑な。
今でも忘れられない。再会し、花咏をひと目見た瞬間の、あの息を呑むような美しさを。
真実の愛とは、必ずそれとわかるものなのだ。
長い時間をかけて、花咏は実際の行動で盛少游に教えてくれた。誘惑も、愛欲も、渇望も、そのいずれもが、こんなにも温かくやさしいものなのだと。
遠くをじっと見つめ、静かに花火を眺めている自分たちの傍らの、この愛すべきイカレたガキ。
江沪の夜景がいずれ消え去ってしまったとしても、彼の美しさは永遠に色褪せることはないのだと、盛少游には信じられた。
愛する人の横顔に見惚れ、その魅力に心を奪われていたその時、はっと息を呑む音が耳に届いた。
興奮しすぎた小花生が大きく体を揺らした瞬間、バランスを崩して盛少游(※原文ママ)の肩から前方へと転げ落ちたのだ。
「危ない!」
花咏は素早く手を伸ばして、小花生を捕まえた。しかし勢い余って彼は手の甲を手すりの鋭い部分にぶつけてしまい、たちまち血が滲んだ。
父親がしっかり捕まえてくれたおかげで、小花生は転落を免れた。彼は恐怖に目を大きく見張り、美しい瞳が徐々に潤みだしていた。
バルコニーの外にはクッションになりそうな足場はなく、花咏がとっさに行動していなければ、その結果は想像を絶するものだったに違いない。
間一髪の危機を乗り越えた小花生は、大声で泣き喚いたりはせず、ただ静かにすすり泣いただけだった。
近くにいた高途と沈文琅は、すぐに慰めようとやってきた。
「ちょっと見せて? 怪我はない?」
盛少游はまだ落ちつけず、動悸も激しかった。
大人たちはやんちゃすぎる小花生を取り囲み、髪の毛一本まで残らず確認してから、ようやくほっと胸を撫で下ろした。
小花生への気配りに比べれば、花咏の自分に対する扱いは明らかに粗雑だった。
バルコニーは薄暗かったものの、盛少游は花咏の傷をはっきりと見ることができた。──傷はかなり深かった。
鋭利な欧風の手すりが、白く華奢な手の甲を五、六センチほどざっくりと切り裂いていた。裂けた肉が覗き、見るだけで震えるほどだ。
付き添いのスタッフは皆駆け寄り、遊園地側で特別に手配した医療スタッフも数分以内には到着して、莫大な費用を投げ打ったこの高貴な客人の手当てをしようとした。
しかし、花咏は気にする様子もなく、ぶんぶんと手を振ると素っ気なく言った。
「大丈夫さ」
傷口を人に見られるのは大嫌いだった。まったく安心できないからだ。しかし無表情で両手をポケットに入れた途端、彼は突然手首を掴んで引っ張られ、よろめいた。
盛少游の表情は見えなかったが、その距離からでも彼が発する圧倒的な怒りのオーラが感じ取れた。
「あの手すり、どれだけ汚いか! きちんと手当しないでどうする!? 破傷風にでもなりたいのか?」
「
……
盛さん」
ついさっきまで人を寄せ付けない雰囲気をまとっていたこのイカれたガキは、たちまち大人しくなった。その口調は甘えるように変わり、語尾を少し伸ばしながらそっと拗ねたように呟いた。
「怖いよ」
「何だと?」
盛少游にぎろりと睨まれた途端、彼はぴたりと口を閉じた。それ以上何も言えなくなったように。
P国の暴君が、愛する人の前では大人しく従順で健気さを装う達人だなんて、誰が思うだろう。
しかし盛少游には分かっていた。表向きには“従順”なだけなのだと。これまで盛少游が何度も口を酸っぱくして言っても、花咏は大して気に留めず、改めようともしない。
今回ばかりは教訓を与えてやる。盛少游は決意を固めた。
「手を、出せ」
花咏は素直に左手を差し出し、くるりと手のひらをひっくり返すと盛少游の伸ばした手を握った。
にっこりと微笑みかけ、すこしだけ歯を覗かせて非常に可愛らしく”お願い”してみせた。
「盛さん、そんなに怒らないで、ね?」
「僕、さっき小花生を守ったよ?」
花咏はいつもの冷淡さを捨て、にこにこと笑いながら得意げに言った。
「すごく素早かったでしょ? 僕ってやるよね!」
──ふん、この俺の目の前でも、従順なふりをして話を逸らすとはな。大した度胸だ。
盛少游はその手には乗らなかった。彼は険しい顔のまま言った。
「もう片方の手を」
見てわかるほど冷えた盛少游の顔に、逃げられないと悟った花咏は、ようやくのろのろと怪我をした右手を差し出した。
傷は予想以上にひどく、肉まで裂けており、色白な肌と相まって手の甲の傷はひどく惨たらしく見えた。
盛少游ははっと息を呑み、手も出せなかった。
花咏は、盛少游の険しい顔にすぐに言い出した。
「自分でやろうか? それか、帰ってから手当すればいいよ。ちょっとした傷
……
」
その声は段々と小さくなり、やがて途絶えた。
盛少游の顔色ときたら本当にひどいもので、握っている手もわずかに震えていたからだ。激怒しているのは明らかだった。
「盛さん?」
花咏はおどおどと呼びかけた。
盛少游は彼の手を握り、黙ったまま手当てを始めた。オキシドールを傷口にかけると、痛みを伴ってぶくぶくと泡立つ。しかし花咏はまったく痛みに気づかぬようで、自分の怪我にはまったく関心を払わず、ただAlphaの顔色を不安そうに伺い、機嫌をとろうと懸命だった。
盛少游は激怒していた。手当てが終わって帰宅するまで、彼は花咏に一言も話しかけなかった。
眠りにつく前にも、花咏はまだ盛少游に許してもらおうと試みていた。
しかし、頑固な盛少游はひどく怒っていて、どうあっても彼を許そうとはしなかった。
花咏は仕方なく、盛少游の後をついて回るしかなかった。書斎から寝室、果てはバスルームまで。まるで飼い主に構ってもらえなくて不満げな甘える子猫のように。
「
……
盛さん?」
彼は少し離れたところから、甘えるように呼びかけたが返事はなかった。そこでまたしてもお決まりの手を使い、痛みにうめいた。
「傷がすごく痛いんだ。さっきまたぶつけちゃって」
果たして、ずっと黙ったまま彼を空気扱いしていた盛少游は、くるりと振り返って怒りに青ざめた顔で花咏の手を引っ張った。
花咏はそのどさくさに紛れて盛少游の下顎にキスをした。
「まだ怒ってるの? 盛さん、僕が間違ってた。どうか許して。もう怒らないで、ね?」
盛少游は、彼の素早い謝罪と死んでも悔い改めないところが何よりも気に入らなかった。
盛少游は冷ややかに笑った。
「何が間違ってた?」
「何もかも」
花咏は優しく彼を見つめ、目を潤ませながら言った。
「あなたを怒らせるなんて、僕が悪い」
幸いなことに盛少游は生命力に溢れていて、このイカれた小悪魔にその場で憤死させられるほど弱くはなかった。彼は激怒し、歯を食いしばりながら言った。
「何だと? Enigmaとやらはそれほど偉いのか? 自分が簡単に死なないからといって、いつまでも無茶をするな! いつか俺を憤死させるぞ!」
「そんなことしない」
花咏は身を乗り出し、機嫌をとるように盛少游の肩に手を回して甘ったるく言った。
「僕が悪かったんだ」
その言葉とは裏腹に、彼は自分の怪我にまったく注意を払わず、何事もなかったかのように怪我をした手を無造作に使った。
どこかにぶつけたのか、右手の包帯からかすかに血が滲み出ている。盛少游の肩に置いたその手が、今まさに現行犯で捕らえられた。
「見ろ! その手!」
盛少游は冷たい顔のまま救急箱を探しにいった。花咏も彼の後についてリビングへ向かう。
大人しくソファに腰掛けたその姿は、飼い主に餌を与えられるのを待つ美しい小鳥のようだ。
Enigmaの治癒能力は確かに並外れていた。ガーゼを外すと傷はだいぶ良くなっており、先ほどのような痛々しい裂傷ではなくなっていた。だが、花咏の雑な扱いと不注意のせいで、傷口からは再び血が滲んでいた。
盛少游は息をついた。
「痛くないよ」
花咏はすぐに宥めるように言った。
──痛くない?
なぜだか盛少游は無性に腹が立った。そしてろくでもない考えを思いつく。
彼はガーゼを切るために持ってきた医療用ハサミを握りしめ、自分の腕に容赦なく切りつけたのだ。
その力は相当強く、すぐに血が溢れ出した。
「何をするんだ!」
花咏の声はすっと厳しくなり、従順だったはずの顔も一転して暗く陰った。
盛少游は顔を上げ、苦しげな花咏の顔を見据え、ゆっくりと尋ねた。
「これで、痛い、か?」
花咏は黙って唇をきゅっと引き結んだ。その顔色は暗く、彼はハサミには目もくれず、器用にガーゼを引き裂いて出血を止めた。
盛少游は腕を引き戻すと、突然彼を強く抱きしめた。
温かな息が花咏の首筋をかすめ、ため息のように囁かれる。
「花咏。
……
俺も、痛いんだ」
その晩、誰も眠れはしなかった。
何もかも寝静まった深夜。力こそ絶対だと信じ、人前では決して弱みを見せぬEnigmaは、ふと口にした。
「人前で傷の手当てをするのは好きじゃないんだ。小さい頃からずっと」
自分のことを打ち明けるのは恥ずかしかった。花咏は盛少游に背を向けた。隣で寝ている者が黙ったままなので、花咏は小さく付け加えた。
「弱みを見せるのは危険だから。同情を誘うどころか、さらなる争いを引き起こす」
虫の息の孤独な狼は、決して助けなど得られない。ただハイエナの群れに出くわすだけだ。
彼らは虎視眈々と彼の死体を分け合える時を待ち構える。あるいはもっとひどいなら、生きたまままるごと食い尽くすかもしれない。
「だから、たとえ怪我をしたって、そう悟らせてはいけない。たとえ死の淵に立たされても、目をしっかり開けて生きているように振舞え。僕を産んだOmegaは、僕にそう教えた。僕はそうやって育ったんだ」
そんな恐ろしい話を、花咏はひどくあっさりと口にした。
──そうか。それほど歪な家庭で育てば、多少の“悪癖”が身につくのも仕方ない。
ずっと黙っていた盛少游の気持ちが、ふと解れる。彼は向きを変えて花咏に近づくと、その細い腰に腕を回し、鼻先を花咏の肩へ押し当てた。しばらく黙ってそうしてから、盛少游は静かにため息をついた。
「花咏、もうこんなことはやめよう」
「ん?」
「弱みを見せたっていいんだ。これからは俺がお前を守るから」
花咏は黙り込み、それから突然振り向くと、怪我をした手を盛少游の首に置いた。
初めて恋をした若者のように、盛少游の唇に情熱的に口付けた。もっと近づいて、盛少游自ら彼に口付けて欲しいと、うなじを強く引き寄せた。
彼は彼を必要としていた。彼の温もりを、彼の鼓動を、必要としていた。
そもそも花咏を押しのけるつもりはなかった。このイカれたガキの怪我を考えれば、抵抗することもできない。だから盛少游は彼が切羽詰まったように、そして貪欲に自分の唇を貪るに任せた。
彼は口付けを通じて確認したかったのだ。どれほど自分を愛しているのかをどうしても確かめたかったのだ。
──どれほど愛しているのだろう?
盛少游は思った。
花咏ほどはイカれてはいないだろう。けれど花咏への愛なら、一分たりとも欠けてはいない。
ああ、このイカれたガキときたら、本当に哀れだ。きっと愛に飢え、不安なのだ。
だから、本来与えるべきでないものまでも、与えてやろう。
彼は彼を、愛している。
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