Rena Suzukey
2026-06-06 21:44:07
5175文字
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垂涎..Chapter97 - 番外花生夫夫二三事04

誘拐事件と再びのDランド

春が来た。二人のやんちゃ坊主たちは突然、もう一度遊園地に行きたいと一斉に駄々をこね始めた。それも、Dランドだ。江沪市で最も人気のある観光名所であるDランドは、毎日人で溢れかえっている。盛少游は子ども向けの遊園地など全く興味がなかったが、二人の幼い子どもたちに哀れっぽい視線でじっと見つめられては抗えなかった。
彼は仕方なく二人に頷き、折れてやった。
「わかった。但し、いい子にしてるんだぞ」
やんちゃ坊主たちはまるで奇蹟でも成し遂げたかのようにわあっと歓声を上げ、楽しそうに小さな手を叩き合わせた。
そのほのぼのとした明るい空気に感化され、盛少游は微笑みながら花咏を肘でつついた。
「最近とても忙しいんだ。なあ、いっそ“花秘書”に誰か手配してもらうのがいいんじゃないか?」
花咏はすぐにタブレットを置き、仕事から顔を上げて、丁重な笑みを浮かべた。
「かしこまりました」
三日後、土曜日。
世界的にも有名なテーマパークのエントランスに立った盛少游は、小花生の手を引いたまま、その生涯初めて“絶句”した。
花咏の“手配”がこんな結果になると最初から分かっていたら、あのイカレたガキなんぞに絶対に頼みやしなかった。
「盛さん、花さん」
可愛らしいオレンジ色のオーバーオールを着たスタッフが熱心に紹介を始めた。
「当パークは、世界で最も名の知れたファンタジーアニメのテーマパークの一つです。六つのエリアと四十二のアトラクションがあり、八万五千人の来場者を同時収容可能です」
「花さんのご指示により、パークは特別に貸し切りにしてあります。本日はご家族さまのみのご利用ですが、一万二千人のスタッフ全員が皆さまのために務めさせていただきます。
また、お子様方は活気のあるほうがよいでしょうから、花先生のご要望通り一万人のエキストラを雇って来場者を演じさせています。きっと皆さま方も最高に楽しんでいただけることでしょう」「パパ」
盛少游の背後から小花生がひょいと頭を出して、興味津々に尋ねた。
「エキストラってなあに?」
「役者の一種だ」
盛少游は仕方なく答えた。そして、無邪気にこちらを見つめている花咏を振り返って睨みつけた。
花咏に言わせれば、こうするのはまったく正当だった。全ては安全上の理由によるものだと考えていたのだ。
この湯水のごとく金を使い、それでもなお国家予算並に裕福なXホールディングスのトップを前にして、盛少游は反論することができなかった。
なぜならつい最近、彼らは実際に誘拐されかけたからだ。
この話は、七夕の日に遡る。
その日はたまたま土曜日だった。沈文琅は朝早くから花咏と盛少游に会う約束をしていた。子どもたちと一緒に高途をディナーに誘い出すのを手伝ってほしかったのだ。
このところ二人のムードを盛り上げようと頑張っている、自分勝手な沈文琅は、もう万策尽き果ててしまっていた。
結局のところ、これまでの彼の非の打ち所のない社交の段取りは、すべて高途によって用意されたものだった。だから、沈文琅が高途のためにこっそりムードを演出する必要に迫られたとき、当然ながら彼はまったく苦戦し、どうにもお手上げ状態になってしまった。
花咏は、お邪魔虫と一緒に食事をしたくはなかったものの、快く同意した。外出を拒み、小花生と家でアニメを見る予定の盛少游に付き添うよりは、七夕に皆で外出する方が明らかに興がのるというものだ。
沈文琅の恋愛ときたら、まったく前途多難だった。子どもをもうけたにもかかわらず、高秘書へのアプローチはあちらに転びこちらによろめきと、いまだに成果は上がっていない。
非公式の情報筋によると、今年の七夕までに、沈文琅は高途に七回プロポーズして、七戦七敗だという。それでも彼は決して諦めなかった。
おそらく、この百度折れても諦めない不憫な男の姿が盛少游の心を動かしたのだろう、一瞬ためらったものの、彼は夕食の招待に応じた。
土曜の昼、沈文琅と盛少游はともにあるビジネスイベントに出席した。彼らはイベント後、直接レストランでそれぞれのパートナーと会う約束をしていた。
午後六時頃、花咏と高途は二人の子どもを連れて家を出た。
花咏はふと思いついて自ら運転することにした。高途は助手席に座り、二人の子どもは後部座席のチャイルドシートでアニメのストーリーについて大はしゃぎで語り合っていた。
彼らが予約していたレストランは、歴史的建造物に指定されている洋館の中にあり、その入口には、二本の狭い一方通行の道路が縦横に交差していた。花咏の車がその交差点に近づくと、突然後ろから追突された。大きな音に、楽しそうにおしゃべりしていた二人の子どもは飛び上がるほど驚いた。二人のやんちゃ坊主たちはどちらからともなくすぐに大人しくなり、振り向いてリアウィンドウからじっと様子を窺った。
追突してきた鉄灰色のセダンから、小太りの運転手が降りてきて、花咏の車の窓を緊張気味にノックした。
「本当に申し訳ありません」
花咏はゆっくりと窓を少し下げ、顔を上げてその隙間から返事をした。
「大したことはない」
その運転手は花咏を目にして明らかにはっとした。その美しさから目が離せないようだった。しばし呆気にとられてからようやくこう口にした。
「よろしければ車から降りていただいて、連絡先を交換しませんか?」
花咏は訝しげに首を傾けた。彼の華やかな目鼻立ちと、化粧っ気のない白い肌は、朝霧に包まれた睡蓮を思わせた。
「必要ないよ」
花咏は言った。
「気にしてないから。もう行っていい」
運転手は再び呆然としたものの、立ち去ろうとはしなかった。それどころか、運転席側のドアに手を伸ばして開けようとしたのだ。しかし、花咏はドアをしっかりとロックしており、開けることはできなかった。
「子どもたち、ほら見て」
花咏は頭を向けて、後部座席の二人のやんちゃ坊主たちに安全についてのレッスンを始めた。
「知らない人にむやみにドアを開けてはいけない。車のドアも含めてね。人と話すときも、車の窓をあまり開けないほうがいい。そうしないととても危険──、」
「花咏!」
花咏は驚いて、突然自分の話を遮った高途を見やった。助手席に座っていた高途の顔はひどく青ざめていた。
「後ろを!」
振り返れば、車窓に装填済みのベレッタ92Fピストルが押し付けられているのが見えた。
それまでずっと緊張していたはずの運転手は突然獰猛さを顕にし、大声で叫んだ。
「大人しくしろ! ドアを開けるんだ!」
花咏は彼らを無視し、冷静に子どもたちの方へ顔を向けて再び注意した。
「ドアを開けないだけじゃうまくいかないこともある。だからね、ちょっとした技も使えるようにしておく必要がある」
そう言うなり花咏は突然ハンドルを切って銃を構えていた男の不意を突き、三、四メートルほど吹っ飛ばした。
「パパ!」
楽楽は不安そうに首を伸ばして、小さく囁いた。
「あの人、死んじゃったの?」
「シーッ! 喋っちゃだめ!」
小花生はすぐに楽楽の口を塞いだ。
「大人の邪魔になるだろ!」
沈楽楽は慌ててうなずき、可愛らしく指を立てて、静かにすると身振りで示した。
二人のちびっこは目を丸くして見つめた。
花咏がアクセルを踏み込み、目の前にぴたりと止まって動かなかったイヴェコのバンにまっすぐ突っ込んでいくのを。
「小花おじさんってイカれてる」
沈楽楽は思わず口にした。
「沈文琅の方こそイカれてるだろ!」
小花生は言い返した。
「うん、うちの父さんってば、ずっとおかしいまんまなんだ」
沈楽楽は頷きながら付け加えた。
「夜中にパパがご飯をくれないからって、ずっとお腹が空いたって叫び続けるんだよ! 前にさ、夜中にトイレに起きたら、父さんが泣きながらパパに許してって、もう二度とこんなことはしないからって言ってたんだ」
『発情期が近いんじゃないのか? ……いい匂いだ』
『ベイビー、もう許してくれよ、俺に腹いっぱい食べさせて? いいだろ? ん?』
沈文琅が”おねだり”する一部始終を思い出し、幼い沈楽楽は、大人ぶってこう言った。
「父さんって、ほんと食べるのが好きだよね」
「楽楽!」
緊迫した空気の中、それでも高途は顔を赤らめ、沈楽楽をたしなめた。
「馬鹿言わないで」
沈楽楽としては、自分はでたらめなど言っていないと反論したかった。沈文琅が“食べる”ことが大好きな証拠ならたくさんある。しかし状況は切迫しており、それらを並べあげる暇などなかった。
バンのテールランプは、花咏の衝突で粉々に砕け、ねじ曲がった後部からガラスの破片が飛び散り、車両の後部は完全に潰れてしまっていた。二人の屈強な男が飛び出し、それぞれ機関銃を手に、花咏の車のフロントボンネットに弾丸を浴びせかけた。
防弾仕様のゴージャスダークブラックのS600プルマンガードは、着弾の衝撃で激しく震えた。薬莢がばらばらと飛び散る。おしゃべりなおばさん連中の口から飛ぶヒマワリの種の殻のように。
弾丸が雨のようにドンドンとボンネットに降り注ぎ、一列の密集した穴ができた。車内にいた二人のちびっこは竦み上がり、口をぴったり閉じたまま互いに顔を見合わせていた。
「降りろ!」
サングラスをかけた二人の逞しいAlphaが叫んだ。
「死にたくなきゃ降りるんだ!」
高途の顔はさらに青ざめ、無意識にドアのほうに手を伸ばした。
「僕が行く。君は子どもたちを連れて行って」
「待つんだ」
花咏は冷たい表情で彼を引き留めた。その表情は沈んでいたが声はとても柔らかかった。
「そのまま座ってて」
彼は静かにドアを開け、ゆっくりと片足を出して降り立ち、ドアにもたれてうすく微笑みながら尋ねた。
「失礼、僕に何か用ですか?」
街で最も若く裕福なAlphaの一人に嫁いだこのOmegaは、とても無害そうだった。その美しさは噂に負けず劣らず目を見張るものだった。
わずかに俯いた雪のように白い顔はほぼ透明に近く、その瞳は高価な宝石のように微かに煌めいている。右手は車のドアに軽く置かれ、手の甲には繊細な青い血管が透けていた。
「君たちは子どもを怖がらせた」
Omegaの声は柔らかく、薔薇色の唇は恐怖のせいか少し引き結ばれ、ひどく美しかった。しかし、その表情はあまりにも素っ気なく、目元にはわずかに陰りと敵意がにじみ、美しさすらも沈んでいた。
「すみません」
このOmegaはまったく美しすぎるうえに、ひどく脆弱だった。人に不適切な欲望をたやすく掻き立てるほどに。
屈強な男の一人は、我慢できずニヤリと笑った。
「おい、別嬪さんよ。いい子で俺について来い。さもなきゃ今すぐこの大砲をお見舞いしてやるからな」
唇をきゅっと引き結んでいた花咏は、その目を鋭くし、口角をわずかに上げた。
「ふぅん、そう。もし僕が断ったら?」
電話がつながった時、沈文琅と盛少游はレストランの個室でちょうど向かい合って座っていたところだった。
ここは新鮮な食材、革新的な調理法、そして予約が非常に困難かつ長蛇の列で有名な懐石料理店だ。
かつて宿敵同士だった二人のS級Alphaは、いささか気まずそうに視線を交わした。
情人節だったがゆえに、各テーブルには艶のある光沢紙を切り抜いたハートが置かれ、その下には丁寧にデザインされたメニューが添えられており、二種のスープと三種のデザートを含んだ、本日のシェフのおすすめ十六品コースの詳細が記されていた。
沈黙、ひたすらの沈黙──。
俯いて携帯電話を確認し、メッセージに返信したりニュースをスクロールしたりしていた盛少游は、メニューを手に取り、各料理の食材を調べ始めた。
彼は特に時間を気にしていた。六時四十七分、約束の六時三十分からは、ほぼ二十分が経過していた。
花咏はこれまで約束に遅れることなどなかった。だからこそ今回はかなり異例だった。
高途からの電話を受けた沈文琅は、ほとんど無意識に尋ねた。
「どこにいるんだ? すごく渋滞してるのか?」
電話の向こうから聞こえてきた返事に、彼はしばし絶句した。
盛少游は訝しげに顔を上げた。
「いいニュースと悪いニュースがある。どっちを先に聞きたい?」
沈文琅が苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる。
盛少游の左まぶたが、何の前触れもなく突然ぴくりと痙攣した。
「悪いニュースだ」
彼は言った。
「悪いニュースはな、俺たちの子どもとパートナー、全員まとめて攫われたってことだ」
盛少游の顔は一瞬にして青ざめた。
「良いニュースは?」
沈文琅は言いづらそうにこう口にした。
「良いニュースはな、攫われたパートナーの一人が花咏だってことだ」