かなざわ
2026-06-03 20:51:33
4385文字
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あなたとお茶を

よだつかワンライ第11回ルーレットお題「新茶」で参加&投稿作品。作成時間2h35min。
恋人関係、成立して間もない頃。
純と鴗鳥夫妻の会話多め、司の出番少なめです。
2ページ目はあとがき的なもの。

「ねえ、次の休みはいつ」
「来週の木曜です」
「出掛けるから、予定空けておいて」
「分かりました。何か持っていくものってあります?」
「何もいらない。買いたいものがあるから、一緒に見てほしいだけ」
「店で見て決めたいってことですか? 珍しいですね」
「君が使う湯呑みを選びに行くんだよ」
「えっ」


 夜鷹純が明浦路司と交際関係、有り体に言えば恋人同士になったのは一ヶ月ほど前からだ。
 ここに至るまでに、遠回りも回り道も勘違いもすれ違いも、それこそ古今東西ありとあらゆる恋愛に関する書籍や映画やゲームなどに登場するであろう諸々を詰め込みまくり、よくまあ落ち着く所に落ち着いたな、と呆れられておかしくない道のりではあった。しかし幸か不幸か、純は一度手にすると見定めたものを逃がさない性格であったし、司は司で諦めが悪かった。
 結局のところ、収まるべくして収まったのだ。二人の関係がまとまるまでに色々巻き込んだ周囲からは、概ねそう評価されている。
 フィギュアスケートがオフシーズンである今は、比較的顔を合わせる予定が立てやすい。司の休みに合わせて一緒に出掛けてみたり、純の部屋に呼んだり、少しずつお互いにとって心地良い距離を探っている最中だった。
 純としては司の住居を早めに自身と同じ部屋にしてしまいたい。しかしこれまでの関わりから、司が現在身を寄せている加護家に多大なる恩義を感じているのも、いっそ血の繋がりがある家族よりも近しい関係性なのも分かっていた。司の心の安寧を保ちつつ、加護家との関係性も失わず、手元に呼び寄せるにはどうしたらいいか。
 考えはしたが妙案は浮かばず、そもそもこういった人間関係に関する諸々が不得手である自覚があった純は適任者に相談することにした。即ち、鴗鳥家への訪問である。
 新緑が眩しい鴗鳥家の庭、そのガーデンチェアには純、慎一郎、そして慎一郎の隣にはエイヴァが座っていた。時間があるなら一緒に相談に乗ってほしいと持ち掛けた純に、エイヴァは快く頷いて同席してくれたのだ。
「つまり純くんは、明浦路先生と同棲したいってことでいい?」
「うん。出来ればシーズンが始まるまでには越してきてほしい」
「そうか、遠征もあるしね……
「ジュンはアケウラジ先生にその話をしたの?」
「してない。勝算がないのに仕掛けるほど考えなしじゃない。それに、僕はまだ彼との関係を構築出来てない自覚はある」
 軽く首を振ってそう答えると、エイヴァは何やら感激したように瞳を輝かせた。
「ジュンは本当にアケウラジ先生が大事なのね」
「うん。失敗したくない」
「ねえジュン。失敗しない人間関係なんて、きっとないわ。うちだって喧嘩することあるもの。ねえあなた?」
「そうだね。喧嘩をしても仲直り出来る関係になればいいんじゃないかな。リカバリーだよ、純くん」
「リカバリー……
 出来るだろうか、と考えた。氷上での点数計算なら幾らでも思い付く。
 けれど純は、人間関係は単純な計算式だけでは括れないことを知っている。1+1が2になるとは限らない、それが人と人の交わりなのだと。
「着地はそこだとして、今は明浦路先生に同棲を持ち掛けるにはどうしたらいいかって話か。押しに弱い一面もある方だとは思うけど……
「アケウラジ先生は元気な人って印象あるけど、強引すぎると引きそうなタイプだと思うわ」
「それなら、ここぞって場面以外では押しすぎない方がいいかもしれないね」
「そうね。理凰の話だと情に弱い人だろうから、そこを揺さぶる手段があれば……
 ぽんぽんと言葉を交わす二人を見ながら、純は口を挟むでもなく感心していた。
 二人にとっては特にメリットがあるわけでもない相談に乗ってくれた上に、真剣に対応を考えてくれている。二人の司に対する観察眼も、純からすれば驚くほどに正確だった。コーチとして大会で司と顔を合わせる機会がある慎一郎はともかく、エイヴァはほぼ慎一郎と理凰からの伝聞でしかないだろうに。
「純くん?」
「二人とも、人をちゃんと見てるんだね」
「もう! 感心してないで、ジュンもアイディアを出して。この中でアケウラジ先生のことを一番よく分かってるのは、あなたなんだから」
「知っていても、対処法が分からない。僕は彼と一緒にいたいし、彼にもそう思ってほしいだけなのに」
 氷の上に、全てを置いてきた。その生き方に後悔はない。
 けれど、大切にしたいと思った相手に対して差し出すものが分からない、そんな現状に歯噛みするほどには、心というものが残っていたらしい。
 司と向き合うようになって、純は自身の内面とも向き合わざるを得なくなった。自分の未熟さにうんざりしつつも、投げ出したいとは思わなかった。それが司の隣りで生きていく為に必要なことだと分かっていたからだ。
「お互いにそう思えたから、恋人になったんでしょう?」
……うん」
「一息入れようか。お茶を淹れ直してくるよ」
 純の疲れを察したらしい慎一郎がそう言いながら立ち上がった。テーブルに置いていた湯呑みと急須を、慣れた手付きでお盆に乗せていく。
「お茶……ねえジュン、お茶はどう?」
 慎一郎の手元を見ていたエイヴァが、思い付いたと言わんばかりの表情で立ち上がったのは、その時だった。
 エイヴァの作戦は難しいものではなく、純が司にお茶を淹れて、それを共に楽しむ時間を作ればいい、という話だった。
「お茶なら好みの濃さで淹れられるから、濃いのが苦手ならジュンの分は薄めにしたらいいでしょ」
「やってみる」
「純くん、少しうちで練習していくかい?」
「それがいいわ。この前貰った新茶も分けるわね」
……うちに、茶器がない」
「あら! それならアケウラジ先生と一緒に買いに行ったらいいじゃない。デートよ!」
 ぱちん、とウインクをしたエイヴァは鼻唄混じりに室内へ入って行った。その背中がやけに楽しそうで、なんだかエイヴァ自身がデートに行くようにも見えた。
「エイヴァはどうしてあんなに楽しそうなんだろう」
「女性はコイバナが好きなんだって。純くんと明浦路先生は特にその、色々あっただろう? それを映画みたいだって言ってたから」
「そう」
 エイヴァが喜ぶ理由は聞いてもよく分からなかったが、司との関係を応援されてはいるらしい。出された案も、純でも出来そうなものではあった。
 一先ず今日はお茶の淹れ方を覚えて帰ろう。そう決意し、純は慎一郎に続いて鴗鳥家に足を踏み入れたのだった。


 そんなこんなで、冒頭の会話に繋がるのである。純の部屋のソファで、隣り合って座ってからの一幕だった。
 とは言え、正直に同棲に繋げる為の一手だと告げるわけにはいかない。
「慎一郎くんに新茶を貰ったんだ。君が僕の家に来てるのを知ってるから、一緒にどうぞって」
「ああ、そういう」
「緑茶は飲めるの?」
「飲めますよ。茶室でのお作法とかは分かりませんけど」
 唐突に湯呑みの購入を提案された司は驚いていたが、純からの説明を受けて納得したようだった。
 そう言えば以前、鴗鳥家で司と邂逅したことがあった。あの時も司の前にお茶が置かれていたのを思い出す。慎一郎は人と関わり、もてなすという行為が自然に出来るのだ。
「前に、慎一郎くんの家で会ったよね」
「ありましたね。あの時は驚いたな……
「覚えてるんだ」
「忘れられるわけないでしょう。その後リンクに行ったのもド緊張してたんですから」
「知ってる。顔が強張ってた」
「メダリスト二人の貸し切りに誘われた一般人が緊張しないわけないんですよねえ……
 あの夜の出来事を反芻しているのか、司が遠い目をする。
 純とて、あの日を忘れてはいなかった。教えたその場でバックフリップを跳び、純に真正面から啖呵を切ってくる相手などそうそういない。
「僕は慎一郎くんほど上手くは淹れられないけど。君と一緒の時間を過ごしたい」
 司の目を見つめながらそう告げて、手を重ねた。触れた司の手は、今日も変わらず暖かかった。
 暫し間を置いた後、笑顔になった司から返された言葉は。
「喜んで」