遊音。(ゆね)
2026-06-02 20:02:15
3728文字
Public 初恋
 

はつこい。②戯心


アセクシャルだと思っている未経験tgsが流れでkbkと付き合い始めるtgkb②です。
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「おしゃれなところ知ってるね、カバキくん」
 お堀に面したカフェは落ち着いていて、時間帯が遅い夜のせいか人もまばらだった。堀に面したテラス席の端にあるテーブルに座ったカバキの向かいには、トガシがいる。チノパンの上にスポーツシャツ、そしてワイシャツをジャケット変わりにしているトガシは普段クサシノで見ていたのと変わらない。ゆったり椅子に座って堀を眺めながら「鴨だ」と笑った。
「焼肉美味しかったですね」
「ほんと、久しぶりに食べたよ。予約してくれてありがとう」
 とりあえずご飯でも、と前回の飲み会のあとで約束して、カバキが予約した焼肉店に行った。スポンサーからもらったクーポンのおかげで高級店にほとんど無料で行くことができたのだ。
「めちゃくちゃ良いお店だったね。カバキくんのおかげだね」
 ふふっと笑われてカバキも微笑む。
「貰っても使い道なかったので、一緒に行けてよかったですよ」
「もしかしてそれが目的で俺と付き合ってんの?」
「それもあります。他にも貰ったまま使えてないクーポンが色々あるんで」
 1人じゃ使わないですからね、と冗談めかして言うと、トガシは納得したように微笑んでコーヒーを飲む。
「カバキくんなら、こんな俺みたいなやつじゃなくても、そういう相手はいくらでも選び放題じゃない?」
「俺、結構真面目なんですよ。そんな適当に付き合わないんで」
「こんな付き合い方して、そんなこと言う?」
 トガシは苦笑しながら髪をかきあげた。いつもより少し大人っぽく見えるのは気のせいか。普段はあまり意識しないが4歳差を感じてしまって、カバキは少し姿勢を正した。
……ケーキとか、頼みます?」
「いや、いいよ。走れないからね、まだ。食べ過ぎるとまずい」
「調子はどうですか?」
 日本陸上で肉離れを悪化させたあと、トガシはずっとリハビリをしている。クサシノから離れてしまったので、どんな風に過ごしているのか気になるが、カバキはあえて深く聞かないようにしていた。怪我は自分と向き合うものだから、他人がどうこう言うべきではないと思っている。
「経過はわりといいよ。無理しなければあと数か月で本格的に調整できそうだし」
 良かった、とカバキは安心して微笑んだ。
「今って何してるんですか?」
「高校の先輩の伝手で、高校の陸上部コーチ。結構楽しいよ」
「それって儲かるんです?」
「いや、アルバイトみたいな金額。だから今日のご飯、すっごく嬉しい」
「じゃあ、彼氏力見せるために俺がここの代金持ちますね」
「えー、惚れちゃうね」
 わざとらしく小首をかしげて柔らかく見つめられると、カバキは少しどきりとしてしまった。いつもと同じ髪型、いつもと同じような服。トガシは何も変わっていないが、こういった場所で会うことが変化を見せるのかもしれない。
 ふとテーブルに置かれたトガシの手を見て、カバキは少し戯れてみたくなった。
「トガシさん、手、見せてください」
「手?」
 トガシは左手をあげて、カバキに手のひらを見せた。
 カバキはトガシの手に自分の右の手をくっつけてぴったりと合わせる。
「トガシさんの手、細長くて綺麗ですよね」
「そう? 対して変わらないんじゃない? ほら、長さも同じくらいだし」
「俺のほうがちょっと大きいです」
「そこ競うの?」
 トガシが笑うので、カバキも小さく笑う。
 さらりとして、トガシの手の方が少し冷たかった。自分の手のほうが熱いのか、トガシの常の体温が低いのか。前者かもなとカバキは内心で苦笑する。少し舞い上がっている自分を認めざるを得ない。
 カバキは手を少しずらして、トガシの手の隙間に指を絡ませる。
「あ、恋人繋ぎってやつでしょ」
 意外にもトガシもそのまま手を握り返してくれたので、カバキの心臓が少しだけ早く鳴った。
「手、誰かとつないだことあります?」
「どうだろ……こんな風にはない、かな」
「じゃ、俺が初めてですね」
 カバキは手を絡めたまま、その親指に触れるトガシの親指をそっとなぞる。
「どです? どきどきします?」
 茶化して言うと、トガシは声を上げて苦笑した。
……別に。カバキくんは? どきどきする?」
「少し、してますよ」
「ほんとに?」
 トガシが疑いの目を向けてくる。冗談だと思われたらしい。絡めた手を解いてトガシの手がカバキの手から離れようとするので、引き留めるようにその左手を掴むと、そのままテーブルの上に置いた。
「逃げちゃだめですよ」
……逃げてないよ」
 カバキは右手の中にあるトガシの指を確かめるように親指でなぞる。人差し指を下から撫で上げて、となりの中指にうつる。指先からそっと撫でて第一関節、第二間接を通り根本を辿って手の平までカバキは親指をゆっくりと添わせた。手の筋が深い。手の腹のぷっくりとした部分を優しくなでた。
……あ、のさ。よくLINEくれるよね。なんで?」
 付き合うとなって連絡先を交換してから、カバキはたわいないLINEを良く送っている。おはようございます、おやすみなさい、ご飯たべました、猫がいました――ほとんどの送信に、返事はない。
「トガシさん、ほとんど既読無視してくれますよね」
 視線を握ったトガシの手に落としたまま、親指でトガシの掌を遊び半分で撫で続けた。
「だって……意味ないものばっかだし」
 素直な感想にカバキは笑う。ちらりと視線をあげると当の本人は少し困ったように眉を寄せていた。トガシは業務連絡のように必要なメッセージにだけは返事をくれる。
「たわいないことを、伝えるんですよ。そしたら今どんなこと想ってるのか、どんなことしてるのか、わかるでしょ」
 手のひらを撫でるのをやめて、また手の隙間に指を絡ませる。今度は握り返してこない。中途半端に開いたままのトガシの手を、何度か握る。トガシの手が先ほどより暖かい。お互いの体温が手のひらの中で溶け合う。
「興味がでて、気になり始めると、相手の些細なことが知りたくなるんですよ。何してるのかな、とか。何が好きなのかな、とか。今、何考えてるのかな、とか。逆にそれを知ってほしいし。だから、意味のないものを伝え合うんですよ。そういうのをかき集めていくと、どんどん相手のことがわかるし、もっと知りたいってなるし、もっと好きになっていくんですよ」
……それは……めんどくさいね」
 思わずカバキは小さく噴き出すように笑った。知ってはいたが、本当に他人に興味がないらしい。カバキはわざとトガシの手を握る右手に力を込めた。
「カバキくんも、俺のこと知りたいの?」
「知りたいですよ。俺が知ってるトガシさんは陸上のうえでのトガシさんだけですからね。好きな食べ物とか。休日は何してるのかな、とか。何考えてるのかな、とか」
 重なった手を少し引き抜いて、ゆっくりと指元まで差し込む。同じ動作をゆっくりと何度か繰り返して、引き抜いては、深く絡める。カバキより若干細身の筋張った手の感触を楽しむ。中途半端に開いたトガシの手はされるがまま、しっとりとお互いの手が汗ばんでくる。
……付き合うってそういうもの?」
「色んな付き合い方あると思いますけど、俺は相手のこと知りたいですね」
 絡めていた手を引き抜いて、今度はトガシの親指の根本に手を絡めて、手を添えるように掴んだ。されるがままのトガシの手がテーブルに緩く横たわる。
「ふーん……
 トガシは視線を一度堀に向けて黒い湖面を見つめた。
「やっぱり、めんどくさいね……
 独り言のように言うとトガシは目を伏せて、握られた左手に視線を落とす。
「手、握り続けてると汗ばんでくるから気持ち悪くないですか?」
 同意するようにトガシは少し笑った。握ったお互いの手の平が吸い付くように少し湿っている。
「まぁ……でも、不快ではないよ」
 握られるままだったトガシの手が、カバキの手を握り返す。二人の手の中の熱が合わさる。
「別に期待してませんから。LINEは既読無視でいいですよ。俺は送りますけど」
 何も返事をせずに握った手を見つめるトガシの顔を、カバキは見つめた。


 帰り道、カバキのスマートフォンが通知音をならしたので見てみると、トガシからだった。LINEを開くと、ボケて何が映ってるのかよくわからない写真と、一言『月が綺麗だよ』の文字があって、カバキは吹き出して体を震わせるほど笑ってしまった。
「アカン……絶対意味わかってへんやろ」
 めんどくさい、と言った人間からの何の意味もないメールを受け取って、カバキは嬉しさを感じずにはいられない。
「あー‥やばい……
 手の中にトガシの手の感触が残る。良くない相手にはまっていくのを感じるが、ブレーキが利かない気がする。
 カバキはトガシの手を握っていた右手を口元にあてて、息を吸い込んだ。



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このカフェの店員になって息を潜んで見つめていたい。
次回はつこい。「接触」