遊音。(ゆね)
2026-06-04 19:36:16
3397文字
Public 初恋
 

はつこい。③接触


アセクシャルだと思っている未経験tgsが流れでkbkと付き合い始めるtgkb③です。
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「久しぶりに見たよ、映画。映画館で見るとやっぱいいね」
 ですね、とカバキは頷いた。最近話題のSFはそれなりに見てるだけでも楽しめた。映画など興味ないかもしれないと思っていたトガシも、思いのほか楽しんでくれたようで嬉しい。終わってからずっと映画の話をしているが、見ているところがお互いに俳優の筋肉の付き方だったりしたのでアスリートの性かと笑ってしまった。使い道に困っていたクーポンを使って映画を二人で見た帰りだった。一人だと面倒で行かなかったところにも、デートでどこに行くかと考えると色々候補があがる。いつもならゴミ箱行きの招待券やクーポンをカバキは有効活用した。これならトガシに気を使わせない。
 珈琲をテイクアウトにして繁華街から外れたオフィス街の遊歩道をゆっくりと歩く。夕食後に映画を見たので、オフィス街の遊歩道は他に人が居なかった。規則正しい街灯が照らす道は、昼の忙しなさが嘘のように薄暗く静かで居心地が良かった。
 ベンチを見つけて座りますか、と声をかけるとトガシが頷いた。先に座ると、左側にトガシが座る。
「今日もありがとうね。カバキくんと付き合ってるとお得だね」
 冗談めかしてトガシが笑う。前傾姿勢になり両膝に肘をおいたカバキは両手でカップを揺らしながら横目でトガシを見上げた。
「俺と付き合ってよかったでしょ、トガシさん」
「ほんとに。カバキくんといると楽しいよ」
「ホントにそう思ってます?」
「ほんとだよ。やっぱり相性いいのかな?」
 揶揄われているのかもしれないが、そうやって笑ってくれるのは素直に嬉しかった。
 トガシが手に持っていた珈琲を一口飲んだ。やっと暑かった夏も過ぎて秋めいてきた夜は涼しい。アイスコーヒーを持ったカバキは、ホットにするべきだったかな、と思いながら自分も一口飲む。
「休日ってこうやって過ごすんだねぇ、普通の人は」
「世捨て人過ぎる発言ですね。何してたんですか、今までは」
「なんだろう……ジョギングいったり、料理作り置きしたり……? たまーに、部活の先輩と会ったり、かなぁ……
「娯楽が何もないですね」
「まぁ……陸上しかないからね、俺」
 伏せた目でトガシは手の中の珈琲のはいった紙カップを弄ぶ。カバキは手に持ったアイスコーヒーを一口飲んで、少し顔をしかめた。体が冷える。プラカップをベンチの端に置くと、トガシが自分の珈琲を差し出してくる。
「飲む? ホット。結構冷えるよね、夜になると」
 素直に受け取って、紙カップに視線を落とした。ついさっきトガシが口を付けていた部分に目をやってしまう。
「ありがとうございます……間接キスになっちゃいますけどいいですか?」
 ちょっと意地悪く言ってみると、トガシが苦笑する。
「そうだね。どきどきしちゃう?」
「しちゃいそうです」
 珈琲カップの飲み口を少し眺めてから、口をつけた。トガシの視線を感じる。一口飲むと少し体がじんわりする。体が熱くなったのは、珈琲のおかげだけではない気がする。
「アイスコーヒーで正解でした。間接キスできたんで」
 カップを返すと、トガシが受け取ったカップを見下ろした。飲み口をじっと見降ろしている。
……トガシさん、キス、してみません?」
 小さく「えっ」と言いながらトガシが顔を向けてくれる。カバキは上体をトガシに寄せた。
……俺とできるの? カバキくん……
「できますね……というか、したい、って今思ってます」
 腕が触れ合う距離でカバキはトガシの方に体を捩じって、背後のベンチの背もたれを掴んだ。顔を寄せて返事を待っていると、固まっていたトガシが上体を少し逃がす。
「したい、の?」
 頷くと、トガシは視線をさ迷わせる。
「キスとか、したいと思ったこと、ほんとに全然ないんですか?」
「ないよ……ほんとに」
「まったく、一度も? 無理やりされた、とかもないんですか?」
「何想像してんの、ないよ」
 逃げていた視線が戻ってきて、どこか怒ったような視線を向けられる。
「じゃあ、俺がファーストキスですね」
「嬉しそうだね……
 少し上目遣いで伺うように聞くと、トガシは口元を手で覆った。
……もらっても、いいですか?」
 少し逡巡したように視線をさ迷わせたトガシは口元の手を外すと、逃がしていた上体を元に戻した。視線は逃げたまま地面に向けられている。
「まぁ、いいけど」
 そういって視線が戻ってきた瞬間に、トガシの唇に自分のそれをカバキは重ねた。軽く唇が触れたら、すぐに離す。
……どうですか? 嫌でした? 気持ち悪かったですか?」
 行為よりも質問に対して、鼓動がはやくなってしまう。何が起きたのか分からなかったような顔で固まったトガシの返事を待つ間、緊張して喉がなる。
「嫌じゃないけど……
 自分でもわかるくらい、嬉しくて口元が緩んでしまった。
「けど?」
……楽しいの、これ?」
 思わず声をあげて笑ってしまった。
「じゃ、楽しくなるまでしませんか?」
「え、もっかい?」
 返事をせずに右手をトガシの頬から耳にかけて掴むように手を添える。引き寄せるとトガシは素直にされるがままになった。
 軽く触れて、上唇だけ食んで、今度は下唇を食む。離れてはくっついて、薄く引き締まったトガシの唇に何度もキスをする。薄目を開けるとトガシの目とかちあった。ずっと目を開けてるらしい。内心で笑ってカバキはまた目を閉じる。
 舌でトガシの唇をなぞると、誘われるように唇が開いたのでそのまま舌をトガシの口腔に差し入れる。舌先が触れ合うと、トガシの舌が逃げた。カバキは唇を離して少し笑う。
「どうでした……?」
 トガシの頬を撫でる。顔色一つ変わらない相手と違って、火照ったカバキの手には冷たくて心地よい。
……なんていうか……
 トガシは目を伏せてカバキの口元を見たあと、もう一度視線をあわせた。
「風邪とか移りそうだね」
 予想してなかった感想に噴き出してしまう。
「おっかし……トガシさんらしいですね。風邪うつったらすみません、風邪ひいてませんけど」
 因みに虫歯もありません、と言うとつられて、トガシも笑った。
……カバキくんは、どうだったの、俺とキスして」
「めっちゃ良かったし、嬉しかったですよ。なにせトガシさんのファーストキス貰いましたからね」
「ファーストどころじゃなかった気がするけど……
 くすくす笑いながらカバキはトガシの顔から手を離して、座りなおした。少し名残惜しい。
「柔らかくて、気持ちいいし、めっちゃ興奮しましたよ、俺は」
……また、したいと思うの?」
 首だけトガシに向けて、微笑んだ。
「今すぐにでも」
 ふーん、とトガシは何か考えるように顎に手を添えると、自分の唇を親指で撫でる。
……もしトガシさんが嫌だったら、もうしません。嫌なことはしたくないんで」
 手近にあったアイスコーヒーを持つ。火照った手を冷やすのにちょうどよかった。
 どんな返事でもいいように、少しだけ覚悟を決める。
……嫌じゃないから、いいよ」
 しても、と言われてカバキは勢いよくトガシに顔を向けてしまう。
「なんて顔してんの」
 笑われて、カバキは一瞬戸惑う。
「楽しくないのに、させてくれるんですか?」
「カバキくんなら、いいかなって」
……俺は特別ですか?」
「だって俺たち付き合ってるんじゃないの?」
「そうでした」
 アイスコーヒーのカップを置いて再び左側に体を向けると、トガシも上体を向けてくれた。先刻は顔しか向けてくれなかったトガシが向きあってくれる。顔を傾けて寄せると、優しい顔で待つトガシに再び唇を重ねた。舌を差し込むと今度は逃げずに応えてくれる。その拙さに思わず微笑んでしまった。トガシの背中に腕を回し、深くキスを重ねていく。トガシが何を考えているのかはわからないが、嬉しくなってしまう。
 ――あぁ、不味いな。
 カバキは後戻りできないところまで落ちたのを実感した。


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このベンチの背もたれになってカバキくんに摑まれたい。
次回はつこい。「動揺」