eclipsis
7904文字
Public ミホペロ
 

Ma belle

原作終了後のif世界線
※🦅👻の間に赤子が生まれて🦇様が顔を見に行く話
※🦅も🦇様も若干性格が優しくなっててキャラが変わってるかもしれません

2023年に書いた話に加筆修正した話です



 偉大なる航路の中の辺鄙へんぴな地、クライガナ島。

 モリアはこの地に建つ古城の広間に居た。窓の外を見ると、どんよりとした雲が立ちこめている。陽の光が差さないモノトーンが強い景色は、己の拠点、魔の三角地帯を思い出させた。
 彼の地の暗さは霧により齎されていて、背筋がゾクリとする暗さがある。シッケアールも名前の通り水気を感じる地だが、肌に馴染んだあの冷たさは差程無い。
 いずれにせよ、魔の三角地帯と似ている箇所があって奇妙な居心地の良さは感じている。モリアは窓に向けていた視線を元に戻して、今度は斜め下の視界に注目した。

 奇妙と云えば、それに該当するものがもう一つある。随分下の視界の中。長椅子に座るモリアの娘、ペローナが腕に抱えているものだ。

……このおれ様を前にして眠りこけるとは。良い肝っ玉してやがる。……一体どっちに似たんだか」
「ホロホロ、モリア様ってば!それは褒めてるのか?だとしたら似たのは私だな」

 モリアの皮肉混じりの言葉にペローナは朗らかに笑って返す。嬉しそうな顔のまま腕を優しく揺らし、母の揺りかごの中で眠る赤子にも笑みを送る。
 モリアはその様子を見て、鼻を僅かに鳴らすと拗ねた子どものように口を曲げた。
 赤子の髪色はペローナに似た桃色だ。まだ眼を開いたところを見ていないが、眼は父親似で黄金色らしい。

 モリアが身を隠していた昔のこと、離ればなれだった娘はこのクライガナ島で男と共に暮らしていた。後に二人の共同生活は解消されたものの、娘が世話になったという建前をモリアは覚えた。だから二人が手を取りまた一緒に暮らし始めたときに、何も言わずにそのままにしたのだ。そうしたら。
 まさかというか、矢張りというか赤子が出来ていたのだから。薄ら予測していた出来事だとしても、この気持ちは推し量るべきだとモリアは誰とも言わず不貞腐れた。
 大した挨拶も寄越さなかった赤子の父親の顔を思い出し、伏し目がちにしていた両目をモリアは見開いた。そして眠る赤子の顔を食い入るように見つめる。

 ――もしや他にも父親に似てやがるところがあるんじゃないか。女児と聞いている。女児は父親に似るとよく云われるもんだが。あぁ何だか忌々しい。

 上空から首を下げて赤子にじっと視線を送るモリアを見て、ペローナは丸い瞳を一度瞬かせた。

「なぁ、モリア様。赤ちゃん抱いてみてよ」
「は?」

 娘からの提案に元から満月に似ている両目を更に大きくさせて、モリアは呆気に取られた。驚かせた張本人のペローナはその形相を全く気にも留めずに、腕の中の赤子を頭上に掲げるようにして抱え示す。
 モリアは思わず自分の手を見て、すぐに赤子にも目を向けた。

…………おれが、か?」
 
 モリアの視線は再び己の手中に落ちた。

 
 大海賊時代に幕が降ろされたのは、ほんの数年前だ。戦争は無くなり、世に自由と平和が訪れた。けれど戦の日々が埃を被るほど過去になった訳ではない。モリアはまだ覚えているし、己の力とて埃を被せる気にはなっていない。
 モリアはその時代の最後まで海賊を辞めなかった。己の体験に基づいた信念は曲げずに、死者を従え悪魔の能力を尽くし戦った。そうしてその果てに求めたものは、結果だけ云えば手に入らなかった。それに名残惜しさが無いといえば嘘になる。けれど己のしてきた事に後悔は無い。
 
 黒い手袋に覆われた手を一度握る。この手で沢山の影や死体に携わってきた。その数を数えればきりが無い程。名前や顔すら覚えていない者の悲鳴が此処から上がっていった。何の変哲もない見慣れた手袋を嵌める己の手なのに、何故か今は飲み込むような漆黒を感じる。
 
 ――対して赤子はどうだろうか。生成の柔らかい布に包まれたその存在は、ただすら無垢で瑞々しい。色付いてもいない、ほんのり透明な蕾がある新芽を思わせた。
 ちょっとした強い風に煽られるだけでもその芽を痛めてしまうだろう。そんなものがこの手中に収まったら。
 
 モリアの頭の片隅に、急速に枯れて萎びていく新芽の姿が浮かんだ。

 
 急に黙り思案に耽るモリアを見て、ペローナの眉がキリと吊った。何かを察して確信した顔をすると、赤子を抱えたまま身体を浮かせる。ふわりと飛んだ先はモリアの顔の前で、気配に気づいた大きな顔が娘を見た。

「余計なこと考えてるでしょ」

 真っ直ぐモリアの眼を見据えてペローナは言い放った。そのはっきりとした眼差しと口調に、投げかけられたモリアの眉根が寄り、目が細められる。

「私はただ、モリア様にこの子を抱いて欲しいんだよ。この子は私の命、私の宝物なんだ」
 
 ペローナの瞳に力が入って、眉が切なげに少し下がる。
 
「だから、モリア様にも手に取って欲しい」

 そう言いながらペローナは赤子をずいと、モリアの目の前に差し出した。
 だから、と真っ当な理由付けのように言っているが内容は先程と変わっていない。娘のただのお願い事だ。歳を重ねて母になり、多少の落ち着きが見える今の姿だと却って変なおねだりを強く感じた。けれど我が子を抱くそのペローナは、昔モリアが贈ってやったぬいぐるみを宝物と言って抱いていた幼い姿を思い出させた。
 高い位置で髪を二つに結い上げていた少女。キシシシ、ホロホロと一緒に笑った。
 
 そんな遠い日の娘が頭に浮かんだらモリアは何も言えなくなり、差し出されたペローナの子を手のひらへ静かに受け取った。くたりと力なく手中に収まる赤子を落とさないように、両手を丸く曲げて器のようにしてやる。間近で見て触る赤子は予想以上にふにゃふにゃとしていて、柔らかい光を帯びているようにも見えた。その儚い感触にモリアの歯の根は急にムズムズとして、浮いて抜けそうな心地がし始める。

 (あぁ、クソ。おれはこんないきなり歳を取ったつもりはねぇぞ)

 今すぐにでも手中の赤子を放り投げて、闇夜に似た己の手を掻きむしりたい気持ちなのに。モリアの脚には知らず根っこが生えたのか、微動だに出来なかった。
 そんな彼の胸中など露ほども気づかずに、ペローナがまた嬉しそうに笑い出す。

「ホロホロッ。やっぱり鷹の目とおんなじだ。アイツも最初抱っこするの躊躇してさ、ぎこちなくなってたんだ。あ、でも抱っこの仕方はモリア様の方が上手いぞ!」

 ペローナが愉快そうに語る。モリアの耳には娘の賛辞はすり抜け、前半の男のことが頭に残った。
 
 鷹の目も躊躇った。あの憎たらしい男も同じ心持ちになったのかと、モリアの胸に不思議な感覚が渦巻いていく。けれど何故か悪い気はしなかった。
 その時、手中の赤子が小さく声を出し、むずがる表情をした。赤子を包んでいる手を思わず静かに揺すってやると、泣きそうな顔が穏やかになり再び眠る。
 ――この感触。モリアはまた昔を思い出した。寂しいからと手の中で眠りにつき、ぐずって泣く小さな少女。

……ガキンチョ抱くのはお前が最初で最後かと思ったのに。まさかこのおれが赤ん坊を抱くとはな」
 
 手中の赤子から目を離さずモリアは独り言のような口ぶりで呟く。心なし遠い目をしている男を見て、ペローナは一瞬きょとんとして直ぐに片眉を上げた。

「なンだよ、乱暴な言い方だなぁ。それに、ただの赤ん坊じゃないよ。モリア様は今、孫を抱いてんだぞ」
「ま!!?」

 孫!?とモリアが衝撃の事実に目を剥き、大声を張りそうになった。するとその気迫に彼の手中に居る赤子が顔を歪め、泣きそうになる。モリアはそれを瞬時に察知すると、大きく開けていた口を素早く噤んだ。
 ギザギザの歯の根まで剥き出しにしていたのが、瞬く間に姿形が見えなくなりペローナはクスクスと笑う。顔の近くで可笑しそうに浮遊する娘に対してモリアはじとりと咎めるように睨んだ。
 嘗ての主人に鋭い眼差しを向けられ、ペローナは申し訳なさそうに眉を下げる。モリアの周りを漂っていたのを止め、ひゅるりと大きな身体の肩へ座った。そこで、ふぅと穏やかに一息吐いた。

……この島には呪いの歌も、可愛いゾンビ達も居ないけど、こうしてモリア様が会いに来てくれて……私の赤ちゃんを抱いてくれてる」
「私、ここまで色々と冒険して良かった。モリア様と海賊になって良かった。幸せだな」
 
 ね、モリア様?
 
 そう呼びかけて、横から少し身体を乗り出しモリアに顔を向けてペローナは微笑んだ。目尻が優しく下がり綻ぶようなその笑顔は、娘を年相応に大人っぽく見せる。しかし同時に、無邪気な少女のようにも見えた。モリアは思わず息を呑む。只々、ペローナを美しいと思った。
 
 娘が言い渡した純粋な幸福は、諦めに似た忘却の感覚に変わりモリアの心を洗った。悪く云えば何かの栄光から降りてしまった。良く云えば気負っていた肩の荷が下りたような。己の手に感じていた漆黒さえもいつの間にか消え失せてしまった。
 説明できない喪失感があるのに、それ以上に満たされた気分があった。モリアの口角が勝手に緩んで上がる。

……お前がそう感じるなら、おれも……まぁ、同じだ」

 モリアが眩しそうに目を細めペローナを見つめた。
 彼の本当の気持ちはこの先ずっと言葉に出来ないままだろう。けれど今一番、己の心情に合う気持ちを包み隠さずに娘へ告げた。ペローナはそれを受け止めるとモリアが美しいと思った笑顔になり、男の大きな顔へ頬を擦り寄せた。
 モリアの手元から微かに声がした。目覚め始めた赤子がむにゃむにゃと意味のない音を出している。
 手中のちっぽけな命を見たら満たされた気分が益々増える心地がして、モリアは笑うしかなかった。

 
 ※


 ペローナと暫く話した後、モリアは適当な挨拶をして広間をさっさと出た。
 これ以上長く娘とあの赤子と同じ空間に居ると、妙な気持ちが湧いてきそうだったからだ。彼にとってはその名称を出すと気持ち悪くなる、愛着やら寂しいと云った感情。その気配が背筋をぶるりと震わせたから、それを認めてしまう前に別れを告げた。

 モリアは広間と繋がる大廊下を歩いた。天井から下がっている小さなシャンデリアを避けて、首を傾げたら少し先の視界に男が居た。
 大きな明り取りの窓がある。そのすぐ隣の壁に寄りかかっているミホークが居た。モリアの方は一切見ず手に小さなナイフを持って、もう片方の手中にある木片へ細工をしているようだった。
 無愛想な男を一度じとりとした目つきで見つめると、モリアは更にミホークへ近寄った。

「よぉ、鷹の目。席外してもらって悪かったな」

 何も用が無くこんな場所にミホークがぼぅっと居る訳じゃない。モリアとペローナの面会を邪魔しないように気を使ってくれたのだ。モリアはそれにちゃんと気づいたので、しっかり感謝の意を示した。

……ゴースト娘は」

 ミホークはゆったりとした動作でモリアを見上げてそう答えた。礼の受け取り方にしてはおかしな返事だった。何だかちぐはぐな印象を受けモリアが片眉を上げて男を注視する。ミホークは手に持っているナイフを落ち着かなさそうに指で弄っていた。

「ペローナは相変わらず元気だな……赤ん坊も。何も変わっちゃいねぇ。……まぁ、つまりアレだ、安心しろ」
…………そうか」

 ミホークのナイフを弄っていた手が止まった。眼下に居る不可解な男を見て、モリアはふむ。と悟られないように独り頷いた。

 今までミホークの顔をじっと見た事は無いが、尖りきった目つきがほんの少しだけ柔和になっている気がした。集会や戦場で何度か感じた肌がひりつくような、剣呑な雰囲気も無くなっている。おまけに今気付いたが、ミホークが持っている木片は動物の形だった。小さなオモチャのような。
 モリアは肩透かしをくらった気分になって、呆れたようにフ、と小さく息を吐いた。しかし即座にペローナのある言葉が頭を過ぎった。
 
『やっぱり鷹の目とおんなじだ』

 ――自分もこうなっているのか。そう思えば、削がれた気心が妙な好奇心に変わっていく。
 
 死をも恐れない影の支配者が赤子を、泣く子も黙る世界一の剣士が木のオモチャを持ったのだ。時代は本当に変わってしまった。白けるのを通り越してただ面白い。
 だとしたら、ミホークはモリアにとって同胞だ。ペローナによって持つものが変わった、色んな意味での同胞。モリアの口角が吊り上がる。途端にその男へ話しかけたくなった。ミホークが寡黙なのは百も承知で。

……それにしても、孫を抱く事になるとはな。おれは正式にジジィになっちまった」

 すぐさま咳払いのような音がした。発したのはミホークで、顔を伏せて口元に手の甲を当てていた。表情は見えないが明らかに笑っている。モリアの両目が吊り上がった。

「お前さっきから失礼だぞ?それがお義父様に対する態度か。ムコ殿よォ」
……ほざけ。誰が貴様の元へ婿入りした。アイツがおれの嫁になったんだ」

 モリアが嫌味たっぷりに言った言葉を、ミホークは負けないくらいの尊大さを込めた言葉で返した。
 二人が対峙している廊下の空気が、ミシリと音を立てて変わり始める。

「テメェの影を奪ってやってもいいんだぞ?キシシシシッ」
「やってみろ」

 モリアが長い腕をゆらりと掲げた。尖った爪が伸びる手を蜘蛛のように不気味に蠢かせる。対してミホークは黄金の瞳を鋭利に細め、手に持っているナイフを目の前の義父らしき男に構えた。
 今や廊下の空気はビリビリとして辺りを切り裂きそうな雰囲気まで持っていた。

 双方が一触即発なるかと思った瞬間、白いゴースト達が周りを飛び交った。直後にペローナの幽体も飛び出して来て、二人の間に留まった。

「喧嘩すんな!赤ちゃんが起きちまう!!」

 ペローナが腰に手を当ててそう叱りつけると、男達は虚をつかれたように口を開けて彼女を見た。そして同じタイミングで気まずそうに口を噤み、それぞれがそっぽを向いた。

 当たり前だが殺伐とした空気は跡形もなくペローナによって成敗されてしまった。