燈 ともしび
2026-05-31 21:34:06
4888文字
Public
 

ぎゆさね【宣戦布告】【戦闘開始】

現役軸。どちらも負けたくない



【戦闘開始】

「不死川」
 呼ぶな。そう言いたい。
 呼ばれてしまえば、俺はなす術もなく冨岡に取り込まれてしまうから。


「ん……ふゥ、あ」
 名前を呼ばれ、辺りに人気が無いのを確認すると抱き寄せられて唇が重ねられる。あの日以来、それは当たり前のように行われるようになった。
 俺なら本気を出せば冨岡から逃げられるはず。嫌なら拒めば良い。分かっているのに、何故か拒めないままこうして唇が腫れるほど吸われてしまうのだ。
 冨岡は俺を好き勝手するくせに理由は言わない。ただ「不死川」と俺の名前だけを呼ぶ。苦しそうに、辛そうに、そして時には嬉しそうに。
 なんなんだよ。てめえは何がしたい。
 そう問えば良いのだろうか。問うて、もし答えが返ってきたら俺は満足するのだろうか。
 分からない。なにも。
 でも今日もまた冨岡は俺を抱き寄せてくるし、俺もその腕に身を委ねてしまう。

 唇を吸われすぎてひりつく。一度だけの日もあれば、しつこいくらいやめてくれない日もある。どうやら今日は後者のようだった。
 夜廻明けの水柱邸。隠も帰宅と共に帰してしまったからここには冨岡と俺しかいない。だから何も歯止めがない。本来なら仮眠を取って体力を養い、今夜の夜廻に向けて体力を温存しなくてはいけない、そんな時間。でもその時間ずっと抱き合って唇を重ねている。
 何をしたい。何が欲しい。分からない。でも、この腕を俺は拒めないし、冨岡も俺を離そうとしない。
 口を吸うのは好いた相手とだと思っていた。今、俺は冨岡と口を吸って抱き合っている。冨岡のことを好きかなんて分からなくて、でも、こうしていることに嫌悪感は感じない。
 なら、やっぱり問うて良いのだろうか。
 問うて、この関係性に名前を付けても、良いのだろうか。

 背にした畳からは入れ替えたばかりなのか井草の良い匂いがする。それと同時に冨岡からも良い匂いがする。夜廻で汗をかいたはずだ。お互いに。でも、汗臭くはない。この男は見た目だけなら何もかも綺麗だ。だから匂いまで綺麗なのか。
 唇が離れた隙に、猫のように冨岡の首元に顔を擦り付けて匂いを吸い込む。冨岡は俺の顎を掴み、もう一度唇を重ねようとしてきたが、顔を捩って避ける。
 やだ。邪魔するな。俺はこの匂いが何かを考えてんだよ、と。
 冨岡は拒まれたことに苛ついたのか体重をかけて俺を畳に縫い止めてくる。
「拒むな」
 拒んでねェよばか。よく見ろよ。冨岡の頭を両腕をで抱え込むように今度は俺から唇を重ねた。

「冨岡ァ」
……なんだ」
「なんで、俺なんだ」
 目蓋が触れそうなほどなのに、お互い目を閉じることはない。視線を逸らしたら負け。分かってるから。
「分からないのか」
 感情の乗っていない声でそう言われて、なんか苛ついたから膝で冨岡の腹を軽く蹴飛ばす。少し痛かったのか眉間に皺を寄せて耐える冨岡の顔が面白くて、引き結んだ唇にまた唇を重ねる。そのまま数回重ねて、少しだけ離したら。
「言わねえと伝わらないだろ」
 俺も感情の乗っていない声で返す。
「なァって」
 言えよ、そろそろ。
 戦いを始めたのは冨岡だ。なら戦いを止めるのも冨岡であるべきだろう。

……言って良いのか」
 恐る恐る、急に迷い子のような声で言ってくるから、その頭を力一杯抱きしめる。
「聞いてやるよォ」

……好きだ」

 言ったな。とうとう言ったな、冨岡ァ。
 俺は面白くて仕方ない。こんな気持ちはさっきまで分からなかった。でも今なら俺も言語化出来る気がする。

「俺も……好きだ」
 多分。いや、きっと。
 好き、の言葉が一番すとんと心に落ちたから。これがきっと正解なんだろう。
 俺は冨岡の頭を抱えたまま、ゲラゲラと笑う。悩んでいたことが一気に解決するのは気持ちが良い。

 冨岡ァ。戦闘開始だ、ここから。
 俺は何もかも初めてだから加減なんて知らねェよ。それでも、良いんだろう? なら俺も全力でいくまで。

「楽しみだなァ」
 それは自分でもびっくりするほど満ち足りて。
 そして、闘志のこもる声だった。