珠穂
2026-05-31 18:41:59
8231文字
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王女の結婚(あるいは、悪魔たちの思惑について)

S2後の、契約により婚姻関係を結んだアラチャのギスギス話です





 むやみと長い廊下をいくつも曲がった先にある、重い扉の部屋が寝室だった。
 厳めしいつくりの玄関に横づけされた車を降りてから、この部屋までの道中、広い建物のどこに目を向けてもきっちりと手入れされていることが見て取れた。だが、うやうやしく二人を先導する執事のような格好をした小悪魔インプの他には、不思議なほどに館の中に人影はない。これほどの屋敷であれば少なくない数の使用人が仕えているはずで、おそらく彼らは主人の前に姿を見せないように働いているのだろう。
 元はルシファーの所有だったというこの建物は、今回のことを機にチャーリーに譲り渡されていた。そして今夜、アラスターはこの広い屋敷にチャーリーと実質二人きりで一晩を過ごすことになっているのだった。
 扉の先に足を踏み入れてまず感じたことは、その部屋がどことなく古いホテル――あの忌々しい天使軍のリーダー、アダムに破壊された旧ハズビン・ホテル――を思い起こさせるということだった。赤を基調とした内装や、ぼんやりと薄明るく室内を照らす照明の形などがそう思わせるのかもしれない。
 アラスターはぐるりと室内を見回し、足音を吸い込む毛足の長い絨毯を踏んで、窓辺に近付いた。外はすっかり暗く、夜の帳に覆われている。式が終わったのはそれほど遅い時間ではなかったはずだが、ここへ来るまでの道中が長かった。ようやく羽を伸ばすことができると意識した今、アラスターは粘り着くような疲れを感じていた。だがこれは、肉体的というよりもむしろ精神的な疲れだ。厳かな式の最中は、それでも相応に気を張り詰めさせていたのだ。
 そんなアラスターの心境に重なるように、ほとんど呻き声のような重い溜息が背後から聞こえた。振り向くと、ドレッサーの前の背もたれのない椅子にチャーリーがぐったりと座り込むところだった。背中を覆う目も醒めるような緋色のマントが、床にわだかまって重く襞をつくっている。見ていると、チャーリーはだらしなくドレッサーに片肘をついて寄り掛かったまま、高く結い上げた髪をするすると解き始めた。式のあいだ彼女の髪を彩っていたティアラは既に脇によけられ、いくつものアクセサリーが次々に取り外されて、無造作に鏡の前に並べられていく。
 気だるげに動くチャーリーのその左手の指に、見慣れぬ金の輝きを見つけて、アラスターはわずかに眉を動かした。揃いのデザインの指輪が、自分の左手にも嵌められていることを思い出したのだった。


 結婚式というものに参加したことなど生前を思い返しても数えるほどしかなく、まして自分がその主役となる式となれば、当然ながら初めてのことである。
 けれど地獄の式だ、作法も何もあったものではないだろう――そんなアラスターの予想に反して、それは非常に厳かな、仰々しい儀式だった。
 それもそうだ。なにしろ地獄の支配者の娘、後継者たる王女の結婚式なのだから。
 地獄を挙げての結婚式の式場は当然ながら神の絵姿を掲げるような聖堂ではなかった。祀られる者の存在しない、妙にだだっぴろい空間にろうそくがいくつも浮かび、列席した悪魔たちの顔を照らし出す。サタン、マモン、ベルゼブブ。その姿を直接見る機会があるなどとはこれまで考えもしなかった、地獄の各階層の支配者たち。アスモデウス、ベルフェゴール、レヴィアタン。それから鳥の姿をした悪魔貴族たち。誰もが彫像のように黙り込んで、正面に立つアラスターとチャーリーを見つめていた。
 遠く視線を転じれば、豆粒のように小さく、罪人たちの列席者が並んでいる。ホテルの従業員と一部の宿泊客、それにゼスティアルとカミラの姿も見える。アラスターがわざわざ招待状を送りつけてやったVEESは、流石に嫌がらせか冗談だと捉えたのか、姿を現すことはなかった。
 居並ぶ悪魔たちの頭上を、テレビ中継用のドローンが飛び回っている。この地獄始まって以来のビッグイベントに、地獄中の悪魔たちが注目しているのだった。残念ながら、テレビに映し出された主役の片方はノイズに覆われてまともにその姿を見ることはできていないのだろうが。
 視線だけをそっと隣に向ければ、もう一人の主役であるチャーリーが――いくつもの宝石や金銀の飾りを身にまとい、勲章や金の鎖がついた緋のマントを羽織ったプリンセスが、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いて立っている。いかにも王族らしい華やかで堂々とした出で立ちだったが、普段彼女がホテルで見せるような愛嬌や親しみやすさは、その煌びやかさの陰にすっかり隠されているようだった。
 彼女がいったい何を思ってこの式に臨んでいるのか、その表情からは読み取ることはできない。
 式は厳かに、粛々と進んでゆく。
 誰一人声も上げず、笑い声をたてることもない。
 しんと静まり返った広い空間に、長い宣誓書を読み上げる声だけが響く。本来ならば聖職者が立つ位置に陣取っているのは、山羊の姿の悪魔だった。
 総じて、結婚式という場にあってしかるべき祝福のムードはこの広間のどこにもなかった。
 当然だろう。実際のところ、これは多くの立場ある悪魔たちを立会人にした、厳粛な契約の儀式なのだから。
 山羊の悪魔が読み終えた羊皮紙の長い巻紙が浮かび上がり、チャーリーとアラスターの目前に差し出される。羽根ペンを手に取ったチャーリーが、ほんの少しだけ仰向いてアラスターの顔を見上げた。
…………?」
 意図が掴めず、アラスターは無言で彼女の赤い瞳を見つめる。
 視線が合ったのは一瞬だけだった。相変わらず感情の読めない表情のままチャーリーはふいと顔を背け、さっとペンを走らせると、一歩引いてアラスターに場所を譲った。
 二人の名前が並んだ羊皮紙を手に、山羊の悪魔は満足げに頷く。そしてお定まりの、指輪の交換。蛇とリンゴの意匠が細かく彫り込まれた細いリングを彼女の手を取って嵌めてやりながら、しかしアラスターには、これが結婚式という建前を成立させるためだけの行為なのだという意識がずっと拭えずにいた。


 この指輪を嵌め続けていることに、何の意味もない。細い金のリングには魔術も呪術も施されておらず、あの場で交わした契約にも、指輪については触れられていなかった。だがどうしてか、アラスターは式が終わってからもこの指輪を外してしまおうという気にはなれなかった。
 チャーリーは、どう思っているのだろう。
 指輪を嵌めたままの彼女の白い手が、肩にかかる。アラスターは音もなく彼女の背後に移動し、脱ぎかけたその緋色のマントが肩から滑り落ちる寸前に、掬い取るように引き受けた。手に取った瞬間、その重量に驚く。いくつもの勲章や鎖がついたこのマントは、彼女の華奢な肩には重すぎるように思う。
 チャーリーはぱっと振り向いた。そしてアラスターの手の中に自分のマントを認めて、振り仰いだ姿勢のまま目を見開いた。
……どうして?」
「どうして?」
 チャーリーの言葉を繰り返して、首を傾げる。
「まがりなりにも夫婦になったのですから、私も夫らしいことをすべきでしょう」
…………別に、いいのよ。そんなことしなくったって」
……そんなこと?」
 聞き返した声は自分でもあからさまだと思うほどに不機嫌の色を乗せていた。けれどチャーリーは何も言わずわずかに眉をひそめて、再び鏡に向き合ってしまった。
 アラスターは小さく肩をすくめると、マントを片腕に引っ掛けてぐるりと首を巡らせた。部屋の隅に、入って来たのとは違うドアがふたつ、並んでいる。開けてみると、一つはバスルーム、もう一つはどうやら衣裳部屋であるらしかった。なんとなく埃っぽい空気のその部屋に入って、適当なところにマントをかける。どうせこれも、明日になれば使用人が手入れをするのだろう。
 ついでにとアラスターも部屋着に着替えた。もう二度と着ることはない格式ばった正礼装を脱ぐと、ようやくいつも通りの呼吸ができるような感覚がした。
 寝室に戻ると、チャーリーは既に寝巻に着替えていた。
「お風呂に入るのは朝でもいいかしら……もうくたくただわ」
 色濃く疲労を乗せた声に、アラスターも同意する。そうして二人は、この部屋に入ってからこの時まで強いて見ないようにしてきたものにいよいよ向き合わざるを得なくなった。
 この部屋のほとんどの空間を占領している、巨大なベッド。厚い天蓋のついたそれは、アラスターがこれまでに見たこともないような大きさで、部屋の中央であまりにも強い存在感を発していた。
 そうだ、初夜なのだ。
 あまりにも当然のようにそう考えて、アラスターは自分の妻となった女の顔を見つめた。
 考えたことが伝わった訳でもないだろうに、目が合った瞬間にチャーリーはさっと表情を硬くした。警戒をありありと浮かべた瞳を向けながら、じりじりとアラスターから距離を取る。
「まさか、普通の夫婦みたいなことをするつもり?」
 その反応にまた苛立ちが湧き上がってくるのを感じて、アラスターは精一杯の皮肉を乗せて笑みを返した。
「まさか! 貴女の肌には指一本触れませんよ。我々は形式的に婚姻関係を結んだだけ。そもそもがそういう契約だったはずです」
……契約、ね」
 呟かれた言葉に引っかかるものを感じたが、アラスターがそれを問い質す前に、チャーリーは「ねえ、ソファで寝るのはどう?」と、からりと明るい声をあげた。それがまるで、実に良いアイデアを思い付いた、というような無邪気な声だったので、かえって不機嫌さが削がれるようだった。アラスターはおどけたようにぐるりと瞳を回してみせる。正直なところ、ソファで寝てもいいですよ、と提案しようかとも考えていたのだが、お陰ですっかりその気は失せていた。
「いえ、遠慮しておきますよ。こんなベッドなら、貴女がどんなに寝相が悪くたって、私の眠りを妨げることはないでしょうから」
「なによ、わたしの寝相なんて知らないくせに」
 小さく頬を膨らませて、だが寝相が悪いことは事実なのだろう、ごまかすようにごにょごにょと不明瞭な言い訳を並べながら、チャーリーはさっさとベッドの片端に横になった。アラスターもそれ以上は余計な口はきかず、反対側の端に寝転がる。広々としたマットレスの上、二人の間には互いに腕を伸ばせばどうにか触れられそうなくらいの距離があった。
 チャーリーが手を上げて、指先でさっと空中をなぞるように動かした。部屋の灯りが消える。だがアラスターの悪魔の目はすぐに暗さに慣れて、首を横に向けると白い影が横たわっているのが見えた。金の髪が水の流れのようにシーツの上に広がり、淡く輝いている。
 こんな風に誰かの隣で寝るなど、初めてのことだった。かつて、ふざけてチャーリーの隣に寝転がったことはあったが、その時とは状況も関係性もまったく変わっているのだった。
 ベッドは柔らかく、シーツは上等で肌触りもさらさらとしている。疲労感に浸された身体は重く、それなのに精神ばかりが妙に冴えて、眠気は少しもやってこない。
 それは隣のチャーリーも同じようで、暗闇の中、じっと息を詰めて考えごとをしている気配があった。
……そういえば」
 沈黙に耐えかねて声をあげると、身動ぎをしてチャーリーがこちらを見た。
「王族の結婚式なんていうものは、もっと派手にやるものだと思っていましたよ。馬鹿馬鹿しいパレードとか」
 アラスターの言葉に、チャーリーは小さく笑った。
「あなたを椅子に縛り付けて? そんな趣味の悪いことはしないわ」
 そう言うのは、ヴォックスがアラスターを捕らえたときのことを思い出しているのだろう。
「それは、賢明な判断でしたね」
 冗談めかした言葉に同じような軽さで返しつつ、ふとアラスターは彼女に尋ねてみようという気になった。結婚の話が持ち上がった、その時から感じ続けていた違和感だ。特に深い考えもなく、その疑問を口にした。
「チャーリー、貴女、どうして私と結婚なんてする気になったんです」
 途端にチャーリーは身体を固くした。
 ふうっと息を吐く音。この部屋に入ったときに聞いた、疲れがにじみ出たような溜息とは違う、もっと何かを思いつめた、深い嘆息だった。
 嘆息。嘆くのか、この結婚を。
 またちりちりとした苛立ちが浮かぶ。
「何か不満があるのなら、言ったらどうです?」
「不満? ……そんな、不満なんて」
 言い淀み、だが結局、小さな小さな声が隣から聞こえた。
「ただ、ヴァギーに申し訳なくって」
 瞬間、くらりと目の前がかすむような心地がした。
「今更それを言うのですか、貴女が」
 まただ。どうしても責めるような口調になってしまう。だが止められなかった。
「そう思うのなら、断れば良かったじゃないですか」
「あなたがOKするだなんて、思ってなかったんだもの」
「ああ、私のせいという訳ですね」
「そんなことが言いたいんじゃないわ」
 今日初めての、苛立った声だった。一拍置いて、ふてくされたような声色でチャーリーは呟いた。
「事情があるのよ……こっちにも」
 彼女らしくない、歯切れの悪い言い方だった。
 それきりチャーリーは何も言わず、再び沈黙が落ちる。
 アラスターは特に問い返しはしなかった。ただ黙ってベッドに身体を預けていた。そのうちに忘れかけていた疲労感がさざ波のように押し寄せ、うとうとと眠気が迫って来たときだった。
「アラスターは」
 闇の中を滑るように、チャーリーの静かな声が問う。
「どうしてわたしと結婚しようと思ったの」
「メリットが、あったからですよ」
 端的に応える。それ以上は説明するつもりはなかった。
…………
「貴女は、もっと覚悟を決めてこの関係を受け入れたものだと思っていたんですがね。ですが、こうなってしまったからにはもう、貴女は私の妻だ。たとえ望んでいなかったとしても」
「ええ、永久にね。……そうよ、契約は交わされてしまったわ。だからもう、わたしはアラスターに『あなたの望む限りで』なんて言ってあげられないのよ。本当に、それが分かっているの?」
 聞くところによれば、地獄を統べる高位の悪魔が結ぶ契約は、永遠に拘束力を持ち続けるという。
 少し前にアラスターがホテルを辞めると宣言し、ヴォックスの元へ自ら赴いた時にも、彼女はそれを咎めたり、追いかけて取り戻そうとはしなかった。それはアラスターに信頼を置いているというよりも、アラスターの自由な選択を大切にしたからなのだろう。
 自由がなければ、人は変われない。
 どんな罪人にも更生の可能性があると歌う彼女にとって、一人の罪人を永久に地獄に繋ぎとめるこの契約が意に沿うものでないことは明らかだった。
 見くびられたものだ。
 もしもこの関係に不利益が生じるような事態になったとき、このラジオデーモンが、そんなものに大人しく縛られ続けていようはずもないのに。
「もちろん、理解していますとも。契約の内容など、隅から隅まで目を通して頭に入れていますから」
 わざわざ身体ごとチャーリーの方を向いて言うと、じろりと横目の一瞥が寄こされた。勝手にしろ、と言わんばかりにチャーリーは寝返りを打って、背中を向ける。
「わたしは、縛りたくなんてなかったのに……あなたが選んだのよ、アラスター」
 投げやりに発せられた言葉と、諦めたような溜息が一つ。そして沈黙が支配した。


 計略のうちとはいえ、ヴォックスに地獄最強の座を明け渡した。あれが自滅した後も、そのポジションはいまだ空席のままだ。
 けれどアラスターは諦めていなかった。どうにかして再び、ラジオデーモンこそが最強の悪魔だと地獄中に知らしめなければ。そのためには今までとは違うやり方が必要だともわかっていた。
 チャーリーとの結婚の話が舞い込んだのは、そんな時だった。
 表向きは、罪人と地獄生まれの悪魔との橋渡し、そういう名目だった。
 だがそんなものは茶番だと、誰もが知っている。見え透いた茶番だとしても、今の地獄にはそれが必要だった。
 ヴォックスが仕出かした強烈な反逆行為によって、天国は罪人への警戒心を強めた。しかし、エクスターミネーションのような抑圧は、かえって罪人たちの反感を買うばかりだ。比較的地獄に友好的な天使たちによる懐柔も、逆効果であることがわかった。罪人同士をむやみに結束させず、抑え込むために必要なのは、同じ罪人の力による支配だった。
 更に、チャーリーが天使と繋がりを持っていることも重要だった。
 支配者となった罪人と、王女である彼女が近しい関係を結べば、より直接的に罪人をコントロール下に置くことができる。そこまでをチャーリーが知っていて、この話を受けたのかどうかはわからない。けれど実際のところ、アラスターとチャーリーとの婚姻とは、これまで野放しにされていた罪人という存在を、地獄の王族を通して天国が制御するためのシステムなのだった。
 チャーリーはすっかり寝入ってしまったらしい。静まり返った寝室の中、すうすうと規則正しい寝息が空気を震わせていた。
 その華奢な体躯からは想像もできないが、王女であるチャーリーは実際に権威そのものだ。流石に彼女には及ばずとも、その隣に並ぶことになったアラスターにもかなりの力がもたらされた。一部の悪魔には、王配という立場はそれだけで脅威に感じられるものであるし、それに、ルシファーの持つ恐ろしいほどに強大な力にもアラスターは興味があった。チャーリーと関係を結べば、その父親である地獄の王の力に近付く機会も得られるかもしれない。
 だから受け入れたのだ。
 アラスターは力を得て、再び最強の罪人として地獄に君臨することになった。
 しかし、と思う。
 彼女のあの言い方では、チャーリーか、もしくはルシファーに対して、天国側から何か圧力がかけられていたのかもしれない。断れば、更に面倒なことになりそうだったのか。
 ううん、と声をあげてチャーリーがごろりと寝返りを打った。
 大胆に両腕を広げて仰向けになり、頭はほとんど枕から外れそうになっている。白い左腕がこちらに向かって投げ出されていた。寝相が悪いのだろうとは言ったが、まさかこれほどとは。
 やや呆れる気持ちでチャーリーの寝姿を眺めているうちに、ふと悪戯心が湧いて、アラスターは手を伸ばした。
 触れた指先は、暖かだった。
 彼女の肌に指一本触れない、などという文言は、実は契約には入っていない。契約内容のすべてに目を通していたから、そう知っていた。
 相手の意識がないのをいいことに、遠慮なく細い指を握って、撫でる。その付け根に、冷たい金属の感触があった。
 死が二人を分かつまで、か。
 この指輪を嵌める際、長い長い宣誓の文言の最後に、そう言われたのだった。
 紋切型の、陳腐な文句だとその時は思ったのだ。地獄に堕ちた罪人にとって、二度目の死などはそうそうあるものではない。
 だが、チャーリーにしてみれば、それは逆に恐ろしい呪いの言葉だったのかもしれない。
 縛りたくなかった、とチャーリーは言った。
 それは、彼女自身が途方もなく長い生を持っていると理解しているからなのだろう。
 何かを縛り付けたまま共にその長すぎる時間を生きていくのは、きっと彼女にとっては重すぎるのだ。
 見くびられたものだ。もう一度そう思う。
 このラジオデーモンが、自分の意に染まぬ契約に縛られ続けているはずもないだろうに。
 これは、アラスターの自由な選択の結果なのだ。
 この王女の行く先を、選ぶ未来を、その結末を、すぐ傍で見届けるのも悪くないと思ったのだった。
 繋いだ指先が、無意識にだろう、きゅっと握り返された。
 暖かな体温に包まれているうちに、ああそうか、と気づく。
 チャーリーも同じなのだと、突然に理解できたのだ。
 手に触れる指輪には、何の魔術も呪術も施されていない。
 この指輪を嵌めるということについて、あの契約の中にはどこにも触れられていなかったのだった。




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